1 / 40
第1章
1 許されない相手①
しおりを挟む
「息子と別れていただけないかしら?」
テーブルには札束があった。
すぐに言葉が出なかったのは、まるでドラマのような札束を目にして、現実感がまったくなかったせいだ。
そばの封筒には札束を入れるためか、『小椋夕愛様』と私の名前が書かれた封筒が準備されている。
――お金を渡せば、別れると思われてる……?
付き合っている相手の両親が、私と対面で座り、私が『別れます』と言うのを待っていた。
――お金目当てで付き合ってるわけじゃないのに、どうしてこんな……
今まで経験したことない状況に戸惑うしかなかった。
高校生の私に札束を用意するなんてあり得ないし、まして、こんな大金を受け取れるわけがない。
そもそも、ここへやってきたのも別の理由で、こんな話をするためだと知らされていなかった。
――注文の電話は罠。
お惣菜屋を経営している我が家では、注文が入るのは普通のことで、注文内容はたしか……来客に使えるお菓子をという内容だったと思う。
でも、それはただの口実だった。
その証拠に届けた焼き菓子の箱はそのままで、見向きもされてない。
来客があるから、急いで届けてほしいと電話で言われ、手が空いていた私が配達を引き受けた。
夕方の忙しい時間帯、抜け出せるスタッフはほとんどいない。
学校から帰り、店に顔を出したばかりの私くらい。
彼の家は高級住宅地『都久山』の頂きにあり、名家と呼ばれる有近家。
私が住んでいる家は都久山の坂の下で、デリカテッセン『オグラ』という総菜屋を営んでいる。
隣町の坂の下から長い坂を上り、辿り着く都久山の頂上は、とても見晴らしがよく、眼下の町を一望できた。
彼の家は常連で、よく料理やお菓子を注文するから、今日もそうだと思っていた。
けれど、私がインターフォンを押すと、家政婦さんが顔を出し、注文の焼き菓子を受けとらずに居間に通された。
気づいた時には、彼の両親から『息子と別れろ』と言われていた――全部、私に別れを要求するための罠だったらしい。
でも、私は別れたいなんて思ってない。
「突然、別れろと言われても困ります……」
子供の頃から憧れていた人と恋人同士になって、まだ一年。
泣き出しそうな顔をしている私を見て、彼の父親が気まずそうに咳払いをした。
「夕愛さんは四月から大学に通うそうだね。こちらからの祝い金だと思って、受け取ったらどうだろう」
「祝い金……?」
「そう。夕愛さんにあげるお金よ」
――お祝いなんて嘘。これは手切れ金だわ。
気づくと、膝の上にのせた自分の手が震えていた。
受け取らずに眺めていると、札束が私の前にスッと差し出された。
札束を差し出したのは、彼の両親ではなく、この場に同席していた私と同じ年齢の女子高生――
「総菜屋の娘が玲我さんと付き合って、結婚できるとでも思ったの?」
そう言ったのは、学費が高いので有名なお嬢様学校の制服を着ている女子高校生――有近妃莉さんだった。
有近家の分家のお嬢様で華やかな顔立ちをしていて、昔から目立っていた。
しっかりメイクをし、香水の香りを漂わせている。
玲我さんの家族と親しく、黒塗りの高級車ででかける姿を何度か目にしたことがある。
「早く受け取ったら? お金が必要でしょ?」
「受け取れません」
「強情ね。受け取ったほうが、あなたのためよ」
――お金を受けとったら終わり。
それくらい駆け引きを知らない私にだってわかることだ。
「私、玲我さんとお金目当てで付き合っているわけじゃありません。ただ一緒にいたいだけなんです!」
「玲我は春から海外へ赴任することになったの」
「え……? 海外へ……?」
そんな話は玲我さんから聞いてない。
今、初めて知った。
「その顔だと玲我から聞いてなかったようだな。海外支店で勉強させる」
「だから、夕愛さんは大学へ通うでしょ? 留学するなら別だけど……」
「私は留学するの。玲我さんのそばにいるためにね」
妃莉さんはふふっと笑った。
札束に手にし、私の顔を覗き込む。
「ただで一緒にいられるとでも思っているの? この先、玲我さんのそばにいていい女性は彼にふさわしい女性だけよ。遊びで付き合うのは、これで終わりってこと。わかるかしら?」
「……遊びじゃありません」
私の声が震えているのに気づいている妃莉さんは、可笑しそうに笑っていた。
うつむく私に妃莉さんが追い打ちをかける。
「留学したら、いつも一緒に玲我さんといるつもり。それが私にはできるから」
「いつも……一緒に……」
――私にはできる?
春から大学へ通い、お店を手伝うつもりでいた。
デリカテッセン『オグラ』は店舗を増やす予定でいて、今より人手が必要になる。
「玲我の奴に行ってこいと言ったら、連れていきたい女性がいると言い出した」
「玲我さんが……?」
「あのね、夕愛さん。期待させてしまって申し訳ないけれど、玲我さんは若いから感情的になってしまっているの。冷静に考えてごらんなさい。あなたと玲我が対等な関係かしら?」
――高級住宅地『都久山』の住人と坂の下に住む私。
それを言われたら、私はなにも言い返せない。
「住む世界が違うとは思います……。でもっ……!」
「その先は言わなくて結構よ」
私の言葉をきつい語気で遮った。
「大事なのはあなたの気持ちではなく、玲我の将来なのよ!」
海外へ行くからという理由じゃなくて、行かなくても最初から認めるつもりはなかったのだ。
思えば、私と玲我さんが会うのは、学校帰りが多く、自宅周辺で会ったことが一度もなかった。
――両親から反対されるってわかってたから。両親だけじゃないわ。親戚からも……
分家の娘である妃莉さんがここにいるということは、誰も私たちの関係を認めてくれない証拠。
「なにかあってからでは困る。問題が起きる前に別れてほしい。玲我のために」
私の存在をまるで息子の汚点のように言った。
――私たちの関係はそこまで否定されるものじゃない。
私は受験を控え、店の手伝いもあって忙しく、玲我さんと会えるのはわずかな時間だけ。
玲我さんと会うのはいつも図書館か、学校周辺のカフェだった。
それも受験勉強をみてもらっていたから、家庭教師と生徒に見えたと思う。
私が大人になって、ふさわしい女性になれば許される?
「あの……。私、玲我さんにふさわしい女性になりますから! もう少しだけ待ってください!」
テーブルには札束があった。
すぐに言葉が出なかったのは、まるでドラマのような札束を目にして、現実感がまったくなかったせいだ。
そばの封筒には札束を入れるためか、『小椋夕愛様』と私の名前が書かれた封筒が準備されている。
――お金を渡せば、別れると思われてる……?
付き合っている相手の両親が、私と対面で座り、私が『別れます』と言うのを待っていた。
――お金目当てで付き合ってるわけじゃないのに、どうしてこんな……
今まで経験したことない状況に戸惑うしかなかった。
高校生の私に札束を用意するなんてあり得ないし、まして、こんな大金を受け取れるわけがない。
そもそも、ここへやってきたのも別の理由で、こんな話をするためだと知らされていなかった。
――注文の電話は罠。
お惣菜屋を経営している我が家では、注文が入るのは普通のことで、注文内容はたしか……来客に使えるお菓子をという内容だったと思う。
でも、それはただの口実だった。
その証拠に届けた焼き菓子の箱はそのままで、見向きもされてない。
来客があるから、急いで届けてほしいと電話で言われ、手が空いていた私が配達を引き受けた。
夕方の忙しい時間帯、抜け出せるスタッフはほとんどいない。
学校から帰り、店に顔を出したばかりの私くらい。
彼の家は高級住宅地『都久山』の頂きにあり、名家と呼ばれる有近家。
私が住んでいる家は都久山の坂の下で、デリカテッセン『オグラ』という総菜屋を営んでいる。
隣町の坂の下から長い坂を上り、辿り着く都久山の頂上は、とても見晴らしがよく、眼下の町を一望できた。
彼の家は常連で、よく料理やお菓子を注文するから、今日もそうだと思っていた。
けれど、私がインターフォンを押すと、家政婦さんが顔を出し、注文の焼き菓子を受けとらずに居間に通された。
気づいた時には、彼の両親から『息子と別れろ』と言われていた――全部、私に別れを要求するための罠だったらしい。
でも、私は別れたいなんて思ってない。
「突然、別れろと言われても困ります……」
子供の頃から憧れていた人と恋人同士になって、まだ一年。
泣き出しそうな顔をしている私を見て、彼の父親が気まずそうに咳払いをした。
「夕愛さんは四月から大学に通うそうだね。こちらからの祝い金だと思って、受け取ったらどうだろう」
「祝い金……?」
「そう。夕愛さんにあげるお金よ」
――お祝いなんて嘘。これは手切れ金だわ。
気づくと、膝の上にのせた自分の手が震えていた。
受け取らずに眺めていると、札束が私の前にスッと差し出された。
札束を差し出したのは、彼の両親ではなく、この場に同席していた私と同じ年齢の女子高生――
「総菜屋の娘が玲我さんと付き合って、結婚できるとでも思ったの?」
そう言ったのは、学費が高いので有名なお嬢様学校の制服を着ている女子高校生――有近妃莉さんだった。
有近家の分家のお嬢様で華やかな顔立ちをしていて、昔から目立っていた。
しっかりメイクをし、香水の香りを漂わせている。
玲我さんの家族と親しく、黒塗りの高級車ででかける姿を何度か目にしたことがある。
「早く受け取ったら? お金が必要でしょ?」
「受け取れません」
「強情ね。受け取ったほうが、あなたのためよ」
――お金を受けとったら終わり。
それくらい駆け引きを知らない私にだってわかることだ。
「私、玲我さんとお金目当てで付き合っているわけじゃありません。ただ一緒にいたいだけなんです!」
「玲我は春から海外へ赴任することになったの」
「え……? 海外へ……?」
そんな話は玲我さんから聞いてない。
今、初めて知った。
「その顔だと玲我から聞いてなかったようだな。海外支店で勉強させる」
「だから、夕愛さんは大学へ通うでしょ? 留学するなら別だけど……」
