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第1章
2 許されない相手➁
私は必死だった。
別れないで済む方法を探そうとしている私を見て、妃莉さんが声をたてて笑った。
「まさか、都久山で生まれた私と坂の下で生まれたあなた。努力してどうにかなるとでも思っているの?」
彼の両親の顔を見ると、憐れみの混じった目をし、『どんなに頑張っても無理なんだよ』と私に教えていた。
――そんなことって……。努力でなんとかならないの?
私は玲我さんと絶対結ばれない?
無意識に指輪に触れていた。
去年の十二月、玲我さんからもらったクリスマスプレゼントは指輪だった。
もらったことが嬉しくて、指輪の意味まで考えてなかった。
あの時、玲我さんはすでに海外へ行く話が出ていて、結婚を考えていたのだとしたら――でも、玲我さんは私になにも言わなかった。
――海外へ行く話が出ているって、私に教えてくれてもよかったのに。
やっぱり玲我さんも私には無理だって思ったから?
冬から春まで考えた結果、私と別れるつもりでいたのだろうか。
疑いたくないのに、玲我さんを疑ってしまう。
私の指輪に気づいた玲我さんの両親が苦笑していた。
「玲我の奴め。安物を贈って恋人ごっこか。まったく情けない」
「あら、あなた。可愛らしくてよろしいじゃありませんか。でも、指輪をプレゼントする相手は、よく考えなければいけないわね」
玲我さんからのプレゼントを安物の指輪だと笑われた。
妃莉さんは笑わずに怖い顔をし、黙って私の指をにらんでいる。
「値段なんて関係ありません。これは玲我さんが私に贈ってくれたものだから価値があるんです」
「違う。そうではない。玲我が結婚していいタイミングではないと、改めてわかったということだ」
「結婚していいタイミング……」
「誰からも認められる価値の物を女性に贈れるようになってから、結婚するのが望ましい」
私にはとても高価な指輪で、クリスマスの日に買ってもらった時、遠慮したくらいだ。
指輪売り場には若いカップルがよくいるジュエリーブランドで、価値はあると思うけど……
「その程度の指輪で喜ぶ人間が、有近家に嫁ぎ、内外を取り仕切れるかね?」
私は返事ができなかった。
高級住宅地『都久山』で広い土地を持つ有近家。
奥様となる女性は、都久山に住み、贅沢を知り尽くした奥様たちと交流する必要がある。
「重責ですよ」
有近家当主の奥様は、都久山の外から嫁いだ。
誰もが耳にしたことのある大企業の創業者一家の娘で、都久山に嫁いだ時はちょっとした騒ぎになったとか。
「経験も作法も知識も足りてない。対等に会話をし、内容を理解することすら難しいだろう」
「あなた、はっきり言い過ぎよ。夕愛さんが可哀想だわ」
有近の奥様は友禅の着物を着こなし、指には大きなダイヤの指輪、大きなエメラルドの帯留め――それを日常的に身につけていても違和感がない。
都久山の住人と私とでは、金銭感覚がまったく違いっていて、彼らは贅沢になれている。
「ふむ。札束ひとつでは納得できないかね?」
テーブルの上の札束がもうひとつ足された。
札束を下品だと思ったのか、有近の奥様は緑の袱紗を取り出し、お金を包んだ。
「夕愛さんの世界はまだ狭いだけ。きっと大学へ行けば、自分に合った男性が見つかるわ」
私に玲我さんが釣り合っていないと言いたいのを我慢して、諭すように優しくやんわりと私に語りかけた。
「玲我さんの将来を考えて行動してほしいの」
玲我さんの将来を邪魔しないために別れろ――私がいつまでもお金を受けとろうとしなかったせいで、だんだん言葉が厳しくなってきた。
