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見ぃつけた
7日間
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「これでいいかな…」
和彦は一週間分の食料を買うと家に帰り、言われたとおり紙包みの中に入っていた塩を頭から被って家に入った。そして家中の鍵を掛け、札を貼りまくった。
「7日間。7日間家から出なければ、俺は助かるんだ…」
家から出なければいい。簡単そうに思えた。
一応カップ麺の他にも食料はいろいろ買い込んできた。ネットが出来ないのは退屈かもしれないが、なんとかなるだろう。
「なんとかなる。なんとかなるんだ」
ほっとしてベッドに腰を下ろした。
バン!
突然玄関から大きな音が聞こえ、ドアノブがガチャガチャと乱暴に回される。
「悔しや、ここから入れない…」
恨めしそうな女の声が聞こえた。
「ひ…」
思わず布団を頭から被る。
バン!
今度はベランダの方の窓から音がした。
「悔しや、ここから入れない…」
同じ声がした。
ガタガタとベッドの中で震える。やはり自分は命を狙われていたのだと実感する。
バン!
風呂場の窓が思い切り叩かれる。
「悔しや、ここから入れない…」
女の声が聞こえてくる。忘れずに風呂場の窓も閉めた自分を褒め称えた。
バン!
台所の窓も叩かれた。
「悔しや、ここから入れない…」
1kのこの部屋には窓は風呂を入れて3カ所しかない。御札のおかげとほっと胸を撫で下ろした。
ドン!
突然壁から音がした。
「悔しや、ここから入れない…」
両隣を挟まれた部屋なのでまさか壁からとは思わなかったが、余った札を壁に貼り付けておいて良かったと思う。
ドン!
反対の壁からもやはり音がした。
「悔しや、ここから入れない…」
入って来られないということが証明され、和彦は少し安心した。
それから少しの間壁や窓を叩く音、女の恨めしそうな声が聞こえていたが、入れないということが分かったのか、ピタリと音が止んだ。
音が止めば止むでなんとなく不安になってくる。和彦はテレビをつけた。出来ればテレビも控えたい所ではあったが、何か音がしていないとなんだか落ち着かないのだ。
その日はそれ以降何もなく、和彦は早めに眠りに就いた。
朝になる。カーテンを開ける勇気も無く、部屋の明かりを点けてぼんやりと過ごす。
(あれから何もないな…)
さすがにあれで終わりとは思えなかった。しかし静か過ぎるのも無気味で落ち着かない。
テレビと時計を交互に見つつ、早く7日間が過ぎる事を祈る。
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴った。
「え?」
まさかあの女か?と思った所に、
「宅配便でーす」
と男の声がした。
「あ…」
反射的に出ようとして足を止める。
いやいや一歩も出てはいけないと言われているではないか。扉を開けるくらいなら良いのだろうかともふと思うが、昨日のあれを思い出すと扉を開ける勇気も出ない。
宅配便の人には悪いが再配達を頼もうと腰を下ろした。
ピンポーン
しつこくチャイムが鳴らされた。
「すいませーん。いるんでしょー? 宅配便でーす」
ピンポーン
こんなにしつこい宅配便の業者がいるのかと呆れつつ、無視を決め込んだ。
ピンポーン
「いるんでしょー? 宅配便でーす。開けて下さいよー」
ドンドンと玄関扉を叩く音。いい加減しつこいなと玄関を睨む。一言文句を言ってもいいかなとも思うが、それだと居留守がバレる。
ピンポーン
「ねえいるんでしょー? 開けて下さいよー。ねえってばー」
ドンドンドンドン
さすがにここまで来ると違和感を覚えた。
自分では何かを注文した覚えもない。母親が何かを送ってくるにしても何か一言あるか自分で持って来るだろう。それにここまでする宅配業者がいるだろうか? 普通いないと分かれば再配達の伝票を出してすぐに立ち去るではないだろうか? 宅配業者だって暇ではないのだから。
そう思った瞬間、それまで男の声に聞こえていたその声が濁った。
「ねえ開けて下さいよー。中にいるんでしょー? 少しで良いから開けて下さいよー」
女の声が混じったような声になった。そしてだんだんとあの恨めしそうな女の声に変わっていく。
「開けてー。少しで良いから開けてよー。ここを開けてー」
ピンポーン
ドンドンドンドン
和彦は怖くなってまた布団に潜った。
絶対に開けてはいけない。玄関に近寄ることさえ怖い。早く立ち去れと祈りながら耳を塞いでいた。
