獣人は花嫁を選ぶ~学食のお姉さんは狼に溺愛される~【獣人シリーズ②】

椿蛍

文字の大きさ
14 / 23

14 狼は不在中

しおりを挟む
泉地いずち獅央家しおうけに行き、夏休みに入ると連絡をとる方法もなく、ただ私はいつも通りの日々が過ぎて行った。
マリアステラ学園はスマホや外部と連絡がとれるものは一切禁止されており、職員は登録した連絡先の提出が義務付けられている。
セキュリティのためであり、当然、学園スタッフでしかない私が泉地の連絡先を持つわけにはいかない。
いつ戻るかわからない泉地のためではないけど、夏休みをとらず、帰ってくるのを待っていた。
すぐ帰るって言っていたから。

「あんな別れ方したら気になるじゃないの……」

はぁっとため息をついた。
この不安定な気持ちは泉地の不安な顔なんて初めて見たせい。
学内は人がまばらだった。
夏休みと言っても冬休みと違って、生徒全員が帰るわけじゃない。
生徒にはそれぞれ事情があり、辛い思いをしてきたのは私だけではなかったのだと、マリアステラ学園に入学して知った。
少数ではあるけど、適合者マリアとして生まれ、家族の理解が乏しく、家庭環境がうまくいかない場合もある。
そんな生徒のために学園はカウンセラーや私の恩師のように進路指導担当の先生が学園生活を助けてくれるシステムになっていた。
私が学生の頃は夏休みには一度も帰らず、勉強したいからと母に嘘をついていたことを思い出す。
大晦日とお正月の間だけ母の手前、帰省して一年の間、溜まった母の愚痴を聞かされていた。
学園に戻るとホッとして、ここは私を守ってくれる場所だと思えた。
だから、今、実家に帰らない子のために学食を開けることは苦ではない。

「それだけじゃないわね……」

いつもの年より、私の夏休みへの思いは少し違っていた。
誰かを帰ってくるのを待つなんて年は初めてだった。
先に戻った獣人やカヴァリエがそれぞれのパートナーを待つ姿を見ることはあっても、自分がその立場になるとは思ってもみなかった。

「なんだが静かね」

静かなことにも慣れているはずが、しーんとした学食がやけに広く感じた。

「他のスタッフが休みだからでしょ」

私と同じく学食にいたもう一人のスタッフが笑っていた。
ほとんどのスタッフは孫に会いに行くか、ドラマの聖地巡礼ツアーか、温泉旅行に行ってしまった。

「私よりよっぽど人生を謳歌しているわよね」

去年まで自分がこの時間、どう過ごしていたか思い出せない。
ぼっーとしながら、布巾を手にした私はカウンターを何度も拭いていた。

「こんにちはっ!」

突然、明るい声が学食に響いた。 

「ひえっ!?こ、こんにちは」

チョコレート色の髪をした明るい雰囲気の学生がキラキラとしたオーラを放ち、近づいて来た。
これはただ者ではなさそうだと思った。

篠坂しのさか美知みちさん。はじめましてっ! ポーンの鷹我おうが昭良あきらです」

上位六名のうちの一人でポーンの位置。
つまり、泉地と同じ立場の存在だった。
この可愛らしい子がポーン?
あの戦争みたいな戦いに参加して勝ったということ?
まじまじと鷹我君を見た。

「ずっと話してみたいと思っていたんだ。でもね、ナイトが怖くて無理だったんだよ」

鷹我君が何を言うつもりなのか、様子をうかがっていると―――

「警戒しないで大丈夫。敵じゃないよ。ナイトと恋人同士だと気づいているのは今のところ、自分だけだから」

「どうしてあなただけ?」

「キングも知ってるかな? でも、口には出さないからわからないね。俺は鷹の一族の獣人で諜報の鷹我って言われてる。鳥は高いところにいて、いつも見張っているから気を付けて」

「……ストーカーを公言するのもどうかと思うわよ。それから、私は恋人じゃありません!」

「あれ?そうなの?あ、でも、おかしいな」

「え?」

「ナイトの匂いがする」

顔が赤くなるのがわかった。

「なっ、なに言ってっ」

私のその反応を見て鷹我君は目を細めて笑った。

「でも薄い。意外とナイトが紳士的で驚くなー」

うーんと腕を組み、ポーンの鷹我君が唸っていた。

「まあ、いいや。あのさ、ナイトが帰ってきたら、優しくしてあげて。きっと傷ついて帰ってくるからさ」

「心が?」

「違うよ」

「まさか泉地が怪我をしているの!?」

「獅央家に行くってことは戦闘訓練を受けるってことなんだ。これ以上は言えない。ごめんね」

戦闘訓練?
なぜ、戦闘訓練を受ける必要があるんだろう。
獣人の世界はよくわからない。
獅央家が一番強いってことくらいしか。
マリアステラ学園を卒業したけれど、獣人と関わらないように生きてきたから、知識もあまりない。

「いいえ。教えてくれて、ありがとう」

酷い怪我じゃなければいいけど……
私に事情があるように泉地には泉地の事情があるのだろうか。
『こっちは死と隣り合わせの世界だから、せめて悔いがないように生きるだけ』
前に泉地が言っていた言葉を思い出していた。

「安心した」

にこっと鷹我君が笑った。

「ナイトだけが、好きなのかと思っていたけど、違ったみたいだね」

いつの間に落としてしまったのか、鷹君は床に落ちた布巾を拾って、手渡してくれた。

「あ、ありがとう! 教えてくれたことも……」

動揺してしまい、声が上ずった。

「もうひとつ、教えてあげるよ。ナイトは辛党で甘い物は好きじゃない」

ベンチに座り、私と同じ甘いミルクティーを飲んでいた。
泉地はなにも私に言わなかった。
出会った時、私が渡したのも甘いミルクティーとお菓子だったのに。
嫌な顔ひとつせずに受け取って、ありがとうって言ったのは―――

「気になるってことはもう特別なんじゃないかな? それにお姉さんは適合者マリアなんだから、早くマーキングしてもらったほうがいいよ」

ぎくりとして、鷹我君を見た。
彼も私が適合者マリアだとわかるのだ。

「薬で抑えていても、ちゃんとわかる人にはわかるんだ。だから、気をつけてね。相手を持たない適合者マリアがどんな目にあうかわかるよね? 重罪であっても罪を犯す人間はいるよ」

「……忠告ありがとう。マリアステラ学園内にいる間は安全だから」

「俺が心配してるのは君に危害を加える獣人のことだよ。君になにかあれば、泉地は躊躇いなく殺す」

「殺すって……」

「泉地は人間じゃなく、獣人だよ。そして俺もね?」

獣人の世界には獣人のルールがあり、カヴァリエを奪う時は戦って奪う。
強い者だけがその権利を得る。
それは知っているけど殺すなんて話にまでなるとは思っていなかった。

「大丈夫よ。外の人間で私を適合者マリアだと知っているのは母だけだから」

「嫌な話をして、ごめんね? けど、帰省を遅らせてまで、これを話したのはナイトのことをどう思ってるのか、探りたかっただけなんだ。本当にそれだけ。だから、これからもナイトと一緒にいてあげてよ」

「それは―――」

「あー、言い訳はなしだよ。ナイトにはお姉さんが動揺してたって。ちゃーんと伝えるからねっ!じゃあねっ!」

鷹我くんは手をひらひらと振って、去っていった。
私は布巾を握りしめたまま、しばらく立ち尽くしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

続・ド派手な髪の男にナンパされたらそのまま溺愛されました

かほなみり
恋愛
『ド派手な髪の男にナンパされたらそのまま溺愛されました』、『ド派手な髪の男がナンパしたら愛する女を手に入れました』の続編です。こちらをお読みいただいた方が分かりやすくなっています。ついに新婚生活を送ることになった二人の、思うようにいかない日々のお話です。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

処理中です...