さようなら、お別れしましょう

椿蛍

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第3章

46 愛の告白 ※メリア

 ――わたくしの命を奪うつもり?

 イーザック様は、わたくしが暗殺の首謀者だと疑い、部屋の周りに見張りの兵士をつけた。
 その上、部屋に食事を運んでくる侍女の話によれば、イーザック様は再びシャルク・ホジャへ旅立ったという。
 いったいなんのために旅立ったのか、教えてもらえなかったけれど、聞かなくてもわかる。

 ――愛しいレフィカ様に会いに行ったのよ!

 愛するわたくしの言葉を信じてくれなかったばかりか、堂々と浮気をするつもりでいる。
 わたくしの嘘を盲目的に信じるほど、愛してほしかった。
 それなのに――
 
「イーザック様はレフィカ様の美貌に騙されたのよ! なんて悪女なの!」

 わたくしの容姿が平凡でなければ、今ごろ、完全にイーザック様を魅了できていたはず。
 そして、わたくしもレフィカ様の命を狙わずに済んだ。

「悪いのは、わたくしを愛してくれないイーザック様ですわ!」

 声を張り上げても、誰からも返事がない。
 なぜなら、暗い部屋には、わたくし一人だけしかおらず、侍女はいない。
 しかも、侍女たちがやってきても、なにも話さず、仕事を終えると逃げるように去っていく。
 王宮では、わたくしが暗殺の首謀者として噂になっているようだ。

 ――まさか、王都でも?

 レフィカ様ならともかく、ジグルズ様が刺されたというのが、まずかった。
 ジグルズ様の人気は高く、兵士や町の人々からもっとも信頼されている王族だ。
 わたくしが暗殺の首謀者として捕らえられたら、どんな目にあうかわからない。
 椅子に座っていても落ち着かず、うろうろと部屋の中を歩き回った。

「大丈夫よ。わたくしがレフィカ様を殺そうとした証拠はないわ。ベルタが黙って処刑されれば、証拠はなにも残らないのよ!」

 証拠はない。
 けれど、イーザック様は信じてくれなかった。

『わたくしの宝石を盗み、ベルタが暗殺者を雇い、レフィカ様の命を狙った』

 完璧なはずなのに、わたくしは罪人扱い。
 このままだと、わたくしもベルタと同様に処刑されてしまう。
 わたくしが罪に問われるなんて、ありえない。
 
「わたくしとベルタが共謀した証拠なんて、どこにも残ってないはずよ……」

 ――待って? 『証拠はない』と本当に言いきれる?

 過去の記憶を振り返った時、ベルタが言った言葉が気になった。
 たしか、イーザック様がシャルク・ホジャへ向かう前に――

『メリア様。陛下に今の話を聞かれていたのではないでしょうか? レフィカ様のお命を狙うという……』
『もし、陛下が先ほどの話を耳にしていたら、メリア様も罪に問われます……! 今なら、まだ!』

 あの時のベルタは、イーザック様に話を聞かれた気がすると言って、怯えていた。

 ――あの日、イーザック様はわたくしの計画を知って、レフィカ様の元へ行ったということ?

 イーザック様の変わらぬ態度が、真偽をたしかめるための演技だったとしたら……
 胸に不安が広がり、胸元を掻いた。
 心臓の音が聞こえてくるようだ。

「失礼します」
「ひっ!」

 声がして、部屋の扉のほうを振り向くと、そこにいたのは死刑執行人ではなく、イーザック様の侍従だった。
 侍従はわたくしに一礼した。

「こ、こんな夜遅くに、なんの用かしら?」
「明日から、メリア様には王都の別邸へ移っていただきたいと、陛下より伝言を承っております」
「別邸……? イーザック様はわたくしと別れるつもりですの?」
「お心までは存じ上げませんが、レフィカ様が暮らしていた屋敷が空いております。そちらへお移りください」

 ――わたくしとレフィカ様の立場が逆転した。
 
 ぞくっと背筋に寒いものが走った。

「それでは、メリア様。王宮最後の夜をお過ごしください。おやすみなさいませ」

 侍従は表情ひとつ変えずに言い終わると、扉を閉めて出ていった。
 本当に伝言だけだったようで、侍従の足音が遠ざかっていく――

「ま、待って……。今日で王宮にいられなくなる……? わたくしが?」

 自分の手が震えているのがわかる。
 王宮から屋敷へ移されたら、なにもできなくなる。
 レフィカ様がイーザック様に愛され、幸せそうに暮らす姿を別邸から眺めるしかない。

 ――そんなの嫌よ! イーザック様の妻の地位は、わたくしのものよ!

「レフィカ様さえいなければ……なにもかもうまくいっていたのよ……。わたくしが正妃だったのに……」

 ぶつぶつ呟きながら、ふらりと廊下に出た。
 不思議なことに監視の兵士はいなかった。

「イーザック様がシャルク・ホジャへ向かったから、兵士たちは気が緩んでいるのね」

 王が不在の王宮は緊張感がなく、警備が甘くなっているようだ。
 誰もいない夜の王宮の廊下に、わたくしの足音だけが響いていた。
 ベルタが捕らえられている地下牢を目指す。

「ベルタを逃がして、今度こそレフィカ様の命を奪ってやるわ」

 カビ臭く湿気の多い地下牢は、少しの時間いただけでも気分が悪くなりそうだった。
 ベルタがどこにいるか、すぐにわかった。
 女性の声が聞こえた。

「……ない……殺されたくない……」

 捕らえられたベルタは、牢屋の中でガタガタ震えている。

「ベルタ、大丈夫よ。助けにきてあげたわ」
「メリア様……!?」

 わたくしの姿に気づいたベルタが、鉄格子をつかみ、声を張り上げた。

「メリア様、申し訳ございません。私はっ……」
「ここから出してあげる。その代わり、次こそレフィカ様を殺してくるのよ」
「次こそ……?」
 
 鉄格子を握るベルタの手が震えていた。

「レフィカ様さえいなければ、わたくしは正妃になれるの。そうなったら、ベルタ。あなたは王妃付の侍女よ」
「メリア様、もうおやめください……。次はございません」
「やめる? やめるわけないでしょう! レフィカ様を殺さなきゃ、イーザック様はわたくしだけを愛してくれないわ!」

 大声でベルタに言った瞬間、地下牢の奥の暗闇から、こちらへ近づく足音がした。

「誰? 兵士かしら?」

 見張りの兵士だろうと思っていた。
 けれど、それは――

「イーザック様……」

 琥珀色の瞳が、わたくしを見ていた。
 怒りと失望、悲しみが入り交じった目――ベルタは床にうずくまり、泣いていた。

「メリア、お前を信じていたかった」
「イーザック様……シャルク・ホジャへ向かったのでは……?」

 イーザック様の周りには、騎士たちが控え、わたくしに近寄らせようともしない。
 王を守る騎士たちが、剣を鞘から抜き放ち、こちらに剣を向けている。

「俺が王宮にいないとわかれば、なにかするだろうと思っていた」
「わたくしを誘き出すため、わざと見張りの兵士を減らしたのですね……」
「そうだ。お前がベルタと共謀したという証拠を押さえるためにな」
 
 このままだと、わたくしは処刑されてしまう。

 ――そうだわ。きっとベルタがわたくしを助けてくれる!
 
 いつも、わたくしを助けてくれたベルタがここにいる。
 今回もきっと、わたくしをかばうはず。
 振り返ると、ベルタは責めるような目で、わたくしを見ていた。

「ベルタ? その目はなに? どうして、そんな目でわたくしを見るの?」
「メリア様のために、命を捨てる覚悟で、私はレフィカ様を殺そうとしました。それなのに、ふたたび私に死んでこいと命じるのですか?」

 ベルタが泣いていたのは、死への恐怖ではなく、信じていたわたくしへの失望からだった。

「ベルタがしつこくお前をかばっていたから、俺と一つ賭けをした」
「賭け? どんな賭けですの?」
「もし、メリアがベルタを大切に思っているなら、ここから逃がすだろうと」
 
 イーザック様はベルタに哀れみの目を向けた。

「だが、そうでないなら、もう一度、ベルタを利用し、レフィカを始末させようとする。ベルタは前者に賭け、俺は後者に賭けた」
「それが賭けですの?」
「ああ。結果、俺の勝ちだったというわけだ」

 ――イーザック様はわたくしを信じてくださらなかった。

 イーザック様のわたくしへの愛はもう消えていたのだ。
 ベルタだけが、わたくしを信じていた。
 貧しく卑しい生まれと、蔑んだベルタだけが、わたくしの味方だったのだ。
 
「メリア、さよならだ」

 騎士たちが一斉に動き、わたくしをすばやく捕らえた。

「イーザック様……! あなたが悪いのですわ。わたくしを心から愛してくだされば、こんなことをしなくて済みました!」
「レフィカとメリアの決定的な違いがある」

 イーザック様はわたくしをまっすぐ見ていた。

「愛されなくても、レフィカは誰も憎んでいなかった。だが、俺もメリアと同じだ。愛されないことが憎い。憎いが、俺は……」

 ここから先の言葉は、聞きたくなかった。
 それを言われたら、本当のお別れが待っている。

「やめて、言わないで!」
「俺はレフィカを愛している」

 たった一言が、わたくしとイーザック様の関係を終わらせた。
 そして、二度とわたくしが、イーザック様に愛されることはないと、悟ったのだった。

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