さようなら、お別れしましょう

椿蛍

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第3章

47 共に過ごせる時間は

 ――終わった。
 
 期待しないでおこうと決めていたのに、【契約】を無効にできる方法がわからず、落胆している自分がいた。
 私はリュザール王国で、イレーネお姉様に会えば、なんとかなると、王の力を甘く見ていたのかもしれない。
 わかったのは、イレーネお姉様と私の状況は違うということ。
 イーザック様と私は、同盟のための政略結婚である。
 リュザール王は最初から、王女を助けるのを目的に結婚した。

「むごいことを。イレーネの妹にも【契約】を刻んだか。ドーヴハルク王はいつになったら、古い力を捨てるのだろうな……」

 リュザール王は顔に憂いの色を浮かべて、ため息をつき、複雑な模様の刺繍が入ったクッションにもたれかかった。
 床に座る文化らしく、絨毯の上に刺繍入りのクッションが並べられている。
 晩餐会ではグランツエルデ王国風の椅子に座って食事をしたけれど、身内だけだと、床に座り歓談しながら、食事をするのだという。
 今いる部屋は、家族でくつろぐ居間となる場所で、晩餐会が終わった後、ここへ案内された。
 アーチ状の窓が開け放たれ、バルコニーから夜の砂漠が見えた。
 オアシスの湖が星空を映し、幻想的な風景が広がっている。

「イレーネと同じ綺麗な銀髪ね」
「私たちは焦げ茶色とか、黒が多いのよ」

 リュザール王の娘たちが食事を終えて、後宮から出てきた。
 昼間と違って、砂漠の夜は冷えるため、厚手のショールを羽織っていた。
 王女や王子、王子の妻という身内だけの場だからか、顔は隠していなかった。
 
「ねぇ、お父様。レフィカ様を助けてあげられないかしら?」
「イレーネだってうまくいったのよ。レフィカ様だってなんとかしてあげたいわ!」
「そーよ、そーよ! なんとかしましょうよ!」

 王女たちはこぞって、リュザール王に訴えた。
 王であっても遠慮がなく、好き放題に発言していて、とてもびっくりした。
 たとえ、寵愛を受けた妃であっても、父に気安く話しかけられる人間は誰もいなかったからだ。

「うるさいだろう? だから、晩餐会に呼ばなかったのだ……」
「俺は賑やかでいいと思うが」
「ジグルズ、なにを言う。お前からも注意してくれ。お前が言ったほうが、言うことをきくかもしれん」

 リュザール王は苦笑し、鎖付きの眼鏡を指であげた。
 灰色の髪と髭、細い体をしているリュザール王は、娘たちのほうが強そうに見えるくらいだ。
 でも、けして弱々しいわけではない。
 目を見れば鋭く、強い意思を持っているのだとわかる。
 そして、大勢の家族が控え、周りからの圧がすごい。

「お父様、ひっどーい! 私たちが頑張って調べてるのにっ!」
「そうよぉ! 遺跡を調べたり、他国の王子をたぶらかして書庫を漁ったり、古い文献を手に入れるのは大変なんだからっ!」
「ジグルズ様は手強くて、無理だったけど、親切に古い文献を貸していただけて助かったわ」

 ――た、た、たぶらかす? 今、とんでもないことを聞いたような気がする。
 
 王女たちは腰が細くて身長が高く、妖艶な雰囲気を漂わせている。
 全員が目鼻立ちがはっきりした美人ばかりだ。
 たしかに魅力的で、男性なら誘惑されかねない……
 リュザール王は額に手をあて、ジグルズ様は黙ってお酒を飲んでいる。
 イレーネお姉様は静かに微笑み、王女たちの話を静かに聞いていた。
 どうやら、これがリュザール王家の日常なのだとわかった。

「我が娘たちが申し訳ない」
「いや、頼もしい王女だと俺は思うぞ」
「ジグルズにはよく迷惑をかけ、助けてもらった。だからこそ、こうして身内として信頼できるのだが」

 カリム様とイレーネお姉様がお辞儀する。
 今でこそ、ジグルズ様とカリム様は友人だけど、敵同士で戦った者同士。
 そして、ジグルズ様はカリム様の命を奪わなかった。
 それが、この信頼に繋がっているのだ。
 ジグルズ様が親しいのは、カリム様だけでなかった。
 リュザール王に一番近い席が用意されていた。
 年齢が離れているにも関わらず、対等に話すジグルズ様に気を悪くする様子はない。

 ――リュザール王とお父様は真逆だわ。
 
 父は家庭らしい雰囲気は一切なく、孤高の人だった。
 それに比べ、リュザール王家は家族同士の繋がりが強く、対等な立場で接することができる。
 そのせいか、家族それぞれが思い合っているのがわかる。
 服装からして、それが見てとれた。
 リュザール王の袖のない上着には、金糸の刺繍がこれでもかというほど施され、青い宝石が身を飾る。
 この国では水を表す青色は、聖なる色とされ、刺繍には魔除けや願いを込める。
 リュザール王国において、衣服は身だしなみを整えるという意味だけでなく、お守りの意味があるのだ。
 リュザール王が長生きし、健康であってほしいという家族の願いを感じた。

