一目惚れ婚~美人すぎる御曹司に溺愛されてます~

椿蛍

文字の大きさ
3 / 34

3 パリ!?

しおりを挟む
「ひどい顔……」

 鏡に映った自分の顔に苦笑した。
 泣いたせいで目は赤く腫れ、メイクは落ち、疲れきった顔をしている。

 ――もらったばかりのハンカチを使ってしまった。

 他人のほうが、私に優しいなんて、なんだかやりきれない。
 子供みたいに泣いてしまった自分に落ち込んだ。

「メイク、落とさなきゃ……」

 『Loreleiローレライ』のスーツを着替え、メイクを落とした。
 アパートの部屋には、私と妹の写真が飾ってあり、写真が目に入った。

「しっかりしないと……。千歳ちとせには大学進学を諦めさせたくないし、仕事だって、まだ辞めなくていいんだから、泣いてる場合じゃないわ」

 働きだした私は、千歳が入院を終え、戻ってきたら一緒に暮らせるように、一人暮らしにしては広めの部屋を借りた。
 父と継母がいる家に、千歳一人を残したくなかったからだ。

 ――頑張るから、千歳には生きててほしい!

 父と継母は、私の弱みが千歳だとわかっている。
 だから、このお見合いからは逃れられない。
 
「でも、結婚してみたら、いい人かもしれないし……」

 そう口に出してみたけれど、あの馬鹿にした態度を思い出して、気持ちが沈んだ。
 『Loreleiローレライ』のロゴが入った紙袋が目に入り、紙袋からブーケとワンピースを取り出す。

「嫌なこともあったけど、あのぶつかった人は、すごく綺麗な男の人で、親切だったわよね。それに、リセにどことなく似ていたかも」

 モデルのリセは中性的な美しさがあり、私の憧れである。

「リセは女性なのに、男の人に似ているなんて失礼かもしれないけど。雰囲気が似てる気がしたのよね……」

 ブーケを眺めていると、少し元気が出て、これをドライフラワーにしようと思いついた。
 花は一本ずつバラバラにして、紐に吊るす。
 一瞬の出会いは、まるで夢でも見ていたかのようだった。
 ただ素敵な人だったことは、しっかり覚えている。
 きっと周りには女の人がたくさんいて、モテモテな人に違いない。

「待って? もしかしたら、メンズモデルか俳優だったりして……」

 それくらいカリスマオーラを感じた。
 男性なのに、花嫁のブーケを持っていても違和感がまったくないのもすごい話だ。
 むしろ似合ってた。
 ブーケトスで女性に間違えられて、投げられてしまうのも納得できる。
 
 ――あの人を思い浮かべて、イメージすると、なにか描けそうな気がする。

 でも、しっかりとした顔が思い出せなかった。
 目に焼き付ける前に、別れたことが本当に悔やまれる。
 でも、恋に落ちる前に、私は自分の心にブレーキをかけた。
 結婚相手が決まったのだから、私は誰にも恋をしてはいけない。

「私の結婚相手はINUIグループの御曹司様……」

 乾井と聞いて、私は名前を聞いたことがあると思った。
 安さを追求し、品質は二の次だと評判のINUIグループ。
 ワンシーズン限りの服を作るファストファッションを中心に、国内外で展開するアパレル界上位企業の一つ。
 安く手頃に、流行の服を着れるから、それが悪いとは言わないけれど、クレーム処理が雑だという点が気になる。

「でも、大手なのよね。一度、取引が入れば、しばらく会社は安泰っていうくらいの大口だし」

 だから、INUIグループ専務となれば、父と継母の態度が低姿勢なのも納得だ。
 乾井啓雅さんの価値観が、今のINUIグループと同じものであるなら、私の考え方とは異なる。

 ――断れるものなら、断りたい。今日の様子だと、文句を言わず、逆らわない便利な妻が必要で、弱みにつけこんで結婚を決めたっていう雰囲気だった。

 だから、向こうから断ることはない。
 ハンガーにかけたワンピースを眺め、溜息をついた。
 私が作ったワンピースは洗濯機で洗えたけれど、ハイブランドの『Loreleiローレライ』のワンピースはクリーニング行き。
 布素材にシルクが使われていて、洗濯機で洗うなんてとんでもない。
 もしかすると、糸もシルクかもしれない。
 『Loreleiローレライ』ならあり得る。

「雨の日に着るようなワンピースじゃないわよね」

 ゆったりとしたコットン素材のルームウェアは、紺色のコットンシャツに白と紺のギンガムチェックのパンツ。
 ベランダから見える外は薄暗くなり、まだ雨がしつこく降り続いていた。
 温かい飲み物でも飲もうかと、ポットを手にした瞬間、スマホの着信音が鳴った。

「あれ? 職場から電話?」

 電話の相手は、デザイン事務所の所長『Fillフィル』のトップデザイナーである紡生つむぎさんからだった。
 何の用だろうと電話をとった。

「もしもし、紡生さん? なにかありました?」

『HEY! 琉永るなちゃーん! フランスに行きたくなーい? フランス、パリ!」

 その声は鬱陶しい雨すら、ものともしない明るい声だった。
 底抜けに明るい紡生さんなら、雨に濡れても笑っていそうだけど――パリ!?

「私がパリに行くんですか? こんな急に!?」
『そぉ。本当は私が行く予定だったんだけどさ。デザイン画が終わらなくて、メグミンがさぁー』
『次にメグミン呼びしたら、完成しているデザイン画を刻むわ』

 電話の向こうで、ハサミをシャキシャキ鳴らす音がして、紡生さんのテンションが、一気に下がるのがわかった。
 さっきまでの浮ついた声が、紡生さんから消えた。

『あの、琉永ちゃん。聞こえたと思うけどさ……。しっかり者のパタンナーにして我が相棒の恩未めぐみさんがですね。デザイン画が終わるまでは日本を離れることは許さんって、鬼のようなことを申されているんですよ」

 紡生さんと恩未さん――二人は私の専門学校時代の先輩だ。
 デザイナーとパタンナーのコンビで、突出した才能を持った二人は、有名なブランドに就職するのではと学生時代から囁かれていた。
 けれど、二人で『Fillフィル』という小さなブランドを立ち上げて、インターネットを利用したEC販売を中心に始め、そこから徐々に大きくしていった。

『シンプルでおしゃれ、長く使える定番デザイン。日常に特別な着心地の良い服を!』

 それが先輩たちのブランド理念。
 クローゼットを開けた時、無意識に選ばれる服を作る。
 その服は着ていて、心地がよく落ち着くから、無意識に選ぶのだと紡生さんは言う。
 そんな考えでやってきて、たった二年で、ファッションビルに店舗を構えるようになったのはさすがだけど――トップデザイナーの紡生さんは、かなりの自由人である。
 その手綱を握ってるのが、パタンナーの恩未さん。

『紡生。あと電話の時間はあと五分よ』
『ひっ! そ、それでさ。フランス行きをキャンセルするのももったいから、私の代わりに琉永っち、いってきて』
「私は嬉しいですけど、いいんですか?」
『研修だよ、研修! 琉永ちゃんにとっては勉強になるだろうし。残念だけどね……』

 紡生さんはちょっとスネたように言った。

『本当はすっごく行きたかったんだよぉー! ショーに招待されてたのにさぁ』
「ファッションショーですか!?」
『そーよ!それも『Loreleiローレライ』が出るんだよ! 夢だよね。パリのファッションショーの舞台で、自分がデザインした服をトップモデルに着てもらう。あー、いーなー』
「さすが『Loreleiローレライ』ですね」

 ちらりと見たのは今日、継母に渡されて私が着ることになった『Loreleiローレライ』のワンピース。
 ショーを間近で見られるのかと思うと、すでに胸がドキドキした。
 しかもフランス、パリ!

「ありがたく行かせていただきます!」

 もちろん、私は快く引き受けた。
 今、日本にいたくなかったのもある。
 啓雅さんと二人でなんて会いたくない。
 少なくとも日本にいなければ、絶対に会えない。
 電話を切ると、すぐにスーツケースを取り出し、出発の準備に取りかかった。
 私はまるで、ここから逃げるようにして、パリへと向かったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

ワンナイトLOVEからの交際0日結婚❤︎

鳴宮鶉子
恋愛
ワンナイLOVEからの交際0日結婚。社長が相手で溺愛に翻弄されてます。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる

ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。 だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。 あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは…… 幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!? これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。 ※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。 「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。

ベンチャー社長の元彼のヤンデレが異常過ぎる件

鳴宮鶉子
恋愛
ベンチャー社長の元彼のヤンデレが異常過ぎる件

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

サイコパス社長の執着溺愛は異常です

鳴宮鶉子
恋愛
サイコパス社長の執着溺愛は異常です

何も言わないで。ぎゅっと抱きしめて。

青花美来
恋愛
【幼馴染×シークレットベビー】 東京に戻ってきた私には、小さな宝物ができていた。

処理中です...