11 / 40
第2章
11 都久山の裏側② ※玲我視点
しおりを挟む
「アヒルが間違って、紛れ込んだのならわかりますけど、こちらからアヒルを群れに招くなんておかしすぎます」
意地の悪い顔をして、妃莉はくすりと笑う。
「調べたら、なにか秘密があるに決まってますわ」
「秘密か。藪をつついて蛇を出すことになるかもしれない。それでも調べるのか?」
「アヒルを有近に入れるわけにはいきませんから」
俺から顔を背け、母さんに挨拶をする。
「それじゃあ、おばさま。失礼します」
「え、ええ……」
妃莉は母さんの手前、怒りを抑えていたが、仕草までは隠せなかった。
自分のコートとバッグを荒々しくつかみ、大股で歩いて帰っていった。
母さんは頬に手をあて、ため息をつく。
「玲我さん。あなたは優しい子のはずでしょう? もっと妃莉さんにうまく言えたはずよ」
俺の印象は優しく穏やか、知的で落ち着いている人間だという。
――真逆だよ。
父さんを見ればわかる。
有近の血筋は野心家で激情を胸に秘め、腹の中は真っ黒で狡猾な性格。
優しい穏やかな自分を演じていたのは、夕愛がそうであってほしいと望んだからだ。
「夕愛さんはたしかに綺麗な子だけど、玲我さんがそこまでこだわる相手かしら?」
「俺を捨てた。こだわるなと言うほうが無理だ」
夕愛は俺を選ばなかった。
どんな理由であってもなにがあっても――俺は夕愛から最優先に思われる人間でありたいと思っていた。
「母さんはわかってない。手に入らないとわかったら、なおさら手に入れたくなるのが有近家の性分だ。父さんと結婚して、有近家の貪欲さを誰よりもわかっていると思うけどね」
母さんは目に見えて動揺していた。
「欲がない者はこの都久山にはいない。ここに住めるのは、世俗まみれの人間だけだ」
「玲我さん! 誰かに聞かれたらどうするの!」
「本当のことだろ? 上品ぶっていても、結局はそういうことだ」
そして、俺もそんな人間の一人だと証明された。
夕愛が俺を捨てた瞬間、彼女に対する優しい気持ちや善人ぶっていた自分が消えた。
自分は有近の血を引き、都久山の人間なのだと思い知った。
「四年前、夕愛を家に呼んで、俺と別れるように言ったんだろう?」
「あなた、あの時は一言もそんなこと……」
「俺が別れないと言えば、夕愛を遠ざけるため、父さんはなんでもやったはずだ」
父さんは外見こそ、常識人で優しげに見えるが、それは表向きだけ。
本当の顔は利己主義で強欲。
有近の家を害する者には徹底的に冷たくなれる人間だ。
そして、利益があるとわかれば、簡単に手のひらを返す。
「それで、今の玲我さんなら結婚できると思ったの?」
「俺がそこそこ成功して、海外から戻ったくらいで、父さんが結婚を許すわけない」
「それじゃあ、どうして……」
「言えない」
「……家か仕事に関係することでしょうから、口出しはしませんけどね。私はあなたの母親よ。結婚を考えてるなら、前もって話してちょうだい」
母さんは後回しにされたのが面白くないようだ。
居間のソファーに座ると、母さんは向かい側のソファーに座った。
頼んでいなかったが、家政婦が気を利かせて、母さんには紅茶、俺にはコーヒーを運んでくる。
長く勤めた家政婦によって、嗜好を把握されている。
紅茶とコーヒーをそれぞれ口にする。
「それにしても、玲我さんが夕愛さんを妻にして、鷹沢家がなにを言ってくるか心配だわ」
母さんの心配は張り合っている鷹沢家から嫌みを言われることらしい。
鷹沢海寿――鷹沢家の一人息子で、俺と同じ年齢だ。
比べられることもあるが、都久山では双璧として扱われている。
俺と海寿はそこまで張り合っていないが、両親は違う。
「いい加減、仲良くしたらいいだろう? ライバル企業は鷹沢だけじゃない」
「そういう問題じゃないのよ! 男性にはわからない女性ならではの戦いがあるんです!」
気になる存在ということだろうか。
母さんは俺の結婚相手うんぬんよりも感情的になっていた。
「鷹沢は油断ならないわ。なにを考えているかわからない怖い家ですよ」
会社経営でもライバル、同じ広さの土地で家は向かい合い、なにをやっても競い合う間柄。
――いい加減、この因縁をどこかで終わらせなくてはいけない。
「もしかして、夕愛さんとの結婚が許されたのは、海寿さんが夕愛さんに好意を持っているから!?」
「好意はあるだろうね」
「ま、まあっ! そうだったの!? 二人で争ってるというわけね」
「いや、争ってはないかな」
勝手に妄想を暴走させて、母さんは一人盛り上がっていた。
夕愛と海寿はそんな関係ではない。
少し話をする程度だ。
けれど、海寿も夕愛を好きなのは間違いないし、気になっているのは事実。