妃莉さんもイライラしてきたのか、私の横に立ち、冷ややかな目で見下ろした。
「夕愛さんになにができるの? 玲我さんの足を引っ張るだけよ」
「ね、夕愛さん。あなたは玲我さんになにもできないでしょう?」
私の心を見透かされたような気がした。
元々、私には釣り合わない人だってわかっていた。
でも、諦めたくなかった。
告白された時、とても嬉しかったし、片想いと呼ぶのも憚れて、自分の中では『憧れの人』として存在していた玲我さん。
だから――
『私は玲我さんにふさわしくありません。別れます』
そう言うべきなのに、口から言葉が出なかった。
「玲我さんと別れたくありません」
私の口から出たのは真逆の言葉だった。
「はっきり言わないとわからないようだな」
とうとう有近の当主を怒らせてしまったようで、テーブルの上の袱紗を強く叩いた。
「これは手切れ金だ。結婚は家と家がするものだ。玲我はこの家の名に恥じない相手と結婚させる」
「夕愛さん。あなたと玲我は住む世界が違うの。結婚してもお互いが不幸になるだけよ」
「可哀想。身分が違うってわからないのね」
身分が違うと言われてしまったら、私はなにも言い返せない。
「私と違って、夕愛さんは総菜屋の娘ですもの。おじ様とおば様は間違ってませんわ」
妃莉さんは自分こそが、玲我さんの婚約者にふさわしいとアピールする。
都久山の隣町で育ったから、私と玲我さんの育った環境がまったく違うことは知っている。
高級車で私立の学校へ通う都久山の子供たち。
バス停でバスを待つ間、何台もの車が通り過ぎていくのを見送った。
――でも、玲我さんは車から降りてくれた。
隣に並び、私と一緒に歩き、会話する。
私たちの距離はいつも近かった――私が対等だって誤解するくらいに。
「もし、君が諦めないと言うのなら、こちらにも考えがある。君の叔父さんは百貨店に新しく支店を出すそうだね」
「なぜそれを……」
両親を事故で亡くし、私が一人になった時、叔父さんはフランスから急遽帰国し、家族で経営していたデリカテッセン『オグラ』を継いでくれた。
デリカテッセン『オグラ』がこれからどうなるかわからない――そう言われていたけれど、叔父さんのおかげで店は存続できた。
恩人でもある叔父さんは、さらに店を大きくしようと、百貨店への出店を考えている。
「有近は百貨店の株主でもあり、代々慣れ親しんだ百貨店の外商も利用している。こんなことを言いたくないが、圧力をかけて店舗をいれないようにすることもできる」
「やめてください! 叔父さんたちは関係ありません。お願いします。やめてください……!」
自分の手が震えているのがわかった。
――玲我さんを失うのが怖い。でも、ここで私が別れないって言ったら、お店はどうなるの?
別れないで済む方法を探そうとしている私を見て、妃莉さんが声をたてて笑った。
「まさか、都久山で生まれた私と坂の下で生まれたあなた。努力してどうにかなるとでも思っているの?」
彼の両親の顔を見ると、憐れみの混じった目をし、『どんなに頑張っても無理なんだよ』と私に教えていた。
――そんなことって……。努力でなんとかならないの?
私は玲我さんと絶対結ばれない?
無意識に指輪に触れていた。
去年の十二月、玲我さんからもらったクリスマスプレゼントは指輪だった。
もらったことが嬉しくて、指輪の意味まで考えてなかった。
あの時、玲我さんはすでに海外へ行く話が出ていて、結婚を考えていたのだとしたら――でも、玲我さんは私になにも言わなかった。
――海外へ行く話が出ているって、私に教えてくれてもよかったのに。
やっぱり玲我さんも私には無理だって思ったから?
冬から春まで考えた結果、私と別れるつもりでいたのだろうか。
疑いたくないのに、玲我さんを疑ってしまう。
私の指輪に気づいた玲我さんの両親が苦笑していた。
「玲我の奴め。安物を贈って恋人ごっこか。まったく情けない」
「あら、あなた。可愛らしくてよろしいじゃありませんか。でも、指輪をプレゼントする相手は、よく考えなければいけないわね」
玲我さんからのプレゼントを安物の指輪だと笑われた。
妃莉さんは笑わずに怖い顔をし、黙って私の指をにらんでいる。
「値段なんて関係ありません。これは玲我さんが私に贈ってくれたものだから価値があるんです」
「違う。そうではない。玲我が結婚していいタイミングではないと、改めてわかったということだ」
「結婚していいタイミング……」
「誰からも認められる価値の物を女性に贈れるようになってから、結婚するのが望ましい」
私にはとても高価な指輪で、クリスマスの日に買ってもらった時、遠慮したくらいだ。
指輪売り場には若いカップルがよくいるジュエリーブランドで、価値はあると思うけど……
「その程度の指輪で喜ぶ人間が、有近家に嫁ぎ、内外を取り仕切れるかね?」
私は返事ができなかった。
高級住宅地『都久山』で広い土地を持つ有近家。
奥様となる女性は、都久山に住み、贅沢を知り尽くした奥様たちと交流する必要がある。
「重責ですよ」
有近家当主の奥様は、都久山の外から嫁いだ。
誰もが耳にしたことのある大企業の創業者一家の娘で、都久山に嫁いだ時はちょっとした騒ぎになったとか。
「経験も作法も知識も足りてない。対等に会話をし、内容を理解することすら難しいだろう」
「あなた、はっきり言い過ぎよ。夕愛さんが可哀想だわ」
有近の奥様は友禅の着物を着こなし、指には大きなダイヤの指輪、大きなエメラルドの帯留め――それを日常的に身につけていても違和感がない。
都久山の住人と私とでは、金銭感覚がまったく違いっていて、彼らは贅沢になれている。
「ふむ。札束ひとつでは納得できないかね?」
テーブルの上の札束がもうひとつ足された。
札束を下品だと思ったのか、有近の奥様は緑の袱紗を取り出し、お金を包んだ。
「夕愛さんの世界はまだ狭いだけ。きっと大学へ行けば、自分に合った男性が見つかるわ」
私に玲我さんが釣り合っていないと言いたいのを我慢して、諭すように優しくやんわりと私に語りかけた。
「玲我さんの将来を考えて行動してほしいの」
玲我さんの将来を邪魔しないために別れろ――私がいつまでもお金を受けとろうとしなかったせいで、だんだん言葉が厳しくなってきた。
妃莉さんもイライラしてきたのか、私の横に立ち、冷ややかな目で見下ろした。
「夕愛さんになにができるの? 玲我さんの足を引っ張るだけよ」
「ね、夕愛さん。あなたは玲我さんになにもできないでしょう?」
私の心を見透かされたような気がした。
元々、私には釣り合わない人だってわかっていた。
でも、諦めたくなかった。
告白された時、とても嬉しかったし、片想いと呼ぶのも憚れて、自分の中では『憧れの人』として存在していた玲我さん。
だから――
『私は玲我さんにふさわしくありません。別れます』
そう言うべきなのに、口から言葉が出なかった。
「玲我さんと別れたくありません」
私の口から出たのは真逆の言葉だった。
「はっきり言わないとわからないようだな」
とうとう有近の当主を怒らせてしまったようで、テーブルの上の袱紗を強く叩いた。
「これは手切れ金だ。結婚は家と家がするものだ。玲我はこの家の名に恥じない相手と結婚させる」
「夕愛さん。あなたと玲我は住む世界が違うの。結婚してもお互いが不幸になるだけよ」
「可哀想。身分が違うってわからないのね」
身分が違うと言われてしまったら、私はなにも言い返せない。
「私と違って、夕愛さんは総菜屋の娘ですもの。おじ様とおば様は間違ってませんわ」
妃莉さんは自分こそが、玲我さんの婚約者にふさわしいとアピールする。
都久山の隣町で育ったから、私と玲我さんの育った環境がまったく違うことは知っている。
高級車で私立の学校へ通う都久山の子供たち。
バス停でバスを待つ間、何台もの車が通り過ぎていくのを見送った。
――でも、玲我さんは車から降りてくれた。
隣に並び、私と一緒に歩き、会話する。
私たちの距離はいつも近かった――私が対等だって誤解するくらいに。
「もし、君が諦めないと言うのなら、こちらにも考えがある。君の叔父さんは百貨店に新しく支店を出すそうだね」
「なぜそれを……」
両親を事故で亡くし、私が一人になった時、叔父さんはフランスから急遽帰国し、家族で経営していたデリカテッセン『オグラ』を継いでくれた。
デリカテッセン『オグラ』がこれからどうなるかわからない――そう言われていたけれど、叔父さんのおかげで店は存続できた。
恩人でもある叔父さんは、さらに店を大きくしようと、百貨店への出店を考えている。
「有近は百貨店の株主でもあり、代々慣れ親しんだ百貨店の外商も利用している。こんなことを言いたくないが、圧力をかけて店舗をいれないようにすることもできる」
「やめてください! 叔父さんたちは関係ありません。お願いします。やめてください……!」
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*こちらは元の小説の途中に、エピソードを追加したものです。
文字数が倍になっています。