21 / 34
21 離さないでいて (2)
しおりを挟む◇ ◇ ◇ ◇ ◇
紗耶香さんを送り、帰って来た樫村さんを夕食に招待した。
寒い日には鍋。
私はそう思っていた。
それが―――
「鍋?」
「冬と言えば、お鍋ですよ」
「知識としては知っているよ」
壱都さんから返って来たのはそんな言葉だった。
知識としてって……
私は白菜を手にしたまま、苦笑するしかなかった。
どうして外に出ていたのか、と聞かれたから、今日の夕食はお鍋だったので材料を買いに行っていたんですと答えると、あまり食べたことがないと言われた。
鍋は大人数の方がいいと私が言うと、壱都さんは樫村さんを夕食に誘った。
新婚のところ悪い気がしますと言いながらも樫村さんは鍋奉行として、活躍を見せてくれた。
「壱都さん。朱加里さんが作ってくれたものに文句言うなんて、いけませんよ」
「鍋に文句は言ってないよ」
「むしろ、お鍋を作っているのは樫村さんですよ……」
白菜を足しながら、キリッとした顔で言われても。
私は材料を切っただけだし。
ただ一点だけ私が謝るべきことがあった。
「部屋のおしゃれ度を下げてしまってすみません」
カセットコンロがここまで似合わない部屋だったなんて。
部屋のインテリアとカセットコンロのちぐはぐさに申し訳なさを感じてしまう。
終わったら、カセットコンロは外からは見えない場所に片付けようと心に決めた。
「それは構わないけど、危ないから、なるべく外出はしないほうがいい」
「はい 」
「肉団子、もう煮えていますよ。朱加里さん、マロニーばっかり食べてないで肉を召し上がってください」
「そうだね。朱加里はちょっと痩せすぎだと思うよ」
にこっと紳士的な顔で壱都さんは微笑んだ。
「別にこれで十分ですから!」
「どこが?抱き心地を考えたら、もう少し太らないと」
言ってることは全然、紳士的じゃなかった。
樫村さんは呆れた顔で壱都さんを見ていた。
機嫌のいい壱都さんを見て、なにか察しているみたいだったけれど、樫村さんは大人で聞き流してくれた。
「朱加里さん、鍋のしめは雑炊とうどんのどちらにしますか?」
「うどんを準備してあります」
そう言って、立ち上がった瞬間、スマホの着信音が流れた。
「誰?」
「私の就職が決まっている会社からです」
「ああ、そういえばそうだったか」
「……ちゃんと就職しますからね」
働きに行かせないつもりだろうか。
春までには自由に外出できる身になっているといいんだけど。
「はい、井垣ですが」
『井垣朱加里さんですか?面接をした人事部長です』
「はい」
『春からの採用だが、なかったことにしてほしい』
「どうしてですか」
『井垣社長から、うちの社長に電話があってね。ひきとった娘はとんでもない娘だったと。財産を盗んだと大騒ぎしてね』
「盗んでいません!」
『財産が入ったなら、働く必要もないだろう。井垣社長が採用するなら、圧力をかけると言ってきた。すまないね。こっちも井垣グループから契約を切られるわけにはいかないんだよ』
「そんな……!」
ぷつ、と通話が一方的に切れた。
呆然としていると、壱都さんが肩をつかんだ。
「どうかした?」
「朱加里さん。顔色が悪いですよ」
「父が手を回して、私の就職の内定を取り消したようです」
「やっとか」
「え!?」
「仕返しになにかしてくるだろうな、と思っていたけど」
「ようやく動き出しましたね」
二人はこうなるのが、だいたいわかっていたのか、驚きもしなかった。
「せっかく入社が決まっていたのに」
「そんなショックかな?」
「そうですよ。朱加里さんは井垣の財産をもらうんだから、働かなくていいと思うんですが」
「大した金額じゃないだろう?」
グサッとその言葉が胸に突き刺さった。
そ、それはそうだけど。
私にしたら、大したことある金額だった。
「壱都さんにはわからないですよ!せっかく、毎月地道にお給料を貯金する楽しみを!」
「それはわからないね」
「そこは嘘でいいから、貯金してることにして話を合わせてください」
「たぶん、貯金はしてるよ。振り込まれてるだろうし」
「私が言う貯金は自然にたまるお金じゃないんです。通帳を見て、少しずつ貯まっていくお金に達成感を見いだすのが私が言っている貯金なんです」
いきなり、ドカンと振り込まれたお金に意味はある?
ない!
私の趣味の一つに貯金をいれてもいいくらいなんだから!
「わかるような、わからないような」
はあ、壱都さんに共感を求めた私がバカだった。
「朱加里さんは真面目ですね。そんなに働きたいのなら、壱都さんの秘書になればいいんじゃないですか?」
「樫村。たまにいいことを言うな」
「たまにっていつもですよ」
「すぐ再就職先が見つかってよかったなって、大学を卒業するまではバイトかな?」
「そうですね。明日から、壱都さんの世話が減ると思うと助かります」
え?秘書?
いつの間にか、私は壱都さんの秘書になることが決まっていた。
二人はうどんを入れて、食べ始めていた。
まだ返事をしてないんですけど―――と、思ったけれど、ウキウキしている二人を見ると何も言えなかった。
こうして、私は秘書として、壱都さんと井垣の本社に行くことになったのだった。
52
あなたにおすすめの小説
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。
泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。
でも今、確かに思ってる。
―――この愛は、重い。
------------------------------------------
羽柴健人(30)
羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問
座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』
好き:柊みゆ
嫌い:褒められること
×
柊 みゆ(28)
弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部
座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』
好き:走ること
苦手:羽柴健人
------------------------------------------
俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛
ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり
もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。
そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う
これが桂木廉也との出会いである。
廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。
みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。
以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。
二人の恋の行方は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる