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シゲール襲来編
メリンダの悩み
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焚き火を見つめながら、メリンダは内心頭を抱えていた。
ダンから大まかな事は聞き出したとサーガを問い詰め、詳細を知って改めて愕然。まさかそんな事態になっていようとは…。途中から耳を塞ぎたくなったが、そんな恥ずかしいことを知らないでいる事もまた恥ずかしい。なのでしっかり全部聞き出した。
まあ、所々話したくないのか、ダンの話しと若干違う箇所などはあったが、それは見逃す。
メリンダの暴走を止める為に、手が炭化することも厭わず助けに入ってくれた事などを、炭化したことなどちらりとも言わずただ「なんとか止めた」である。
「恩に着せたいわけじゃねーし」とちょっと照れくさそうに渋い顔。いやいやそこはもっと誇って良いと思うのだが。
そんな多大な労力を掛けて世話してくれたことに、本当に頭が上がらない。感謝しかない。なのにサーガはちょいちょいあほな事を言って素直に感謝させてくれない。
メリンダは何度目かの溜息を吐いた。
それと、サーガは濁したが、ダンから聞いた「口移し」。
ご存じの通りメリンダは「キス」に関しては自分に制約を掛けていた。これは娼館で働くことになった折に、お世話になったお姉さんから教わったことである。
制約を掛けることによってより自分を魅力的にする、また将来出会う(はずの)まだ見ぬ恋人の為に唯一の場所を用意して自分の一線を守る、または幸せになる為の願掛けなどなど、それはいろんな意味を持つ。
故にメリンダも「キス」に関して制約を掛けることにしたのだった。そのおかげかどうか、見事に人気№1を争う程の娼婦にのし上がったわけであるが。
それが、今回の件で…、破られた?ことになるのだろうか…。
だがしかし、ある意味破られてもいないというか…。
その辺りでメリンダは悩み、苦しんでいた。
ちらりとサーガを見る。サーガは全て話し終えた後、メリンダに気を使ってそっとしておいてくれている。何気にこういうところに気のつく奴なのだ。
気を抜くとその少し憂いを帯びたような顔に釘付けになってしまいそうになる自分の視線を焚き火に戻す。
(重症かもしれない…)
再び溜息を吐く。
思い返してみればそんな兆候はあった。しかし認めたくないと無視していた。認めてしまうには、サーガはあまりに思い描いていた理想からかけ離れているからだ。
メリンダにだって、将来は好きな人と所帯を持ってささやかながら家庭を築きたいという、女の子ならば夢見る普通の夢を持っている。好奇心が先に立って村を飛び出していたとしても、だ。
その伴侶として理想の男性となれば、きちんと手に職を持ち、頼りになる優しい人。まあつまり、堅実な普通の男性ということだ。
いずれは村へ帰ることになっているメリンダは、村でその相手を見付けるのではないかと漠然と考えていた。まあ、この年になってしまったら、同年代はほとんど売り切れてはいるだろうが…。いや、年下でも全然大丈夫だけども!
村の外で見付けるにはリスクがある。連れて帰ったならば、きっと村からは一生出られないことになる。それを理解して許容してもらわなければならない。そんな都合のいい相手などそう見つかるはずもない。
そんな相手にサーガはまったくもって相応しくないうえに当てはまらない。サーガは第一印象からして最悪であった。
職業は傭兵。いつ死ぬかも分からず各地をフラフラしている風来坊。背はメリンダよりも低い(平均よりも若干下、というかメリンダが女性にしては背が高い)うえに下半身脳細胞。
誰がこんな奴を伴侶に選ぶものだろうか。
夜の相手としてはまさに適当な相手で、メリンダとしては丁度良い遊び相手くらいにしか最初は考えていなかった。
それがいつの頃からか、サーガがメリンダ以外の女性を相手にすることに腹が立つようになっていた。
(考えたくなかったから、考えないようにしていたのよね…)
答えを見付けてしまったら、ドツボに嵌まる。それに気付いていたからこそ目を背けていた。
そこへ、今回の事件である。
攫われそうになった時だって、必死になって助けようとしてくれていた。その後だってきっといろいろ大変な思いをして見付けて助けてくれたのだろう。それだけでも嬉しいのに、その後正気を失ったメリンダの世話を買って出て、死なないようにといろいろ頑張ってくれて、気を張ってくれていた…。
(いやいや、他に世話できる人がいなかったって言ってたし。確かにそうだし。サーガ以外あたしの面倒見られる人なんていないし。何よりもキーナちゃんを悲しませたくなかったからって、こいつもそう言ってたし…)
キーナという理由を押しだして照れ隠ししているように聞こえたのはきっと錯覚に違いない。きっとそうだ。
だがしかし、だがしかし、ここに来て気付いてしまったこの気持ちは、今まで押し込めていた分今まさに飛び出さんと荒れ狂っている。
サーガが適当な小枝を焚き火に放り込む。
思わずその動作に目を向けてしまう。その指先に、さらりと動いた髪に、炎を映して赤く染まるその瞳に見入ってしまいそうになる。
メリンダは顔を覆った。
「キス」は好きな人の為に取って置いたもの。ならば自分の制約は破られていない…?
葛藤する。
しかし認めたくない自分もいる。絶対にサーガは伴侶にするには相応しくない。
だがしかし、全てを見られてしまっているからこそ、太刀打ち出来ない気もする…。
(いやいや落ち着け。なんてったって一番駄目なのは下半身脳みそってところでしょうが)
自分の気持ちを落ち着ける為に、サーガの駄目な部分をあげつらう。
まずは傭兵という所が駄目だ。いつ死ぬかも分からない。そんな相手を待っていられるほど殊勝な女ではない。金遣いが荒いかと思えば、実は堅実だったりする。使うべき場所をちゃんと心得ているようだ。顔はまあ、テルディアスに比べると若干見劣りはするものの、よく見れば可愛い顔をしているし、人に気遣い出来る優しさもある。話しも合うし馬鹿話していても楽しい。側にいて気を使う事もなく、実は何かと頼りになる。
(て、なんで良い所あげつらってんのよ!)
ドツボに嵌まっている…。
これが「恋」というものの恐ろしさなのか…。
メリンダは、
「あんたも本当の恋を知ったら分かるわよ」
と美しく微笑んでいたお姉さんを思い出した。あの時はなんのこっちゃと思っていたが、今ならあの言葉の意味が分かる気がする。
ちらりと指の間からサーガを伺う。
特に表情も変えずに焚き火を見つめている。
その顔がなんだか「かっこいい」と思えてしまい、目が離せなくなる。胸が高鳴る。側に寄りたい。いや、寄りたくない。
(ああああああ!! もうどうしろってのよぉぉぉぉ!!)
メリンダは頭を抱えた。
翌朝、いつものように仕度を整え、3人で街へと向かう。
仕事へ向かうキーナとそれを送るテルディアスを見送り、ダンは買い物を済ませる。
街の外へ出て少し行くと、すでにテルディアスが待っていた。
無口な2人は特に会話をすることもなく、森の中へと入って行く。
目隠しの壁を抜け、風の結界を抜ける。地の結界はメリンダがフラフラと出て行く事もなくなったので、今は張っていない。妖魔の心配をしたのだが「それくらい対処できる」とサーガは言った。尊敬の眼差しで見たら、何故か後退りされた。
少し窪地になっているそこへ行くと、2人が焚き火の前にいるのが見えた。
「おっす」
「おはよう。テルディアス、来てくれたのね」
元気そうな2人の姿に安心する。
「もう大丈夫なのか?」
テルディアスがメリンダに声を掛けた。
「体調的には、まあ大丈夫かな。あとはまあ、おいおいかな」
男性恐怖症のことを言っているのだろう。ダンも女性恐怖症なのでその気持ちは良く分かる。少しずつ慣れていくしかない。
ダンも村を出ていろいろな女性と関わり、多少は女性恐怖症も薄れて来ていた。まあ、でも強そうな女性はまだ怖いのだが。
テルディアスにキーナの様子を聞くメリンダ。テルディアスもそこまでお喋りというわけではないが、ダン程の訳の分からん説明でもない。カツラ騒動の一件を聞き、メリンダとサーガは苦笑いしていた。
「あ、でも折角ならその可愛いキーナちゃんを見に行きたいわね」
「俺も見たい」
2人は頷いた。
「姐さん、練習も兼ねて俺とデートしに行こう。こいつもキーナとデートしたんだから、俺達も思いきり遊ぼうぜ!」
「俺のは遊びじゃない」
「どう見ても聞いても遊びだろうが」
テルディアスとサーガが睨み合う。何故この2人は顔を合わせると喧嘩腰になるのだろう。
「ちょっと。今のあたしの前でアホな喧嘩はしないでよ」
メリンダの声に、縮こまる2人。ダンはメリンダに尊敬の眼差しを向ける。この2人の諍いをこんなにあっさり治めてしまうとは。
その後も少し話をし、お昼を一緒に食べると、テルディアスはすることもないと一足先に街へと向かった。きっとキーナが心配なのだろう。過保護め。
ダンは買ってきた服をメリンダに見て貰う。
「うん、まあ…。期待はしてなかったけど…」
メリンダからするとちょっと野暮ったい感じらしい。
「それと、ごめんねダン。多分これ、着れないわ」
とメリンダがシャツを手にする。所謂普通のTシャツ。メリンダのサイズに合うように買ってきたはずなのだがと首を捻る。
「まあ、男の人には分からないわよね。これね、多分胸が入らない…」
胸の大きい女性あるある。既製のサイズだと胸が苦しいので、大きめの服を買う羽目になる…。
メリンダは胸が大きい。控えめに言わなくとも大きい。かなりでかい。巨乳好きには溜まらんほどにたわわに実っている。
既製品は大まかな女性達の平均的な作りになっているので、その辺り配慮はされていない。嫌がらせとかそういうわけではない。あくまでも平均で作ってあるだけだ。
メリンダほどに大きいのは稀、なのである。
今来ているワンピースはゆったりしたサイズなので、なんとか着られてはいるが、実は胸が窮屈そうであった。しかも下着を着けていないのでいけないものまで見えてしまっている。
注:ダンも普段は見ないように気にしないようにしています。
そんなことがあるのかとオロオロするダン。
「いいのよ。買い直せばいいだけだし。これの、そうね、2つ上くらいのを買ってきてくれる?」
ダンはコクコクと頷いた。
サーガを寝かせて、メリンダに手伝ってもらって料理の仕度をする。2人でやってしまうとあっという間だ。仕事が減ったのは寂しいが、メリンダが元気になったのはやはり嬉しい。
サーガはまだ寝ていたが、することも終えてしまったし、服も見繕わなければならないしと、やはり今日も早めに退散することになった。
「キーナちゃんには、もう少し待ってねって伝えてね」
メリンダが少し悲しそうに微笑みながら、見送ってくれた。
夕飯の仕度をしながら待っていると、
「ダン! ただいま!」
今日も元気よくキーナが帰って来た。
なんだか後ろから付いてきたテルディアスがげんなりしている。
「メリンダさんの下着、買ってきたよ!」
と紙袋を差し出して来た。これで一式は揃った。
ダンは頷いて受け取り、
「持って行く」
「うん! メリンダさんによろしくね!」
今日買ってきた服と一緒に入れておいた。
夕飯をとりながら話を聞いてみて、ダンは何故テルディアスがげんなりしていたのか察した。
「テルがね、下着の店には入りたくないって言うから、外で待っててねって言ったのに、外出たらいなかったんだよ」
「いただろう。少し離れた所にいただけだ」
「店の前にいなかったじゃん」
「あんな所で立っていられるか!」
女性専用下着店の前でぼんやり突っ立っていられる男性はなかなかいないだろう。まだ女性と一緒にいるならばともかく、1人で立っていたら変態なのかと痛い程視線を浴びることになる。中に入るにしても、何か聖なる結界でも張ってあるのかと疑ってしまうくらいに、男は中に入ると落ち着かない。それに目の前にあるのは女性用下着だ。何処に視線を向けて良いものかとうろたえてしまう。テルディアスが入店を拒むのも当然だし、店の前で待っていられなかったのも当然である。
もう少しテルディアスの気持ちも察してやって欲しいものである。ダンはテルディアスを少し哀れに思うのだった。
「キーナに会うのが怖い?」
「馬鹿だって笑ってくれてもいいわよ」
「いやいや、なんで笑うのよ」
同じ頃、夕飯を共にしていたサーガとメリンダ。あんなにキーナ大好きなメリンダが、何故かキーナに会うことを躊躇っているようなので聞いてみた。
すると「怖い」のだと言う。
「そんなことないって分かってるんだけどね…。もし、もしもキーナちゃんが…、あの目で見てきたらって思うと…」
「あの目?」
「・・・・・・」
少し躊躇ってから、メリンダは話し出した。
「あんな商売してるとさ、やっぱどうしても、その、蔑んだような目っていうかさ、そういう風に見てくる人はいたりするわけだしさ」
娼婦はある意味汚れ仕事だ。複数の男に抱かれる、普通の女性ならば忌避する仕事だ。他に仕事を持てない女性達が最後に辿り着く場所だ。ほとんどの女性は自らそこへ飛び込む事はない。なにがしか事情を抱えているものが大半である。
メリンダも世間知らずだったために、女衒の口車に乗せられて娼館に売られた。当初は売られたことなど知りもしなかった。そこで働くようになってから、その場所の意味を知ったのである。
娼婦といえどずっと娼館に閉じ籠もっているわけではない。もちろん外に出ることはある。そうなると、世間の目はやはり厳しかった。
一部理解を示してくれる者もいたりはしたが、やはり大半は汚れ仕事として見る者が多かった。まあ一番むかつくのは、娼婦だからと気軽にお触りしてくる馬鹿な男共であるが。
商品なのだからこそ、気軽に触られたくない。触るならば金払えである。
そんな痛い視線を浴びながらも、お姉さん達からは胸を張れと言われて来た。生きる為に仕事をして対価をもらっているのだ。何故顔を伏せることがあると。
だからメリンダも胸を張って生きてきた。そんな視線に負けるものかと。
だがしかし、キーナは別だ。なんというか、その存在が別なのだ。
「もし、キーナちゃんが…」
自分を汚いもののように見ることがあったら…。
ないとは分かっている。キーナはそんな子ではない。でも怖い。
「それはねーだろ」
サーガが言い放った。
「あいつはんなこと欠片も考えてねーよ。というか、何も考えてねーんじゃねーの?」
そのほうがありえる。
「そうなんだけど…」
「あいつが考えてるのは「メリンダさん、元気かな? 早く会いたいな」とかだろ」
キーナの真似をして声を裏返らせるサーガ。全く似ていない。
「攫われた時以来、まともに顔も見てねーんだ。心配してるに決まってんだろ」
メリンダは声を詰まらせる。そう、あの時以来キーナはメリンダの姿もまともに見ていないのだ。テルディアスもダンも、キーナがとても会いたがっていると言っていた。メリンダも本当は早くキーナに会いたい。会ってあの笑顔を見たい。
「怖がってても、前には進めないわよね…」
メリンダは最後の肉の欠片を口に放り込んだ。
ダンから大まかな事は聞き出したとサーガを問い詰め、詳細を知って改めて愕然。まさかそんな事態になっていようとは…。途中から耳を塞ぎたくなったが、そんな恥ずかしいことを知らないでいる事もまた恥ずかしい。なのでしっかり全部聞き出した。
まあ、所々話したくないのか、ダンの話しと若干違う箇所などはあったが、それは見逃す。
メリンダの暴走を止める為に、手が炭化することも厭わず助けに入ってくれた事などを、炭化したことなどちらりとも言わずただ「なんとか止めた」である。
「恩に着せたいわけじゃねーし」とちょっと照れくさそうに渋い顔。いやいやそこはもっと誇って良いと思うのだが。
そんな多大な労力を掛けて世話してくれたことに、本当に頭が上がらない。感謝しかない。なのにサーガはちょいちょいあほな事を言って素直に感謝させてくれない。
メリンダは何度目かの溜息を吐いた。
それと、サーガは濁したが、ダンから聞いた「口移し」。
ご存じの通りメリンダは「キス」に関しては自分に制約を掛けていた。これは娼館で働くことになった折に、お世話になったお姉さんから教わったことである。
制約を掛けることによってより自分を魅力的にする、また将来出会う(はずの)まだ見ぬ恋人の為に唯一の場所を用意して自分の一線を守る、または幸せになる為の願掛けなどなど、それはいろんな意味を持つ。
故にメリンダも「キス」に関して制約を掛けることにしたのだった。そのおかげかどうか、見事に人気№1を争う程の娼婦にのし上がったわけであるが。
それが、今回の件で…、破られた?ことになるのだろうか…。
だがしかし、ある意味破られてもいないというか…。
その辺りでメリンダは悩み、苦しんでいた。
ちらりとサーガを見る。サーガは全て話し終えた後、メリンダに気を使ってそっとしておいてくれている。何気にこういうところに気のつく奴なのだ。
気を抜くとその少し憂いを帯びたような顔に釘付けになってしまいそうになる自分の視線を焚き火に戻す。
(重症かもしれない…)
再び溜息を吐く。
思い返してみればそんな兆候はあった。しかし認めたくないと無視していた。認めてしまうには、サーガはあまりに思い描いていた理想からかけ離れているからだ。
メリンダにだって、将来は好きな人と所帯を持ってささやかながら家庭を築きたいという、女の子ならば夢見る普通の夢を持っている。好奇心が先に立って村を飛び出していたとしても、だ。
その伴侶として理想の男性となれば、きちんと手に職を持ち、頼りになる優しい人。まあつまり、堅実な普通の男性ということだ。
いずれは村へ帰ることになっているメリンダは、村でその相手を見付けるのではないかと漠然と考えていた。まあ、この年になってしまったら、同年代はほとんど売り切れてはいるだろうが…。いや、年下でも全然大丈夫だけども!
村の外で見付けるにはリスクがある。連れて帰ったならば、きっと村からは一生出られないことになる。それを理解して許容してもらわなければならない。そんな都合のいい相手などそう見つかるはずもない。
そんな相手にサーガはまったくもって相応しくないうえに当てはまらない。サーガは第一印象からして最悪であった。
職業は傭兵。いつ死ぬかも分からず各地をフラフラしている風来坊。背はメリンダよりも低い(平均よりも若干下、というかメリンダが女性にしては背が高い)うえに下半身脳細胞。
誰がこんな奴を伴侶に選ぶものだろうか。
夜の相手としてはまさに適当な相手で、メリンダとしては丁度良い遊び相手くらいにしか最初は考えていなかった。
それがいつの頃からか、サーガがメリンダ以外の女性を相手にすることに腹が立つようになっていた。
(考えたくなかったから、考えないようにしていたのよね…)
答えを見付けてしまったら、ドツボに嵌まる。それに気付いていたからこそ目を背けていた。
そこへ、今回の事件である。
攫われそうになった時だって、必死になって助けようとしてくれていた。その後だってきっといろいろ大変な思いをして見付けて助けてくれたのだろう。それだけでも嬉しいのに、その後正気を失ったメリンダの世話を買って出て、死なないようにといろいろ頑張ってくれて、気を張ってくれていた…。
(いやいや、他に世話できる人がいなかったって言ってたし。確かにそうだし。サーガ以外あたしの面倒見られる人なんていないし。何よりもキーナちゃんを悲しませたくなかったからって、こいつもそう言ってたし…)
キーナという理由を押しだして照れ隠ししているように聞こえたのはきっと錯覚に違いない。きっとそうだ。
だがしかし、だがしかし、ここに来て気付いてしまったこの気持ちは、今まで押し込めていた分今まさに飛び出さんと荒れ狂っている。
サーガが適当な小枝を焚き火に放り込む。
思わずその動作に目を向けてしまう。その指先に、さらりと動いた髪に、炎を映して赤く染まるその瞳に見入ってしまいそうになる。
メリンダは顔を覆った。
「キス」は好きな人の為に取って置いたもの。ならば自分の制約は破られていない…?
葛藤する。
しかし認めたくない自分もいる。絶対にサーガは伴侶にするには相応しくない。
だがしかし、全てを見られてしまっているからこそ、太刀打ち出来ない気もする…。
(いやいや落ち着け。なんてったって一番駄目なのは下半身脳みそってところでしょうが)
自分の気持ちを落ち着ける為に、サーガの駄目な部分をあげつらう。
まずは傭兵という所が駄目だ。いつ死ぬかも分からない。そんな相手を待っていられるほど殊勝な女ではない。金遣いが荒いかと思えば、実は堅実だったりする。使うべき場所をちゃんと心得ているようだ。顔はまあ、テルディアスに比べると若干見劣りはするものの、よく見れば可愛い顔をしているし、人に気遣い出来る優しさもある。話しも合うし馬鹿話していても楽しい。側にいて気を使う事もなく、実は何かと頼りになる。
(て、なんで良い所あげつらってんのよ!)
ドツボに嵌まっている…。
これが「恋」というものの恐ろしさなのか…。
メリンダは、
「あんたも本当の恋を知ったら分かるわよ」
と美しく微笑んでいたお姉さんを思い出した。あの時はなんのこっちゃと思っていたが、今ならあの言葉の意味が分かる気がする。
ちらりと指の間からサーガを伺う。
特に表情も変えずに焚き火を見つめている。
その顔がなんだか「かっこいい」と思えてしまい、目が離せなくなる。胸が高鳴る。側に寄りたい。いや、寄りたくない。
(ああああああ!! もうどうしろってのよぉぉぉぉ!!)
メリンダは頭を抱えた。
翌朝、いつものように仕度を整え、3人で街へと向かう。
仕事へ向かうキーナとそれを送るテルディアスを見送り、ダンは買い物を済ませる。
街の外へ出て少し行くと、すでにテルディアスが待っていた。
無口な2人は特に会話をすることもなく、森の中へと入って行く。
目隠しの壁を抜け、風の結界を抜ける。地の結界はメリンダがフラフラと出て行く事もなくなったので、今は張っていない。妖魔の心配をしたのだが「それくらい対処できる」とサーガは言った。尊敬の眼差しで見たら、何故か後退りされた。
少し窪地になっているそこへ行くと、2人が焚き火の前にいるのが見えた。
「おっす」
「おはよう。テルディアス、来てくれたのね」
元気そうな2人の姿に安心する。
「もう大丈夫なのか?」
テルディアスがメリンダに声を掛けた。
「体調的には、まあ大丈夫かな。あとはまあ、おいおいかな」
男性恐怖症のことを言っているのだろう。ダンも女性恐怖症なのでその気持ちは良く分かる。少しずつ慣れていくしかない。
ダンも村を出ていろいろな女性と関わり、多少は女性恐怖症も薄れて来ていた。まあ、でも強そうな女性はまだ怖いのだが。
テルディアスにキーナの様子を聞くメリンダ。テルディアスもそこまでお喋りというわけではないが、ダン程の訳の分からん説明でもない。カツラ騒動の一件を聞き、メリンダとサーガは苦笑いしていた。
「あ、でも折角ならその可愛いキーナちゃんを見に行きたいわね」
「俺も見たい」
2人は頷いた。
「姐さん、練習も兼ねて俺とデートしに行こう。こいつもキーナとデートしたんだから、俺達も思いきり遊ぼうぜ!」
「俺のは遊びじゃない」
「どう見ても聞いても遊びだろうが」
テルディアスとサーガが睨み合う。何故この2人は顔を合わせると喧嘩腰になるのだろう。
「ちょっと。今のあたしの前でアホな喧嘩はしないでよ」
メリンダの声に、縮こまる2人。ダンはメリンダに尊敬の眼差しを向ける。この2人の諍いをこんなにあっさり治めてしまうとは。
その後も少し話をし、お昼を一緒に食べると、テルディアスはすることもないと一足先に街へと向かった。きっとキーナが心配なのだろう。過保護め。
ダンは買ってきた服をメリンダに見て貰う。
「うん、まあ…。期待はしてなかったけど…」
メリンダからするとちょっと野暮ったい感じらしい。
「それと、ごめんねダン。多分これ、着れないわ」
とメリンダがシャツを手にする。所謂普通のTシャツ。メリンダのサイズに合うように買ってきたはずなのだがと首を捻る。
「まあ、男の人には分からないわよね。これね、多分胸が入らない…」
胸の大きい女性あるある。既製のサイズだと胸が苦しいので、大きめの服を買う羽目になる…。
メリンダは胸が大きい。控えめに言わなくとも大きい。かなりでかい。巨乳好きには溜まらんほどにたわわに実っている。
既製品は大まかな女性達の平均的な作りになっているので、その辺り配慮はされていない。嫌がらせとかそういうわけではない。あくまでも平均で作ってあるだけだ。
メリンダほどに大きいのは稀、なのである。
今来ているワンピースはゆったりしたサイズなので、なんとか着られてはいるが、実は胸が窮屈そうであった。しかも下着を着けていないのでいけないものまで見えてしまっている。
注:ダンも普段は見ないように気にしないようにしています。
そんなことがあるのかとオロオロするダン。
「いいのよ。買い直せばいいだけだし。これの、そうね、2つ上くらいのを買ってきてくれる?」
ダンはコクコクと頷いた。
サーガを寝かせて、メリンダに手伝ってもらって料理の仕度をする。2人でやってしまうとあっという間だ。仕事が減ったのは寂しいが、メリンダが元気になったのはやはり嬉しい。
サーガはまだ寝ていたが、することも終えてしまったし、服も見繕わなければならないしと、やはり今日も早めに退散することになった。
「キーナちゃんには、もう少し待ってねって伝えてね」
メリンダが少し悲しそうに微笑みながら、見送ってくれた。
夕飯の仕度をしながら待っていると、
「ダン! ただいま!」
今日も元気よくキーナが帰って来た。
なんだか後ろから付いてきたテルディアスがげんなりしている。
「メリンダさんの下着、買ってきたよ!」
と紙袋を差し出して来た。これで一式は揃った。
ダンは頷いて受け取り、
「持って行く」
「うん! メリンダさんによろしくね!」
今日買ってきた服と一緒に入れておいた。
夕飯をとりながら話を聞いてみて、ダンは何故テルディアスがげんなりしていたのか察した。
「テルがね、下着の店には入りたくないって言うから、外で待っててねって言ったのに、外出たらいなかったんだよ」
「いただろう。少し離れた所にいただけだ」
「店の前にいなかったじゃん」
「あんな所で立っていられるか!」
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もう少しテルディアスの気持ちも察してやって欲しいものである。ダンはテルディアスを少し哀れに思うのだった。
「キーナに会うのが怖い?」
「馬鹿だって笑ってくれてもいいわよ」
「いやいや、なんで笑うのよ」
同じ頃、夕飯を共にしていたサーガとメリンダ。あんなにキーナ大好きなメリンダが、何故かキーナに会うことを躊躇っているようなので聞いてみた。
すると「怖い」のだと言う。
「そんなことないって分かってるんだけどね…。もし、もしもキーナちゃんが…、あの目で見てきたらって思うと…」
「あの目?」
「・・・・・・」
少し躊躇ってから、メリンダは話し出した。
「あんな商売してるとさ、やっぱどうしても、その、蔑んだような目っていうかさ、そういう風に見てくる人はいたりするわけだしさ」
娼婦はある意味汚れ仕事だ。複数の男に抱かれる、普通の女性ならば忌避する仕事だ。他に仕事を持てない女性達が最後に辿り着く場所だ。ほとんどの女性は自らそこへ飛び込む事はない。なにがしか事情を抱えているものが大半である。
メリンダも世間知らずだったために、女衒の口車に乗せられて娼館に売られた。当初は売られたことなど知りもしなかった。そこで働くようになってから、その場所の意味を知ったのである。
娼婦といえどずっと娼館に閉じ籠もっているわけではない。もちろん外に出ることはある。そうなると、世間の目はやはり厳しかった。
一部理解を示してくれる者もいたりはしたが、やはり大半は汚れ仕事として見る者が多かった。まあ一番むかつくのは、娼婦だからと気軽にお触りしてくる馬鹿な男共であるが。
商品なのだからこそ、気軽に触られたくない。触るならば金払えである。
そんな痛い視線を浴びながらも、お姉さん達からは胸を張れと言われて来た。生きる為に仕事をして対価をもらっているのだ。何故顔を伏せることがあると。
だからメリンダも胸を張って生きてきた。そんな視線に負けるものかと。
だがしかし、キーナは別だ。なんというか、その存在が別なのだ。
「もし、キーナちゃんが…」
自分を汚いもののように見ることがあったら…。
ないとは分かっている。キーナはそんな子ではない。でも怖い。
「それはねーだろ」
サーガが言い放った。
「あいつはんなこと欠片も考えてねーよ。というか、何も考えてねーんじゃねーの?」
そのほうがありえる。
「そうなんだけど…」
「あいつが考えてるのは「メリンダさん、元気かな? 早く会いたいな」とかだろ」
キーナの真似をして声を裏返らせるサーガ。全く似ていない。
「攫われた時以来、まともに顔も見てねーんだ。心配してるに決まってんだろ」
メリンダは声を詰まらせる。そう、あの時以来キーナはメリンダの姿もまともに見ていないのだ。テルディアスもダンも、キーナがとても会いたがっていると言っていた。メリンダも本当は早くキーナに会いたい。会ってあの笑顔を見たい。
「怖がってても、前には進めないわよね…」
メリンダは最後の肉の欠片を口に放り込んだ。
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リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています
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この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。
『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。
「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」
「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」
そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。
◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
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バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
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その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
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しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
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公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
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これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた
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出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
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※※※
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表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
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