キーナの魔法

小笠原慎二

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シゲール襲来編

再会

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仕事をしている間は余計な事を考えなくて済む。キーナはこの仕事をそれなりに気に入っていた。
一時はパンクするかと思えるくらいに客が入っていたが、今はなんとか捌けるくらいの客の入りくらいになり、落ち着いている。近頃は年配のお客や、女性客も増えつつある。
2号店を画策しているらしいミラは、次のお店は女性だけを狙い目にするのではないものにしようとしているらしい。まあ頑張れ。

一緒に働くレイファやチナやアースラとも今や仲良くなって、この街の噂話などを聞いたりすることもある。大抵ちんぷんかんぷんだけれど。
チナがダンを気に入っていると聞いて、お店に連れて来ようとした事もあったが、ダンに首を盛大に横に振り拒否された。まだまだダンに女性は難しいようだ。
とにかくくるくると働いて、休憩時間などはレイファ達とだべったりもし、キーナは普通に生活をしていた。とにかく普通にしていた。そうでもしないと気分が落ち込んでしまいそうだから。
キーナの代わりに攫われて酷い目にあわされたメリンダ。最後に見たその姿は遠目からではあったが、ボロボロだった。一時は怖くて始終周りに気を張っていたが、サーガが元凶を懲らしめて、2度とそんなことを出来ないようにしたと聞いて多少は安心した。しかし今でも背後が怖い。あんなことは余程の事がない限り起きないとは分かっている。日常に身を浸していればそれが当たり前なのだと体も分かってくる。今では気を張っていることもなくなった。だが恐怖心は払拭できてはいない。

何もしないと嫌なことばかり考えてしまう。だから仕事は有り難かったし、一緒に笑える仲間がいることも有り難かった。落ち込んでいては、そんな顔をしていれば、またテルディアスやダンが心配してしまうだろう。
今日も笑顔でキーナは普通に過ごす。早くメリンダが良くなって、また会えるようにと祈りながら。

「キーナ。か・れ・しさん来たよ~」
「は~い」

最早定番のお知らせ文句に返事をして、キーナはいつものように着替えに行った。
付き合ったこともないし、テルディアスとも恋人のふりをしているだけなのではあるが、やはり彼氏と言われるのは少し恥ずかしい。テルディアスはあれで普通に人間の姿をしていれば街中の女性が振り向く程にカッコイイので、自分には不釣り合いだと思っている。テルディアスの隣にはメリンダのような綺麗な女性の方が似合っていると思うのだが、テルディアスは何故かメリンダが苦手なようなので言わないでいる。
着替えを終えて、レイファ達に挨拶をして店を出る。

「テル、お待た」
「ああ」

大分慣れた恋人繋ぎをして、一緒に歩き出す。
繋ごうとするたびに、手が大きいなと思う。男の人だからなのか、テルディアスが剣士だからなのか。
毎度安心感を感じると共に、首に縄を付けられたような感覚に陥るのは何故なのだろう。
店であったことや、テルディアスの一日を聞くなど他愛もない話をしながら街の外へと出て行く。これも毎度門番の人がおかしな顔をしているが、気にしない。
街道から少し離れた所に、ダンが作ってくれた仮宿がある。風呂トイレ完備でフワフワベッド付き。なんと豪華か。
隣に人がいないと落ち着かないと我が儘を言わせてもらい、テルディアスの横にベッドを設えてもらっている。テルディアスは苦い顔をしていたが、ベッドに潜り込まれるよりはましと一応納得しているようだ。

街道を逸れて森の中を進んでいる途中、キーナはいつもと違う精霊の気配に気付いた。どことなく浮ついたような、なんだか嬉しそうな火の精と風の精の気配。
なんとなくピンときた。そう思った瞬間、足が走り始めていた。

「キーナ!」

突然手を振りほどいて走り出したキーナに驚いたテルディアスが、後ろから追いかけてくる。しかしキーナはそんなこと気にもせず、前に向かってひたすら足を動かす。
木立を抜け、街道から人の目が全く届かなくなった頃に、仮宿が設置されている少し開けた場所が見えてくる。いつも焚き火の側にはダンの影しかないのであるが、この日は違った。
赤い髪と黄色い髪の色が見えた。
1度足を止め、その光景をよく見る。幻ではないようで、赤い髪の女性がこちらに気付いてキーナを見た。

「キーナちゃん…」

キーナの出現に驚いたような女性の顔。その顔はあのボロボロの時とは違い、とても元気そうで…。
キーナの目から涙が勝手に溢れて、零れた。

「っメ…」

喉がひくついて上手く言葉が出てこなかった。
走り出す。

「メリンダさん!!」

叫んで走って、飛びついた。胸の弾力に1度押し返された。意地になって胸に顔を埋める。

「メリンダさん!!」

泣いた。
泣くことしか出来なかった。

「キーナちゃん…」

少し戸惑ったようなメリンダの声。少し遅れてその両腕がキーナを包み込んだ。

「メリンダさん! メリンダさん! メリンダさん!…」

他の言葉など忘れてしまったかのように、キーナが繰り返しメリンダの名を呼ぶ。

「キーナちゃん…。ごめんね…。ごめんね…」

メリンダの腕に力が入り、キーナを強く抱きしめてくれた。
キーナはとにかく気が済むまで、泣きに泣いたのだった。






その後のキーナはまさに、メリンダにベッタベタだった。次の日仕事に行くまでそれはもう、メリンダのトイレまで付いていきそうなくらいにベッタベタだった。
おかげでテルディアスがどことなく寂しそうにして…ぐはあっ!
ソンナコトハナイ
だそうである…。












翌朝も仕事がなければとボソボソ呟きながら、キーナはテルディアスに手を引かれて街へと連れて行かれたのだった。ドナドナ。

「反動がひでぇことになってるな」
「そうね…」

メリンダはキーナと恋人以上にベタベタした時間を過ごせたのでご満悦のようだ。先に考えていたようなことは全くもってあるわけもなく、キーナは今までと同じように、いや、今まで以上にメリンダに甘えん坊になった気がする。ちょっと嬉しい。
反対に労いの言葉も掛けて貰えなかったサーガはちょっと気落ちしている。いや、自分が選んでしたことではあるんだけどね。こうまで無視されるとね、ちょっと堪えるよね…。
ダンはそんなサーガを気遣って、ちょっと食事の際に肉多めなどしてはくれていたけど、そういうことで癒やされることでもないんだよね…。合掌。

「じゃ、姐さん、行こうか」
「う、うん…」

メリンダとサーガはもちろん、約束したデートである。キーナもまだ勤務日数が残っているので、それが終わるまでは今の街に留まることになっている。その間にメリンダは、普通の生活に戻る訓練をするのだ。
サーガとテルディアスとダンがいる空間には慣れた。というか、テルディアスはヘタレ過ぎる日常を見過ぎていた為か、正気に戻って初めて会った時にも全く何も感じなかったらしいので、訓練にならなかったのである。

どんだけ男として見られていないのだテルディアス…。

メリンダも早く日常を取り戻したいので、訓練には積極的である。キーナに心配をかけたくはないし…。
ダンも仮宿にいてもすることがないので、何かテルディアスと同じように日雇いの仕事でも探そうかと思っている。なんなら調合した薬などを売っても金になるだろう。
そんなこんなで街に着いた3人。ダンだけ2人とは離れて仕事を探しに行った。

「さて、金はあるし、まずは服?」
「う、うん…」

久しぶりに人の多い所に来たせいか、はたまた男がいるせいか、メリンダが若干緊張している。金はもちろん、テルディアスが稼いで来たあの金である。懐に余裕があるというのは全くもって素晴らしい。
恋人繋ぎではないが、2人は手を繋いで街を歩く。メリンダを安心させる為にサーガが手を繋ぎ始めたのだが、何故かメリンダは顔を背けている。