気付くといつの間にか音はしなくなっており、和彦は眠っていたようだった。点けっぱなしのテレビでは近頃人気の出て来た芸人が何か芸をしている。いつもなら笑えるその光景だが、今は笑う気力もなかった。
「はあ…」
時計を見るとすでに夕方の時間。カーテンの隙間から差し込む光が赤みを帯びている。ほぼ一日眠ってしまっていたようだ。
昼を抜いた形になっていたので、お腹がくうと鳴る。健康的青年期の体は1食抜いただけでも胃が抗議してくる。
「もうすぐ夕飯だけど、ちょっと腹にいれるか」
軽くカップ麺でもとお湯を沸かそうと立ち上がる。そこへ、
ピンポーン
またチャイムが鳴った。
ギクリと足を止める。
「和彦ー? 夕飯持って来たんだけど、入れてくれない?」
母親の声がした。これはなんといういいタイミング、とも思ったが、扉を開けるわけにはいかない。
玄関の方へ行き、外へと声を掛ける。
「母さん? すまんけど今扉開けられないんだ。今日はすまないけど帰ってよ」
「何言ってるのよ。せっかく作って来たのに冷めちゃうでしょ。何か用事があるなら置くだけ置いて帰るから、ほら開けてよ」
「だから無理だって。理由は今度説明するから、今日は帰ってよ」
「何言ってるのよ。ほら、さっさと開けなさいよ」
「だから無理なんだってば。今日は帰ってよ」
開けろ、帰れとしばらく応酬するも、母親は全く帰ろうとしない。
おかしい。ふとそう思った。いくらなんでも息子がこう言っているのにここまで粘るだろうか。
そう思った瞬間、また母親の声が濁った。
「開けてよ、和彦…」
2人の女が話しているような声になる。
「うわああああ!」
玄関から離れ、再びベッドに飛び込んで頭から布団を被った。
「開けてよ…、開けてよ…」
あの女の声になり、ピンポーンとチャイムを何度も鳴らす。
「やめろ、やめろ! どっか行けー!」
耳を塞いで音が止むまで震えていた。
3日目の朝。昨日昼間に寝てしまったせいか、夜あまり眠れなかった。またチャイムが鳴ったらという恐怖も手伝い、少しの物音に反応してしまう。
「いや、大丈夫。大丈夫だ…」
テレビの音量を少し上げて、気を紛らわせる。日常の音がしているというだけで安心する。
食欲がなかったが、一応カップ麺を1つ食べた。いつも食べるお気に入りの商品だったのだが、なんだか味がしなかった。
(今日で3日…。あと4日か…)
とてつもなく長いように思えてきた。昨日、一昨日に起こった事を思い出す。向こうはなんとしてでも和彦を外に、家の中に貼られた結界を破ってしまいたいようだ。
(開けたら終わり…。開けたら終わる…)
どんな手を使ってでも開けてやろうという向こうの思惑が見えてくる。「トラさん」に言われた「絶対に開けるな」という言葉を脳内で反芻する。そうすれば助かるのだ。あと4日乗り切れば。
ボンヤリとテレビを見続け、気付けば外は暗くなっていた。珍しく何事もなかった一日。和彦はほっとして夕飯用のカップ麺を用意する。
ピンポーン
またチャイムが鳴った。
ギクリと動きを止める。次は誰になってやって来るのか。
「すいませーん。下の者ですけど」
和彦は息を飲む。この部屋は確かに2階なので下に住人がいる。
「おかしいな。部屋の明かり点いてるのに、いないのかな?」
そうぼやく声が聞こえた。和彦は息を殺して気配を消す。
「でもテレビらしき音が聞こえるよなぁ。変だなぁ」
台所の窓に顔を寄せるような影が見えた。和彦は体を固くする。
なんだかあの女ではなく本当に下の住人のようにも思えるが、どちらにしても扉を開けることは出来ない。
「まったく、一昨日からドカドカと走り回ってるんだかなんだかうるさいんだよなぁ。子供でもいるのかと思ったけど、確か大学生の一人暮らしじゃなかったっけ?」
そんなブツブツ言う声が聞こえ、足音が遠ざかって行った。ほっと息を吐く。
しかしそんな音が聞こえているならばまた時間を見計らって来るかもしれない。走り回るような事など勿論していないし、大きな音など立ててもいない。そうなると、あの女が何かしているのだろう。
眠れるかどうか自信はなかったが、さっさと食べてさっさと部屋の明かりを消してしまおうと和彦は思った。
和彦は一週間分の食料を買うと家に帰り、言われたとおり紙包みの中に入っていた塩を頭から被って家に入った。そして家中の鍵を掛け、札を貼りまくった。
「7日間。7日間家から出なければ、俺は助かるんだ…」
家から出なければいい。簡単そうに思えた。
一応カップ麺の他にも食料はいろいろ買い込んできた。ネットが出来ないのは退屈かもしれないが、なんとかなるだろう。
「なんとかなる。なんとかなるんだ」
ほっとしてベッドに腰を下ろした。
バン!
突然玄関から大きな音が聞こえ、ドアノブがガチャガチャと乱暴に回される。
「悔しや、ここから入れない…」
恨めしそうな女の声が聞こえた。
「ひ…」
思わず布団を頭から被る。
バン!
今度はベランダの方の窓から音がした。
「悔しや、ここから入れない…」
同じ声がした。
ガタガタとベッドの中で震える。やはり自分は命を狙われていたのだと実感する。
バン!
風呂場の窓が思い切り叩かれる。
「悔しや、ここから入れない…」
女の声が聞こえてくる。忘れずに風呂場の窓も閉めた自分を褒め称えた。
バン!
台所の窓も叩かれた。
「悔しや、ここから入れない…」
1kのこの部屋には窓は風呂を入れて3カ所しかない。御札のおかげとほっと胸を撫で下ろした。
ドン!
突然壁から音がした。
「悔しや、ここから入れない…」
両隣を挟まれた部屋なのでまさか壁からとは思わなかったが、余った札を壁に貼り付けておいて良かったと思う。
ドン!
反対の壁からもやはり音がした。
「悔しや、ここから入れない…」
入って来られないということが証明され、和彦は少し安心した。
それから少しの間壁や窓を叩く音、女の恨めしそうな声が聞こえていたが、入れないということが分かったのか、ピタリと音が止んだ。
音が止めば止むでなんとなく不安になってくる。和彦はテレビをつけた。出来ればテレビも控えたい所ではあったが、何か音がしていないとなんだか落ち着かないのだ。
その日はそれ以降何もなく、和彦は早めに眠りに就いた。
朝になる。カーテンを開ける勇気も無く、部屋の明かりを点けてぼんやりと過ごす。
(あれから何もないな…)
さすがにあれで終わりとは思えなかった。しかし静か過ぎるのも無気味で落ち着かない。
テレビと時計を交互に見つつ、早く7日間が過ぎる事を祈る。
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴った。
「え?」
まさかあの女か?と思った所に、
「宅配便でーす」
と男の声がした。
「あ…」
反射的に出ようとして足を止める。
いやいや一歩も出てはいけないと言われているではないか。扉を開けるくらいなら良いのだろうかともふと思うが、昨日のあれを思い出すと扉を開ける勇気も出ない。
宅配便の人には悪いが再配達を頼もうと腰を下ろした。
ピンポーン
しつこくチャイムが鳴らされた。
「すいませーん。いるんでしょー? 宅配便でーす」
ピンポーン
こんなにしつこい宅配便の業者がいるのかと呆れつつ、無視を決め込んだ。
ピンポーン
「いるんでしょー? 宅配便でーす。開けて下さいよー」
ドンドンと玄関扉を叩く音。いい加減しつこいなと玄関を睨む。一言文句を言ってもいいかなとも思うが、それだと居留守がバレる。
ピンポーン
「ねえいるんでしょー? 開けて下さいよー。ねえってばー」
ドンドンドンドン
さすがにここまで来ると違和感を覚えた。
自分では何かを注文した覚えもない。母親が何かを送ってくるにしても何か一言あるか自分で持って来るだろう。それにここまでする宅配業者がいるだろうか? 普通いないと分かれば再配達の伝票を出してすぐに立ち去るではないだろうか? 宅配業者だって暇ではないのだから。
そう思った瞬間、それまで男の声に聞こえていたその声が濁った。
「ねえ開けて下さいよー。中にいるんでしょー? 少しで良いから開けて下さいよー」
女の声が混じったような声になった。そしてだんだんとあの恨めしそうな女の声に変わっていく。
「開けてー。少しで良いから開けてよー。ここを開けてー」
ピンポーン
ドンドンドンドン
和彦は怖くなってまた布団に潜った。
絶対に開けてはいけない。玄関に近寄ることさえ怖い。早く立ち去れと祈りながら耳を塞いでいた。
気付くといつの間にか音はしなくなっており、和彦は眠っていたようだった。点けっぱなしのテレビでは近頃人気の出て来た芸人が何か芸をしている。いつもなら笑えるその光景だが、今は笑う気力もなかった。
「はあ…」
