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第3章
26 賭け➁ ※玲我
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「なるほど。この男を騎士にするつもりか」
海寿が差し出した紙を眺める。
選ばれし憐れな生け贄は、過去に夕愛の父親や叔父が働いていたレストランのコックで、すでに夕愛の叔父とは知り合い同士だった。
そのコックの名は五十住という。
警戒心を抱かれず、すんなりデリカテッセン『オグラ』に潜り込み、定期的にこちらに報告しながら行動できるフットワークの軽そうな人物だ。
「悪くないな」
海寿はワイングラスに口をつけながら、俺に目で合図する。
ようやく海寿がこの店を選んだかわかった。
海寿の視線の先には、ターゲットの五十住がいた。
レストランの片隅に座り、女性連れでアルコールを飲みながら、コイントスやトランプゲームを楽しんでいる。
五十住がこの店によく来ると、海寿はわかっていたから、あえてこの店を選んだのだ。
俺と海寿はウエイターにア・ラ・カルトを頼み、五十住のテーブルへ持っていってもらう。
『あちらのお客様からです』
フランス語で話すのが聞こえ、それと同時に五十住がこちらへ目を向ける。
五十住は俺たちに気づき、悪い顔でにやりと笑った。
――金持ちの坊っちゃん二人が、海外旅行をしている風にでも見えたか。
その皿はエサなんだけどな。
まんまと五十住はひっかかった。
「料理の腕もいい。顔もいい。女にも不足してないか……気をつけないとね?」
海寿は呟き、ワイングラスに口をつけて優雅に微笑んだ。
これが罠とは知らない五十住はトランプとコインを手に、嬉々として俺たちに近づく。
「同じ日本人同士、ちょっと遊んで行かないか?」
五十住の提案に、海寿は善人風の笑顔を作った。
俺は笑いをこらえ、そ知らぬ顔でワインを飲む。
「いいよ。ワンゲームやりたいな」
「コイントスは?」
「好きなほうでどうぞ」
五十住は自分の勝利を確信しているのか、コインを一度も確認しなかった。
「どちらにする? 先に選んでいいぞ」
そう言われて、海寿は迷うふりをして答えた。
「そうだね。えーと、じゃあ裏にしようかな」
「俺は表だ」
テーブルにユーロ札を置く。
五十住はコインを弾いた。
もったいぶった演技をしながら、五十住はコインを見せた。
「さてと。コインは表……いや、裏!?」
「俺の勝ちだね。記念にこのコインをもらうよ」
海寿はコインを五十住から受け取り、椅子を指差す。
「トランプゲームも楽しそうだね。よかったら付き合うよ。さあ、座って?」
五十住は狐につままれたような顔で海寿を見る。
ここで五十住はペテンにかけられたのは自分だと気づけばよかったのだ。
だが、海寿の虫も殺さぬ顔に騙されて、椅子に座ってしまった。
五十住の連れの女性は、海寿に向かって投げキッスをして去っていく。
勝負を仕掛けられる前に決着はついていた。
海寿はあの女性に五十住を誘惑させ、前もってコインをすり替えさせたのだ。
――こいつは鷹沢の血を引いている。
「玲我。ポーカー得意だったよね? 次は玲我がやったら?」
「俺? どうするかな」
あえて渋ると、案の定、五十住は『さっきのは失敗しただけだ』と思い込んだ。
五十住は鋭い目で俺をにらむ。
「強いと言っても素人だろ? さっきの倍の金を賭ける。どうだ?」
損を取り返そうという魂胆らしい。
五十住は自信があるようだ。
たぶん、イカサマも視野に入れているだろうが、俺も相当の悪人だ。
海寿はトランプを前もって、五十住がマーキングしたトランプを別のトランプに中身にすり替えた。
もちろん、五十住のマーキングを真似てあるが、めくったカードは違うというわけだ。
それなら、俺の勝率は跳ね上がる。
「倍と言わずに、手持ちの金を全部賭けようか」
財布を置くと五十住は目を見開いた。
ハイブランドの革の財布は売っても金になる。
そして、かなりの大金が入っているとなれば、目の色が変わって当然だ。
「玲我は悪人だなぁ」
海寿は小声で言って笑う。
お前に言われたくないんだよと、俺も微笑んで返した。
「わかった。俺も全額賭けよう」
五十住は財布をテーブルに置く。
「じゃあ、俺がディーラー役をやるよ」
海寿がトランプを手にして、シャッフルするとカードを俺と五十住に飛ばす。
配られたカードはもちろん俺に有利で、海寿は五十住を嵌めるつもりでいたことがわかる。
こうなったら、もう五十住に勝ち目はない。
財布どころか、すべての資産を全部差し出すまで、このゲームは終わらない――最後に奪われるのは自分の自由だ。
「嘘だろ……。い、いや、これは偶然だ。二度も俺が負ける?」
「もう一度、やろうか? 財布二つを賭けて」
俺と五十住の財布を置く。
「俺はなにを賭けたらいいんだ?」
「自分が思う価値のあるものを」
財布を取り戻したい五十住は、焦って勝負に乗ってくる。
五十住が最後に賭けるのは自分自身。
俺と海寿は五十住の四年間を自由にできる権利を得たのだった。
「デリカテッセン『オグラ』で四年の間、働くんだ。それが終わったら、金を全部返してあげるよ」
「俺たちに起きたことを常に報告するのがお前の仕事だ。今まで稼いだすべてを失いたくないだろう?」
海寿が用意した契約書と誓約書にサインさせた。
五十住は悔しそうに、頭を抱えてのたうち回っていた。
「くそ……! お前らは何者だ?」
「それを知りたいなら、諦めておとなしく都久山へ行けよ」
テーブルに顔を伏せた五十住の肩を叩く。
海寿も同じように肩を叩いた。
「そうだよ。俺たちが生まれ育った都久山に行けばわかる」
五十住は小椋さんのスカウトを受けて、日本へ戻り、俺と海寿の代わりに夕愛のそばにいることになった。
ただし、夕愛に恋愛感情を持った時点で契約は終了するという約束付きで。
もちろん、五十住のスカウトはそうなるように海寿が前もって仕向けておいたことだ。
百貨店にデリカテッセン『オグラ』が支店を出すという情報を掴んで、人手不足になることを見越していた。
そこへ五十住というコックの名を聞き、知り合いが仲介する――それでじゅうぶんだった。
「悪魔だ。俺は悪魔に会ったんだ!」
往生際の悪い五十住は日本に旅立つギリギリまで騒いでいた。
海寿が差し出した紙を眺める。
選ばれし憐れな生け贄は、過去に夕愛の父親や叔父が働いていたレストランのコックで、すでに夕愛の叔父とは知り合い同士だった。
そのコックの名は五十住という。
警戒心を抱かれず、すんなりデリカテッセン『オグラ』に潜り込み、定期的にこちらに報告しながら行動できるフットワークの軽そうな人物だ。
「悪くないな」
海寿はワイングラスに口をつけながら、俺に目で合図する。
ようやく海寿がこの店を選んだかわかった。
海寿の視線の先には、ターゲットの五十住がいた。
レストランの片隅に座り、女性連れでアルコールを飲みながら、コイントスやトランプゲームを楽しんでいる。
五十住がこの店によく来ると、海寿はわかっていたから、あえてこの店を選んだのだ。
俺と海寿はウエイターにア・ラ・カルトを頼み、五十住のテーブルへ持っていってもらう。
『あちらのお客様からです』
フランス語で話すのが聞こえ、それと同時に五十住がこちらへ目を向ける。
五十住は俺たちに気づき、悪い顔でにやりと笑った。
――金持ちの坊っちゃん二人が、海外旅行をしている風にでも見えたか。
その皿はエサなんだけどな。
まんまと五十住はひっかかった。
「料理の腕もいい。顔もいい。女にも不足してないか……気をつけないとね?」
海寿は呟き、ワイングラスに口をつけて優雅に微笑んだ。
これが罠とは知らない五十住はトランプとコインを手に、嬉々として俺たちに近づく。
「同じ日本人同士、ちょっと遊んで行かないか?」
五十住の提案に、海寿は善人風の笑顔を作った。
俺は笑いをこらえ、そ知らぬ顔でワインを飲む。
「いいよ。ワンゲームやりたいな」
「コイントスは?」
「好きなほうでどうぞ」
五十住は自分の勝利を確信しているのか、コインを一度も確認しなかった。
「どちらにする? 先に選んでいいぞ」
そう言われて、海寿は迷うふりをして答えた。
「そうだね。えーと、じゃあ裏にしようかな」
「俺は表だ」
テーブルにユーロ札を置く。
五十住はコインを弾いた。
もったいぶった演技をしながら、五十住はコインを見せた。
「さてと。コインは表……いや、裏!?」
「俺の勝ちだね。記念にこのコインをもらうよ」
海寿はコインを五十住から受け取り、椅子を指差す。
「トランプゲームも楽しそうだね。よかったら付き合うよ。さあ、座って?」
五十住は狐につままれたような顔で海寿を見る。
ここで五十住はペテンにかけられたのは自分だと気づけばよかったのだ。
だが、海寿の虫も殺さぬ顔に騙されて、椅子に座ってしまった。
五十住の連れの女性は、海寿に向かって投げキッスをして去っていく。
勝負を仕掛けられる前に決着はついていた。
海寿はあの女性に五十住を誘惑させ、前もってコインをすり替えさせたのだ。
――こいつは鷹沢の血を引いている。
「玲我。ポーカー得意だったよね? 次は玲我がやったら?」
「俺? どうするかな」
あえて渋ると、案の定、五十住は『さっきのは失敗しただけだ』と思い込んだ。
五十住は鋭い目で俺をにらむ。
「強いと言っても素人だろ? さっきの倍の金を賭ける。どうだ?」
損を取り返そうという魂胆らしい。
五十住は自信があるようだ。
たぶん、イカサマも視野に入れているだろうが、俺も相当の悪人だ。
海寿はトランプを前もって、五十住がマーキングしたトランプを別のトランプに中身にすり替えた。
もちろん、五十住のマーキングを真似てあるが、めくったカードは違うというわけだ。
それなら、俺の勝率は跳ね上がる。
「倍と言わずに、手持ちの金を全部賭けようか」
財布を置くと五十住は目を見開いた。
ハイブランドの革の財布は売っても金になる。
そして、かなりの大金が入っているとなれば、目の色が変わって当然だ。
「玲我は悪人だなぁ」
海寿は小声で言って笑う。
お前に言われたくないんだよと、俺も微笑んで返した。
「わかった。俺も全額賭けよう」
五十住は財布をテーブルに置く。
「じゃあ、俺がディーラー役をやるよ」
海寿がトランプを手にして、シャッフルするとカードを俺と五十住に飛ばす。
配られたカードはもちろん俺に有利で、海寿は五十住を嵌めるつもりでいたことがわかる。
こうなったら、もう五十住に勝ち目はない。
財布どころか、すべての資産を全部差し出すまで、このゲームは終わらない――最後に奪われるのは自分の自由だ。
「嘘だろ……。い、いや、これは偶然だ。二度も俺が負ける?」
「もう一度、やろうか? 財布二つを賭けて」
俺と五十住の財布を置く。
「俺はなにを賭けたらいいんだ?」
「自分が思う価値のあるものを」
財布を取り戻したい五十住は、焦って勝負に乗ってくる。
五十住が最後に賭けるのは自分自身。
俺と海寿は五十住の四年間を自由にできる権利を得たのだった。
「デリカテッセン『オグラ』で四年の間、働くんだ。それが終わったら、金を全部返してあげるよ」
「俺たちに起きたことを常に報告するのがお前の仕事だ。今まで稼いだすべてを失いたくないだろう?」
海寿が用意した契約書と誓約書にサインさせた。
五十住は悔しそうに、頭を抱えてのたうち回っていた。
「くそ……! お前らは何者だ?」
「それを知りたいなら、諦めておとなしく都久山へ行けよ」
テーブルに顔を伏せた五十住の肩を叩く。
海寿も同じように肩を叩いた。
「そうだよ。俺たちが生まれ育った都久山に行けばわかる」
五十住は小椋さんのスカウトを受けて、日本へ戻り、俺と海寿の代わりに夕愛のそばにいることになった。
ただし、夕愛に恋愛感情を持った時点で契約は終了するという約束付きで。
もちろん、五十住のスカウトはそうなるように海寿が前もって仕向けておいたことだ。
百貨店にデリカテッセン『オグラ』が支店を出すという情報を掴んで、人手不足になることを見越していた。
そこへ五十住というコックの名を聞き、知り合いが仲介する――それでじゅうぶんだった。
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往生際の悪い五十住は日本に旅立つギリギリまで騒いでいた。
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