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35話 約束前の静けさ
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朝の光が、リビングに差し込んでいた。
洗濯物を干し終えて、ホルは一息つく。
時計を確認してから、何気なく壁のカレンダーに目を向けた。
――あ。
昨日、受け取ったあの封筒のことを思い出す。
約束した、休みの日。
ペンを持つ手が、ほんの一瞬だけ止まる。
けれど、そのまま小さく丸をつけた。
ただの日付のはずなのに、
書いた瞬間、胸の奥が少しだけ跳ねる。
(……意識してるな、私)
ぎこちなかったのは、悠人だけじゃない。
自分だって、ちゃんと期待している。
ホルは軽く首を振って、
にやけそうになるのを誤魔化すように家事へ戻った。
にやけそうになるのを誤魔化すように家事へ戻った。
(だめだめ……期待しすぎ)
そう自分に言い聞かせながらも、昨日の夜のことがよぎる。
悠人の様子は、やっぱり少しおかしかった。
落ち着きがなくて、何度も言葉を飲み込んで。
何か言いたそうで、でも言わなかった。
ぎこちなかったのは――たぶん、意識していたから。
あの封筒のことも、きっと。
(……そう、だよね)
そう思えると、胸の奥が少しだけ軽くなる。
何も約束されたわけじゃない。
でも、何もなかったわけでもない。
それだけで、今は十分だった。
シンクの水音に紛れて、ホルは小さく息を吐く。
いつもの家事。
いつもの時間。
――少しだけ、違って見えるだけで。
⸻
一方、悠人は通勤電車の中で、スマホの画面をぼんやり眺めていた。
ニュースも、通知も、頭には入ってこない。
代わりに浮かんでくるのは、休みの日のことばかりだ。
(水族館、か……)
誘っただけ。
そう言い聞かせても、意識しないほうが無理だった。
今までなら、外出の予定なんて気軽なものだった。
買い物も、外食も、イベントも。
「行く?」の一言で済んでいた。
でも今回は違う。
服、どうする。
歩き回るし、動きやすいほうがいいか。
いや、ラフすぎるのもどうなんだ。
そんなことを考えている自分に、少し驚く。
(……俺、こんなこと気にするタイプだったか)
体調だってそうだ。
前日は早めに寝たほうがいい。
無理に残業もしないほうがいい。
ただ一緒に出かけるだけのはずなのに、
なぜか「準備」という言葉が頭から離れなかった。
⸻
その夜。
夕飯を食べ終え、テレビをつけたまま、二人はそれぞれ別のことをしていた。
同じ空間にいるのに、会話は少なめで、どこか静かだ。
ホルはソファで端末を操作しながら、時々悠人のほうを見る。
悠人はその視線に気づいて、気づかないふりをした。
(……落ち着け)
胸の内がざわつく。
好きだ、という気持ちは、もう否定できないところまで来ている。
でも――言うべきなのか。
水族館の前か。
それとも、後か。
あるいは、何も言わないまま終わらせるのか。
(急ぎすぎると、壊れる)
そんな考えが浮かぶ一方で、
何もしないままなのも、ずるい気がした。
ホルは、隣で何も言わずにいてくれている。
それに甘えて、逃げているだけじゃないのか。
体調を気にして、早めに風呂に入って、
布団に入ってからも、目はなかなか閉じなかった。
(……好きだけど)
好きだからこそ、怖い。
言葉にした瞬間、関係が変わってしまう気がして。
一方で、ホルも布団の中で天井を見つめていた。
明日が来るのが楽しみで、
でも、楽しみすぎる自分を戒めるように、息を整える。
(一緒に行けるだけでいい)
そう思う。
思おうとする。
でも、胸の奥では、小さな期待が消えずに残っていた。
⸻
何も起きていない。
まだ、何も変わっていない。
それでも。
二人ともが、同じ日を意識して、
同じ方向を見ながら眠りにつく夜だった。
翌日を境に、何かが動き出す予感だけが、
静かに、確かに、部屋の中に満ちていた。
洗濯物を干し終えて、ホルは一息つく。
時計を確認してから、何気なく壁のカレンダーに目を向けた。
――あ。
昨日、受け取ったあの封筒のことを思い出す。
約束した、休みの日。
ペンを持つ手が、ほんの一瞬だけ止まる。
けれど、そのまま小さく丸をつけた。
ただの日付のはずなのに、
書いた瞬間、胸の奥が少しだけ跳ねる。
(……意識してるな、私)
ぎこちなかったのは、悠人だけじゃない。
自分だって、ちゃんと期待している。
ホルは軽く首を振って、
にやけそうになるのを誤魔化すように家事へ戻った。
にやけそうになるのを誤魔化すように家事へ戻った。
(だめだめ……期待しすぎ)
そう自分に言い聞かせながらも、昨日の夜のことがよぎる。
悠人の様子は、やっぱり少しおかしかった。
落ち着きがなくて、何度も言葉を飲み込んで。
何か言いたそうで、でも言わなかった。
ぎこちなかったのは――たぶん、意識していたから。
あの封筒のことも、きっと。
(……そう、だよね)
そう思えると、胸の奥が少しだけ軽くなる。
何も約束されたわけじゃない。
でも、何もなかったわけでもない。
それだけで、今は十分だった。
シンクの水音に紛れて、ホルは小さく息を吐く。
いつもの家事。
いつもの時間。
――少しだけ、違って見えるだけで。
⸻
一方、悠人は通勤電車の中で、スマホの画面をぼんやり眺めていた。
ニュースも、通知も、頭には入ってこない。
代わりに浮かんでくるのは、休みの日のことばかりだ。
(水族館、か……)
誘っただけ。
そう言い聞かせても、意識しないほうが無理だった。
今までなら、外出の予定なんて気軽なものだった。
買い物も、外食も、イベントも。
「行く?」の一言で済んでいた。
でも今回は違う。
服、どうする。
歩き回るし、動きやすいほうがいいか。
いや、ラフすぎるのもどうなんだ。
そんなことを考えている自分に、少し驚く。
(……俺、こんなこと気にするタイプだったか)
体調だってそうだ。
前日は早めに寝たほうがいい。
無理に残業もしないほうがいい。
ただ一緒に出かけるだけのはずなのに、
なぜか「準備」という言葉が頭から離れなかった。
⸻
その夜。
夕飯を食べ終え、テレビをつけたまま、二人はそれぞれ別のことをしていた。
同じ空間にいるのに、会話は少なめで、どこか静かだ。
ホルはソファで端末を操作しながら、時々悠人のほうを見る。
悠人はその視線に気づいて、気づかないふりをした。
(……落ち着け)
胸の内がざわつく。
好きだ、という気持ちは、もう否定できないところまで来ている。
でも――言うべきなのか。
水族館の前か。
それとも、後か。
あるいは、何も言わないまま終わらせるのか。
(急ぎすぎると、壊れる)
そんな考えが浮かぶ一方で、
何もしないままなのも、ずるい気がした。
ホルは、隣で何も言わずにいてくれている。
それに甘えて、逃げているだけじゃないのか。
体調を気にして、早めに風呂に入って、
布団に入ってからも、目はなかなか閉じなかった。
(……好きだけど)
好きだからこそ、怖い。
言葉にした瞬間、関係が変わってしまう気がして。
一方で、ホルも布団の中で天井を見つめていた。
明日が来るのが楽しみで、
でも、楽しみすぎる自分を戒めるように、息を整える。
(一緒に行けるだけでいい)
そう思う。
思おうとする。
でも、胸の奥では、小さな期待が消えずに残っていた。
⸻
何も起きていない。
まだ、何も変わっていない。
それでも。
二人ともが、同じ日を意識して、
同じ方向を見ながら眠りにつく夜だった。
翌日を境に、何かが動き出す予感だけが、
静かに、確かに、部屋の中に満ちていた。
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