1 / 34
1 私の居場所
しおりを挟む
雪が降る寒い日、私は父に引き取られた―――
私に父がいたと知ったのは母の葬式の日だった。
母の友人がどこから連絡をとったのか、私の父だと名乗る人がやってきて、名刺を見せた。
「子供ができていたとは知らなかった。こちらの社会的な立場もある。面倒は見てやるが、それ以上は期待しないでくれ」
私は父のその言葉に自分が歓迎されない子であることを悟った。
そして、父の子として引き取られるのではなく、厄介者として扱われることも。
「はい……」
「ものわかりが良くて助かる」
ものわかりがいいのではない。
期待してないだけだった。
いつも過剰に期待はしないようにしている。
母は私を育てるのに忙しくて、学校の行事は一度もきてくれなかったし、アパートに帰っても一人。
今も私は一人。
母が亡くなるまで、いたことすら知らなかった父を父とは思えず、ほとんど他人のような存在でしかない。
「妻と娘がいる。わきまえて接してくれよ」
誰も庇ってくれる人はなく、言われるがままに私は静かにうなずいた。
少ない荷物をまとめ、父に連れられてやってきたのは大きなお屋敷だった。
「朱加里お嬢様。坂の下から坂の上まで全部、井垣の土地なんですよ」
「おい。お嬢様なんて呼ぶな。それから、よけいなことを口にするな。財産が欲しいと言い出したらどうする」
「は、はあ。申し訳ございません」
運転手さんは父の叱責に身を小さくさせた。
フロントガラスに雪が落ちては消えるのを眺め、心を無にした。
黙っていることが賢いのだと自分に言い聞かせて。
玄関に車が横付けされると、私に声をかけることもなく、車を降りて、お屋敷の中へと入っていってしまった。
入ってもいいのだろうかと、しばし玄関先に立っていると運転手さんがやってきて、優しく言ってくれた。
「寒いでしょう。中へどうぞ」
玄関に入ると、お手伝いさんらしき年配の女性達がジロジロと私を見て、ひそひそと話していた。
きっと井垣の家の人達は私が来ることを知っていたのだろう。
全員から、私に対して好奇の視線を向けられているのがわかった。
「おい!こっちだ!」
父の声が私を呼ぶ。
呼ばれた部屋へ早足で向かうと一般の家よりずっと広いリビングには外国のような暖炉と天井にはシャンデリア、壁には絵画が飾られていた。
そこは家族がくつろぐためのリビングだった。
「ふぅん、あなたがそうなの」
「悪いな。芙由江。引き取ることになってしまって」
「いいのよ。ちょうど使用人が一人辞めていなかったから」
父と話していた女性―――芙由江さんは私を蔑んだような目でみると、くすりと笑った。
宝石がついたネックレス、指輪、大きな花柄のワンピースに毒々しい赤の口紅。
濃い化粧や着飾ることが好きではなかった私の母と正反対のタイプで、私を見て地味な娘だとでも思ったのだろう。
「お母様。そこそこ綺麗な顔でよかったわね。使用人とはいえ、私の姉にあたる人間があまりみっともなくても嫌じゃない?」
「あら、そうね」
私はまったく笑えなかったけれど、笑い声が響いた。
そこには私を除いた家族団らんの姿があった。
私の父もその家族の中に含まれていて、私は暖炉を囲む家族を一番遠くから眺めているような―――そんな存在だった。
「これから、よろしくね。お姉様」
「紗耶香。お姉様なんて呼ぶのはやめてちょうだい。愛人の子よ」
初対面だというのに言葉にはまったく遠慮というものがない。
私は言い返せずに制服のスカートをぎゅっと握りしめた。
思っていた以上に冷たかった。
母が死に身寄りのない私をお金持ちの父が迎えにくるというドラマのような展開に胸を踊らせたわけではないけれど……
一人ではないことが少しだけ嬉しくて、胸のうちのどこかで期待しないと決めていたくせに血の繋がりに期待していたのだろう。
歓迎されるわけがない。
私は母が勝手に子供を産んで育てていた子。
「私のことは奥様、もしくは芙由江さんと呼んでちょうだい。それで、あなたの名前はなんていうのかしら?」
私の身なりを確認して満足したのか、芙由江さんはハイブランドしか載っていないファッション雑誌から目を離さず、紅茶を口にして言った。
「朱加里です」
「そう。あなたを引き取ってあげたけど、まさか私の娘と同じように暮らせるとは思ってないわよね?」
「はい……」
父は私がなにを言われようと庇う気はないらしく、知らん顔をしていた。
愛情があって引き取ったというよりは世間体を気にして引き取っただけなのだろう。
下手をすれば、父は芙由江さんよりも私のことをどうでもいいと思っていても不思議ではなかった。
