キーナの魔法

小笠原慎二

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テラモト

テラモトの宝玉

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「二年ほど前、行き倒れになっている青年を助けた折、お礼にと言って置いて行ったのがその宝玉なのです。その宝玉は不思議な力を持っておりまして、それまでにも断ち切れない情念に悩んでいる方も多くいたのですが、その宝玉は触れるだけでその情念を消し去ってくれたのです。今ではこのテラモトになくてはならない物になっておりますわ」

そう言って扉を開けると、それほど広くない簡素な部屋の真ん中に、四角い台座があった。
その上に、紫の柔らかい布に半分埋もれたように居座る、無色透明の宝玉が乗っていた。

「へぇ~、あれが…」

部屋に一歩踏み入った途端、背中を走る悪寒。

(? なんだ?)

しかし悪寒はすぐに消え去る。

「どうぞ」

女性が宝玉を手で指し示した。

「え、ええ!」

おほほと似合わない笑いをして、宝玉に手を伸ばす。

(ま、いいさ。とっととこいつを頂いて…)

手が触れた途端、宝玉が光った。












(遅いわねぇ、サーガの奴…)

片付けもそろそろ終わるかというのに、いっこうにサーガから連絡が入らない。
宝玉が盗まれたと騒ぎが起こるでもない。
一体どうなってるのだろうとメリンダがやきもきしていると、廊下の向こうから何やらフラフラと誰かが歩いてくる。

「ん?」

青い顔してボンヤリと、焦点の合わない顔で歩いてくる。

(サーガ?!)

何をフラフラしてるんだとメリンダが近づく。

「ちょ、ちょっと! サーガ?! 何してたのよ! 宝玉は?!」

肩を掴んでゆさゆさと揺すると、焦点の合っていない目が、メリンダを見つけたように開かれる。

「姐さん…?」

そしてハッとした顔をすると、突然メリンダの手を引っ張った。

「姐さんちょっと!!」
「え?」

そのまま物置と思われる小部屋にメリンダを連れ込んだ。

「な、何よ一体…」

何かまずいことでもあったのかとメリンダが身構えていると、

「やらせてくれー!」

突然サーガがメリンダの服をひん剥き出した。

「ギャー!!」

メリンダ怒りの鉄拳。
サーガ吹っ飛んだ。

「何考えてんのよ! バカ!!」

サーガに剥かれた服をさっさと整える。
ところがサーガ、殴られたことなど意に介さず、何故か暗い顔をしている。

「た、たたない…」
「は?」
「たたなくなっちまった…、俺…」

涙目になってサーガがメリンダを見つめた。

「ハア?」

何が何やら分からないメリンダは、首を傾げるだけだった。














仕事が一段落して、ちょっと自由時間ができた所で、メリンダはキーナとテルディアスをこっそりと呼んだ。
例の物置部屋に二人を招き入れ、事の次第を説明する。

「てな感じで、戻ってきてからずっと、ああなのよ」

親指で背後を指さす。
物置部屋の奥の隅で、いじけきったサーガが丸くなっていた。
キーナが近づき、その背にそっと手を置く。

「ねえ、サーガ。どうしちゃったの?」

と優しく問いかける。

「もう…もういいんだ…」

涙声で答えるサーガ。

「俺は、もう…、男として終わったんだ…。役立たず・・・なんだよ…」

キーナには言っている意味が分からない。
メリンダが腹を立て、サーガの背を叩く。

「なにじめじめとしみったれたこと言ってんのよ! シャキッとなさい!」
「う…う…、うるせいやい! 姐さんなんかに、俺の気持ちが分かるかってんだ!」
「分かるわけないでしょ。女だもん」

