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13 王子のプロポーズ
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王妃が婚約者を決める。
アルドはどこから、その情報を手に入れたのか、私たちに教えてくれた。
「婚約者を決めるって本当? 早くないかしら」
「王妃は早く決めたいんだ」
やっぱり私たちの十五歳の誕生日までにクラウディオ様の婚約者は決まる――この運命は絶対で、変えられないものらしい。
アルドの言葉に私もお兄様も顔を強張らせた。
緊張と不安が入り交じった表情を見たアルドは私たちが婚約者になりたくないと思っていることを察したようだった。
「選ばれても婚約の申し出を断ればいい」
「無理よ! バルレリアから断られるならともかく、正式に申し込まれたらルヴェロナのような小国が断れるわけないでしょ!」
「レティツィア、落ち着いて。アルドはどうしてそれを知ったのかしら?」
「国王陛下は生きているうちに王位を譲りたいらしい」
アルドの口ぶりはまるで他人事だった。
国王陛下は高齢で若い王子に早く譲りたいと考えているようだった。
王子や王女に恵まれず、最初の妃を病で亡くし、新しく妃を迎え、生まれた子がクラウディオ様だった。
その後、王宮で働いていた女性との間に生まれたのがアルド。
本当に国王の子供なのかと疑われたけれど、生まれたアルドの瞳の色が国王と同じ色で若い頃の国王とそっくりだったおかげで、その疑いはすぐに晴れた。
「病がちなのもあって、気が弱くなってる。自分が元気な間に次代を安定させたいと思ってる。だから、早く妃を迎えたいんだ」
「クラウディオ様が王位をいつでも継げるような形を作っておきたいてわけね」
それならわかる。
バルレリアほどの大きな国ともなれば、代替わりに慎重になってもおかしくない。
それに反して、ルヴェロナ王国は揉めたという話は聞いたことなかった。
娯楽が少ないからか、お父様の戴冠式の時は『即位おめでとう! ルヴェロナ羊の毛糸割引中!』だとか『即位までの期間、野菜半額!』なんて、お祭り騒ぎになったとか。
ルヴェロナにアルドが滞在するだけで、『バルレリア王子歓迎セール』なんて便乗してくる。ちょっとしたイベントも見逃さない国民性。
ピリピリした空気は皆無で、宰相や大臣なんて――
『周りが邪な考えを抱いたことがないからでしょうなぁ。我々だけでなく、民も王家をお世話……いえいえ、支えておりますゆえご心配なく』
――と、言いながら、にこやかにルヴェロナ産の蜂蜜入り紅茶を飲んでいた。
なお、宰相の家は蜂蜜農家。大臣の家は小麦農家である。
平和な我が国の光景を思い出して、なおさらルヴェロナへ帰りたくなった。
「早く即位してほしい。それに兄さんと妃の間に子供が生まれれば、俺のことなんてどうでもよくなるし」
「子供って……。クラウディオ様はまだ十六歳でしょ?」
「バルレリアでは王の血筋を引く子供は政治の道具でしかない」
アルドの冷たい目に甘いはずのココアが苦く感じた。ごくりと音を立てて飲み込んだ生クリームは美味しいはずなのに味がしない。
「兄さんに子供が生まれたら、俺はレティツィアのお婿さんにしてもらうんだ」
「…………え?」
「うん?」
私とお兄様は同時にアルドを見た。
今のはなんだったのだろう。アルドがなにかとんでもないことを言ったような気がする。
「レティツィアと結婚して、ルヴェロナでのんびり暮らしたい」
「なにその老後設計……って、そうじゃないっ! なに言ってるの! バルレリアの王子が国の外に出るなんて前代未聞よ。それも小国の婿なんてっ!」
「待て待て。レティツィア。問題はそこじゃないでしょ。アルドはレティツィアが好きなのかしら?」
「大好きだよ」
恥ずかしくないのか、アルドは迷うことなくきっぱりと答えた。
「出会ったときから、ずっとレティツィアのことを特別な存在だと思ってる。だめだった?」
「だ、だ、だ、だめとか、いいとかじゃなくっ」
アルドの突然の愛の告白に動揺を隠せない。だって、こんなの前回にはなかった。予想外の想定外。
お兄様のほうを見ると険しい顔をしていた。
「お……お姉さま?」
「レティツィアに好意を持つのはいいけれど、アルドはそれを公言しないほうがいいわ」
「なぜ?」
「アルドを苦しめるためなら、バルレリア王妃はなんでもやるからよ」
お兄様にそう言われ、アルドは黙った。
アルドも薄々気づいていた。
前回のアルドと違い、アルドは信頼できる人が増えたけれど、王宮での待遇は変わらない。
それは、アルドが大事なものや友人を作る前に王妃が邪魔をし、遠ざけてしまうから。
実際、アルドの剣の先生は辺境の砦へ追いやられてしまったそうだ。
王妃はアルドに寂しさを何度も味あわせ、誰もそばにいないと、味方など一人もいないと思い込ませるのが目的なのだろう。
アルドもそれに気づいているから、こんな夜中に忍んで私たちの部屋へやってきた。
私たちが引き離されることがないのは、お兄様のおかげでもある。
ヴィルジニアの存在により、アルドよりもクラウディオ様と仲が良いとみんな思っている。
今のところ、ヴィルジニアが王妃に気に入られ、満足させることができているから、私たちがアルドから遠ざけられることはない、
「わかってる。気をつけるよ」
アルドはうなずいた。
二人は納得したけど、私は納得していない。
「待って! アルドは私にとって弟みたいなものなのよ? まだ十四歳だし、結婚なんて困るわ」
「まあ、そうね」
「弟……」
私の言葉にショックを受けていたけど、私とお兄様は十六歳までの記憶を持っている。七歳の頃から今まで、アルドの成長を見守ってきたのだ。
しかも、生きるか死ぬかのハラハラ生活。そんな心境で恋心を芽生えさせることなんて無理な話だ。
お兄様はアルドがしょんぼりしているのに気づき、可哀想になったのか、ぽんっと肩を叩いて励ました。
「そんなにしょんぼりしなくてもいいのよ。レティツィアの恋心をこれから育てていけばいいわ」
「ヴィルジニア……」
「でも、アルド。弱い男にレティツィアは渡さないわ。言っている意味、わかるわよね?」
「わかる」
こくっとアルドは素直にうなずいた。
お兄様は男同士(お兄様の外見は女だけど)の友情とばかりにグッと親指を立てて、いい笑顔を浮かべる。
「レティツィアに好きになってもらえるよう頑張るよ」
アルドは子犬のような目をし、私を見て言った。尻尾があったら、きっとパタパタ振ってたに違いない。
「それじゃあ、一緒に寝てもいい?」
「駄目っ! もう十四歳なんだから、絶対に駄目よ!」
「え……。今まで一緒に眠ってたのに?」
「アルド。レティツィアに好きになってもらうんでしょ?」
アルドはお兄様の言葉にハッと我に返る。
「わかった。強くなるために我慢する。それじゃあ、また明日」
一緒に寝るつもりだったのか、ちゃっかり枕まで持ってきていた。今まで一緒に眠っていたから、ちょっと可哀想になったけど、結婚なんて言われたら、いくらなんでも私でも身構える。
アルドがいなくなり、部屋は静かになった。
というより、私とお兄様は同じことを考えていたと思う。
「クラウディオの婚約者選びにアルドのプロポーズか。まさか、こんな展開になるとはね。ややこしいことになっちゃったけど、これからどうしようか……?」
お兄様は私に聞いたけど、私だってどうしていいかわからない。
「アルドが好意を持つのは前回同様、友人としてだと思ってたんだけどな」
「私だってそう思っていたわよ」
「クラウディオや王妃にバレたら、レティツィアは……」
その可能性にゾッとした。アルドが少し親しくなっただけで、社交界への出入りを禁じられた貴族。大地が凍てつくような寒い北方の地へ左遷された護衛の兵士。
噂では王妃の不興を買って、修道院へ追いやられた乳母の娘がいるとか。
「わ、私も修道院行き?」
「良くて修道院。最悪、殺される。クラウディオと一緒にいて気づいたんだよね。クラウディオの行動には王妃も少なからず、絡んでいることに」
「お母様ですものね」
「それだけじゃない。バルレリア王国の大貴族の娘でもある。強力な後ろ楯だよ」
クラウディオ様は王妃をないがしろにできない。それは今日のお茶会でもそうだった。
いてもいなくても変わりない私を自ら呼びに来た。
「レティツィア。ヴィルジニアはクラウディオの婚約者を回避しないほうがいいかもしれない」
「え?」
「少なくとも僕たちの十六歳の誕生日まで、王妃やクラウディオから、嫌われないようにしないと。アルドには悪いけど、生き延びるために僕たちが優先するのは王妃たちだ」
「そうね……」
お兄様の意見に反対はない。
だって、今まで生き延びるために頑張ってきたのだから。
