私はお世話係じゃありません!【時任シリーズ②】

椿蛍

文字の大きさ
4 / 43

4 もしかして恋人?【姫凪 視点】

しおりを挟む
「副社長に女の人!?」
秘書室は騒然そうぜんとなった。
今年の春にできたばかりの秘書室はやっと仕事になれてきたところで、役員の皆さんのプライベートまでは把握していない。
それは私、須山すやま姫凪ひなも同じだった。
「社長がご結婚されたと思ったら、次は副社長かしらね」
時任ときとうグループで働いているっていうだけでも優良物件なのに若くてカッコイイ重役なら、女の人も放って置かないわよね」
私が就活で時任ときとうグループを受けたのはいわゆる記念受験みたいなものだった。
成績も普通だし、運動神経もよくないし―――普通だった。
けれど、そんな私が運よく合格し、一流企業の時任グループに入社できたのは奇跡に近かった。
親は大喜びで近所中に私が時任グループに入社したことを自慢し、友人達からは羨ましいと何度も言われた。
社して受付に配属されたけれど、今年の春、今までなかった秘書室ができ、その秘書室に何人か異動になることが決まった。
もう25歳だから、受付は新卒の可愛い子にしたかったんだと思うけど、むしろラッキーだった。
重役フロアに入れるのは時任グループ全女性社員の憧れだったから、秘書室配属が決まった時は大喜びだった。
姫凪ひな、よかったね!」
「うんっ」
仲のいい同じ受付の麻友子まゆこと手をとりあって喜んだ。
麻友子も一緒に秘書室に配属になった。
「でも、これで姫凪ひなは副社長の倉永くらながさんに顔と名前を覚えてもらえるんじゃない?」
「そっ、そうなの!名前も覚えてもらえてなくてっ。入社したばかりの時にIDカードを落として、拾ってくれた時に少しお話したのに私の事、忘れていて……」
「すれ違った時に偶然、カードを落とすなんて運命よね。姫凪は可愛いから、名前は覚えてなくても顔は覚えているんじゃない?」
「本当!?それなら嬉しいけど」
秘書室に配属になったのは副社長が私を選んでくれたからだと思っていたのに違っていた。
せっかく気合いを入れて毎日、可愛くしていても見てもらえてなかったなんて、すごくショックだった。
「親しくなったら、重役の皆さんと飲み会したいわね」
麻友子は積極的なんだから。
そんな簡単にできるわけない。
「私は見てるだけでいいの。十分幸せだわ」
ほう、と胸の前に手を組んで溜め息をついた。
「学生の片思いじゃあるまいし。姫凪、がんばろーねっ」
そう二人で言って、秘書室での仕事が始まったけれど、現実は甘くなかった。
仕事を任されると、会話はそれだけで淡々としていた。
そして、副社長は秘書室どころか、秘書の誰にも近づかない。
いつもフロアの奥の席にいて、挨拶すらできなかった。
そんな日々が過ぎていった。
そして、今日―――副社長の恋人と思われる人がやってきて、親しげに重役の方達と会話をしていた。
しかも、なれている様子で残業だと予想し、差し入れまで買ってくる気配り上手な人だった。
副社長がその人に呼ばれると、顔を出して女の人の名前を呼んだ。
いつもは絶対に自分のテリトリーから出ないのに。
桜帆さほ
女の人は桜帆さんという名前らしい。
ただ名前を呼んだそれだけのことなのに胸が痛んだ。
そして極めつけは―――
「今日は何時に帰るの?ごはん、いる?」
「もう帰る」
二人は一緒に暮らしているようで、目の前が暗くなった。
失恋の二文字が脳裏をよぎった。
私は自分の想いを告げる前に失恋してしまったみたい。
ふらふらとしながら、仲の良さそうな二人を眺めていた。
しかも、副社長に仕事をするように言って、頭を叩いた。
それを見て、驚いた私は悲鳴をあげてしまった。
副社長は時任グループの頭脳と言っていいような凄い人なのに!
そんな人の頭を叩くなんて!
今、目にしたものが信じられなかった。
重役の皆さんはまったく気にしてないばかりか、二人のやり取りを『漫才』と言って笑っているし、副社長は桜帆さんがきたせいか、やる気になったらしく、すごいスピードで仕事を始め、普段では見れないキリッとした表情から目を逸らすことができなかった。
その姿はすごくかっこよくて、ドキドキしていると、私のそんな小さい憧れなんて気にもとめずに桜帆さんは副社長をまるで親鳥が雛を見守るような目で見詰めていた。
それがなんとなく嫌だった。
その場から、引き離したくて桜帆さんを来客用の席まで案内した。
「こちらでお待ちください。お茶をお持ちしますね」
そんな私の気持ちも知らず、桜帆さんはお茶を出されると、にっこり微笑んだ。
「ありがとう」
泣き出しそうな私に比べて、桜帆さんは余裕たっぷりだった。
副社長はこの女の人のどこが、気にいったんだろうか。
つい、じろじろと見てしまった。
桜帆さんのメイクはファンデくらいで、長い髪はすっきりと纏めてアップにし、時任の女性社員なら、まず着ないような地味なパンツスーツ姿だった。
年齢はきっと私と同じくらいのはずなのにおしゃれとかには興味がないのかな。
「あの、なにか?」
「あっ!い、いえ。なにも」
じっと見すぎて、おかしく思われてしまった。
恥ずかしい。
しかも、慌てすぎてお盆まで落として。
もう散々だった。
涙目で秘書室に戻り、そっと涙をぬぐった。
見ているだけでいいって言ったけど、あれは嘘。
あの人の目に映りたい―――

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

処理中です...