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20 離さないでいて (1)
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マンションの部屋に戻っても、ずっと壱都さんは不機嫌なままだった。
けれど、なぜ怒っているのかわからなかった。
夕飯の買い物にでかけて、帰ってくるとマンションの前には紗耶香さんがいて、壱都さんの前で泣いていた。
まるで二人は恋人同士みたいで遠くから見てもお似合いだった。
胸が痛んだ―――壱都さんのことは嫌いじゃない。
自分を助けてくれる人を嫌いになんて、なれるわけなかった。
でも、紗耶香さんが壱都さんを好きなことも知っていたし、自分が平凡な外見だってことも理解していた。
そして、今となっては壱都さんと一緒にいるということは井垣財閥を継ぐということになる。
私が井垣の家を継ぐ?
そんなことできる?
使用人として生きてきたのに教養も立ち振る舞いもなにもかもが、すべて紗耶香さんのほうが上ではないの?
「紗耶香さんに俺を譲るのかな?」
「譲るもなにも。壱都さんは私のものではないですから……」
海外支店にいた頃、たびたび、紗耶香さんと会っていたのを知っている。
紗耶香さんが私に自慢していた。
一緒にカフェに行ったとか、道に迷って困っていたのを迎えにきてくれたとか―――本当かどうかは知らないけど、壱都さんに聞けず、ずっとモヤモヤしていた。
「紗耶香さんなら、壱都さんにお似合いだと思います。井垣の娘として、きちんと教育を受けていますし……」
「嫌味か」
「嫌味なんかじゃありません。壱都さんは井垣グループの社長になるのが目的でしょう?社長になるまでは一緒にいます。私が必要なのはそこまでじゃないんですか?」
そう言ったのが悪かったのか、壱都さんは目を細めて腕を掴んだ。
「言いたいことはそれだけ?」
「い…痛っ!」
ぎりっと腕をきつく握られて、その痛みに気をとられている隙にソファーに体を押し倒されていた。
いつものからかうような雰囲気は一切ない。
「やめてください!」
体にかかる重みが自由を奪い、もがいても離してくれない。
「俺はそんな悪人か」
作り笑いが消えていた。
「んっ…」
唇が奪われて、拒絶の言葉を塞いだ。
息をつく暇も与えず、舌が唇をなぞり、口を開けさせ、深いキスをした。
「やっ……ふっ……あ……」
こんなキス初めてだった。
噛みつくように唇を首筋に押し当てられ、乱れた息がかかる。
「俺が嫌いなんだろう?」
自分で気づいてないのだろうか。
そう聞いた壱都さんはまるで泣いているみたいだった。
「き、嫌いじゃないです」
思わず、本心が自然に口から出てしまい、しまったと思った時はもう遅かった。
驚いた顔で壱都さんは私を見た。
それが、気まずくて目を逸らした。
「壱都さんが私を好きになるところなんて、なに一つないって思っていて……私は自分に自信がないんです」
「朱加里……」
「誰も今まで私を必要としてくれなかった。母にはお荷物として扱われ、父にも私は厄介者で。唯一、私を必要としてくれたのはお祖父さんだけだった」
「そんなことはない」
「壱都さんだって、私に井垣の財産がなかったら、興味を持たなかったでしょう?」
「きっかけはなんであれ、好きになってなにが悪い」
壱都さんは否定せずに笑った。
「馬鹿にするな。俺は好きでもない女と結婚するような男じゃない」
「で、でも、紗耶香さんの方が綺麗だし……」
唇を離し、壱都さんは握っていた手首に口付ける。
ゆっくりと唇が手をなぞり、そして、上目づかいで私を見るとその唇を離した。
「そういう理由か」
ふっと体から重みが消えた。
「誤解されているから、改めて言っておく。俺には朱加里が必要だ」
ソファーに座り、私の体も起こしてくれた。
「遺言だから、一緒にいるわけでもない」
「じゃあ、どうして」
「わかれよ」
壱都さんは呆れたように言った。
「俺が好きでもない人間を部屋に入れるような人間か?キスするか?」
「いえ……」
人の良さそうな仮面をかぶり忘れていますよ―――王子というより、暴君もいいところで、これが素なら、いつもの猫かぶりは猫何匹分になるんだろうと思った。
「朱加里のどこが好きかあえていうなら、嘘をつけないところだな。全部、顔に書いてある」
何度も好きだと言ってくれたせいか、なんだか恥ずかしかった。
壱都さんをまったく信じてなかった自分自身のことも。
「少しは納得してくれた?」
「はい」
繰り返し言われる言葉は疑心暗鬼だった私の心の中を埋め、壱都さんが与えてくれる好意に甘えても許されるような気がした。
「それなら、よかった」
そう言って顎をつかむと、壱都さんは再びキスをした。
次は甘く優しいキスだった。
何度か、唇をあわせて、お互いの体を抱き締めた。
もう離れられない。
いつか、また悲しい思いをするのだろう。
それでも一緒にいたいと思えるのは私にはあなたが必要だから。
この先、生きていくために。
こぼれた涙を壱都さんは舐めとり、私を強く抱きしめ、逃さなかった。
けれど、なぜ怒っているのかわからなかった。
夕飯の買い物にでかけて、帰ってくるとマンションの前には紗耶香さんがいて、壱都さんの前で泣いていた。
まるで二人は恋人同士みたいで遠くから見てもお似合いだった。
胸が痛んだ―――壱都さんのことは嫌いじゃない。
自分を助けてくれる人を嫌いになんて、なれるわけなかった。
でも、紗耶香さんが壱都さんを好きなことも知っていたし、自分が平凡な外見だってことも理解していた。
そして、今となっては壱都さんと一緒にいるということは井垣財閥を継ぐということになる。
私が井垣の家を継ぐ?
そんなことできる?
使用人として生きてきたのに教養も立ち振る舞いもなにもかもが、すべて紗耶香さんのほうが上ではないの?
「紗耶香さんに俺を譲るのかな?」
「譲るもなにも。壱都さんは私のものではないですから……」
海外支店にいた頃、たびたび、紗耶香さんと会っていたのを知っている。
紗耶香さんが私に自慢していた。
一緒にカフェに行ったとか、道に迷って困っていたのを迎えにきてくれたとか―――本当かどうかは知らないけど、壱都さんに聞けず、ずっとモヤモヤしていた。
「紗耶香さんなら、壱都さんにお似合いだと思います。井垣の娘として、きちんと教育を受けていますし……」
「嫌味か」
「嫌味なんかじゃありません。壱都さんは井垣グループの社長になるのが目的でしょう?社長になるまでは一緒にいます。私が必要なのはそこまでじゃないんですか?」
そう言ったのが悪かったのか、壱都さんは目を細めて腕を掴んだ。
「言いたいことはそれだけ?」
「い…痛っ!」
ぎりっと腕をきつく握られて、その痛みに気をとられている隙にソファーに体を押し倒されていた。
いつものからかうような雰囲気は一切ない。
「やめてください!」
体にかかる重みが自由を奪い、もがいても離してくれない。
「俺はそんな悪人か」
作り笑いが消えていた。
「んっ…」
唇が奪われて、拒絶の言葉を塞いだ。
息をつく暇も与えず、舌が唇をなぞり、口を開けさせ、深いキスをした。
「やっ……ふっ……あ……」
こんなキス初めてだった。
噛みつくように唇を首筋に押し当てられ、乱れた息がかかる。
「俺が嫌いなんだろう?」
自分で気づいてないのだろうか。
そう聞いた壱都さんはまるで泣いているみたいだった。
「き、嫌いじゃないです」
思わず、本心が自然に口から出てしまい、しまったと思った時はもう遅かった。
驚いた顔で壱都さんは私を見た。
それが、気まずくて目を逸らした。
「壱都さんが私を好きになるところなんて、なに一つないって思っていて……私は自分に自信がないんです」
「朱加里……」
「誰も今まで私を必要としてくれなかった。母にはお荷物として扱われ、父にも私は厄介者で。唯一、私を必要としてくれたのはお祖父さんだけだった」
「そんなことはない」
「壱都さんだって、私に井垣の財産がなかったら、興味を持たなかったでしょう?」
「きっかけはなんであれ、好きになってなにが悪い」
壱都さんは否定せずに笑った。
「馬鹿にするな。俺は好きでもない女と結婚するような男じゃない」
「で、でも、紗耶香さんの方が綺麗だし……」
唇を離し、壱都さんは握っていた手首に口付ける。
ゆっくりと唇が手をなぞり、そして、上目づかいで私を見るとその唇を離した。
「そういう理由か」
ふっと体から重みが消えた。
「誤解されているから、改めて言っておく。俺には朱加里が必要だ」
ソファーに座り、私の体も起こしてくれた。
「遺言だから、一緒にいるわけでもない」
「じゃあ、どうして」
「わかれよ」
壱都さんは呆れたように言った。
「俺が好きでもない人間を部屋に入れるような人間か?キスするか?」
「いえ……」
人の良さそうな仮面をかぶり忘れていますよ―――王子というより、暴君もいいところで、これが素なら、いつもの猫かぶりは猫何匹分になるんだろうと思った。
「朱加里のどこが好きかあえていうなら、嘘をつけないところだな。全部、顔に書いてある」
何度も好きだと言ってくれたせいか、なんだか恥ずかしかった。
壱都さんをまったく信じてなかった自分自身のことも。
「少しは納得してくれた?」
「はい」
繰り返し言われる言葉は疑心暗鬼だった私の心の中を埋め、壱都さんが与えてくれる好意に甘えても許されるような気がした。
「それなら、よかった」
そう言って顎をつかむと、壱都さんは再びキスをした。
次は甘く優しいキスだった。
何度か、唇をあわせて、お互いの体を抱き締めた。
もう離れられない。
いつか、また悲しい思いをするのだろう。
それでも一緒にいたいと思えるのは私にはあなたが必要だから。
この先、生きていくために。
こぼれた涙を壱都さんは舐めとり、私を強く抱きしめ、逃さなかった。
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