「私は留学するの。玲我さんのそばにいるためにね」
妃莉さんはふふっと笑った。
札束に手にし、私の顔を覗き込む。
「ただで一緒にいられるとでも思っているの? この先、玲我さんのそばにいていい女性は彼にふさわしい女性だけよ。遊びで付き合うのは、これで終わりってこと。わかるかしら?」
「……遊びじゃありません」
私の声が震えているのに気づいている妃莉さんは、可笑しそうに笑っていた。
うつむく私に妃莉さんが追い打ちをかける。
「留学したら、いつも一緒に玲我さんといるつもり。それが私にはできるから」
「いつも……一緒に……」
――私にはできる?
春から大学へ通い、お店を手伝うつもりでいた。
デリカテッセン『オグラ』は店舗を増やす予定でいて、今より人手が必要になる。
「玲我の奴に行ってこいと言ったら、連れていきたい女性がいると言い出した」
「玲我さんが……?」
「あのね、夕愛さん。期待させてしまって申し訳ないけれど、玲我さんは若いから感情的になってしまっているの。冷静に考えてごらんなさい。あなたと玲我が対等な関係かしら?」
――高級住宅地『都久山』の住人と坂の下に住む私。
それを言われたら、私はなにも言い返せない。
「住む世界が違うとは思います……。でもっ……!」
「その先は言わなくて結構よ」
私の言葉をきつい語気で遮った。
「大事なのはあなたの気持ちではなく、玲我の将来なのよ!」
海外へ行くからという理由じゃなくて、行かなくても最初から認めるつもりはなかったのだ。
思えば、私と玲我さんが会うのは、学校帰りが多く、自宅周辺で会ったことが一度もなかった。
――両親から反対されるってわかってたから。両親だけじゃないわ。親戚からも……
分家の娘である妃莉さんがここにいるということは、誰も私たちの関係を認めてくれない証拠。
「なにかあってからでは困る。問題が起きる前に別れてほしい。玲我のために」
私の存在をまるで息子の汚点のように言った。
――私たちの関係はそこまで否定されるものじゃない。
私は受験を控え、店の手伝いもあって忙しく、玲我さんと会えるのはわずかな時間だけ。
玲我さんと会うのはいつも図書館か、学校周辺のカフェだった。
それも受験勉強をみてもらっていたから、家庭教師と生徒に見えたと思う。
私が大人になって、ふさわしい女性になれば許される?
「あの……。私、玲我さんにふさわしい女性になりますから! もう少しだけ待ってください!」
318
あなたにおすすめの小説
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
私が生きていたことは秘密にしてください
月山 歩
恋愛
メイベルは婚約者と妹によって、崖に突き落とされ、公爵家の領地に倒れていた。
見つけてくれた彼は一見優しそうだが、行方不明のまま隠れて生きて行こうとする私に驚くような提案をする。
「少年の世話係になってくれ。けれど人に話したら消す。」
悪女の秘密は彼だけに囁く
月山 歩
恋愛
夜会で声をかけて来たのは、かつての恋人だった。私は彼に告げずに違う人と結婚してしまったのに。私のことはもう嫌いなはず。結局夫に捨てられた私は悪女と呼ばれて、あなたは遊び人となり、私を戯れに誘うのね。
いつか彼女を手に入れる日まで〜after story〜
月山 歩
恋愛
幼い頃から相思相愛の婚約者がいる私は、医師で侯爵の父が、令嬢に毒を盛ったと疑われて、捕らえられたことから、婚約者と結婚できないかもしれない危機に直面する。私はどうなってしまうの?
「いつかあなたを手に入れる日まで」のその後のお話です。単独でもわかる内容になっていますが、できればそちらから読んでいただけると、より理解していただけると思います。
地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます
久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」
大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。
彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。
しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。
失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。
彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。
「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。
蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。
地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。
そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。
これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。
数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる