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幕間
幕間の一幕
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「早く支度しろ!」
「あたしは無理だ。ここに残るよ」
「バカなこと言うな! 大丈夫だ、それほど早くはない。ゆっくり歩いてもまだ間にあう」
「だからといってどこへ行くんだい」
そんな会話が村中のあちらこちらで交される。
村中が慌ただしい。持てるだけの荷物を台車や馬車に積んで、皆家から、村から出て行く。
どれほど前からあるのか。ある時村人が気付いた。近隣の山の中、宙に浮かぶそれ。黒い穴のようなもの。
不思議に思った村人の1人が指を入れてみれば、穴に入れた指は消えた。文字通り、入れた所が綺麗さっぱり消えてしまった。急いで村に帰って手当をして、あの穴が何かと議論を交し、闇の者の仕業なのではないかと言うことになった。
念の為その穴を確認しに村長などが近くに行って、色々試してみた。
発見した当時、直径20㎝ほどの大きさの、その宙に浮かぶ球のような穴。試しに棒を突き入れてみれば、20㎝を優に超えても穴の反対に突き抜けることはなく、引き抜くと入れた分だけ消えている。石を投げ入れてみれば石も消える。葉っぱだろうが何だろうが、入れれば消えてしまう。
良くは分からないが、それは宙に留まって動くわけでもなく、特に引力が働いているわけでもない。触らなければ特に何もない。近くにはぐれの闇の者でのいるのかと探ったが、その気配もない。
不思議に思ったが、分かる訳もなく、触れなければ害はないと、捨て置くことにした。
念の為に時折誰かが見に来ることにして。
そしてある時、とある見回りの者が気付く。
「あれ…。大きくなってないか?」
首を捻る。前に見た時よりも大きくなっている気がする。
そこでその男は、位置と目標を定め、その穴の大きさを測った。そして、しばらくしてまた見回りに行った時、同じようにして測った。
「大きくなっている…」
少しずつではあるが、それは大きくなっていた。
20㎝だったのが30㎝になり、40㎝を超え…。
どこまで大きくなっていくのか。
村の者達は話し合ったが、それが成長したからと言って何がどうなるわけでもない。あれは山の中にあるし、村に特に害はないだろうと、そう思っていた。
しかし、それはゆっくりとだが、確実に成長して行った。
やがて地面に着く大きさになり、地面を抉り、木々を削り始めた。ここまで来ると村人も不安に駆られてくる。あれはどこまで大きくなるのか…。このまま成長を続ければ、この村さえも…。
次第に、村から出て行く者が出始めた。ゆっくりとはいえ、確実に成長していく穴。どれほどの大きさになるのかは分からないが、少しずつ村に迫って来ている。
あの穴に飲まれてしまったら、どうなるのか分からない。
念の為と光の宮へ連絡をしたものの、あちらも忙しいのか返事はない。自分達でどうにか出来るものでもない。
恐怖に駆られながらも、行くあてのない者は残るか出て行くかの選択を迫られ、あてのある者はさっさと仕度を整え、村を出て行くのだった。
沈黙の森を抜けてすぐの夜。
「今日は外で寝る」
サーガがそう言った。
何か気に入らないことでもあったかとオロオロするダンに、そうじゃないと首を振る。
「快適過ぎんだよ」
首を傾げる3人と、1人納得するテルディアス。テルディアスだけがサーガの言っている意味を理解した。
「久々に普通の野営をしたろ? あの時、自分でもびっくりするぐらい色々鈍ってる事に気付いてさ。これ不味いんじゃないかと…」
あの森の中では魔法は使えないわけであったけれども、それ以外にも使っている感覚というか、屋根と布団がある生活に慣れすぎた。いや、安眠できる場所があるのはいいことなのだが。
「毎日でなくても、時々普通の野営もしとかないとと思って」
サーガは傭兵だ。野営は当たり前のことだ。それがダンが一緒になってからというもの、当たり前が当たり前では無くなってしまっている。
そこに危機感を覚えた。
「てなわけだから、時折外で寝るわ」
そう宣言して、外に出て行った。
「バカねぇ。折角安心して寝られるんだから、わざわざ外に行くことないのに」
「だねえ」