「玲我さん! 絶対、鷹沢には負けてはいけませんよ」
「母さん、さっきまで夕愛とのことを反対してなかった?」
「鷹沢に負けるほうが困るわ。だって、向こうの奥様ったら、自分の実家の権力をみせつけるんだもの!」
鷹沢の現当主の妻が、自分の実家より大きな家から嫁いでいることを母さんはひどく気にしている。
それだけで、負けたと感じているようで、悔しそうだ。
――なんでも張り合うな。
有近において鷹沢の名前は絶大だ。
妻同士の見栄の張り合いは当たり前、会社同士の争いは通常通り。
不仲はお互いが向かい合って家を建てた時から続いている。
都久山は本当に面倒なところだ。
けれど、反対されるよりはいい。
「母さんに応援してもらえて嬉しいよ」
スケジュール帳を開き、週末の予定に『お見合い』と書く。
夕愛との再会は宣戦布告のつもりだった。
俺を捨てた夕愛――別れた日の続きが始まる。
意地の悪い顔をして、妃莉はくすりと笑う。
「調べたら、なにか秘密があるに決まってますわ」
「秘密か。藪をつついて蛇を出すことになるかもしれない。それでも調べるのか?」
「アヒルを有近に入れるわけにはいきませんから」
俺から顔を背け、母さんに挨拶をする。
「それじゃあ、おばさま。失礼します」
「え、ええ……」
妃莉は母さんの手前、怒りを抑えていたが、仕草までは隠せなかった。
自分のコートとバッグを荒々しくつかみ、大股で歩いて帰っていった。
母さんは頬に手をあて、ため息をつく。
「玲我さん。あなたは優しい子のはずでしょう? もっと妃莉さんにうまく言えたはずよ」
俺の印象は優しく穏やか、知的で落ち着いている人間だという。
――真逆だよ。
父さんを見ればわかる。
有近の血筋は野心家で激情を胸に秘め、腹の中は真っ黒で狡猾な性格。
優しい穏やかな自分を演じていたのは、夕愛がそうであってほしいと望んだからだ。
「夕愛さんはたしかに綺麗な子だけど、玲我さんがそこまでこだわる相手かしら?」
「俺を捨てた。こだわるなと言うほうが無理だ」
夕愛は俺を選ばなかった。
どんな理由であってもなにがあっても――俺は夕愛から最優先に思われる人間でありたいと思っていた。
「母さんはわかってない。手に入らないとわかったら、なおさら手に入れたくなるのが有近家の性分だ。父さんと結婚して、有近家の貪欲さを誰よりもわかっていると思うけどね」
母さんは目に見えて動揺していた。
「欲がない者はこの都久山にはいない。ここに住めるのは、世俗まみれの人間だけだ」
「玲我さん! 誰かに聞かれたらどうするの!」
「本当のことだろ? 上品ぶっていても、結局はそういうことだ」
そして、俺もそんな人間の一人だと証明された。
夕愛が俺を捨てた瞬間、彼女に対する優しい気持ちや善人ぶっていた自分が消えた。
自分は有近の血を引き、都久山の人間なのだと思い知った。
「四年前、夕愛を家に呼んで、俺と別れるように言ったんだろう?」
「あなた、あの時は一言もそんなこと……」
「俺が別れないと言えば、夕愛を遠ざけるため、父さんはなんでもやったはずだ」
父さんは外見こそ、常識人で優しげに見えるが、それは表向きだけ。
本当の顔は利己主義で強欲。
有近の家を害する者には徹底的に冷たくなれる人間だ。
そして、利益があるとわかれば、簡単に手のひらを返す。
「それで、今の玲我さんなら結婚できると思ったの?」
「俺がそこそこ成功して、海外から戻ったくらいで、父さんが結婚を許すわけない」
「それじゃあ、どうして……」
「言えない」
「……家か仕事に関係することでしょうから、口出しはしませんけどね。私はあなたの母親よ。結婚を考えてるなら、前もって話してちょうだい」
母さんは後回しにされたのが面白くないようだ。
居間のソファーに座ると、母さんは向かい側のソファーに座った。
頼んでいなかったが、家政婦が気を利かせて、母さんには紅茶、俺にはコーヒーを運んでくる。
長く勤めた家政婦によって、嗜好を把握されている。
紅茶とコーヒーをそれぞれ口にする。
「それにしても、玲我さんが夕愛さんを妻にして、鷹沢家がなにを言ってくるか心配だわ」
母さんの心配は張り合っている鷹沢家から嫌みを言われることらしい。
鷹沢海寿――鷹沢家の一人息子で、俺と同じ年齢だ。
比べられることもあるが、都久山では双璧として扱われている。
俺と海寿はそこまで張り合っていないが、両親は違う。
「いい加減、仲良くしたらいいだろう? ライバル企業は鷹沢だけじゃない」
「そういう問題じゃないのよ! 男性にはわからない女性ならではの戦いがあるんです!」
気になる存在ということだろうか。
母さんは俺の結婚相手うんぬんよりも感情的になっていた。
「鷹沢は油断ならないわ。なにを考えているかわからない怖い家ですよ」
会社経営でもライバル、同じ広さの土地で家は向かい合い、なにをやっても競い合う間柄。
――いい加減、この因縁をどこかで終わらせなくてはいけない。
「もしかして、夕愛さんとの結婚が許されたのは、海寿さんが夕愛さんに好意を持っているから!?」
「好意はあるだろうね」
「ま、まあっ! そうだったの!? 二人で争ってるというわけね」
「いや、争ってはないかな」
勝手に妄想を暴走させて、母さんは一人盛り上がっていた。
夕愛と海寿はそんな関係ではない。
少し話をする程度だ。
けれど、海寿も夕愛を好きなのは間違いないし、気になっているのは事実。
「玲我さん! 絶対、鷹沢には負けてはいけませんよ」
「母さん、さっきまで夕愛とのことを反対してなかった?」
「鷹沢に負けるほうが困るわ。だって、向こうの奥様ったら、自分の実家の権力をみせつけるんだもの!」
鷹沢の現当主の妻が、自分の実家より大きな家から嫁いでいることを母さんはひどく気にしている。
それだけで、負けたと感じているようで、悔しそうだ。
――なんでも張り合うな。
有近において鷹沢の名前は絶大だ。
妻同士の見栄の張り合いは当たり前、会社同士の争いは通常通り。
不仲はお互いが向かい合って家を建てた時から続いている。
都久山は本当に面倒なところだ。
けれど、反対されるよりはいい。
「母さんに応援してもらえて嬉しいよ」
スケジュール帳を開き、週末の予定に『お見合い』と書く。
夕愛との再会は宣戦布告のつもりだった。
俺を捨てた夕愛――別れた日の続きが始まる。
318
あなたにおすすめの小説
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
私が生きていたことは秘密にしてください
月山 歩
恋愛
メイベルは婚約者と妹によって、崖に突き落とされ、公爵家の領地に倒れていた。
見つけてくれた彼は一見優しそうだが、行方不明のまま隠れて生きて行こうとする私に驚くような提案をする。
「少年の世話係になってくれ。けれど人に話したら消す。」
悪女の秘密は彼だけに囁く
月山 歩
恋愛
夜会で声をかけて来たのは、かつての恋人だった。私は彼に告げずに違う人と結婚してしまったのに。私のことはもう嫌いなはず。結局夫に捨てられた私は悪女と呼ばれて、あなたは遊び人となり、私を戯れに誘うのね。
いつか彼女を手に入れる日まで〜after story〜
月山 歩
恋愛
幼い頃から相思相愛の婚約者がいる私は、医師で侯爵の父が、令嬢に毒を盛ったと疑われて、捕らえられたことから、婚約者と結婚できないかもしれない危機に直面する。私はどうなってしまうの?
「いつかあなたを手に入れる日まで」のその後のお話です。単独でもわかる内容になっていますが、できればそちらから読んでいただけると、より理解していただけると思います。
地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます
久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」
大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。
彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。
しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。
失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。
彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。
「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。
蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。
地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。
そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。
これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。
数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる