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4 決められた門限

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 私の友人、葉山はやま恵衣めいは昔から、面倒見が良くて美人で、学級委員長や生徒会はもちろん、教師からも頼られる姉御肌な性格だった。
 そんな恵衣と友人になれて本当によかった――と思うけど。

「はい! ここ座ってー!」

 恵衣が私を座らせたのは、湯瀬ゆぜさんのお隣。
 沖重おきしげグループが誇る営業部のイケメンである。

倉地くらちが飲みに来るなんて珍しいな!」

 湯瀬さんは人懐っこい笑みを浮かべ、メニューを渡してくれた。
 サーロイン、タン塩、カルビと並ぶけど、ここはみんなで食べられる特盛セット。それから、豆腐サラダなどのサブメニューも忘れずに頼む。

「焼き肉だったので」
「あはははっ、倉地は正直だなあ。いいよね。がっつり食べる女の子って」

 さすが営業部のエースだけあって、湯瀬さんは私のような女子に対しても、上手に対応できるスキルを持っているようだ。

「湯瀬さん。志茉しまを誘う時は、焼肉か寿司ですよ」

 なんのアドバイスなのか、恵衣は得意げな顔で笑いながら、湯瀬さんに言った。
 
「そっか。おしゃれなお店が好きだろうなって、勝手に思ってたな」
「そうですか?」
「俺が倉地に持ってるイメージだよ」
「私がおしゃれに見えるのは、恵衣のおかげかも。服やコスメのアドバイスを的確にしてくれるんですよ」

 私の言葉を聞いた恵衣が、顔を赤くした。

「や、やめてよね! あたしは受付だから、身だしなみに気を遣うし……。ただ、仕事の延長線上として、志茉にアドバイスしてるだけなの!」
「確かに葉山はいつも綺麗にしているよな」

 毎日、頻繁に受付前を通る営業部のメンバーは、恵衣を見てうなずいた。
 店員さんが肉の皿を持ってくると、さっと受け取り、さっそくカルビを網の上に置く。
 炭火がいいかんじに肉の脂を落とし、じゅうっと音を立てた。

「倉地。飲み物はアルコール?」
「はい」
「ソフトドリンクのメニューも置いておくよ。倉地は途中でいつもソフトドリンクに切り替えるだろ?」
「そうですね。ありがとうございます」

 湯瀬さんは遠くにあったドリンクメニューを置いてくれる。
 営業の人たちと飲むのは、これが初めてではなかった。
 恵衣と仲のいい営業のメンバーたちは気配りもできるし、話もうまいし、何よりがつがつしてないのがいい。
 だから、女子社員から人気があるし、また飲み会へ参加したいという人が多い。
 それは女子だけでなく、男子社員もそうで、上手に人をまとめる湯瀬さんの人柄ゆえだろう。

「新しい社長だけど」

 その話題に、思わず飲んでいたグレープフルーツサワーを吹き出しかけた。

「どんなかんじですか?」

 要人が実際に、仕事をしているところを見たことがなかった。
 宮ノ入みやのいりグループの本社部長で、すごく仕事ができるってことくらいしか知らない。

「噂通り、やり手だな」

「一度見ただけで、人の名前や資料をぜんぶ記憶するんだぜ。今日一日で、だいたいの雰囲気はつかめたみたいだしな」
「あれはもう化け物かってくらいのレベルで、仕事ができる男だよ」
「あんな男と付き合う女は大変だなー」
 
 動揺したせいで、カルビのちょうどいい焼き加減を逃し、ちょっと焦げてしまった。
 網の上から救出したカルビを取り皿に避難させた。

「そ、そうなんだ」
「もしかして、倉地も新しい社長に興味ある?」
「まあ……多少は」

 ――あるというか、なんというか。
 その社長はお隣の家に住んでいますとは言えず、肉を口の中に放り込んで誤魔化した。

「あーあ。倉知さんもか。俺たち、今日ほど寂しい思いをした日はないよ」
「えー! 私たちは湯瀬さんたちに、冷たくしてないです!」
「そうですよ!」

 受付の女子社員は一様に、キラキラしていて華やかで可愛い。
 そして、受付のメンバーと飲み会に行くのも気楽でいい。
 自分がそれほど喋らなくても、場がいつの間にか進行しているから。
 話題も豊富で、情報通ときたら、営業の人たちも彼女たちと飲んでいて楽しいはずだ。

「ま、あのレベルの男じゃ、俺たちも納得するしかないよな」
「親族で固められた宮ノ入グループが、子会社とはいえ、血の繋がりがない人間に、初めて社長を任すんだから、相当のやり手だと思うぞ」
「あれはモテるだろーなー」

 同性からみても、要人は有能で、女性にモテモテ男に見えるらしい。

「まだ初日なのに、人気がすごいですよね。今日、仁礼木にれき社長が帰る時間を見計らって、女子が出待ちしてましたよ」
「出待ち!? アイドルかなにかなの?」
「それに近いです。人事部に聞いた話によると、秘書課への異動願いを申し出た女子社員も多かったらしいですし」

 秘書課なら、同じフロアにあり、社食も同じ。
 確かに一般社員より、役員のそばにいられるだろうけど、さすがに異動まで考えるとは、思いも寄らなかった。

「そこまで人気だったなんて、知らなかったわ。それはすごいわね」
「さすがね……」

 要人を知っている恵衣でさえ、驚いていた。
 またひとつ、要人の武勇伝ができてしまったようだ。
 ため息をつきつつ、ネギタン塩を焼こうと、皿に手をのばした瞬間、恵衣が私を呼ぶ。

「し、志茉! ちょっと、志茉!」
「なに? 少し待ってよ。今、ネギタン塩焼いてから――」
「帰るぞ」
「えっ……?」

 あまりの衝撃に、ネギタン塩の大事な部分、ネギが落ちた。
 低い声がしたほうを見ると、そこには前髪を上げ、サングラスに黒いシャツ、チェーンネックレスに高そうな腕時計……どこのヤクザですか?
 ――違う、ヤクザじゃない!

「かっ……かな……」

 名前を呼びそうになり、慌てて自分の手で口を塞いだ。

「志茉の門限は八時なので、連れて帰ります」

 要人はそう言って、テーブルに何枚か一万円札を置いた。
 お金も気になったけど、それ以上に気になったのは、夜八時の門限だ。
 いつ、そんな門限ができたのか。
 そもそも門限なんて、存在しない。
 要人に圧倒され、誰も言葉を発せず、ぽかんとしていた。
 それを無視し、要人は私からネギタン塩の皿を奪うと、腕を掴み、引きずるようにして、その場から連れ去ったのだった――
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