獣人は花嫁を選ぶ~学食のお姉さんは狼に溺愛される~【獣人シリーズ②】

椿蛍

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23 狼は凱旋する

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学園に戻ると、私は病気休暇扱いになっていた。
書き置きを見た学園側が、私の事情を知っていたこともあり、正月が終わるまで待とうという話になっていたことを後から知った。
もし、正月になっても戻らないようなら、学園側から人を派遣するつもりだったらしい。
先生が退職される時に学園にお願いしてあったそうだ。
本当に先生には頭があがらない。
そして、私と泉地は今後の話をするために学園長の部屋に訪れていた。
長く勤めているけれど、学園長がいる洋館には初めて入った。

篠沢しのさわ美知みちさん、おかえりなさい」

「学園長。休職扱いにしていただき、ありがとうございます」

学園長はグレーの髪をしたおじ様で、落ち着いたかんじの紳士という雰囲気をした人だった。

「これから、どうするか相談に乗りましょう」

「学園長。申し訳ありませんでした。スタッフでありながら、生徒とその……」

「あの規則は秩序のためにあるものです。篠沢さんは適合者マリアで、獣人である狼谷君がカヴァリエに選んだのなら、学園側からはなにも言うことはありません」

「は、はい」

優しい言葉にホッとした。

「篠沢さんは狼谷君と今後について、話し合いましたか?」

「はい。私はできることなら、狼谷君が卒業するまで、今まで通り、学食で働けたらと思っています。学園が良ければの話ですけど……」

「だめって言っていいよ」

ドンッと肘で泉地を押した。
まだ、私をここから連れ出して、獣人から遠ざける計画を諦めてないらしい。
学園長がそんな泉地の心境を察してか、苦笑していた。

「篠沢さんの意思を尊重します。学園側もスタッフを急に補充できませんからね」

はぁっと泉地はため息をついた。

「俺はキングの護衛があるから、高也から離れられない。学園にいる限り、美知に触れられないのは困る」

あれだけ、マーキングしておいてよく言うわよ。
帰ってきてから、ど、どれだけ!
頬が赤くなるのがわかり、手で顔を覆った。

「ああ。そうでしたね。キングの護衛があるんでしたか。けれど、学園の風紀の乱れは困ります。生徒は生徒。スタッフはスタッフ。これは絶対です」

「はい」

「学生のカヴァリエと同じ権限を与えるわけにはいきません。学食で働くからにはスタッフとして、学園の規則を守っていただかねばなりません」

「もちろんです」

泉地は気に入らない顔をしていたけれど、黙っていた。

「卒業までは、二人の関係が他の生徒にわからないよう働いて頂きたい」

「はい。ご厚意ありがとうございます」

ペコリと頭を下げた。
よかった。
クビにならなくて!

「学園長。学内で自由に会えない分、外出許可証をもらっても?」

「許可証ですか」

「在学中の場合、卒業した獣人やカヴァリエに会えるよう外出許可証を与えられる。自分にも多少なりの配慮が欲しい」

泉地のお願いに学園長は苦笑した。

「まあ、そうですね。狼谷君は許可証がなくても出ていけるでしょうが」

「あっても困らない」

泉地は抜け出せることを公言し、なおかつ外出許可証を要求した。

「わかりました。発行します」

学園長はうなずいた。

「カヴァリエ、おめでとうございます」

在学中に呼ばれることがなかったカヴァリエの称号。
お祝いの言葉も。
泣きそうになっている私を隣の泉地が笑って見ていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


月曜日から仕事に復帰することになり、日曜日、泉地と二人で先生に会いに来た。
先生は海の見えるリビングで猫と一緒に遊んでいた。

「先生、ありがとうございました」

「あら、いいのよ」

私が居なくなった時、泉地は不在だったけれど、実は鷹我おうが君に私のことを頼んで行ったらしい。
鷹我君も学園にはいなかったと思うけど、どうやって知ったのか、聞いても教えてくれなかった。
鷹我君は私の不在に気づき、先生に連絡をとった。
先生は学園長に電話で事情を説明してくれて、母のアパートの連絡先を手に入れたとのことだった。

「美知さんは怖い思いをしたわね。行く前に私に一度、連絡すればよかったのよ」

「はい……」

先生を頼るべきだったのだ。
それなのに私はなんとかなるだろうと思ってしまった。

「鷹の一族がいてよかったわね。あの一族はすぐに情報を手に入れることができるから」

獣人に詳しい先生はそう言ったけど、私はちょっとひっかかっていた。
鷹我君は私が母に呼ばれて、母の元にいたことを知っていたんじゃないか思う。
母が二度と私に近寄れないようにするため、母に私を売るようにそそのかしたのは、もしかして鷹我君じゃないかと思っている。
あの時、母の口座には狼谷家から支払われたお金があり、そこまでお金を必要としていなかった。
まさかとは思うけど―――怖くて聞けなかった。

「狼谷の末っ子君。よかったわね」

「はい」

先生の言葉に泉地はうなずいた。
あれ?
末っ子なんて、私は先生に言った?

「せ、先生。もしかして。最初から、泉地のこと高校生って気づいていました!?」

「当たり前でしょ。お兄様が二人、マリアステラ学園を卒業しているのよ? 三人ともよく似ているわ」

声をたてて、先生は笑った。

「俺は先生に大学生なんて一言も言ってないよ。美知が安心するならと思って、服装だけはそれらしくしたけど」

「泉地! 先生が気づいていることを知っていたわね!」

「どうだろう?」

泉地はすっとぼけてみせたけど、絶対にそう!

「先生もちゃんと言ってください。私だけ、あわてふためいて馬鹿みたいじゃないですか」

「あら、美知さん。私は言ったでしょう。狼谷さんなら、なんとかできるかもしれないって」

先生は膝の上の猫を撫でていた。

「美知さん、私のような生活はまだ早いわよ。もう少しがんばってらっしゃい」

まったく、先生には敵わない。

「はい。いってきます」

私は笑顔で答えたのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


先生の家からの帰り道、私達は二人で手を繋ぎ、砂浜をゆっくり歩きながら、未来の話をした。

「泉地は卒業したら、どうするの?」

「高也の将来次第だよ。多分、大学に通うと思う」

「そう。私は泉地が卒業したら、料理か製菓の学校に通うつもりよ。学費もようやく貯まるし」

「学費くらい出すのに」

「自分にかかるものは自分でやりたいのよ。そこまで、してもらえないわ」

泉地は握る手に力を込めた。

「俺が卒業したら、美知は狼谷になるのに?」

「泉地」

驚いたけど、結婚するということはそうなるということ。

「そうだよね?」

確認する泉地の顔が、困った顔をしていたので、くすりと笑った。
変な所が子供っぽい。

「私達がおじいさんとおばあさんになったら、海の近くに住んで、のんびり暮らしたいわね」

泉地は海を眩しそうに見た。

「絶対に死ねないな」

「そうよ。二人で歳をとるの。泉地、約束して」

私達は向き合った。
私が不安にならないですむように言葉にして欲しかった。
泉地はナイトでキングを守る。
絶対に安全なんてことはない。
だから、せめて私に約束を―――

「約束する。俺は美知の幸せを一生守るよ」

それは騎士ナイトの誓い。
目を閉じ、私達はキスをする。
お互いの唇のぬくもりが重なる。
目を少しだけ開けて、見えた海は波が高くて、まだ冬の色をしていた。
春が来たら、泉地は十七歳になる。
泉地が獅央家に行かなくてもよくなり、怪我を負わずに済むようになるのは、もう少し後のことになる。

【了】
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