けれど、アルドの味方でもいたい――そう思う私もいたのだった。
アルドはどこから、その情報を手に入れたのか、私たちに教えてくれた。
「婚約者を決めるって本当? 早くないかしら」
「王妃は早く決めたいんだ」
やっぱり私たちの十五歳の誕生日までにクラウディオ様の婚約者は決まる――この運命は絶対で、変えられないものらしい。
アルドの言葉に私もお兄様も顔を強張らせた。
緊張と不安が入り交じった表情を見たアルドは私たちが婚約者になりたくないと思っていることを察したようだった。
「選ばれても婚約の申し出を断ればいい」
「無理よ! バルレリアから断られるならともかく、正式に申し込まれたらルヴェロナのような小国が断れるわけないでしょ!」
「レティツィア、落ち着いて。アルドはどうしてそれを知ったのかしら?」
「国王陛下は生きているうちに王位を譲りたいらしい」
アルドの口ぶりはまるで他人事だった。
国王陛下は高齢で若い王子に早く譲りたいと考えているようだった。
王子や王女に恵まれず、最初の妃を病で亡くし、新しく妃を迎え、生まれた子がクラウディオ様だった。
その後、王宮で働いていた女性との間に生まれたのがアルド。
本当に国王の子供なのかと疑われたけれど、生まれたアルドの瞳の色が国王と同じ色で若い頃の国王とそっくりだったおかげで、その疑いはすぐに晴れた。
「病がちなのもあって、気が弱くなってる。自分が元気な間に次代を安定させたいと思ってる。だから、早く妃を迎えたいんだ」
「クラウディオ様が王位をいつでも継げるような形を作っておきたいてわけね」
それならわかる。
バルレリアほどの大きな国ともなれば、代替わりに慎重になってもおかしくない。
それに反して、ルヴェロナ王国は揉めたという話は聞いたことなかった。
娯楽が少ないからか、お父様の戴冠式の時は『即位おめでとう! ルヴェロナ羊の毛糸割引中!』だとか『即位までの期間、野菜半額!』なんて、お祭り騒ぎになったとか。
ルヴェロナにアルドが滞在するだけで、『バルレリア王子歓迎セール』なんて便乗してくる。ちょっとしたイベントも見逃さない国民性。
ピリピリした空気は皆無で、宰相や大臣なんて――
『周りが邪な考えを抱いたことがないからでしょうなぁ。我々だけでなく、民も王家をお世話……いえいえ、支えておりますゆえご心配なく』
――と、言いながら、にこやかにルヴェロナ産の蜂蜜入り紅茶を飲んでいた。
なお、宰相の家は蜂蜜農家。大臣の家は小麦農家である。
平和な我が国の光景を思い出して、なおさらルヴェロナへ帰りたくなった。
「早く即位してほしい。それに兄さんと妃の間に子供が生まれれば、俺のことなんてどうでもよくなるし」
「子供って……。クラウディオ様はまだ十六歳でしょ?」
「バルレリアでは王の血筋を引く子供は政治の道具でしかない」
アルドの冷たい目に甘いはずのココアが苦く感じた。ごくりと音を立てて飲み込んだ生クリームは美味しいはずなのに味がしない。
「兄さんに子供が生まれたら、俺はレティツィアのお婿さんにしてもらうんだ」
「…………え?」
「うん?」
私とお兄様は同時にアルドを見た。
今のはなんだったのだろう。アルドがなにかとんでもないことを言ったような気がする。
「レティツィアと結婚して、ルヴェロナでのんびり暮らしたい」
「なにその老後設計……って、そうじゃないっ! なに言ってるの! バルレリアの王子が国の外に出るなんて前代未聞よ。それも小国の婿なんてっ!」
「待て待て。レティツィア。問題はそこじゃないでしょ。アルドはレティツィアが好きなのかしら?」
「大好きだよ」
恥ずかしくないのか、アルドは迷うことなくきっぱりと答えた。
「出会ったときから、ずっとレティツィアのことを特別な存在だと思ってる。だめだった?」
「だ、だ、だ、だめとか、いいとかじゃなくっ」
アルドの突然の愛の告白に動揺を隠せない。だって、こんなの前回にはなかった。予想外の想定外。
お兄様のほうを見ると険しい顔をしていた。
「お……お姉さま?」
「レティツィアに好意を持つのはいいけれど、アルドはそれを公言しないほうがいいわ」
「なぜ?」
「アルドを苦しめるためなら、バルレリア王妃はなんでもやるからよ」
お兄様にそう言われ、アルドは黙った。
アルドも薄々気づいていた。
前回のアルドと違い、アルドは信頼できる人が増えたけれど、王宮での待遇は変わらない。
それは、アルドが大事なものや友人を作る前に王妃が邪魔をし、遠ざけてしまうから。
実際、アルドの剣の先生は辺境の砦へ追いやられてしまったそうだ。
王妃はアルドに寂しさを何度も味あわせ、誰もそばにいないと、味方など一人もいないと思い込ませるのが目的なのだろう。
アルドもそれに気づいているから、こんな夜中に忍んで私たちの部屋へやってきた。
私たちが引き離されることがないのは、お兄様のおかげでもある。
ヴィルジニアの存在により、アルドよりもクラウディオ様と仲が良いとみんな思っている。
今のところ、ヴィルジニアが王妃に気に入られ、満足させることができているから、私たちがアルドから遠ざけられることはない、
「わかってる。気をつけるよ」
アルドはうなずいた。
二人は納得したけど、私は納得していない。
「待って! アルドは私にとって弟みたいなものなのよ? まだ十四歳だし、結婚なんて困るわ」
「まあ、そうね」
「弟……」
私の言葉にショックを受けていたけど、私とお兄様は十六歳までの記憶を持っている。七歳の頃から今まで、アルドの成長を見守ってきたのだ。
しかも、生きるか死ぬかのハラハラ生活。そんな心境で恋心を芽生えさせることなんて無理な話だ。
お兄様はアルドがしょんぼりしているのに気づき、可哀想になったのか、ぽんっと肩を叩いて励ました。
「そんなにしょんぼりしなくてもいいのよ。レティツィアの恋心をこれから育てていけばいいわ」
「ヴィルジニア……」
「でも、アルド。弱い男にレティツィアは渡さないわ。言っている意味、わかるわよね?」
「わかる」
こくっとアルドは素直にうなずいた。
お兄様は男同士(お兄様の外見は女だけど)の友情とばかりにグッと親指を立てて、いい笑顔を浮かべる。
「レティツィアに好きになってもらえるよう頑張るよ」
アルドは子犬のような目をし、私を見て言った。尻尾があったら、きっとパタパタ振ってたに違いない。
「それじゃあ、一緒に寝てもいい?」
「駄目っ! もう十四歳なんだから、絶対に駄目よ!」
「え……。今まで一緒に眠ってたのに?」
「アルド。レティツィアに好きになってもらうんでしょ?」
アルドはお兄様の言葉にハッと我に返る。
「わかった。強くなるために我慢する。それじゃあ、また明日」
一緒に寝るつもりだったのか、ちゃっかり枕まで持ってきていた。今まで一緒に眠っていたから、ちょっと可哀想になったけど、結婚なんて言われたら、いくらなんでも私でも身構える。
アルドがいなくなり、部屋は静かになった。
というより、私とお兄様は同じことを考えていたと思う。
「クラウディオの婚約者選びにアルドのプロポーズか。まさか、こんな展開になるとはね。ややこしいことになっちゃったけど、これからどうしようか……?」
お兄様は私に聞いたけど、私だってどうしていいかわからない。
「アルドが好意を持つのは前回同様、友人としてだと思ってたんだけどな」
「私だってそう思っていたわよ」
「クラウディオや王妃にバレたら、レティツィアは……」
その可能性にゾッとした。アルドが少し親しくなっただけで、社交界への出入りを禁じられた貴族。大地が凍てつくような寒い北方の地へ左遷された護衛の兵士。
噂では王妃の不興を買って、修道院へ追いやられた乳母の娘がいるとか。
「わ、私も修道院行き?」
「良くて修道院。最悪、殺される。クラウディオと一緒にいて気づいたんだよね。クラウディオの行動には王妃も少なからず、絡んでいることに」
「お母様ですものね」
「それだけじゃない。バルレリア王国の大貴族の娘でもある。強力な後ろ楯だよ」
クラウディオ様は王妃をないがしろにできない。それは今日のお茶会でもそうだった。
いてもいなくても変わりない私を自ら呼びに来た。
「レティツィア。ヴィルジニアはクラウディオの婚約者を回避しないほうがいいかもしれない」
「え?」
「少なくとも僕たちの十六歳の誕生日まで、王妃やクラウディオから、嫌われないようにしないと。アルドには悪いけど、生き延びるために僕たちが優先するのは王妃たちだ」
「そうね……」
お兄様の意見に反対はない。
だって、今まで生き延びるために頑張ってきたのだから。
けれど、アルドの味方でもいたい――そう思う私もいたのだった。
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