「さて、王の力に関してだが、リュザール王家では文献や書物を集め、学者に調べさせている。だが、今のところ発見できていない」
「やはり、そうか」
「しかし、王の力には抜け道がある。そうだな、カリム?」

 カリム様は名を呼ばれて、水タバコの煙管を口から離し、白い煙がふわりと漂った。

「過去の書物に書かれていた。行動さえしなければ、ドーヴハルク王が持つ王の力は発揮されないと」

 古い歴史書をカリム様が差し出した。
 それをジグルズ様は受けとった。

「ジグルズ。その話を最後まで読まないほうがいい」

 カリム様がジグルズ様に忠告したけれど、ジグルズ様は返事をせず、無言でページをめくる。
 ページごとに、古い言葉を解読したと思われる紙が挟まっていた。
 
「なるほど」

 ジグルズ様は本を閉じ、私に渡した。

「ジグルズ、読ませていいのか?」
「知っておいたほうがいい」

 私はページをめくる。
 それは王女と騎士の恋の話だった。
 他国の王に嫁いだドーヴハルクの王女は、騎士に恋をした。
 それは王女の初めての恋だった。
 眺めているだけの恋は辛く、触れることも叶わない。
 徐々に二人は近づき、やがて【契約】が完璧でないことを知った。
 完璧でない力なら、抜け道があるのではと考えた。

『遠い場所なら、王の力が及ばないかもしれないわ。異国へ行って、二人で暮らしましょう』

 旅の許可をとった王女は、騎士とともに大陸を離れ異国の地へ逃げた。
 船は新しい土地へ二人を運んだ。
 新しい土地が見え、王女が足を一歩踏み出した喜びで、騎士に抱きつき、口づけをした。
 その瞬間、王女は倒れた。
 彼女の心臓は止まり、息をしていなかったという――
 後宮に閉じ込められ、慣れない国の王宮で暮らした王女が、新しい土地に足を踏み出した喜び。
 私には王女の気持ちが、痛いほどわかった。

「王の力に距離は関係ないということですね……」
「ああ。そのようだ。それと、王女から行動したことで【契約】の力が働き、命を失ったことが、その物語からわかる」

 動揺した心を隠して書物を閉じ、カリム様にお辞儀をして返した。
 報われなかった王女の恋。
 騎士がその後、どうなったかまでは、書かれていなかった。

「レフィカ。俺がここに来たのは、リュザール王家と協力し、【契約】を無効にする方法を探すためだ」
「ジグルズ様……」
「俺はレフィカを死なせるつもりはない」

 ジグルズ様の言葉に、カリム様とイレーネお姉様、リュザール王がうなずいた。

「いい加減、ドーヴハルク王は気づくべきだ。王の力こそが、王家を苦しめている原因なのだと」

 リュザール王家とジグルズ様の考えは同じ。
 もしかすると、王の力を捨てた他国の王家も同じ思いなのかもしれない。

「俺は犠牲になるのが、当然だとは思わない」

 ジグルズ様の琥珀色の瞳が、赤い薔薇の花を見つめていた。
 それに気づいたリュザール王が、ジグルズ様に言った。

「ジグルズがここへ来たのは、レフィカ妃との時間を作るためだろう?」
「それもある」
「正直者め」
 
 リュザール王はジグルズ様の素直な返事に笑った。

「ここなら、邪魔も入らん。愛する人と二人で過ごせる時間を大切にするといい」

 リュザール王が全員に退出するよう目で合図する。
 さっきまで大騒ぎしていた王女たちは黙り、王子たちはジグルズ様に会釈し、去っていった。

「イレーネ、手を」
「カリム様。ありがとうございます」

 カリム様は身籠っているイレーネお姉様を気遣い、手を差し伸べた。
 イレーネお姉様は照れながら、お礼を言って立ち上がる。
 そんな二人をリュザール王は眺め、微笑んでいた。

「妻が先に逝ったからか、愛する者と過ごせる時間は、少なく短いものだと感じた。あの時間をもっと大切にするべきだったと……。今になって思う」

 歳を重ねたリュザール王だからこそ、感じた時間の短さ。
  
「では、友よ。よい夜を」

 リュザール王が去り、私とジグルズ様だけになった。
 思えば、私とジグルズ様が二人きりだったことは、そんな多くない。
 
「まいったな。リュザール王は気を利かせたつもりかもしれないが、あの時とは違うからな……」
「あの時?」
「レフィカが俺と二人きりになりたいと誘ってきた時だ」
「あれは、誘ったわけでは……!」

 ジグルズ様が珍しく、困ったような顔をして笑った。
 あの時は余裕があったジグルズ様。
 でも、今は違う――それは私も同じ。

「だが、せっかくだ。レフィカ、少し昔話をしよう」
「昔話ですか?」
「なぜ、俺が妻を迎えなかったか。そして、俺の目が赤く染まる理由をレフィカに知っておいてもらいたい」

 琥珀色の瞳が赤く染まっていく。

「この瞳はグランツエルデ王の王の力。俺の母が父に殺された証拠だ」

 ――ジグルズ様のお母様が、王の力の犠牲になった……

 赤い瞳がまるで血の色に見えた。

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