獣人は花嫁を選ぶ~百獣の王と少女の恋~【獣人シリーズ①】

椿蛍

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第一章

6 クイーンとポーン

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古柴こしば! 佳穂かほに謝んなさい! 入学式に出られなかったあげくに反省文を書いて終わったじゃないの!」

「佳穂ちゃん、ごめん。ほんっとごめんっ!」

大騒ぎを起こした古柴君に巻き込まれて、私と希和きわも入学式が終わるまでは反省室で待機処分となった。
でも、古柴君は平謝りしてくれたし、先生達もまだなにもわからない新入生ということで、簡単な注意だけですんだ。

「いいよ。古柴君。反省文だけで済んでよかったね」

さすが獣人が通う学園。
犬の本性である飼い主と一緒にいたいという気持ちを理解してくれたのも大きい。
人間の姿になれるといっても獣の性分を完全になくすことは難しいと先生達は言っていた。

「よくないわよ。いい? 古柴。佳穂に迷惑かけるような真似したら、あたしが許さないわよ」

「わかってるよ。希和。次からは気を付ける」

古柴君は目を伏せ、しゅんっと肩を落とした。

「それじゃあ、あたし達は荷物を片付けなきゃいけないし、寮の部屋に行くわね。佳穂はどの部屋かわかる? 大丈夫?」

「うん。寮の場所は確認したから大丈夫!」

今日は入学式だけで授業はなかった。
入学式が終わり次第、寮の部屋で荷物を片付けて、明日からの授業の準備をする予定になっている。

「私の部屋は三階だったよ」

希和は不安そうに私の顔を見た。
そして、ぽんっと肩に手を置く。

「佳穂。無理そうなら、あたしの部屋にくるのよ?」

希和の部屋番号をくれた。
どうやら、希和と古柴君は二階に部屋があるらしい。

「そんな心配しなくても大丈夫だって! こんな早々にホームシックにならないから! じゃーね!」

「違うのよ。そうじゃなくて………佳穂……」

心配性な希和がなにか言いかけていたけど、私は目新しいものばかりでワクワクしていた。
私が寮の部屋に行くだけなのにどうして希和が心配しているのか、私はまったくわからなかった。
寮は素敵な洋館で木々に囲まれていて上の階からは湖が見える。
眺めも素敵だし、静かでなにより中はヨーロッパのお城みたいな作りでゴージャス。
獣人の中でもエリートしか入学できない学校だけあって、お金持ちばかりなんだろうなー。

「私の部屋ってどんな部屋なのかな」

先生から配られ、受け取ったカードキーをエレベーターに差し込むと三階へ行けるようになった。
一階から二階は廊下には赤い絨毯と彫像が置かれ、壁には絵画が飾られていたけど、三階はそれ以上にゴージャスだった。

「うわぁ……」

エレベーターのドアが開いたなり、三階の廊下はピカピカの大理石で彫像が私を出迎えた。
床は顔が映るんじゃないのってくらい綺麗に磨かれていて歩くとこつこつと音がする。
窓からは湖や森が見え、まるでバカンスにやってきたお嬢様のようだった。

「すごーい! 眺めもいいし高級ホテルみたい」

浮かれながらのんきに廊下を歩いていると、私の目の前に人影が現れた。
二人とも男子学生で超イケメン。
男子学生は獣人しかいないから、獣人であることは間違いないようだけど二人はルークやビショップに似た威圧感がある。
これはまさか、新入生イジメ!?

「あのー、すみません。通れないんですが」

前を塞がれて部屋に行けない。
身長が高くて黒髪に金の瞳をした神経質そうな人と焦げ茶色の髪を後ろでまとめた可愛らしい人は私に対して正反対の態度を見せた。
にらんでいる黒髪の人とにこにこして友好的な焦げ茶色の髪の人。
外見も百八十度違う。

「お前が高也たかや様のカヴァリエか」

んん!?
高也様?
もしかして、高也って偉い人なの?

