キーナの魔法

小笠原慎二

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はぐれ闇オルト編

キーナの異変

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キーナが月のものが来ていて魔法が使えない状態のことにテルディアスが妙な顔をし、キーナがシアの輸血の光景を聞いて目をキラキラさせていた。

「見たかった…」
「中々に面白い光景だったぞ」

キーナが羨まし歯ぎしりをする。

「そういえばね、テル」
「ん?」

キーナが自分が暴走している間の白い空間での出来事を話す。あの顔の横に出て来た黒い袖の服を着た手の持ち主。
テルディアスも驚きの表情を浮かべる。

「やっぱり…かな?」
「…可能性がないでもない…」

テルディアスも同じ事を考えたようだった。だがそうなると…、テルディアスが考えを辿々しく口にする。

「もしそれが、闇の御子…、だったとして…、あの場にいた、闇の者、となると…」

オルトとルーン。
そしてキーナが女であるからして、該当するのはオルトだ。
しかもオルトはキーナに瓜二つの容姿だった。

「え? そんなに似てた?」

当の本人はあまり自覚していないらしい。

「うん、その可能性も、ないでもないんだけど…」

否定もしないが肯定もしない。

「その、ね? えと、前回、というか申しますか、港町の時にも、ね?」

その時も姿は見ていないが、誰かに頭を撫でられたのは覚えている。あれがあったから、キーナは周りを見渡す事ができ、あの自分そっくりな女の子がいることに気づけたのだ。
それとぼんやりと覚えているのが、あれは男の人の手だったということ。何度かテルディアスに頭を撫でられているし、メリンダにも撫でられているから、あれが男の人の手だったという確証は持てる。

「でもあの時は、あのオルトっていう子はいなかったよ?」

いなかった。関わってさえいなかった。いることさえ知らなかった。
テルディアスも首を傾げる。

「となると、前回と今回もたまたま近くに? しかしそんなに都合良く近くにいるものか? それに港町ならまだしも、ここは近くに人などいないぞ?」
「隠れて付いてきてるとか?」

キーナはストーカーという言葉を思い浮かべた。こらこら。
テルディアスが難しい顔をする。

「…。しかし、怪しい奴がうろついていたら、俺、もしくはあいつが気付かないわけがない…。ただ、空間に籠もっていたらさすがに気付かないとは思うが…」

あいつ、でサーガを顎で指す。

「だがそうなると…、なんで空間に引きこもって姿を現わさないんだ? という疑問が沸く」
「そうだねい…」

よく分からなくなって、二人で首を傾げたのだった。












朝日が差して来た頃、サーガがようやく目を覚ました。

「う…体がおめぇ…」
「サーガ、目え覚めた? 大丈夫?」

キーナが側に寄る。

「おお…、キーナ、無事だったかよ」

まだ顔色は若干青いのに、相変わらずの軽口である。しかし声に力が無い。

「ん…、サーガ?」

サーガの声に反応したのか、メリンダも眼を覚ました。

「サーガ、眼を覚ましたのね?」

体を起こし、心配そうにサーガの顔を覗き込む。

「おはよ、姐さん。今日も変わらず別嬪だあね」
「馬鹿。当たり前でしょ」

言葉とは裏腹に、嬉しそうな顔をするメリンダ。

「で、なんで俺、こんな窪地で寝てるの?」

掘り起こしてそのままになってるからです。
サーガを起こしてやる。そのまま起きているのもまだ辛そうなので、丁度いいので窪地の中で座って貰い、そのまま背を預けてもらった。なんと丁度良い。

