私はお世話係じゃありません!【時任シリーズ②】

椿蛍

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カモメの家は長い坂の上にある白と水色の木造の建物で緑の山を背にぽつんと建っていた。
建物は古く白と水色の外壁はところどころげていた。
その長い坂道をのぼりきると、遠くに青い海が見える。
天気がいいせいか、遠くの船までしっかりと眺めることができた。
夏向かなたはカモメの家にくるの久しぶりじゃない?」
タクシーを降り、皆へのお土産を持った。
桜帆さほが大学に入って以来かな」
「あ~!桜帆ちゃんだー」
「桜帆姉ちゃーん」
大きな桜の木が一本あり、その下のブランコや滑り台、砂場であそんでいた子達がうれしそうに駆け寄ってきた。
「みんな、元気だった?」
「うん!」
お客様だと思った高校生や中学生の子達は窓から顔を出し、夏向がいるとわかると、馬鹿にした目で見て言った。
「あー。夏向だ」
「ほんとだ」
夏向はイラッ―とした表情を浮かべて言った。
「ムカつく」
「やめなさい。なに対等にケンカしようとしてるのよ」
はぁ、だから馬鹿にされるんでしょうが。
そう思いながら、中に入っていくと先生達が出迎えてくれた。
「いらっしゃい。夏向君、久しぶりだこと」
「どうも」
久しぶりに会って『どうも』じゃないでしょうが。
「先生、あの今日は報告があって」
「あら、何かしら。結婚でもした?」
「そうです」
すかさず、夏向が答えると先生達は固まった。
「結婚した!?」
「そうなの」
「夏向君と?」
「う、うん、まあ」
複雑な表情を浮かべていたけど、先生達は喜んでくれたと思う―――たぶん。
「桜帆ちゃんが結婚したことは嬉しいけど、夏向君。ちゃんと朝は自分で起きているの?」
「好き嫌いをして桜帆ちゃんを困らせてない?」
夏向はふて腐れたけど、先生達にはすっかり見抜かれてしまっていた。
「桜帆ちゃんは私達の娘同然だからね。大事にしてちょうだいよ」
「大事にする」
夏向は当然とばかりにうなずいた。
「でも、二人が結婚してくれてよかったかもしれないわ」
「え?」
「実はね、早ければ来年にでもカモメの家を取り壊すことになったのよ」
「どうして!?」
「この土地は借り物だったんだけど、土地の所有者が変わってしまって」
「もちろん毎月、土地代はきちんと支払っていたのよ?でも納得して頂けなくて」
「みんなはどうなるの!?」
「他の施設に行くことになるでしょうね。仕方のないことだけど、みんな、バラバラになると思うわ」
そんな……私の家が、みんなの家がなくなる―――足が震えた。
「桜帆ちゃん、そんな顔しないで。桜帆ちゃんは夏向君がいるでしょう?」
「そうそう。ちょっと頼りないかもしれないけど」
「失礼な」
夏向はムッとしていたけど、先生達には敵わず、黙り込んだ。
話を聞いて動揺してしまい、『おめでとう』の言葉は頭から抜けおちていった。
他の子達に悟られないように明るく話をして、『またくるわね』といつものように言うと外に出た。
長居をすると、泣いてしまいそうだった。
「桜帆、大丈夫?」
「うん……」
桜の木の下で遊んでいた子達はおやつを食べに中に入って行って、もういなかった。
木の下に立つと遠くに海と船が見える。
「夏向。私はこの木の下に捨てられていたんだって。桜の花が咲いていた天気のいい日で遠くに白い船が見えて……。だから、先生は私を桜帆と名付けたの」
生まれたのはきっと冬だと思う。
正確な日はわからない。
私を生んだ親は名前すら、与えてくれなかった。
先生達は私を可愛がってくれたし、真冬に捨てられて死ななかっただけでも幸運だったと思って生きてきた。
「桜帆」
背後から夏向が抱きしめた。
「泣かないで」
「ごめん……夏向」
私にはもう家族がいるのに―――でもここは私にとって家と同じ。
「なくなってほしくない」
ぎゅ、と夏向が強く抱きしめて耳元で囁いた。
「土地、買えばいいんじゃないかな」
「えっ!?」
「所有者から奪い取るじゃない……買い取るんだよ」
振り返ると、凶悪な顔をした夏向は目を細めて言った。
「桜帆のためなら、なんでもしてあげるよ」
そう言った夏向は頼もしいというよりはあやうい気がした。
慌てて振り返り、夏向を見た。
「ダメよ。夏向に危険なことをしてほしくない」
夏向はちょっとしょんぼりしたけど、うなずいてくれた。
「大丈夫よ。夏向」
ぽんぽんっといつものように夏向の背中をたたいた。
「危険じゃなかったらいい?」
「えっ!?ま、まあ。合法的ならね」
「わかった」
本当にわかっているのか、どうか。
まじまじと夏向の顔を見たけれど、いつもと変わらない気の抜けた顔をしているだけだった。
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