「なんだー。日本人形みたいで可愛いじゃん! ビショップが凶暴なウサギって言ってたから、どんな子なのかと思ったよー」

「可愛い? ポーン、お前の目は節穴か」

なんか、すごく敵意を感じるんですけど。
特にこの目付きの悪い黒髪の人。

「あ、ごめんねー。驚いたよね。この態度が悪い男がクイーンの豹路ひょうじ千賀哉ちかや。俺はボーンの鷹我おうが昭良あきらだよっ。よろしくねっ!」

男なのに女王とはこれいかに。

「ご丁寧にありがとうございます。私は乙花おとはな佳穂かほです」

態度が悪いとはいえ、私は後輩。
ここは下手に出ておこうと考えて深々と頭を下げた。

「うん。いい子だね。キングがいいなら俺は彼女がカヴァリエでいいと思うよ」

「正気か」

鷹我さんと豹路さんはお互い睨みあった。
もしかして、二人は仲がいいってわけじゃないのかな。

「このような小娘。高也様に相応しいと思えない。これは俺だけの意見ではない。豹路の一族全員の総意だ」

クイーンの豹路さんは私に手を伸ばそうとしていたけど、まるで透明な壁があるかのように阻まれて近寄れずにいた。
顔を歪め、苦しそうにしていた。
そういえば、獣人は自分より上位の獣人の匂いがあると、触れられないって古柴こしば君が言っていたっけ。
私から古柴君を触っちゃったから、無効になったけど、柴犬の姿は反則だよね。
あのつぶらな黒い瞳、ふかふかの毛。
なでずにはいられないよ……

「あのー。私の部屋、この先なので通してもらってもいいですか?」

どうやら、クイーンは私につかみかかろうとしているようだった。
けれど、近寄れなくて苦しんでいる。
その姿を見ると獣人の世界って弱肉強食なんだなってわかる。
私に近寄れないのは高也のネックレスのおかげだろうけど、これってあれだよね?
学園を取り仕切るヤンキーとか番長が私にケンカをふっかけてきているパターン。
朝、目立ちすぎて生意気だって思われちゃたのかな。
困ったなぁ……

「やめなよ。クイーン。頭痛がひどいはずだよ。それにキングのカヴァリエに危害を加えたら、ただじゃすまない」

鷹我さんは止めてくれているけど、豹路さんはまったく聞いてない。

「こんな小娘! 窓から放り投げてやる!」

ひえっ! なんで!?
胸倉をがしっと掴まれて窓を開けられた。
手が震え、汗をにじませる豹路さんだけど、私を掴む力は弱くない。
ええええっ!
もしかしなくても大ピンチ?
ぼうっとしてないで逃げればよかった。

「やめなよー! キングの怒りを買うよ」

鷹我さんが止めようと豹路さんの腕を掴んだその時、低い声が響いた。

千賀哉ちかや。何をしている」

その声に二人は同時に動きを止めた。
何をしていたか二人が答えるより早く、高也の手が豹路さんの顔をつかんだ。
動作が速すぎて見えなかったけど、鷹我さんはサッと避け、壁にぶつかるのも気にせずに距離をとった。
ガンッと鈍い音がして、その音の先を目で追うと豹路さんの頭は高也の手よって窓に押し当てられていた。

「おい、千賀哉。知っているか。人間は三階から落とされたら死ぬ」

豹路さんの体がぶるぶると震え、汗がぽたりと額から流れ落ちていくのが見えた。
顔色が悪い。
高也に心底、恐怖しているのがわかった。

「なあ、お前が死んでおくか?」

なんか、ヤバイ。
高也の金色の目がぞっとするほどに冷たい。

「ま、待った! 高也。ほらっ、私は大丈夫だったから! もうやめてあげてよー!」

私ががしっと高也の腕を掴むと、少しだけ力が抜けただけで手を離そうとしない。

「佳穂。お前が死ぬところだったんだぞ」

「そ、そうかもしれないけど、やりすぎじゃないかなー。たぶん、悪ふざけだし」

「悪ふざけ?」

「そうそう!」

開けた窓を一瞥すると、高也は言った。

「わかった。佳穂に免じて、窓から落とすだけにしてやるか」

高也は大きな体の豹路さんを窓から軽々と放り投げた。

「な、なんてことをっ!」

大きな音を立てて、落ちて行ったのがわかった。

「千賀哉なら大丈夫だ。これくらいの高さじゃ死なない」

「ええええっ!?」

「ポーン」

「はい」

鷹我さんが高也に跪く。
その姿はまるで王様に従う兵士のようだった。

「佳穂に危害を加える者、全てを俺に報告しろ。それから、豹路に制裁を加えておけ」

「承知しました」

そういうと、鷹我さんは窓に足をかけ、とんっと外に飛び出していった。

「ちょ、ちょっとー!? ここ三階だよ!?」

「あいつの本性は鷹だからな。問題ない」

「へ、へぇー……」

身軽でいいなぁ。

「佳穂。部屋に行くぞ」

「う、うん」

なんか、すごいところにきちゃったなー。

「荷物は部屋に運ばせてあるからな」 

三階の奥、湖が見える方角に部屋はあった。
ドアを開けると学生の寮とは思えないほど広々としていて、ホテルのスイートルーム並みの綺麗な部屋だった。

「うわぁー! テレビに出てくる高級ホテルのスイートルームか高級マンションの部屋みたい」

リビングがあり、窓には広いバルコニーがある。
バルコニーで食事ができるらしくテーブルと椅子がおかれ、部屋には花が飾られている。
そして、大理石の浴室と洗面所、トイレ、寝室。
リビングには大きなテレビとソファー、冷蔵庫とミニキッキンまでついている。

「ゴージャスだねー!」

「そうか?」

「うん」

「服はこのクローゼットの中だ。届いた荷物はそこにいれておいた」

「あ、ありがと」

私の荷物が丸々入っちゃうクローゼットってどうなの?
この大きなクローゼットを開ける勇気がない―――と思っていると容赦なく高也が開けた。
ずらっと並ぶドレス、ワンピース、普段着、帽子、アクセサリー、靴、バッグ。
全て新品でどれも高そうだった。
サイズもばっちり子供用じゃなくてっ……私のサイズにちょうどよく作られている。
ドレスとか特注かな……

「これいつ着るの? 毎日、制服じゃないの?」

「必要だから揃えてある。足りなかったら遠慮なく言えよ」

「足りるよ。それよりも高也に聞きたいことがあります」

「なんだ? あらたまって」

「もしかして、高也と同室?」

「そうだ。佳穂は俺のカヴァリエだからな」

「ま、まってっ! 同室とか、無理っ!」

私があわてふためいて言うと、高也はムッとしていた。

「何が無理なのか理由を聞かせてもらおうか?」 

声が低い。
いや、これは怒ってもどうにもならないよ?
さすがに私も譲らないよ。

「七年ぶりに会っていきなり花嫁って言われても……」

「そうか? お前は全然変わってないから何も思わなかったな」  

高也が変わりすぎなんだと思う。
それに比べ、私は中学生に間違われるくらいまだ子供っぽい。
自覚はある。
じいっと高也を見つめる。
金の髪に瞳、目鼻立ちの整った顔立ち、引き締まった体。
あのフワフワとした可愛い美少年の面影はない。
高也はもう立派な男の人で私が知っているあの小さな男の子ではなくなってしまっていた。
がっくりと壁に手をついた。

「おい、なにショック受けてるんだ?」

「うん……。いろいろとね」

私の予定ではもっと私の身長も高くなっていて、髪も長くて、胸も大きくなっていて、美人で大人っぽい私を高也に見せるつもりだった。
それなのに現実は中学生。
高也からは『変わってない』と言われる始末。
私の考えていることがわかるのか、高也は初めて柔らかく笑った。
その顔は昔の高也だった。

「いいんだ。佳穂が変わらなくてよかった」

そう言うと高也は覆いかぶさるように背後から抱き締め、髪に自分の顔を埋めた。

「たっ、高也!?」

「しばらく、このままで」

声が優しい。
顔は見えなかったけど、昔の高也に戻った気がした。

「ずっと寂しかった」

「うん……」 

そんなこと言われたら、腕を振りほどくことも離れることも何もできなかった。
私と離れている間、高也に何があったのかわからない。
けれど、高也の変化を見たら、それは楽しいことばかりではなかったのだろうと想像はつく。

「頑張っていたんだね、高也」

「ああ」

慰めるように腕を優しく撫でた。
私ができることはそれくらいしかなかったから。
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