「なんか、見下ろされてる感じが腹立つ…」

コンプレックスを刺激されるようだった。
そんな風にわちゃわちゃやっていると、物音で目が覚めたのか、ダンも起き出してきた。
まだダンもふらついている。

「朝食…」
「無理はするな」

ふらつく体で食事を作ろうとするので、テルディアスがそれを止める。キーナも慌ててダンから荷物を遠ざける。

「そんなフラフラな状態で無理して動かないの! 休む!」

キーナの剣幕にダンが悲しそうに下を向いた。いや、無理はするな。

「サーガさん? 大丈夫そうですの?」

シアも目を覚まし、欠伸をかみ殺しながらサーガの状態を確認していた。

「おう、心配かけたな」
「良かったですわ。ダンの治療が上手く行ったんですのね」
「おう、ダンもあんがとよ」

ダンがテレテレと頭を掻く。
とりあえず携帯食料で腹を誤魔化す。とりあえずどこか休む場所を見付けなければと腰を上げる。

「サーガ、大丈夫?」
「ん。なんとか歩けないことはないかな?」

メリンダがサーガを支えつつ、寄り添って歩き出す。
ダンとシアもまだ完全に魔力が回復しきっていないせいか、若干ふらついている。
唯一元気なキーナとテルディアス。テルディアスも怪我を負ってはいるものの、体力魔力共にまだ余力がある。キーナに至ってはほぼ眠っていた状態なので、魔法が使えない以外は元気だった。痛みも3日目なのでほぼ治まっている。
テルディアスがダンの荷物を背負い、ともすれば後ろを振り返りながら歩くキーナに気を掛けながら、一行の先頭を歩き、先導して行った。















途中途中で休みつつ、一行は次の日の暮れ時に近くの街に到着した。早速宿を取り、体を休める。
ダンとシアは魔力が少なくなっているだけなので、寝てれば勝手に治るだろう。
サーガとメリンダに至っては、血が足りない状態なのでとにかく食べて休んでもらうしかない。サーガとメリンダの状態を見て、出発の予定を決めることになった。

そして夜。皆が寝静まった頃、宿屋となれば恒例(?)のキーナのお忍びの時間がやってくる。本人にその気は全くないのであるが。
いつものように目が覚めて、いつものように寝惚け眼で部屋を出る。いつものように鍵が掛かっているはずのテルディアスの部屋の扉を開けて、いつものようにテルディアスが寝る前に張っている結界をすんなりすり抜けて部屋に入る。うん、いつも通りだ。
寝惚け眼でベッドの隣に立って、ベッドを見下ろす。気持ちよさそうにテルディアスが横向きになって眠っている。

(可愛い…)

床に膝立ちになり、ベッドに肘をついてまじまじとその寝顔を眺める。いつも大人っぽい顔をしているのに、眠っている顔は少年のように見える。不思議なものだ。
その顔の造形はよく整っており、誰かがモデルにしたいと言っても素直に納得出来る。あまり近くに寄られるとキーナもドキドキしてしまうので、時折視線を彷徨わせてしまう。
掛け布団から出ている肩とそこから伸びる筋肉質な腕。腕に隠れて見えにくくなっている胸板にもほどよくついた筋肉は、細マッチョに分類される綺麗な形をしている。筋肉好きの女性が見たらまさに垂涎モノ。にぶいキーナもその筋肉は綺麗だなと思っている。
そしてキーナの顔をすっぽりと覆ってしまう大きな、少しごつごつした手。頭を掴まれたり腕を掴まれたり、何かとキーナを支えてくれるその大きな手。手を繋ぐとなんだか胸がザワザワするも、とても安心出来る不思議なもの。
首筋から伸びる肩甲骨までのライン。筋肉に隠れつつも程よく主張してくるそのラインに、なんだか色気を感じてドキリとするキーナ。

(あり? なんにゃ?)

ドキドキドキ。なんだか鼓動が早まる。見慣れているはずのテルディアスの寝姿に、なんだか胸がざわついてくる。

(よ、よく分からんけど、寝よう)

明日寝不足になってしまうと、キーナがいつも通りにテルディアスの隣に入ろうとする。

が。

(・・・・・・)

なんだか、テルディアスに触れることが躊躇われた。
いつもその腕を押し上げて押しのけて、その厚い胸板に顔を埋めて寝ているのだが…。

(あり?)

なんだかとても恥ずかしいことのような気がしてきた。

『いまさらかーい』 ← 作者の心の叫び。

腕を押し上げるには、触れなければならない。なのに、触れようとするとなんだか心臓がうるさい。

(あり? あり? あり?)

