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22 父の仕返し
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私が秘書として出勤した頃には父の姿は井垣グループのどこにもなかった。
社長室では壱都さんが忙しそうに働いていて、周囲の人達も私が井垣の娘だと知っているのに父のことに関してはなにも触れなかった。
壱都さんの妻としては扱われているようだったけど……
「あのー」
「どうかした?」
壱都さんは社長の椅子に座り、優雅に微笑んだ。
隣には樫村さんがいて、書類を手渡される姿はまるで王子と従者だった。
それはいい―――でも、私と言えば、社長室の立派なソファーとテーブルが置かれたところに座って樫村さんがいれてくれた紅茶を飲んでいた。
高級そうなカップを落とさないようにしながら。
「仕事をしたいのですが……」
「もしかして、朱加里さん、紅茶じゃなくてコーヒー派でしたか?」
「樫村さん。そういう問題じゃないです」
「冗談です。十分、助かっていますよ。壱都さんが集中して仕事できますから」
「最初からボディガードに頼らずにこうしておけば、よかったな。樫村」
「本当ですね」
この二人……私の意思は完全に無視だった。
『私のこと、姫様って呼んでもいいわよ』って言われたのは冗談じゃなくて、本気だったということ?
女子社員達の紗耶香さんの評判を聞き、壱都さんに『お似合いですよ』と言ってしまったことを悔やんだ。
嫌味だと受け取られてもしかたがない。
そっと社長室のドアを開けた。
「うん?なにかあった?」
「朱加里さん、コソ泥みたいにドアを開けてどうかしました?」
コソ泥って……
いつもなら、何か言い返すのに今はそんな気になれなかった。
壱都さんと樫村さんの顔が見れない。
「いろいろと……ごめんなさい」
二人は首をかしげ、不思議そうにしていた。
迷惑をかけないようにおとなしくしていようと心に決めたけど、さすがに私も暇だった。
一日中、ティータイムなんて無理。
とうとう私が暇を持て余し、社長室の掃除を始めたのを見て、二人は簡単な仕事を渡してくれた。
「コピーに行ってきますね」
コピーする書類を手にしたその瞬間、社長室のドアがばんっと勢いよく開いた。
「白河社長!大変です!」
バタバタと大きな足音がしたかと思うと、飛び込んできた男の人を乱暴に突き飛ばし、社長室に入って来た人がいた。
「どけ!」
樫村さんはさっと前に出た。
ボディガードも兼ねているらしく、長身の樫村さんは立っているだけで威圧感がある。
壱都さんは机に肘をつき、微笑みを浮かべていた。
「お久しぶりですね。井垣社長。いえ、井垣さん?」
遺言書を開けたあの日から久しぶりに顔を合わせた父は白髪の混じった髪を整えることもなく、ぼさぼさでシャツはしわくちゃだった。
それだけではなく、顔はやつれ、目は落ちくぼんでいて眠れていないのか目の下の隈が濃い。
父のそんな憔悴しきった姿に反して、紗耶香さんと芙由江さんは意気揚々と弁護士さんを連れて部屋の中に入ってきた。
そして、私を見て嗤う。
まるで、これから私の断罪が始まるのだと言わんばかりに。
「そんな余裕ぶっていられるのもいまのうちよ。今日は弁護士を連れてきたの」
芙由江さんはふふっと笑った。
けれど、弁護士さんは遺言書を開いた弁護士さんとは別の人で新たにお願いした弁護士さんなのだとわかった。
「残念だったな!遺言は無効だ!」
何事かと社長室の前に人が集まりだした。
「そうなんですか?」
弁護士さんに壱都さんが聞くと、弁護士さんはおびえたように身を震わせた。
「は、はい。その、井垣会長は認知症を患っていたとの証言があり、遺言書は無効ではないかと……」
認知症!?
驚いて、三人の顔を見たけど、素知らぬ顔をしていた。
そうじゃないことを知っているはずなのに!
どうして、そんな嘘を。
「へぇ?それは初耳だ。誰が証人なのかな?」
「町子さんだ!」
「ま、町子さん?」
そんなわけない。
町子さんは私のことを心配してくれていたし、お祖父さんのことも気にかけていてくれた。
嘘をつくわけがない。
壱都さんは微笑んだままだった。
私がそんなことないと視線を送っているのに壱都さんは気づいてないのか、あっさり承諾してしまった。
「そうですか。それでは、どうぞ」
壱都さんはすっと椅子から立ち上がり、父に椅子を譲る。
「壱都さん……でも……」
混乱している私の腕を掴んだ。
「よろしいのですか?」
樫村さんが聞いたけれど、壱都さんは笑って答えた。
「遺言書が無効なら仕方ないね」
帰ろうとした壱都さんの前に芙由江さんと紗耶香さんが立ちふさがった。
「紗耶香と結婚すれば、井垣の社長になれるわよ?堂々とその椅子に座れるわ。悪くない話よ。どうかしら?」
「そうよっ!壱都さん、お父様に謝ればいいの。私と結婚すれば、社長になれるのよ?」
「お断りします」
壱都さんは迷わず、即答した。
「壱都さん……私のこと、もう嫌いなの?」
「好きだったことはない」
冷たく言い放った壱都さんに父も芙由江さんも紗耶香さんも驚きを隠せず、唖然として壱都さんを見た。
「樫村、帰るぞ」
「は、はあ」
慌てて樫村さんがドアを開けた。
社長室の前には重役や社員が大勢いたけれど、壱都さんは白河から連れてきた人間を引き連れ、井垣の会社から出た。
「お手並み拝見といこうか」
壱都さんは楽しそうに言ったけれど、私は少しも笑えなかった。
私のせいで壱都さんが社長の椅子から追われてしまったのだから―――
社長室では壱都さんが忙しそうに働いていて、周囲の人達も私が井垣の娘だと知っているのに父のことに関してはなにも触れなかった。
壱都さんの妻としては扱われているようだったけど……
「あのー」
「どうかした?」
壱都さんは社長の椅子に座り、優雅に微笑んだ。
隣には樫村さんがいて、書類を手渡される姿はまるで王子と従者だった。
それはいい―――でも、私と言えば、社長室の立派なソファーとテーブルが置かれたところに座って樫村さんがいれてくれた紅茶を飲んでいた。
高級そうなカップを落とさないようにしながら。
「仕事をしたいのですが……」
「もしかして、朱加里さん、紅茶じゃなくてコーヒー派でしたか?」
「樫村さん。そういう問題じゃないです」
「冗談です。十分、助かっていますよ。壱都さんが集中して仕事できますから」
「最初からボディガードに頼らずにこうしておけば、よかったな。樫村」
「本当ですね」
この二人……私の意思は完全に無視だった。
『私のこと、姫様って呼んでもいいわよ』って言われたのは冗談じゃなくて、本気だったということ?
女子社員達の紗耶香さんの評判を聞き、壱都さんに『お似合いですよ』と言ってしまったことを悔やんだ。
嫌味だと受け取られてもしかたがない。
そっと社長室のドアを開けた。
「うん?なにかあった?」
「朱加里さん、コソ泥みたいにドアを開けてどうかしました?」
コソ泥って……
いつもなら、何か言い返すのに今はそんな気になれなかった。
壱都さんと樫村さんの顔が見れない。
「いろいろと……ごめんなさい」
二人は首をかしげ、不思議そうにしていた。
迷惑をかけないようにおとなしくしていようと心に決めたけど、さすがに私も暇だった。
一日中、ティータイムなんて無理。
とうとう私が暇を持て余し、社長室の掃除を始めたのを見て、二人は簡単な仕事を渡してくれた。
「コピーに行ってきますね」
コピーする書類を手にしたその瞬間、社長室のドアがばんっと勢いよく開いた。
「白河社長!大変です!」
バタバタと大きな足音がしたかと思うと、飛び込んできた男の人を乱暴に突き飛ばし、社長室に入って来た人がいた。
「どけ!」
樫村さんはさっと前に出た。
ボディガードも兼ねているらしく、長身の樫村さんは立っているだけで威圧感がある。
壱都さんは机に肘をつき、微笑みを浮かべていた。
「お久しぶりですね。井垣社長。いえ、井垣さん?」
遺言書を開けたあの日から久しぶりに顔を合わせた父は白髪の混じった髪を整えることもなく、ぼさぼさでシャツはしわくちゃだった。
それだけではなく、顔はやつれ、目は落ちくぼんでいて眠れていないのか目の下の隈が濃い。
父のそんな憔悴しきった姿に反して、紗耶香さんと芙由江さんは意気揚々と弁護士さんを連れて部屋の中に入ってきた。
そして、私を見て嗤う。
まるで、これから私の断罪が始まるのだと言わんばかりに。
「そんな余裕ぶっていられるのもいまのうちよ。今日は弁護士を連れてきたの」
芙由江さんはふふっと笑った。
けれど、弁護士さんは遺言書を開いた弁護士さんとは別の人で新たにお願いした弁護士さんなのだとわかった。
「残念だったな!遺言は無効だ!」
何事かと社長室の前に人が集まりだした。
「そうなんですか?」
弁護士さんに壱都さんが聞くと、弁護士さんはおびえたように身を震わせた。
「は、はい。その、井垣会長は認知症を患っていたとの証言があり、遺言書は無効ではないかと……」
認知症!?
驚いて、三人の顔を見たけど、素知らぬ顔をしていた。
そうじゃないことを知っているはずなのに!
どうして、そんな嘘を。
「へぇ?それは初耳だ。誰が証人なのかな?」
「町子さんだ!」
「ま、町子さん?」
そんなわけない。
町子さんは私のことを心配してくれていたし、お祖父さんのことも気にかけていてくれた。
嘘をつくわけがない。
壱都さんは微笑んだままだった。
私がそんなことないと視線を送っているのに壱都さんは気づいてないのか、あっさり承諾してしまった。
「そうですか。それでは、どうぞ」
壱都さんはすっと椅子から立ち上がり、父に椅子を譲る。
「壱都さん……でも……」
混乱している私の腕を掴んだ。
「よろしいのですか?」
樫村さんが聞いたけれど、壱都さんは笑って答えた。
「遺言書が無効なら仕方ないね」
帰ろうとした壱都さんの前に芙由江さんと紗耶香さんが立ちふさがった。
「紗耶香と結婚すれば、井垣の社長になれるわよ?堂々とその椅子に座れるわ。悪くない話よ。どうかしら?」
「そうよっ!壱都さん、お父様に謝ればいいの。私と結婚すれば、社長になれるのよ?」
「お断りします」
壱都さんは迷わず、即答した。
「壱都さん……私のこと、もう嫌いなの?」
「好きだったことはない」
冷たく言い放った壱都さんに父も芙由江さんも紗耶香さんも驚きを隠せず、唖然として壱都さんを見た。
「樫村、帰るぞ」
「は、はあ」
慌てて樫村さんがドアを開けた。
社長室の前には重役や社員が大勢いたけれど、壱都さんは白河から連れてきた人間を引き連れ、井垣の会社から出た。
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壱都さんは楽しそうに言ったけれど、私は少しも笑えなかった。
私のせいで壱都さんが社長の椅子から追われてしまったのだから―――
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