評判が悪い妹の婚約者と私が結婚!?【時任シリーズ①】

椿蛍

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6 一人の夜


朗久あきひささんは私が荷物を片付け終えるまで、ずっと眠っていてた。
突然、目を覚ますと『でかけてくる』と言って外に出て行ってしまった。
どこへ行ったんだろう。
女の人のところかもしれない。
けれど、それを責める権利は私にはなかった。
借金の肩代わりをしてもらった立場としては。
結婚式の夜だというのに一人で過ごすなんて、普通は惨めだと思うのかもしれないけど、正直、私はホッとしていた。
ほとんど初対面の相手と夜を過ごすより、一人の方が気楽だった。
窓の外を眺めると、地上の光が星の様に見えた。
なんて綺麗なんだろう―――
眼前に広がる夜景を飽きることなく、眺めていた。
けれど、それは長くは続かなかった。
ぐぅ、とお腹が鳴り、朝にサンドイッチを食べただけだったことを思いだした。
今になってお腹が空いたことを思い出すなんて。
どれだけ、自分に余裕がなかったんだろうと、苦笑するしかなかった。
「何か食べようと思っていたのに忘れていたわ」
冷蔵庫を開けると、水やジュース、お茶やお酒類があり、冷凍庫には焼きおにぎりやからあげ、お好み焼き、たこ焼きなどが入っている。
「こんなすごい所に住んでいるのに庶民的なのね」
お茶を取り出そうとして、気づいた。
冷蔵庫の真ん中に有名パティスリーの箱が入っていることに。
なんだろうと思って、取り出すとチョコレートプレートに『happy wedding』の文字が書いてある。
イチゴやキウイフルーツ、オレンジ、ブルーベリーやラズベリーがのった色鮮やかなケーキは今日のために用意されたお祝いのケーキだということがわかった。
「食べた方がいいわよね……」
ホールサイズだから、食べきれないと思うけど。
少し悩んでから、一階のコンシェルジュの所に行き、ケーキをおすそ分けした。
明日になれば、美味しくないだろうし、捨てるのもったいない。
時任ときとう様、ありがとうございます。夜食に頂きます」
時任と呼ばれ、自分のことだと気づくのに時間がかかった。
「どうぞ、召し上がってください」
朗久さんには一切れあればそれでいいだろうし。
帰ってくるかわからないけど……。
部屋に戻り、ケーキをフォークでつついた。
さすが有名パティスリーの店だけあり、美味しかった。
出店交渉したいくらい―――もう百貨店では働けないのに何を考えているんだろう。
普通にケーキを食べればいいだけなのに。
「こんなふうだから、さとるさんも麗奈れいなのほうがよかったのかもしれないわね」
流行はやりの服を着て、友達とランチをして、習い事し、花嫁修業をしていれば、今頃、聡さんと結婚していたかもしれない。
でも、それは、伝統と歴史ある絹山きぬやまの百貨店を潰すことになっていただろう。
できなかった―――だから、結婚より、働くことを選んだ。
そこまで大事にしていた百貨店も結局は失った。
もう私の手元には何もない。
甘いはずのケーキは涙でしょっぱかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「う…重い…」
朝になり、目を覚ますと腕が私の上にのっていた。
「悪夢を見たのはこのせいね……」
どんな夢だったか忘れてしまったけど、いい夢ではなかった気がする。
腕をどかした。
そして、ハッとした。
この腕は私の腕じゃないと。
「……っ!!」
いつの間に帰ってきたのか、隣に朗久さんが眠っていた。
夫婦になったのだから、同じベッドで眠っても当たり前と言えば、当り前なんだろうけど。
前髪からのぞいた顔は目鼻立ちがくっきりとして、人形のように綺麗な顔で体もどちらかと言えば、がっしりとしていて大きい。
しっかりと顔を見たのはこれが初めてで、身綺麗みぎれいにしていれば、女の人がたくさん寄ってきそうだった。
なんとなく、見なければよかったと後悔した。
朝日がぼんやりとしていた輪郭をはっきりとさせ、現実を私に見せつけた。
とにかく、離れようと思い、ベッドから少しずつ体をずらし、抜け出そうとしてシーツが足に絡まってしまった。
しまった!と思った時には遅く、ぐらりと体が傾いた。
「あっ!」
床に落ちると思った瞬間、がっしりとした手がベッドから落ちないように受け止めてくれていた。
「危ない」
「ご、ごめんなさい。起こすつもりじゃなかったけれど」
「なんだ…なにかと…思ったら…」
眠そうに欠伸をし、腰を掴んだ手が体を引き寄せてベッドに戻して座らせた。
「しっかりしてそうで、意外にドジだな」
がしがしと頭をかき、朗久さんは起き上がると、上は裸で下はカーゴパンツをはいたままだった。
「悪い。部屋、間違えた」
「え?」
「元はここ、俺の部屋だったからな」
広くて陽当たりが良い部屋を譲ってくれたのだと朝になって、ようやく気づいた。
「なんだ……まだ五時か……寝る」
眼鏡がないせいか、目覚まし時計を至近距離まで持ってきて、そう言うと、朗久さんはぼすっとシーツに顔を埋めると、目を閉じた。
すぅっと寝息をたてて、再び眠ってしまった。
「部屋が別でもここで眠ったら同じだと思うけど……」
せめて、腰から手を離して眠って欲しかった。
動くことも出来ず、ただ穏やかに眠る朗久さんの顔を眺めていることしか、できなかった―――

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