時計を見るとすでに夕方の時間。カーテンの隙間から差し込む光が赤みを帯びている。ほぼ一日眠ってしまっていたようだ。
昼を抜いた形になっていたので、お腹がくうと鳴る。健康的青年期の体は1食抜いただけでも胃が抗議してくる。
「もうすぐ夕飯だけど、ちょっと腹にいれるか」
軽くカップ麺でもとお湯を沸かそうと立ち上がる。そこへ、
ピンポーン
またチャイムが鳴った。
ギクリと足を止める。
「和彦ー? 夕飯持って来たんだけど、入れてくれない?」
母親の声がした。これはなんといういいタイミング、とも思ったが、扉を開けるわけにはいかない。
玄関の方へ行き、外へと声を掛ける。
「母さん? すまんけど今扉開けられないんだ。今日はすまないけど帰ってよ」
「何言ってるのよ。せっかく作って来たのに冷めちゃうでしょ。何か用事があるなら置くだけ置いて帰るから、ほら開けてよ」
「だから無理だって。理由は今度説明するから、今日は帰ってよ」
「何言ってるのよ。ほら、さっさと開けなさいよ」
「だから無理なんだってば。今日は帰ってよ」
開けろ、帰れとしばらく応酬するも、母親は全く帰ろうとしない。
おかしい。ふとそう思った。いくらなんでも息子がこう言っているのにここまで粘るだろうか。
そう思った瞬間、また母親の声が濁った。
「開けてよ、和彦…」
2人の女が話しているような声になる。
「うわああああ!」
玄関から離れ、再びベッドに飛び込んで頭から布団を被った。
「開けてよ…、開けてよ…」
あの女の声になり、ピンポーンとチャイムを何度も鳴らす。
「やめろ、やめろ! どっか行けー!」
耳を塞いで音が止むまで震えていた。
3日目の朝。昨日昼間に寝てしまったせいか、夜あまり眠れなかった。またチャイムが鳴ったらという恐怖も手伝い、少しの物音に反応してしまう。
「いや、大丈夫。大丈夫だ…」
テレビの音量を少し上げて、気を紛らわせる。日常の音がしているというだけで安心する。
食欲がなかったが、一応カップ麺を1つ食べた。いつも食べるお気に入りの商品だったのだが、なんだか味がしなかった。
(今日で3日…。あと4日か…)
とてつもなく長いように思えてきた。昨日、一昨日に起こった事を思い出す。向こうはなんとしてでも和彦を外に、家の中に貼られた結界を破ってしまいたいようだ。
(開けたら終わり…。開けたら終わる…)
どんな手を使ってでも開けてやろうという向こうの思惑が見えてくる。「トラさん」に言われた「絶対に開けるな」という言葉を脳内で反芻する。そうすれば助かるのだ。あと4日乗り切れば。
ボンヤリとテレビを見続け、気付けば外は暗くなっていた。珍しく何事もなかった一日。和彦はほっとして夕飯用のカップ麺を用意する。
ピンポーン
またチャイムが鳴った。
ギクリと動きを止める。次は誰になってやって来るのか。
「すいませーん。下の者ですけど」
和彦は息を飲む。この部屋は確かに2階なので下に住人がいる。
「おかしいな。部屋の明かり点いてるのに、いないのかな?」
そうぼやく声が聞こえた。和彦は息を殺して気配を消す。
「でもテレビらしき音が聞こえるよなぁ。変だなぁ」
台所の窓に顔を寄せるような影が見えた。和彦は体を固くする。
なんだかあの女ではなく本当に下の住人のようにも思えるが、どちらにしても扉を開けることは出来ない。
「まったく、一昨日からドカドカと走り回ってるんだかなんだかうるさいんだよなぁ。子供でもいるのかと思ったけど、確か大学生の一人暮らしじゃなかったっけ?」
そんなブツブツ言う声が聞こえ、足音が遠ざかって行った。ほっと息を吐く。
しかしそんな音が聞こえているならばまた時間を見計らって来るかもしれない。走り回るような事など勿論していないし、大きな音など立ててもいない。そうなると、あの女が何かしているのだろう。
眠れるかどうか自信はなかったが、さっさと食べてさっさと部屋の明かりを消してしまおうと和彦は思った。
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