さようなら、お別れしましょう

椿蛍

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第1章

5 冷遇された妻(2)

 私は結婚に少しだけ期待していた。
 もしかしたら、愛してもらえるのではないかと。
 
 ――形だけでもいいから、愛してほしかった。
 
 私とイーザック様の結婚式。
 神官の祝いの言葉を聞いて終わった。
 結婚式の日、声もかけてもらえず、ちらりとも私を見てくれなかったのは、招待客の中にメリアがいたから。
 夫婦の証しである指輪さえもらえない妻。

「せめて、手紙のお返事だけでも、いただけたらよかったのにね……」
「レフィカ様ったら! 別居を告げた夫の手紙なんて、持っていても不幸になるだけですわ」
「そう? せっかくだし、結婚した記念にいただけたらと思ったのですけど」
「記念? 旅行のお土産みたいな扱いですか!?」
「ジェレン。一つ一つの出会いは、いつも宝物ですよ」

 自分ではうまいこと言ったと思ったのに、ジェレンに呆れた顔をされてしまった。
 侍女のジェレンは、私の二つ上で二十歳。
 彼女はドーヴハルク王国の貴族出身の令嬢で、王女と違い、自由がある生活を送ってきた。
 ジェレンが私の侍女に選ばれたのは、ダンスや楽器、知識も豊富な才媛だからという理由からだ。
 王女らしくない生活を送った私を助けるため、彼女が選ばれた。
 
「夫婦になれなかったことは残念ですが……。目指せ! 楽しい別居生活です!」
「は?」

 指を一本立てて、ジェレンにこっと微笑んだ。

「ですから、目指せ! 楽しい別居生活です!」

 ジェレンにちゃんと聞こえてなかったのかと思って、もう一度言った。
 おかしいことを言ったつもりはないのに、ジェレンは口をポカンと開けていた。

「別居。つまり、夫から解放されて、自由時間が増えたということです!」
「ま、まぁ。そういう受け取り方もあるような……ないような……?」

 そう――私は別居生活をうまく利用して、自由を手に入れてみせます!
 左胸に手をおく。
 私はずっと【契約】を無効にする方法を探したかった。
 この【契約】があるかぎり、私に真の自由はないのだから。

「夫は私に興味がありません。私の好きなことができて、やりたい放題!」
 
 ――ありがとう、別居。ありがとう、私に興味のない夫!

 心の中で、二度もお礼を言ってしまった。

「別居から始まる人生の自由時間! 自由……なんて素晴らしいのでしょうか!」

 胸の前で両手を握り締め、うっとり天を仰ぐ。
 天井しか見えなかったけど、私には希望の星が見える!
 侍女たちは困惑気味に私を眺めていた。

「レフィカ様、かっこよく言って、ごまかせたと思ったら大間違いです」
「現状は別居を告げられた妻です」
「レフィカ様。女の幸せは、いかに夫から愛されて幸せになるかですわ」
「少しでも、夫から興味を持ってもらえるよう行動なさったほうが、現実的でしょう」

 侍女たちは別居後も、妻としてのアピールをするべきだと言う。
 ドーヴハルク王国の後宮では、王の寵愛を受けなかった妃の暮らしは貧しく、寂しいものだった。
 機を織ったり、掃除をしたり――他の妃の侍女にされた女性もいる。
 だから、ジェレンたちの言っていることも、きっと間違いではない。
 間違いではなかったけど、私はそれを選ばない。

「イーザック様はずっとメリアを愛していたのです。その想いを邪魔してまで、愛されようとは思っていません」

 後宮で、父の寵愛を競った女同士の争いをいやというほど目にしてきた。
 私の母が嫌がらせを受け、泣いている姿を何度も見た。

「私は二人の幸せを願います」
「レフィカ様……」
「レフィカ様の幸せはどうなるのですか……?」

 微笑んだ私に対し、侍女たちは泣いていた。
 私の将来を心配してくれるなんて、彼女たちはとてもいい人たちだと思う。

「私は結婚したら、もっと自由になれるはずだと信じてました」

 結婚前の王女は後宮から出ることができなかった。
 そして、結婚してからは、王宮から夫の許可なく出られない。
 
「今までの私は不自由で、旅行にも行ったことがありません。でも、これからは違います」
「レフィカ様は自由になりたかったのですか?」
「ええ。そうです。別居していただけるなんて幸運でした。もしかしたら、海や砂漠、ラクダを見れるかもしれません」
「それはまあ、私もまだ見たことありませんけど……」

 私はイーザック様の別居宣言によって、ほんの少しの自由を得た。

「わかってます。私の自由はかりそめの自由だってこと」

【契約】から逃れられず、いつ死んでもおかしくない身。
 でも、私はこの運命を変えたい。
 恐ろしい父に逆らってでも、死の運命を私は変える――バンッと扉が開き、思考を中断させられた。

「え……? なにかしら?」
「どなた?」

 ジェレンたちは驚き、ドアのほうへ一斉に振り向いた。
 ノックもなく入ってきたのは、メリアの侍女であるベルタだった。
 黒髪に黒い目、陰鬱な表情のベルタの顔は怖い。
 驚き、なにも言えなくなっているジェレンたちの代わりに、私がベルタに話しかけた。

「ええっと、ベルタ……さんでしたよね? なにかご用ですか?」

 ベルタは蔑んだ目で私を見た。

「レフィカ様にこちらをお返ししようと思ってお持ちいたしました」

 さっきまで、笑み一つなかったベルタが、暗い笑みを浮かべた。
 そして、手に持っていた布袋を開けると、白い紙をぶちまけた。

「これは……私の手紙……?」
「レフィカ様がイーザック様に書いた手紙では……?」
「この字はレフィカ様のものですよね」

 私が送った手紙が、テーブルや床の上に散らばった。

『はじめまして』
『いいお天気ですね』
『庭の花が綺麗です』

 私がイーザック様のことを考え、書き綴った言葉の数々。
 それを見て、ベルタは嘲笑う。

「陛下に手紙を送られていらっしゃったようですわね。陛下はお返事を書く予定はございません。ゴミを返ししますわ」
 
 ベルタの声が静まり返った部屋に響く。

「なっ、なんて失礼な! レフィカ様は王妃ですのよ。侍女ごときが、王妃の手紙をこんなふうに扱っていいとでも思っていらっしゃるのっ!?」

 ジェレンが怒っても、ベルタには平気な顔をしていた。

「王妃? 形だけの王妃になんの意味がございまして? この王宮から田舎臭いドーヴハルク人は、早く出ていっていただきたいわ」
「なんですって!」
「ジェレン! 待って!」

 ジェレンがベルタに詰め寄ろうとしたのを見て、慌てて止めた。
 必死に止めた私をベルタが嘲笑う。

「レフィカ様の侍女から、私が暴行を受けたと陛下の耳に入れば、厳罰を与えるでしょうね」
「なっ、なんですって! 卑怯よ……!」

 新しい妻を迎えたことが、王宮から発表されたばかり。
 こんな時に、メリア付きの侍女が、私の侍女から殴られたなどと、噂が流れたら、イーザック様だけでなく、国民もよく思わないだろう。
 味方のいない国で、私たちが弁解したところで、誰も信じない。
 王の寵愛を得たメリアの権力は強く、怖いものはなかった。
 すでにメリアは妃として権力を握り、邪魔な私を一刻も早く、王宮から追い出そうとしていた。 

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