女性陣とダンは理解できんと首を振った。
テルディアスだけが、何かを考え込んでいるようだった。
そして次の日の夜。
「俺も外に出る」
テルディアスが宣言した。
「ええ?!」
驚くキーナ。
「いってら~」
「物好きね」
「・・・・・・」
サーガは嬉しそうに、メリンダは呆れたように、ダンは、いつも通り口数少ない。しかしその表情は少し焦っているようだ。
「なんで? なんで外行くの?」
キーナが縋り付いてくる。
「俺も、偶には普通の野営をしておこうかと…」
いつ何時また可笑しな環境に陥るかも分からないと考えているテルディアス。感覚が鈍るのは不味い。
「中でいいじゃん! ゆっくり寝れていいじゃん!」
「お前はそうしろ。俺は外で寝る」
「外じゃゆっくり出来ないじゃん! 人はちゃんと休まなきゃ駄目なんだよ!」
「いや、だからだな、あまりこういう環境に慣れすぎても、またいつ普通の野営をすることになるか…」
「その時はその時!」
キーナきっぱり言い切る。
「俺の時は誰も引き留めてくれなかったよな…」
サーガの悲しそうなぼやきが聞こえたが、メリンダは眼を逸らすだけだった。
なんとかキーナを引き剥がし、テルディアスが外に出る。
久しぶりの普通の野営。言っててなんだか変な感じがする。
と言っても、食事はいつもの通りダンが栄養のバランスに優れているものを用意してくれたし、風呂にも入ってさっぱりしている…。
(普通…)
一部普通ではない。
いやそこは許容範囲と、先程料理などで使っていた薪を集め、火を付ける。
昨日のサーガだって、テルディアスと同じくたらふく食べて風呂を堪能してから出て行ったのだ。大丈夫…と思う。
「テル?」
「キーナ?!」
いつの間にかキーナが出て来ていた。
「何してる。早く中に入れ」
「ちょっとだけ」
そう言って、テルディアスの側に腰を下ろす。
「早く入れ。ダンが閉められないだろう」
眠る時、開け放していたら何かが侵入してくるかもしれないので、入り口は閉めてしまう。
もちろん空気穴は開いている。
眠る時も小さなかがり火だけは付けて寝るのだ。でないと真っ暗になってしまい、目が覚めた時に危ない。
「ちょっとだけ」
戻る様子はない。
テルディアスは溜息を吐いた。
「少しだけだぞ」
「うん!」
我ながら甘いかもしれない、とテルディアス密かに頭を抱えた。
特に会話するでもなく、2人で火を見つめる。
しかし、テルディアス内心ソワソワ。沈黙の森の小屋での出来事が、未だに心の中で引っ掛かっている。キーナは笑って許してくれたが、自分で自分が許せない。出来るだけキーナと距離を置こうとはしている。してはいるのだが如何せん、こやつは目を離すと危ないので離れすぎるわけにもいかない。
今だって、隣に腰を下ろしたと思ったら、人に膝に手を置いている。だんだんもたれかかってきて肘を乗せて来やがった。人の膝は肘置きではない。そして、そのまま体勢が崩れていって、とうとう頭を乗せ出す。
「キーナ」
「にゅ?」
「戻れ」
「もそっとだけ」
「寝るなら戻れ」
「まだ寝ないよう」
「寝とるだろうが」
「寝てないよ」
人の膝に頭を乗せて、寝そべっているこの状態でどうして寝てないなどと言い張れるのか。
(そういう隙があるからこそ~…)
あんな事になるんだろうが! と怒鳴りつけたかったが、言うに言えない。
テルディアスはギリギリと奥歯を噛みしめることしか出来なかった。
実を言えば、キーナも気にしていなかったわけではない。
やはり怖かった。あの時は何が起こるのか分からず、とにかく怖かった。恐怖しかなかった。
しかしその後、テルディアスは天罰ともいえるタライの刑にもあったし、なによりオロオロとキーナの心配をし、かなりの自己嫌悪に陥っているのが傍目にもはっきりと見れた。
テルディアスがキーナを傷つけようとしたわけではなく、寝惚けていたのが原因だし、とキーナは納得していた。
それに…。
あの時は恐怖しか感じなかったのだが、時間が経つにつれて、恐怖以外の感情が湧き出てきていることに気付いた。まあ、それがなんなのかはよく分からないのだけれど。
テルディアスにひっつくのは温かくて気持ちよくて好きだ。なにより安心出来る。あの時は怖い目をしていたが、普段のテルディアスは優しい目をしている。
メリンダが言うには、
「キーナちゃんと話す時だけ優しい顔をしている」