芙由江さんは私の顔を見ずに赤いマニキュアを塗った爪を見ながら言った。
私より爪のほうが大事だと言わんばかりに。
「わかってるならいいのよ。学費と生活費だけはめんどうをみてあげるわ」
「ありがとうございます」
お礼なんか言いたくなかったけれど、母と住んでいたアパートは引き払ってしまったし、他に行くあてもない。
まだ十七歳の私はあまりに無力すぎた。
「その代り、お祖父様のお世話をしてね。天涯孤独なあなたにとって、お祖父様は大事な血縁者でしょ?できるわよね?」
「はい」
「朱加里。私のことは沙耶香さんと呼んでね」
異母妹は私を使用人と同じだと認識したらしい。
そして、私がなぜ正妻や異母妹のいるこの家に引き取られた理由がわかった。
私に病気の祖父の世話をさせたかったのだと―――ようやく、気づいのだった。
私に父がいたと知ったのは母の葬式の日だった。
母の友人がどこから連絡をとったのか、私の父だと名乗る人がやってきて、名刺を見せた。
「子供ができていたとは知らなかった。こちらの社会的な立場もある。面倒は見てやるが、それ以上は期待しないでくれ」
私は父のその言葉に自分が歓迎されない子であることを悟った。
そして、父の子として引き取られるのではなく、厄介者として扱われることも。
「はい……」
「ものわかりが良くて助かる」
ものわかりがいいのではない。
期待してないだけだった。
いつも過剰に期待はしないようにしている。
母は私を育てるのに忙しくて、学校の行事は一度もきてくれなかったし、アパートに帰っても一人。
今も私は一人。
母が亡くなるまで、いたことすら知らなかった父を父とは思えず、ほとんど他人のような存在でしかない。
「妻と娘がいる。わきまえて接してくれよ」
誰も庇ってくれる人はなく、言われるがままに私は静かにうなずいた。
少ない荷物をまとめ、父に連れられてやってきたのは大きなお屋敷だった。
「朱加里お嬢様。坂の下から坂の上まで全部、井垣の土地なんですよ」
「おい。お嬢様なんて呼ぶな。それから、よけいなことを口にするな。財産が欲しいと言い出したらどうする」
「は、はあ。申し訳ございません」
運転手さんは父の叱責に身を小さくさせた。
フロントガラスに雪が落ちては消えるのを眺め、心を無にした。
黙っていることが賢いのだと自分に言い聞かせて。
玄関に車が横付けされると、私に声をかけることもなく、車を降りて、お屋敷の中へと入っていってしまった。
入ってもいいのだろうかと、しばし玄関先に立っていると運転手さんがやってきて、優しく言ってくれた。
「寒いでしょう。中へどうぞ」
玄関に入ると、お手伝いさんらしき年配の女性達がジロジロと私を見て、ひそひそと話していた。
きっと井垣の家の人達は私が来ることを知っていたのだろう。
全員から、私に対して好奇の視線を向けられているのがわかった。
「おい!こっちだ!」
父の声が私を呼ぶ。
呼ばれた部屋へ早足で向かうと一般の家よりずっと広いリビングには外国のような暖炉と天井にはシャンデリア、壁には絵画が飾られていた。
そこは家族がくつろぐためのリビングだった。
「ふぅん、あなたがそうなの」
「悪いな。芙由江。引き取ることになってしまって」
「いいのよ。ちょうど使用人が一人辞めていなかったから」
父と話していた女性―――芙由江さんは私を蔑んだような目でみると、くすりと笑った。
宝石がついたネックレス、指輪、大きな花柄のワンピースに毒々しい赤の口紅。
濃い化粧や着飾ることが好きではなかった私の母と正反対のタイプで、私を見て地味な娘だとでも思ったのだろう。
「お母様。そこそこ綺麗な顔でよかったわね。使用人とはいえ、私の姉にあたる人間があまりみっともなくても嫌じゃない?」
「あら、そうね」
私はまったく笑えなかったけれど、笑い声が響いた。
そこには私を除いた家族団らんの姿があった。
私の父もその家族の中に含まれていて、私は暖炉を囲む家族を一番遠くから眺めているような―――そんな存在だった。
「これから、よろしくね。お姉様」
「紗耶香。お姉様なんて呼ぶのはやめてちょうだい。愛人の子よ」
初対面だというのに言葉にはまったく遠慮というものがない。
私は言い返せずに制服のスカートをぎゅっと握りしめた。
思っていた以上に冷たかった。
母が死に身寄りのない私をお金持ちの父が迎えにくるというドラマのような展開に胸を踊らせたわけではないけれど……
一人ではないことが少しだけ嬉しくて、胸のうちのどこかで期待しないと決めていたくせに血の繋がりに期待していたのだろう。
歓迎されるわけがない。
私は母が勝手に子供を産んで育てていた子。
「私のことは奥様、もしくは芙由江さんと呼んでちょうだい。それで、あなたの名前はなんていうのかしら?」
私の身なりを確認して満足したのか、芙由江さんはハイブランドしか載っていないファッション雑誌から目を離さず、紅茶を口にして言った。
「朱加里です」
「そう。あなたを引き取ってあげたけど、まさか私の娘と同じように暮らせるとは思ってないわよね?」
「はい……」
父は私がなにを言われようと庇う気はないらしく、知らん顔をしていた。
愛情があって引き取ったというよりは世間体を気にして引き取っただけなのだろう。
下手をすれば、父は芙由江さんよりも私のことをどうでもいいと思っていても不思議ではなかった。
芙由江さんは私の顔を見ずに赤いマニキュアを塗った爪を見ながら言った。
私より爪のほうが大事だと言わんばかりに。
「わかってるならいいのよ。学費と生活費だけはめんどうをみてあげるわ」
「ありがとうございます」
お礼なんか言いたくなかったけれど、母と住んでいたアパートは引き払ってしまったし、他に行くあてもない。
まだ十七歳の私はあまりに無力すぎた。
「その代り、お祖父様のお世話をしてね。天涯孤独なあなたにとって、お祖父様は大事な血縁者でしょ?できるわよね?」
「はい」
「朱加里。私のことは沙耶香さんと呼んでね」
異母妹は私を使用人と同じだと認識したらしい。
そして、私がなぜ正妻や異母妹のいるこの家に引き取られた理由がわかった。
私に病気の祖父の世話をさせたかったのだと―――ようやく、気づいのだった。
49
あなたにおすすめの小説
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
FLORAL-敏腕社長が可愛がるのは路地裏の花屋の店主-
さとう涼
恋愛
恋愛を封印し、花屋の店主として一心不乱に仕事に打ち込んでいた咲都。そんなある日、ひとりの男性(社長)が花を買いにくる──。出会いは偶然。だけど咲都を気に入った彼はなにかにつけて咲都と接点を持とうとしてくる。
「お昼ごはんを一緒に食べてくれるだけでいいんだよ。なにも難しいことなんてないだろう?」
「でも……」
「もしつき合ってくれたら、今回の仕事を長期プランに変更してあげるよ」
「はい?」
「とりあえず一年契約でどう?」
穏やかでやさしそうな雰囲気なのに意外に策士。最初は身分差にとまどっていた咲都だが、気づいたらすっかり彼のペースに巻き込まれていた。
☆第14回恋愛小説大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございました。
結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。
絶対に離婚届に判なんて押さないからな」
既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。
まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。
紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転!
純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。
離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。
それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。
このままでは紘希の弱点になる。
わかっているけれど……。
瑞木純華
みずきすみか
28
イベントデザイン部係長
姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点
おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち
後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない
恋に関しては夢見がち
×
矢崎紘希
やざきひろき
28
営業部課長
一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長
サバサバした爽やかくん
実体は押しが強くて粘着質
秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる