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第2章
11 都久山の裏側② ※玲我視点
「アヒルが間違って、紛れ込んだのならわかりますけど、こちらからアヒルを群れに招くなんておかしすぎます」
意地の悪い顔をして、妃莉はくすりと笑う。
「調べたら、なにか秘密があるに決まってますわ」
「秘密か。藪をつついて蛇を出すことになるかもしれない。それでも調べるのか?」
「アヒルを有近に入れるわけにはいきませんから」
俺から顔を背け、母さんに挨拶をする。
「それじゃあ、おばさま。失礼します」
「え、ええ……」
妃莉は母さんの手前、怒りを抑えていたが、仕草までは隠せなかった。
自分のコートとバッグを荒々しくつかみ、大股で歩いて帰っていった。
母さんは頬に手をあて、ため息をつく。
「玲我さん。あなたは優しい子のはずでしょう? もっと妃莉さんにうまく言えたはずよ」
俺の印象は優しく穏やか、知的で落ち着いている人間だという。
――真逆だよ。
父さんを見ればわかる。
有近の血筋は野心家で激情を胸に秘め、腹の中は真っ黒で狡猾な性格。
優しい穏やかな自分を演じていたのは、夕愛がそうであってほしいと望んだからだ。
「夕愛さんはたしかに綺麗な子だけど、玲我さんがそこまでこだわる相手かしら?」
「俺を捨てた。こだわるなと言うほうが無理だ」
夕愛は俺を選ばなかった。
どんな理由であってもなにがあっても――俺は夕愛から最優先に思われる人間でありたいと思っていた。
「母さんはわかってない。手に入らないとわかったら、なおさら手に入れたくなるのが有近家の性分だ。父さんと結婚して、有近家の貪欲さを誰よりもわかっていると思うけどね」
母さんは目に見えて動揺していた。
「欲がない者はこの都久山にはいない。ここに住めるのは、世俗まみれの人間だけだ」
「玲我さん! 誰かに聞かれたらどうするの!」
「本当のことだろ? 上品ぶっていても、結局はそういうことだ」
そして、俺もそんな人間の一人だと証明された。
夕愛が俺を捨てた瞬間、彼女に対する優しい気持ちや善人ぶっていた自分が消えた。
自分は有近の血を引き、都久山の人間なのだと思い知った。
「四年前、夕愛を家に呼んで、俺と別れるように言ったんだろう?」
「あなた、あの時は一言もそんなこと……」
「俺が別れないと言えば、夕愛を遠ざけるため、父さんはなんでもやったはずだ」
父さんは外見こそ、常識人で優しげに見えるが、それは表向きだけ。
本当の顔は利己主義で強欲。
有近の家を害する者には徹底的に冷たくなれる人間だ。
そして、利益があるとわかれば、簡単に手のひらを返す。
「それで、今の玲我さんなら結婚できると思ったの?」
「俺がそこそこ成功して、海外から戻ったくらいで、父さんが結婚を許すわけない」
「それじゃあ、どうして……」
「言えない」
「……家か仕事に関係することでしょうから、口出しはしませんけどね。私はあなたの母親よ。結婚を考えてるなら、前もって話してちょうだい」
母さんは後回しにされたのが面白くないようだ。
居間のソファーに座ると、母さんは向かい側のソファーに座った。
頼んでいなかったが、家政婦が気を利かせて、母さんには紅茶、俺にはコーヒーを運んでくる。
長く勤めた家政婦によって、嗜好を把握されている。
紅茶とコーヒーをそれぞれ口にする。
「それにしても、玲我さんが夕愛さんを妻にして、鷹沢家がなにを言ってくるか心配だわ」
母さんの心配は張り合っている鷹沢家から嫌みを言われることらしい。
鷹沢海寿――鷹沢家の一人息子で、俺と同じ年齢だ。
比べられることもあるが、都久山では双璧として扱われている。
俺と海寿はそこまで張り合っていないが、両親は違う。
「いい加減、仲良くしたらいいだろう? ライバル企業は鷹沢だけじゃない」
「そういう問題じゃないのよ! 男性にはわからない女性ならではの戦いがあるんです!」
気になる存在ということだろうか。
母さんは俺の結婚相手うんぬんよりも感情的になっていた。
「鷹沢は油断ならないわ。なにを考えているかわからない怖い家ですよ」
会社経営でもライバル、同じ広さの土地で家は向かい合い、なにをやっても競い合う間柄。
――いい加減、この因縁をどこかで終わらせなくてはいけない。
「もしかして、夕愛さんとの結婚が許されたのは、海寿さんが夕愛さんに好意を持っているから!?」
「好意はあるだろうね」
「ま、まあっ! そうだったの!? 二人で争ってるというわけね」
「いや、争ってはないかな」
勝手に妄想を暴走させて、母さんは一人盛り上がっていた。
夕愛と海寿はそんな関係ではない。
少し話をする程度だ。
けれど、海寿も夕愛を好きなのは間違いないし、気になっているのは事実。
「玲我さん! 絶対、鷹沢には負けてはいけませんよ」
「母さん、さっきまで夕愛とのことを反対してなかった?」
「鷹沢に負けるほうが困るわ。だって、向こうの奥様ったら、自分の実家の権力をみせつけるんだもの!」
鷹沢の現当主の妻が、自分の実家より大きな家から嫁いでいることを母さんはひどく気にしている。
それだけで、負けたと感じているようで、悔しそうだ。
――なんでも張り合うな。
有近において鷹沢の名前は絶大だ。
妻同士の見栄の張り合いは当たり前、会社同士の争いは通常通り。
不仲はお互いが向かい合って家を建てた時から続いている。
都久山は本当に面倒なところだ。
けれど、反対されるよりはいい。
「母さんに応援してもらえて嬉しいよ」
スケジュール帳を開き、週末の予定に『お見合い』と書く。
夕愛との再会は宣戦布告のつもりだった。
俺を捨てた夕愛――別れた日の続きが始まる。
意地の悪い顔をして、妃莉はくすりと笑う。
「調べたら、なにか秘密があるに決まってますわ」
「秘密か。藪をつついて蛇を出すことになるかもしれない。それでも調べるのか?」
「アヒルを有近に入れるわけにはいきませんから」
俺から顔を背け、母さんに挨拶をする。
「それじゃあ、おばさま。失礼します」
「え、ええ……」
妃莉は母さんの手前、怒りを抑えていたが、仕草までは隠せなかった。
自分のコートとバッグを荒々しくつかみ、大股で歩いて帰っていった。
母さんは頬に手をあて、ため息をつく。
「玲我さん。あなたは優しい子のはずでしょう? もっと妃莉さんにうまく言えたはずよ」
俺の印象は優しく穏やか、知的で落ち着いている人間だという。
――真逆だよ。
父さんを見ればわかる。
有近の血筋は野心家で激情を胸に秘め、腹の中は真っ黒で狡猾な性格。
優しい穏やかな自分を演じていたのは、夕愛がそうであってほしいと望んだからだ。
「夕愛さんはたしかに綺麗な子だけど、玲我さんがそこまでこだわる相手かしら?」
「俺を捨てた。こだわるなと言うほうが無理だ」
夕愛は俺を選ばなかった。
どんな理由であってもなにがあっても――俺は夕愛から最優先に思われる人間でありたいと思っていた。
「母さんはわかってない。手に入らないとわかったら、なおさら手に入れたくなるのが有近家の性分だ。父さんと結婚して、有近家の貪欲さを誰よりもわかっていると思うけどね」
母さんは目に見えて動揺していた。
「欲がない者はこの都久山にはいない。ここに住めるのは、世俗まみれの人間だけだ」
「玲我さん! 誰かに聞かれたらどうするの!」
「本当のことだろ? 上品ぶっていても、結局はそういうことだ」
そして、俺もそんな人間の一人だと証明された。
夕愛が俺を捨てた瞬間、彼女に対する優しい気持ちや善人ぶっていた自分が消えた。
自分は有近の血を引き、都久山の人間なのだと思い知った。
「四年前、夕愛を家に呼んで、俺と別れるように言ったんだろう?」
「あなた、あの時は一言もそんなこと……」
「俺が別れないと言えば、夕愛を遠ざけるため、父さんはなんでもやったはずだ」
父さんは外見こそ、常識人で優しげに見えるが、それは表向きだけ。
本当の顔は利己主義で強欲。
有近の家を害する者には徹底的に冷たくなれる人間だ。
そして、利益があるとわかれば、簡単に手のひらを返す。
「それで、今の玲我さんなら結婚できると思ったの?」
「俺がそこそこ成功して、海外から戻ったくらいで、父さんが結婚を許すわけない」
「それじゃあ、どうして……」
「言えない」
「……家か仕事に関係することでしょうから、口出しはしませんけどね。私はあなたの母親よ。結婚を考えてるなら、前もって話してちょうだい」
母さんは後回しにされたのが面白くないようだ。
居間のソファーに座ると、母さんは向かい側のソファーに座った。
頼んでいなかったが、家政婦が気を利かせて、母さんには紅茶、俺にはコーヒーを運んでくる。
長く勤めた家政婦によって、嗜好を把握されている。
紅茶とコーヒーをそれぞれ口にする。
「それにしても、玲我さんが夕愛さんを妻にして、鷹沢家がなにを言ってくるか心配だわ」
母さんの心配は張り合っている鷹沢家から嫌みを言われることらしい。
鷹沢海寿――鷹沢家の一人息子で、俺と同じ年齢だ。
比べられることもあるが、都久山では双璧として扱われている。
俺と海寿はそこまで張り合っていないが、両親は違う。
「いい加減、仲良くしたらいいだろう? ライバル企業は鷹沢だけじゃない」
「そういう問題じゃないのよ! 男性にはわからない女性ならではの戦いがあるんです!」
気になる存在ということだろうか。
母さんは俺の結婚相手うんぬんよりも感情的になっていた。
「鷹沢は油断ならないわ。なにを考えているかわからない怖い家ですよ」
会社経営でもライバル、同じ広さの土地で家は向かい合い、なにをやっても競い合う間柄。
――いい加減、この因縁をどこかで終わらせなくてはいけない。
「もしかして、夕愛さんとの結婚が許されたのは、海寿さんが夕愛さんに好意を持っているから!?」
「好意はあるだろうね」
「ま、まあっ! そうだったの!? 二人で争ってるというわけね」
「いや、争ってはないかな」
勝手に妄想を暴走させて、母さんは一人盛り上がっていた。
夕愛と海寿はそんな関係ではない。
少し話をする程度だ。
けれど、海寿も夕愛を好きなのは間違いないし、気になっているのは事実。
「玲我さん! 絶対、鷹沢には負けてはいけませんよ」
「母さん、さっきまで夕愛とのことを反対してなかった?」
「鷹沢に負けるほうが困るわ。だって、向こうの奥様ったら、自分の実家の権力をみせつけるんだもの!」
鷹沢の現当主の妻が、自分の実家より大きな家から嫁いでいることを母さんはひどく気にしている。
それだけで、負けたと感じているようで、悔しそうだ。
――なんでも張り合うな。
有近において鷹沢の名前は絶大だ。
妻同士の見栄の張り合いは当たり前、会社同士の争いは通常通り。
不仲はお互いが向かい合って家を建てた時から続いている。
都久山は本当に面倒なところだ。
けれど、反対されるよりはいい。
「母さんに応援してもらえて嬉しいよ」
スケジュール帳を開き、週末の予定に『お見合い』と書く。
夕愛との再会は宣戦布告のつもりだった。
俺を捨てた夕愛――別れた日の続きが始まる。
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*こちらは元の小説の途中に、エピソードを追加したものです。
文字数が倍になっています。