「姐さん? やっぱまだ難しいか?」
「ぅえ?! いいえ! そんなことないわよ!」

メリンダの顔がなんだか赤い気がするが、やはりそれは気が張っているからなのかもしれないと、サーガはメリンダに気を使いながら服屋を探す。
メリンダも必死に自分に言い訳を言い聞かせながら、とにかく普通にしようと頑張っていた。
頑張れ。

服屋で服を見繕う。今までよりは肌を隠すような服装になったのは心情的なものだろう。しかし普通の服を着ると太ったように見えてしまうので、やはりどうしても胸を強調するような服になってしまうのは仕方ないだろう。胸の大きい人あるあるである。
せっかくだからとキーナの店へと立ち寄る。

「メリンダさん、サーガ! いらっしゃい!」

満面の笑みのキーナに迎え入れられ、一緒に働く仲間を紹介される。カツラを付けているキーナは、やはり可愛い女の子にしか見えない。というか普段を知っているせいか、同一人物に見えない。不思議なものである。

「ごゆっくり」

と出された甘味に、サーガが頬を引き攣らせていた。甘いものが嫌いなわけではないが、量が…。
残った分はメリンダが、

「食べ物を粗末には出来ないからね!」

となにやら言い訳しながら食べ尽くした。
店を出てからしばらく街をぶらついて、適当な時間に2人は仮宿へと帰っていく。

「どうよ、街は?」

帰り道でサーガが感想を聞いてきた。

「うん…。まあ…。いきなり背後に立たれたりとか、いきなり近づいて来たりとかなければ、なんとかなりそうかな」

元々商売柄、様々な男と関わって来たメリンダだ。社会復帰も遠くなさそうである。
だが、元の仕事に戻るのはかなり難しいと思えた。
メリンダはサーガと繋いでいない方の手を強く握る。そこにいるだけ、話すだけならばすぐに慣れるだろう。しかし、触れることに関してはかなり難しそうである。
会計時に手が触れそうになったりとか、擦れ違いざま肩が触れそうになったりとか、いちいち反応してしまう自分に驚いていた。今までそんなこと感じたこともないのに。
メリンダはサーガをちらりと盗み見る。

「そっか~。まあ、ゆっくり慣れていくしかないよな~」

とのんきに話しているその横顔。
胸が高鳴る。そして、不安が押し寄せる。
サーガと手を繋ぐのは平気だ。むしろ安心する。抱きつく事も出来たが、あれは気持ちが高ぶっていたせいもあるかもしれない。もし、もしもだが、サーガに触れられる事さえ怖いと感じるのであれば…。
サーガは下半身脳みそ男だ。肌を合わせられない女など相手にするはずがない。
サーガと繋いでいる手に、思わず力が入った。















その後、サーガが報せたらしく、ルイスも見舞いにやって来た。
メリンダは全く覚えていないが、世話になったと礼を言った。ルイスは「俺達がもっとしっかりしていれば」と謝っていた。
翌日はキーナが休暇をもぎ取ってきて、メリンダと一日いちゃついて過ごした。半月以上会えなかったのだから当然なのかもしれない。その時にテルディアスにまた化粧をして欲しいと話が出た。珍しくテルディアスも乗り気になっていたので、今度サーガと買い物に行く時にいろいろ揃えることになった。
メリンダの訓練も順調に進んだ。年格好が似ている者に少し敏感になる気配はあるが、この世界、黒髪黒眼はどちらかというと珍しい部類に入るので、その点は有り難かった。

キーナの迎えに1度だけテルディアスが化粧を施して迎えに行き、レイファ達がちょっと騒いだり、その姿を見た男達があんぐりと口を開けていたこともあった。
テルディアスがちょっと得意そうにしていたのは珍しいことである。

余談だが、あの商人の男は店の金に手をつけたことがバレ、親に勘当されそうになった。しかし「これが最後」と父親が別の店に出向させたのだそうな。ほぼ雑用下働きの身分になって、毎日ひいひい言いながら頑張っているとかなんとか。

そんな日々を過ごし、とうとうキーナの仕事終わりの日がやってくる。1週間前からミラに、

「是非正式にうちの店の従業員に!」

と何度も勧誘されたが、旅の途中なのでお断り。ミラはとても残念がっていた。
客達に報せたはずはないのだが、何故か最終日は満員御礼になった。キーナにプレゼントを持ってやってくる者達もいたが、すべて店長命令でお断りさせて頂いた。これから旅立つのに荷物が増えるのは困る。
カランと音がして、店の扉が開く。

「いら…ひゃい! ああ、いえ! キーナのお迎えですね! キーナ! 来たよ!」
「はーい」

レイファのおかしな声に振り向くと、珍しく化粧を施してフードを取ったテルディアスがいた。

「待っててね」
「ああ」

キーナは見慣れているので特になんとも思わないが、レイファ達が言うには「なんともいいようがない」程にいいお顔らしい。レイファの声が裏返ったのもそのせいかもしれない。
いちおう挨拶は済ませてはおいたが、もう一度みんなへ軽く挨拶をしていく。

「キーナちゃん! いつでも来てね! 大歓迎だから!」

ミラはまだ諦めきれないらしい。

「お元気で。ダンさんにもよろしく」

チナはダンに会えないのが残念そうだった。

「元気でね~。気が向いたらまた来てよ」

アースラは非番だったのだが、お店が忙しかったので急遽入ってもらっていたのだった。

「キーナ、元気でね! 彼氏さんともうまくやるのよ~」

にひひとレイファが口元を抑える。

「お芝居だって言ってるのに…」

周りに聞こえないよう小声で呟く。キーナが渋面を作るとレイファが頭をポンポンしてきた。

「1ヶ月お世話になりました。皆も元気で!」

そう言って店を出ると、お客さん達も含め、皆がそれぞれに別れの言葉で見送ってくれた。男達はほとんどが泣いていたが…。
これが最後と襲ってくるようなアホはいなかったようで、無事に仮宿へと帰ってくる。

「ただいま~、ダン、メリンダさん、サーガ」
「お帰りなさい、キーナちゃん」
「お~帰り~」

夕飯の仕度をしていたダンとメリンダが顔を上げた。サーガは薪拾いでもしていたのか、小枝をいくつか抱えている。キーナも夕飯の手伝いに入った。
夕飯を食べながら、今後について話し合いが始まる。明日にはここを出立するのだ。と言っても行き先はだいたい決まっている。サーガが拾い集めた、西の方で小競り合いがあるそうだという噂を確かめる為に、とにかく西を目指す。上手く行けばサーガの村を発見できるはずである。

「見つかるといいね~」
「そうね~」

穏やかにキーナと話すメリンダ。

「移動する村とか言ってなかったか? そんなにしょっちゅう動くのか?」

テルディアスの問いにサーガが少し頭を傾げる。

「戦が終わるまでは移動しないはずだけどな。どうかな~。気が変わって明日にでも移動始めてるかも?」
「ちょっと、ここまで来て見失うとか、冗談じゃないわよ」

ただでさえ手掛かりが少ないのに、ここで逃したらまたあちこち探し回らなければならない。

「俺に言われても。まさに風の吹くまま気の向くままの連中だから。なんとも言えん」

さすがは風の一族である。

「見つかって欲しいね…」
「まさにそうね…」

のんきに構えている場合ではなさそうだった。












メリンダが帰って来てからは、キーナはベッドをダブルサイズにしてもらい、メリンダと一緒に寝ている。メリンダもキーナと一緒だと安心して寝られるので有り難く思っていた。
寝る仕度をしてベッドに潜り込む。メリンダとお喋りをしていると眠気が差してくる。
ちなみに、今日テルディアスに化粧を施したのは、

「いらん虫除け」

らしい。キーナにはどういう意味か分からなかったが。

「おやすみなさい、キーナちゃん」
「おやすみなさい、メリンダさん…」

落ちて行く意識の中、キーナは久しぶりに祈った。
宝玉はないけれど、いつも周りに満ちている風に向かって。

「風の村が無事に見つかりますように…」

と。
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