一刀両断。
ミーミーとサーガが泣き出した。
ちょっと可哀相に思うキーナだが、よく分からないのでなんとも言えない。

「とにかく! 宝玉の場所知ってんのはあんただけなのよ! 案内して貰わにゃ困るのよ!」
「ヤダ」

サーガがハッキリスッパリ即答した。

「あんな怖い物二度と近づきたくない」

テルディアスとメリンダの体から、怒りのオーラが立ち上る。
キーナは、二人がこうなってしまっては自分にはどうしようもないと、苦笑いしながら、二人に処置を任せた。













夕暮れとっぷり日が暮れて、お山の向こうに陽が落ちる。
仕事を終えたテラモトの女達は、それぞれの部屋に帰っていく。
後は寝るだけ就寝時間。
テラモトは静まりかえり、皆ベッドでスヤスヤ眠る頃。

「ムガムガムガ」

なにやらボソボソと音がする。
そして足音を忍ばせながら、誰もいない廊下を歩く人影が3つ。
そのうちの一人が、なにやらズルズルと引き摺っている。
引き摺られている者は、体中を縛り付けている地の力でできた縄を解こうと必死になっているが、これでもかと巻かれた縄は、そう簡単にほどけそうにもない。

「静かになさい! 気付かれるでしょ!」

小声でその引き摺られている者に注意する。

「ムガ―!!」

声を出せないように口元を覆われているサーガが必死に抵抗するも、三人は歩みを止めない。
と、廊下が二手に分かれている所に出た。

「これはどっちだ?」

テルディアスが右と左を交互に見た。
そこでメリンダがサーガを前に引き摺り出す。

「こーゆー時のためのこいつでしょ」
「ムガムガムガ」

教えるものかとでも言っているつもりだろうか?

「こっち?」

メリンダが右手の方を指さした。
ブンブンブン!とサーガが激しく顔をに振る。

「こっち?」

メリンダが左手の方を指さした。
ブンブンブン!とサーガが激しく顔をに振る。

「こっちね」

と、右手・・の方の道をスタスタと歩き始める。
二人もメリンダに従って付いて行く。

「ムグ―!!」

サーガがいっそう激しく暴れ始める。
合っているらしい。













そんな感じで道を辿っていく。
大分来た所で、ふと見ると、横道になんとなく立派な造りの扉。

「あの扉怪しいわね」

メリンダサーガの顔を見て、

「あそこ?」

と尋ねた。
するとサーガ、今までに見たことがないほどに顔を上下に振りまくる。

「合ってるらしいわ」

そう言って扉へ向かってスタスタスタ。

「ムガガムガガ――!!」
(なんで分かる――!!)

サーガの心の叫びも虚しく、3人と引き摺られて行く影は、宝玉の間へと近づいて行った。
メリンダが扉に手を掛け、ゆっくりと押し開ける。
部屋は暗くよく見えないが、廊下の明かりに照らされ、ぼんやりと部屋の中央にある台座が見て取れた。
その上に乗る宝玉らしき玉が、キラリと光を反射する。

ゾクリ

キーナの背筋を、言いようのない悪寒が走った。
なんだろうとキョロキョロ見回すが、何故悪寒を感じたのかよく分からない。
メリンダとテルディアスがズカズカと部屋に入っていき、宝玉をしげしげと眺める。

「これか」
「みたいね」

サーガは逃げようと必死にもがいている。

「さっさと頂いていこう」

とテルディアスが宝玉に向かって手を伸ばす。

(なんにゃ? 今の悪寒?)

キーナもそろそろと宝玉に近寄ろうとした。
その時、

ピカッ!

宝玉が光った。
突然の光に目を瞑るメリンダ。
宝玉に手を触れたテルディアスはその光の影響を受けなかったのか、光が収まると、なんだかスッキリとした顔をしている。

「なるほど…」
「な、何?」

何がどうして突然光ったのだと困惑するメリンダ。
ところが、

「壊して!!」

するどいキーナの声が響いた。
何のことだと2人がキーナを見ると、何故かキーナが怖い顔をして宝玉を睨み付けている。

「早く壊して! そんな物!」

キーナが再び声を張り上げる。

「キ、キーナ?」
「いや、だけど、キーナちゃん?」

そんな物とは宝玉のことなのだろうが、この宝玉は必要な物ではないのか?
そう2人が疑問を口にする前に、

「壊して! 早く!」

えも言われぬキーナの迫力に、2人がギクリとなる。
サーガもそんなキーナの変貌に、首を傾げている。

「わ、分かった…」

いや、よく分からないのだけれども、キーナがそんなに言うのであれば、それは壊さなければならないのだろうと、テルディアスが宝玉を手に取った。
そのまま床に向けて思いっきり叩きつける。

ゴン! ゲン! ゴン! ゴロゴロゴロ…

宝玉は欠けることもなく、2、3度弾んで床を転がった。
しかもサーガのいる方に。
サーガが飛び跳ね、急いでメリンダ達の方へと逃げる。余程この宝玉が嫌らしい。

「わ、割れない…」

ガラス玉のように見えて何気に丈夫らしい。

「硬いわね~」

メリンダも渋い顔をする。
さてどうやって割ろうかと考え始めた所に、

ゴウ…

炎が巻く音がし始める。
3人がギョッとなった。
キーナがその手に力を集め始めたのだ。

「キ、キーナ?!」
「キーナちゃん?!」

あっという間に力が膨れあがる。
キーナが両手を上に掲げると、火の玉はさらに大きくなっていく。

(風と火の力を使って威力倍々になってらぁ。つか、俺達まで消し飛ぶぞ?!)

火の力だけでは無い風の力もその玉に感じるサーガ。
状況を冷静に分析している場合ではないが、今から逃げても間に合わない。

「キーナ! 待て! そんな力放ったら…!」
「建物ごと消し飛ぶわよ――!!」

なんとかキーナを宥めようとする2人。

「壊さなきゃ! 壊さなきゃいけないの!」

さらに火の玉が大きくなって、キーナが身構えた。
その時、

「何の騒ぎですか?」

部屋に、キーナ達を案内したあの女性が入って来た。

(まずい…!)

メリンダとテルディアスが思わず顔を見合わせる。

(こんだけ騒いでりゃ当然だな~)

と素知らぬふりするサーガ。
確かにサーガは騒いでいないけれども。
そして、すぐ横で炎の玉を頭上に掲げるキーナと目が合う。
その頭上の炎の玉を見て驚く。

「な、何?!」
「どいて! それを壊さなきゃいけないの!」

キーナが女性の足元を睨み付けた。
女性が足元を見る。

「え? 宝玉…?」

無色透明の宝玉が転がっていた。

「どいてっ!」

女性が宝玉に覆い被さった。

「!」
「宝玉に何をするんですか?!」

大事そうに胸元に宝玉を抱え、キーナを睨み付ける。

(ま、そーだよな)

テラモトの側から見たらそうなるわな、とサーガ心で呟く。

「お願い! それを壊させて!」

キーナが必死に懇願するも、女性は宝玉を更に大事そうに抱えてしまう。

「な、何を言っているんですか! これはこのテラモトの宝ですよ!壊されてたまるものですか!」
「違うの! それは…! もっと…、その、違う物なの!」

キーナが必死に語りかけるが、女性は宝玉を手放そうとはしない。

「言っている意味がよく分かりませんけど…、これは壊させません!これはこのテラモトにとって、必要な物なのです!」

そう言うと、女性は宝玉を抱えて扉から飛び出して行ってしまった。

「待って!」

追いかけようとしたキーナだが、

「キーナ待て!」
「キーナちゃん!」

テルディアスとメリンダがキーナを呼び止める。

「?」
「まずは、静かにそれを収めろ」

テルディアスがキーナの頭上を注視しながら、ゆっくりと話しかける。
それ?と思い、キーナが頭の上を見上げると、キーナの頭の3倍以上もある巨大な炎の玉が渦巻いていた。
さすがにギョッとなり、

「え…と、えと…」

必死に、蓄えた力を徐々に徐々に小さくしていく。
風を散らし、火を宥め、ようやっとそれはキーナの両手の中でシュルンと消えた。
ほっと胸を撫で下ろす4人。
アレが放たれていたら、この辺り一面火の海になっていたかもしれない…。

「そうだ! アレを追わないと!」

キーナが走り出そうとする。

「待て! キーナ!」

テルディアスがキーナの肩を掴んだ。

「テル…」
「アレは諦めてここから早く逃げるんだ」
「でも!」
「キーナちゃん。これ以上ここにいたらテルディアスのことがバレるかもしれないわ。そうなったら、分かるでしょう?」

確かに。これ以上騒ぎが大きくなったら、最悪テルディアスの正体がバレてしまうかもしれない。そうなったら厄介だ。
キーナはしょぼんと俯くと、

「うん…」

と小さく返事をした。
部屋の外がだんだんと賑やかになってきた。

「人が集まってきたぞ」

先程の女性が呼んだのだろうか?

「サーガ! あんたの出番よ!」

メリンダが早く運べとサーガをせき立てるが、

「ほのはえい、ほえはふいえ」

サーガは体をグルグルに縛り付けているこの縄を先に解けと、メリンダに要求した。












闇に紛れ、サーガが空を飛ぶ。
街外れの少し行った森の中。木立の中に潜む影。
そこを目指してサーガが下りていった。

「ほ~い、取ってきたぜ~」
「ご苦労様」

宿に預けていた4人の荷物を、サーガがこっそり取りに行っていたのだ。

「あらよ」

ぽいぽいとそれぞれの荷物を投げつける。

「投げるな!」

取り落としそうになったメリンダがサーガを叱った。
テルディアスは軽々受け取り、キーナも器用に受け取っている。
メリンダが少し不器用なだけでは…。コホン。

「サーガ…」
「ん?」

キーナがサーガに尋ねるような視線を向けた。

「ああ、やめとけ。今は無理だ。街中大騒ぎになっちまってる」
「そか…」

あわよくば、あの宝玉を破壊しに行こうかと思っていた。
だが、そこそこ有名な宝玉で、それがしかもテラモトに置いてあったものだというので、不届き千万と、街中の人達が騒ぎ立てる始末になってしまっていた。
故に、サーガがこっそりと、自分たちの荷物を取りにいったのである。

「しばらくは無理よ。ほとぼりが冷めた頃に、ね?」
「うん…」

まあ、顔をばっちり見られてしまっているので、今後この街に入ることが叶うかどうかは分からないけれども。

「さ、着替えましょ」

落ち込むキーナの背を押して、木陰に入ろうと導くメリンダ。

「手伝おうか?」

サーガがまたいらん一言。
メリンダが無言でサーガに向けて火球を放った。

「冗談だっつーに!」

慌てて逃げるサーガ。
だが火の玉はサーガの近くで爆裂。サーガ吹っ飛ばされる。
半焼けになって転がったサーガをテルディアスが見つけ、そのままでは良くないなと、親切に・・・土を盛ってやった。

おいおい。

案の定、サーガが

「俺はまだ死んでねー!」

と土を跳ね飛ばしテルディアスに躍りかかる。

「死んだんじゃなかったのか」

ととても残念そうにテルディアスは呟き、軽く躱す。
キーナ達が着替え終わり出てくると、2人の攻防はすでに激化しており、手がつけられない状態に。
メリンダとキーナは顔を見合わせ、肩をすくめた。
そして満場一致?でほっとけとなり、諍い合う2人に背を向け、歩き出した。
今はとにかく、あの街から少しでも距離を取っておかなければいけないのだ。
2人は仲良く夜の森を歩き出した。

それに気付いたテルディアス達。
テルディアス、サーガを放って2人を追いかけ始めた。
サーガはといえば、まだ着替えさえも終わっていない。
慌てて衣服を着替え、3人を追いかけ始めた。








後に、あの宝玉のせいであんなことになると知っていたなら、きっと無理にでも壊しに行ったに違いない。
だけど、この時はまだ、何も知らなかった。
この時の僕は、まだ、何も知らなかった…。
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