キーナの魔法

小笠原慎二

文字の大きさ
281 / 296
時の狭間の魔女編

帰ろう

しおりを挟む
時間も空間もない場所。そこでテルディアスはただ藻掻いていた。
無限に続く暗がり。地面も空も何もない場所。そこにキーナが本当にいるのかと不安になってくる。
だがしかし、諦めるわけにはいかない。

「キーナ…」

発する声は周りの空間に吸収されてしまう。腰縄を外したせいか、余計に自分がどこにいるのか分からなくなっていた。
キーナのことだけを考えながら、とにかく足を動かす。しかしその足もきちんと動いているのか、自分が前に進めているのかも分からなくなっていく。

「キーナ…」

声もきちんと出ているのかさえ分からなくなっていく。もしかしたらそう考えているだけなのかもしれない。しかし止まるわけにも行かない。必死に体を動かす。とにかく何か、どうにかしなければと闇雲にただ動く。

「キーナ…」

とにかく、とにかくキーナを見付けなければならない。それだけしか考えられなくなっていた。
キーナを見付けたい。キーナの側にいたい。キーナを…。
ゆっくりと、テルディアスの瞳が闇色に染まっていく。

テルディアスが動きを止めた。何者も動く事のなくなった空間に静けさが戻る。
テルディアスはただそこに居た。天も地も何もない場所。浮かんでいるとも言い難いその場所で、ただ存在しているだけのものになった。
そして息を吸うと、テルディアスは静かに言葉を吐き出した。

「光の元へ。道を示せ。我が前に」

キュリン!

テルディアスの右耳に付けていた双子石が音を鳴らした。
すると、前方の一画で光が溢れた。そしてテルディアスの足元まで一直線に光の筋が走った。それはまるで暗がりに用意された光る道。
道が終わる場所では、キーナが踊り子の姿のままで寝転んでいるのが見えた。
テルディアスがその光る道を歩き出す。一歩一歩。今度は確実に進んでいることが分かる。次第にキーナの姿が大きくなっていく。テルディアスはゆっくりと歩を進め、キーナの元へと歩いて行く。
キーナの元へと来ると、テルディアスはそっと近づき、キーナの傍に膝を付いた。
それに気付いたのか、キーナがゆっくりと瞼を開く。

「テル…?」

少し焦点の定まらない目でテルディアスを見つめ、そして微笑んだ。

「良かったぁ…。目が覚めたらね、テルがいるってね、思ってたの。やっぱり、いてくれたんだね…」

キーナがそっとテルディアスの顔に手を伸ばす。
テルディアスはその手に自分の手を重ねた。

「ああ。ずっと共にいてやる。どこにいようと。俺はお前の傍にいる」

安心したようにキーナは目を閉じた。テルディアスはゆっくりと、優しくキーナを抱き上げた。

「帰ろう。俺達の世界に」

テルディアスがそう言うと、2人の目の前に穴が開いた。














皆、言葉を発することも出来ず、呆然と座り込んでいた。穴は消えてしまった。これでキーナとテルディアスが行方不明になってしまった。
お婆さんのぜいぜいという息づかいが聞こえる。相当疲れたのだろうことが分かる。だが誰も何も言葉を発することができなかった。何も考えられなかった。

「ま、魔力が…溜まれば…、また、穴は、開く、ことができる…。き、希望を、捨てるでは、ないぞ…」

お婆さんが切れ切れに言葉を発するも、誰も反応しなかった。
また探しに行ったとして、探し当てられるのだろうか? それも魔力を溜めるのに5日、探すのはたったの1時間。途方もない時間がかかるのではなかろうか? 誰の顔も暗いままだ。
お婆さんもそれが分かっているのかそれ以上何も言わなかった。しばらくお婆さんの息づかいだけが部屋に響いていた。

その時、音もなく再び空間に穴が開いた。

「な…?」

驚き、目を見開くお婆さん。
サーガ達も突然の事に顔を上げ、穴を見つめる。
そして穴からゆっくりと、テルディアスの足が見え、その腕に抱えられたキーナが見え、そしてテルディアスの全身がその穴から現われた。テルディアスが出てくると同時に穴は消えた。
しばし誰もがポカンと2人の姿を見上げていた。

「テルディアス…様?」

シアが驚いたような声を上げた。そしてその瞳を見て口を噤んだ。その瞳は闇色に染まっていた。
テルディアスの体がぐらつく。そして膝を付いて、キーナを抱えたまま倒れ込んだ。

「「テルディアス?!」」

サーガとメリンダが急いで駆け寄り、ハッとなったダンも慌てて側に駆け寄る。シアだけはその場から動けなかった。
お婆さんもほっとしたような顔になって、楽な体勢を取った。
2人を診断していたダンが大丈夫だと頷いた。サーガとメリンダもほっとした顔になる。

「またこいつの訳の分からん呪いの力かよ」

と気絶したテルディアスの頭を殴る真似をする。

「でも良かったわ。2人共無事で…」

メリンダはキーナを大事そうに抱え、泣きそうになっている。
ダンも嬉しそうにうんうんと頷いている。相変わらず喋らん奴だ。
そんな光景に、お婆さんも口元を緩める。

「なんにせよ、無事で良かったわい。あたしも休むで、その2人も部屋へ運んでおやり」
「あ、ありがとうございます。魔女様…!」

メリンダが壊れ物のようにキーナを抱え上げた。ダンも頑張ってテルディアスを抱え上げる(姫抱っこ)。
サーガが先行し、扉を開けていく。すぐに5人は部屋から姿を消した。

「お主はいかんのか?」

部屋に残り、側に寄ってきたシアを見上げてお婆さんが尋ねる。

「私だって、自分が今やるべき事くらい、察しがつきますわ」

とお婆さんに手を掛けた。

「やれやれ、済まないね。じゃあ有り難く手を借りようかね」

お婆さんがシアの手を借り立ち上がる。そしてヨロヨロと隣のお婆さんの寝室へと移動していったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

追放された聖女は旅をする

織人文
ファンタジー
聖女によって国の豊かさが守られる西方世界。 その中の一国、エーリカの聖女が「役立たず」として追放された。 国を出た聖女は、出身地である東方世界の国イーリスに向けて旅を始める――。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

出戻り娘と乗っ取り娘

瑞多美音
恋愛
望まれて嫁いだはずが……  「お前は誰だっ!とっとと出て行け!」 追い返され、家にUターンすると見知らぬ娘が自分になっていました。どうやら、魔法か何かを使いわたくしはすべてを乗っ取られたようです。  

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...