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第一章

5 王

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「誰とはご挨拶だな」

金の瞳がすうっと細められ、睨まれた。
薔薇が似合うような繊細な美少年?
王子様?
そんな私の中にあったイメージは一瞬で崩れ去った。

『佳穂ちゃん』

なんて可愛い声で私を呼んでいた高也。
それが……

「佳穂、俺がわからないのか」

低い声と高身長で威圧感ドーンッ!
そして、キングっていう偉そうな立場でババーンッよ。

「わからなくてもしかたないでしょ。だ、だって、写真の一枚も送ってくれなかったから!」

「まあな」

声、低っ!
本当に誰!?
泣きたい……『佳穂ちゃん』と可愛らしく呼んで微笑んでいた高也。
あの可愛らしい男の子はどこへ行ったのよー!

「ちょっと佳穂かほ。あれが、佳穂が王子様みたいに素敵で可愛いって言っていた幼馴染じゃないでしょうね?」

希和きわが眼鏡をかけ直しながら、何度も確認していた。
大丈夫だよ。
その眼鏡のせいじゃない……
裸眼でも同じだよ。
気持ちはわかるけどね。

「たぶん、私が言っていた可愛い幼馴染です……」

私の過去の記憶は正しいよね?
宇宙人がやってきて、記憶が改ざんされた可能性はないよね?

「あの威圧感は素人じゃないでしょ!」

高也は前髪をあげ、鋭い目つきに白のブレザー、その下は黒のシャツだけでノーネクタイ。
着崩したかんじはもうチンピラ通り越してヤクザみたいだった。
迫力がありすぎる。

「高也様、お久しぶりです。婚約者候補の一乗寺いちじょうじ綾子あやこです」

「こっ、婚約者候補っー!?」

私が叫ぶとイライザ……じゃない、綾子さんはふふんっと鼻で笑った。

「ようやく高也様の花嫁として、学園に入学することができました」

誇らしげな綾子さんに呆然としてしまった。
だって、私達まだ十六歳だよ。
それも婚約者候補じゃなくて、花嫁宣言。
婚約者と花嫁、どっちだよー!
驚きすぎて高也(っぽい人)と綾子さんを交互にみた。

「誰が誰の花嫁だって?」

低い声に周囲の空気が重くなったのが、わかった。
不快そうな高也にさっきまで偉そうだったルークやビショップ、風紀委員の獣人達が距離をとった。
まるで攻撃されるのではと恐れているように。

「ぜひにと獅央家しおうけから打診がありましたの」

「お前が俺の花嫁?」

「ええ」

ふ、と高也は小馬鹿にしたように口の端をあげて笑った。
その笑みは王者の笑み。
何者も寄せ付けなくて、周りを圧倒する。
惹き付けて目を離せなくなってしまう―――高也は本当の王様みたいだった。

「獅央家が何と言おうと、俺のカヴァリエは佳穂だ」

そう言うと高也は私の腕を軽々と掴み上げ、顔を近づけ、頬に唇を寄せた。
頬に触れる唇の感触。
こ、これって―――キス!?
周囲に悲鳴とざわめきが同時に起きた。
高也のそばで控えていたビショップとルークは信じられないものでも見たというように口をぽかんと開けていた。
すごく偉そうな態度だった二人があんな顔をするなんて、誰が想像しただろうか。

「ちょっ……ちょっとおおおお!」

わたわたと慌てる私を平気な顔で見て、高也は頬をぺろりと舐めた。
ひっ、ひえええええ!
動揺は最大値まで跳ね上がり、どんっと高也の体を思いっきり突き飛ばした。

「高也! なんてことするのよっ!」

「佳穂は照れ屋だからな」

「違うでしょっ!? 再会したばかりなのにこんなことフツーする!?」

高也は殴ろうとした私の手を受け止めて笑った。

「なにが悪い」

「わ、悪いに決まってるでしょ? もっと礼儀正しく再会したらどうなのよっー!」

『佳穂ちゃん、久しぶり。会いたかったよ』『私もよ、高也』
少女漫画よろしく周りに花が咲き乱れるような感動ストーリーを私は頭の中で思い描いていたというのに。
現実は少年漫画みたいに戦闘モードで殺伐としている中でのキ、キス……
ほっぺにチューだけど、私にはキスだよ!
とうとう私、キスしてしまったの!?

「お前の態度が気に入らない」

「はあ!?」

そんな理由でほっぺにチューなわけ?
こっちは小学校から中学校まで恋愛のレの字もしてないんだからっ!
これが高校生の恋愛……!
ううっ……び、びっくりしすぎて心臓がふっとぶかと思った。
まだ心臓がバクバクいっている。

「キング。これ以上の騒ぎはまずいかと」

「入学式に支障が出てしまいます」

ビショップとルークが高也の両側に立った。
高也は目を細め、二人を見て面倒そうにため息をついた。

「わかった」

「キングのカヴァリエだとしても規則は規則。そこの犬と犬のカヴァリエも一緒にきてもらいますよ」

ビショップとルークは高也の機嫌を伺うように確認すると、高也は黙って頷いた。

「またな。佳穂」

「う、うん……。またね。高也」

高也は二人を従えて去っていった。
私と希和と古柴こしば君は風紀委員に連行された。
でも、あの場にいるよりはマシだったような気がする。
刺すような視線が痛くて、居心地が悪かったから。
私と高也の七年ぶりの再会はまるでひどい嵐のような再会だった。
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