らしいが…。
あぐらをかいているテルディアスの膝に頭を乗せる。少し高いが、安心出来る寝床だ。(寝床扱い)。
テルディアスが外にいるならば、キーナも外に一緒にいたかったが、ダンの作ってくれた寝床も捨てがたい。
悩む。
焚き火の熱は丁度良い温かさで、テルディアスの体温も気持ちが良い。
せめて眠くなる時までは、と考えているうちに、キーナの意識は落ちて行くのだった。
「おいキーナ。いい加減に…」
と言いかけて、テルディアスは気付く。
寝てやがる。
こうなるのではないかとは思っていた。
溜息を吐き、静かにキーナを抱き上げる。ふと入り口に目をやると、さっと隠れる頭が3つ。
(見てやがったな…)
ひくつくこめかみを押さえつつ、キーナを抱えて地下へと下りる。
メリンダとサーガはベッドに横になっており、ダンは少し挙動不審で、ベッドに座ってソワソワしていた。
テルディアスは何も言わずキーナをベッドに寝かしつけ、そのまま外へと出て行った。
焚き火の前に座り、適当に木にもたれかかる。
少しして、入り口が塞がれた。
まだ夜は始まったばかりだと、気を引き締めるのだった。
「外で寝る気かしら? キーナちゃん」
「2人にしたらまたヤバいんじゃねーの?」
「さすがのテルディアスも正気で襲う度胸はないでしょう」
「だろーな」
入り口に3人が固まり、キーナとテルディアスの様子を見つめていた。ダンは引っ張ってこられただけで、他意はない。他意があるのは2人だけである。
ヒソヒソと話している間に、キーナが眠ってしまったのが分かった。それに気付いたテルディアスが、壊れ物でも扱うかのように優しくキーナを抱き上げる。
目が合った。
慌てて引っ込む3人。
すぐに階段を下り、メリンダとサーガはベッドへダイブ。そのまま寝たふり。
ダンはオロオロしながらも、ベッドに座った。まだ入り口を閉める仕事が残っているが故。
テルディアスが下りて来た。気配で怒っているのが分かる。
ダンはどうしたらいいのかとソワソワしていたが、テルディアスは静かにキーナをベッドに寝かしつけると、何も言わずとっとと外へと出て行った。
「ほんと、何もしない奴ね」
「出来ねーだろ。あんなことしといて」
テルディアスが出て行くのを確認し、また話し始める2人。
ダンがそろそろ閉めてもいいかと確認を取り、入り口を塞ぎに行く。
「いつになったら進展するのかしら」
「俺とも進展してもいいと思うんだけどな」
「何? もう寝惚けてるの?」
「しっかり起きてますヨ」
ダンが入り口を塞ぎ、いつものように小さなかがり火を付け、それぞれのベッドに横になる。
しばらくすると、それぞれに心地よさそうな寝息を立て始めたのだった。
「あたしは無理だ。ここに残るよ」
「バカなこと言うな! 大丈夫だ、それほど早くはない。ゆっくり歩いてもまだ間にあう」
「だからといってどこへ行くんだい」
そんな会話が村中のあちらこちらで交される。
村中が慌ただしい。持てるだけの荷物を台車や馬車に積んで、皆家から、村から出て行く。
どれほど前からあるのか。ある時村人が気付いた。近隣の山の中、宙に浮かぶそれ。黒い穴のようなもの。
不思議に思った村人の1人が指を入れてみれば、穴に入れた指は消えた。文字通り、入れた所が綺麗さっぱり消えてしまった。急いで村に帰って手当をして、あの穴が何かと議論を交し、闇の者の仕業なのではないかと言うことになった。
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発見した当時、直径20㎝ほどの大きさの、その宙に浮かぶ球のような穴。試しに棒を突き入れてみれば、20㎝を優に超えても穴の反対に突き抜けることはなく、引き抜くと入れた分だけ消えている。石を投げ入れてみれば石も消える。葉っぱだろうが何だろうが、入れれば消えてしまう。
良くは分からないが、それは宙に留まって動くわけでもなく、特に引力が働いているわけでもない。触らなければ特に何もない。近くにはぐれの闇の者でのいるのかと探ったが、その気配もない。
不思議に思ったが、分かる訳もなく、触れなければ害はないと、捨て置くことにした。
念の為に時折誰かが見に来ることにして。
そしてある時、とある見回りの者が気付く。
「あれ…。大きくなってないか?」
首を捻る。前に見た時よりも大きくなっている気がする。
そこでその男は、位置と目標を定め、その穴の大きさを測った。そして、しばらくしてまた見回りに行った時、同じようにして測った。
「大きくなっている…」
少しずつではあるが、それは大きくなっていた。
20㎝だったのが30㎝になり、40㎝を超え…。
どこまで大きくなっていくのか。
村の者達は話し合ったが、それが成長したからと言って何がどうなるわけでもない。あれは山の中にあるし、村に特に害はないだろうと、そう思っていた。
しかし、それはゆっくりとだが、確実に成長して行った。
やがて地面に着く大きさになり、地面を抉り、木々を削り始めた。ここまで来ると村人も不安に駆られてくる。あれはどこまで大きくなるのか…。このまま成長を続ければ、この村さえも…。
次第に、村から出て行く者が出始めた。ゆっくりとはいえ、確実に成長していく穴。どれほどの大きさになるのかは分からないが、少しずつ村に迫って来ている。
あの穴に飲まれてしまったら、どうなるのか分からない。
念の為と光の宮へ連絡をしたものの、あちらも忙しいのか返事はない。自分達でどうにか出来るものでもない。
恐怖に駆られながらも、行くあてのない者は残るか出て行くかの選択を迫られ、あてのある者はさっさと仕度を整え、村を出て行くのだった。
沈黙の森を抜けてすぐの夜。
「今日は外で寝る」
サーガがそう言った。
何か気に入らないことでもあったかとオロオロするダンに、そうじゃないと首を振る。
「快適過ぎんだよ」
首を傾げる3人と、1人納得するテルディアス。テルディアスだけがサーガの言っている意味を理解した。
「久々に普通の野営をしたろ? あの時、自分でもびっくりするぐらい色々鈍ってる事に気付いてさ。これ不味いんじゃないかと…」
あの森の中では魔法は使えないわけであったけれども、それ以外にも使っている感覚というか、屋根と布団がある生活に慣れすぎた。いや、安眠できる場所があるのはいいことなのだが。
「毎日でなくても、時々普通の野営もしとかないとと思って」
サーガは傭兵だ。野営は当たり前のことだ。それがダンが一緒になってからというもの、当たり前が当たり前では無くなってしまっている。
そこに危機感を覚えた。
「てなわけだから、時折外で寝るわ」
そう宣言して、外に出て行った。
「バカねぇ。折角安心して寝られるんだから、わざわざ外に行くことないのに」
「だねえ」
女性陣とダンは理解できんと首を振った。
テルディアスだけが、何かを考え込んでいるようだった。
そして次の日の夜。
「俺も外に出る」
テルディアスが宣言した。
「ええ?!」
驚くキーナ。
「いってら~」
「物好きね」
「・・・・・・」
サーガは嬉しそうに、メリンダは呆れたように、ダンは、いつも通り口数少ない。しかしその表情は少し焦っているようだ。
「なんで? なんで外行くの?」
キーナが縋り付いてくる。
「俺も、偶には普通の野営をしておこうかと…」
いつ何時また可笑しな環境に陥るかも分からないと考えているテルディアス。感覚が鈍るのは不味い。
「中でいいじゃん! ゆっくり寝れていいじゃん!」
「お前はそうしろ。俺は外で寝る」
「外じゃゆっくり出来ないじゃん! 人はちゃんと休まなきゃ駄目なんだよ!」
「いや、だからだな、あまりこういう環境に慣れすぎても、またいつ普通の野営をすることになるか…」
「その時はその時!」
キーナきっぱり言い切る。
「俺の時は誰も引き留めてくれなかったよな…」
サーガの悲しそうなぼやきが聞こえたが、メリンダは眼を逸らすだけだった。
なんとかキーナを引き剥がし、テルディアスが外に出る。
久しぶりの普通の野営。言っててなんだか変な感じがする。
と言っても、食事はいつもの通りダンが栄養のバランスに優れているものを用意してくれたし、風呂にも入ってさっぱりしている…。
(普通…)
一部普通ではない。
いやそこは許容範囲と、先程料理などで使っていた薪を集め、火を付ける。
昨日のサーガだって、テルディアスと同じくたらふく食べて風呂を堪能してから出て行ったのだ。大丈夫…と思う。
「テル?」
「キーナ?!」
いつの間にかキーナが出て来ていた。
「何してる。早く中に入れ」
「ちょっとだけ」
そう言って、テルディアスの側に腰を下ろす。
「早く入れ。ダンが閉められないだろう」
眠る時、開け放していたら何かが侵入してくるかもしれないので、入り口は閉めてしまう。
もちろん空気穴は開いている。
眠る時も小さなかがり火だけは付けて寝るのだ。でないと真っ暗になってしまい、目が覚めた時に危ない。
「ちょっとだけ」
戻る様子はない。
テルディアスは溜息を吐いた。
「少しだけだぞ」
「うん!」
我ながら甘いかもしれない、とテルディアス密かに頭を抱えた。
特に会話するでもなく、2人で火を見つめる。
しかし、テルディアス内心ソワソワ。沈黙の森の小屋での出来事が、未だに心の中で引っ掛かっている。キーナは笑って許してくれたが、自分で自分が許せない。出来るだけキーナと距離を置こうとはしている。してはいるのだが如何せん、こやつは目を離すと危ないので離れすぎるわけにもいかない。
今だって、隣に腰を下ろしたと思ったら、人に膝に手を置いている。だんだんもたれかかってきて肘を乗せて来やがった。人の膝は肘置きではない。そして、そのまま体勢が崩れていって、とうとう頭を乗せ出す。
「キーナ」
「にゅ?」
「戻れ」
「もそっとだけ」
「寝るなら戻れ」
「まだ寝ないよう」
「寝とるだろうが」
「寝てないよ」
人の膝に頭を乗せて、寝そべっているこの状態でどうして寝てないなどと言い張れるのか。
(そういう隙があるからこそ~…)
あんな事になるんだろうが! と怒鳴りつけたかったが、言うに言えない。
テルディアスはギリギリと奥歯を噛みしめることしか出来なかった。
実を言えば、キーナも気にしていなかったわけではない。
やはり怖かった。あの時は何が起こるのか分からず、とにかく怖かった。恐怖しかなかった。
しかしその後、テルディアスは天罰ともいえるタライの刑にもあったし、なによりオロオロとキーナの心配をし、かなりの自己嫌悪に陥っているのが傍目にもはっきりと見れた。
テルディアスがキーナを傷つけようとしたわけではなく、寝惚けていたのが原因だし、とキーナは納得していた。
それに…。
あの時は恐怖しか感じなかったのだが、時間が経つにつれて、恐怖以外の感情が湧き出てきていることに気付いた。まあ、それがなんなのかはよく分からないのだけれど。
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メリンダが言うには、
「キーナちゃんと話す時だけ優しい顔をしている」
らしいが…。
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悩む。
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寝てやがる。
こうなるのではないかとは思っていた。
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少しして、入り口が塞がれた。
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「だろーな」
入り口に3人が固まり、キーナとテルディアスの様子を見つめていた。ダンは引っ張ってこられただけで、他意はない。他意があるのは2人だけである。
ヒソヒソと話している間に、キーナが眠ってしまったのが分かった。それに気付いたテルディアスが、壊れ物でも扱うかのように優しくキーナを抱き上げる。
目が合った。
慌てて引っ込む3人。
すぐに階段を下り、メリンダとサーガはベッドへダイブ。そのまま寝たふり。
ダンはオロオロしながらも、ベッドに座った。まだ入り口を閉める仕事が残っているが故。
テルディアスが下りて来た。気配で怒っているのが分かる。
ダンはどうしたらいいのかとソワソワしていたが、テルディアスは静かにキーナをベッドに寝かしつけると、何も言わずとっとと外へと出て行った。
「ほんと、何もしない奴ね」
「出来ねーだろ。あんなことしといて」
テルディアスが出て行くのを確認し、また話し始める2人。
ダンがそろそろ閉めてもいいかと確認を取り、入り口を塞ぎに行く。
「いつになったら進展するのかしら」
「俺とも進展してもいいと思うんだけどな」
「何? もう寝惚けてるの?」
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