いつもと違う何かに、キーナが焦り始める。もう一度テルディアスをじっと眺めてみるが、どんどん心臓がうるさくなっていく。
その少年のあどけなさの残った寝顔。逞しい腕と胸板。いつも自分を助けてくれるその大きな手…。

(ありありありあり?)

何故自分は今までこの腕に容易く触れていたのだろう。何故自分は今までその胸板に心地よく顔を埋めることが出来たのだろう。
ここに来てキーナ、初めて自分の行動に疑問を持った。
何故今まで、テルディアスに気安く触れることができていたのだろう…。
キーナがよろめく。ベッドから2歩ほど離れた所で、ペタンと尻餅をついてしまった。

(なんで…。僕…)

心臓が破裂しそうなほどにドキドキドキドキとうるさく鳴っている。なんだか顔が熱くなって来た。眠気も吹っ飛んでしまっている。

(あれ? なんで…僕…、今まで…?)

とキーナがその場でパニックになっていると、

「誰だ?!」

テルディアスが突然ガバリとその身を起こし、警戒する。
しかし、目の前に座り込んでいるキーナを見付け、

「キーナ?」

訳が分からず首を傾げた。

「て、テル…」
「どうした? 何かあったか?」

と、テルディアスが手を伸ばすも、

「にゃんでもにゃい!」

その手を取らずにキーナがすっくと立ち上がった。

「おやすみにゃさい!」

とすったすったと両手両足が揃った早歩きで、テルディアスの部屋を出て行った。
さらに首を傾げるテルディアス。

「何しに…? まあ、いつもの事なんだろうが…。しかし、初めてキーナの気配で目が覚めたな…?」

そうしてもう一度首を傾げる。

「今、結界素通りして行ったよな…」

正解。よく見ていたね。
その後、テルディアスは鍵を閉め(キーナが閉めていかなかったので)、結界ももう一度張り直してベッドに潜り込んだのだった。
少しキーナのことも心配になったが、どうせまた知らぬうちに潜り込んでくるのだろうと眠りに就くのだった。
諦めている、とも言えるかも知れない。









キーナは自分の部屋に戻り、自分のベッドに素早く潜り込んだ。頭から布団を被った状態で身悶える。

(にゃんでにゃんでにゃんでにゃんでにゃんでにゃんで!!)

今までの自分の所業を思い出し、思い切り赤面していた。

(にゃんでにゃんでにゃんでにゃんでにゃんでにゃんで!!)

どうしてあんな事が出来ていたのか、自分で自分が分からない。そして何故今頃になってその意味を理解したのか分からない。
テルディアスが言っていた万が一。ようやっとその意味を理解したキーナ。眠気など空の彼方に吹っ飛んで行ってしまい、1人布団の中で身悶える。

(にゃんでにゃんでにゃんでにゃんでにゃんでにゃんで!!)

この日、キーナは珍しく寝不足になったのだった。




翌朝、キーナがベッドに潜り込んできていないことに、再びテルディアスは首を傾げたのだった。













「なんなんだ…。なんなんだよあれ!」

魔力が戻り次第、いつもの闇の間に戻って来たオルトが叫ぶ。

「分からないわ…。でも、力が暴走したみたい…」
「なんで?! そんな話し聞いた事もないよ?! 光の者が力を暴走させたなんて!」
「あ…、しばらく前に、港町が消えたって…」
「何? その話し」
「私も、詳しくは知らないけど…、光の者の残滓があったとは聞いたけど…」
「なんだって? それも光の御子の暴走なの? どうして光の御子だけが力を暴走させるんだ?」
「私には分からないわ」
「ふん。まあそうだよね。くそ、良い所までは行ったのに…。計画が丸潰れじゃないか」
「オルト…」
「だいたい、月のものが来た時は魔法が使えないんじゃないの?! どうして暴走なんか!」

いらいらとしながらオルトが叫ぶ。それを怖々見守るルーン。
しばらくオルトの罵声が闇の間に響いていたのだった。

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