6 / 31
6 一人の夜
朗久さんは私が荷物を片付け終えるまで、ずっと眠っていてた。
突然、目を覚ますと『でかけてくる』と言って外に出て行ってしまった。
どこへ行ったんだろう。
女の人のところかもしれない。
けれど、それを責める権利は私にはなかった。
借金の肩代わりをしてもらった立場としては。
結婚式の夜だというのに一人で過ごすなんて、普通は惨めだと思うのかもしれないけど、正直、私はホッとしていた。
ほとんど初対面の相手と夜を過ごすより、一人の方が気楽だった。
窓の外を眺めると、地上の光が星の様に見えた。
なんて綺麗なんだろう―――
眼前に広がる夜景を飽きることなく、眺めていた。
けれど、それは長くは続かなかった。
ぐぅ、とお腹が鳴り、朝にサンドイッチを食べただけだったことを思いだした。
今になってお腹が空いたことを思い出すなんて。
どれだけ、自分に余裕がなかったんだろうと、苦笑するしかなかった。
「何か食べようと思っていたのに忘れていたわ」
冷蔵庫を開けると、水やジュース、お茶やお酒類があり、冷凍庫には焼きおにぎりやからあげ、お好み焼き、たこ焼きなどが入っている。
「こんなすごい所に住んでいるのに庶民的なのね」
お茶を取り出そうとして、気づいた。
冷蔵庫の真ん中に有名パティスリーの箱が入っていることに。
なんだろうと思って、取り出すとチョコレートプレートに『happy wedding』の文字が書いてある。
イチゴやキウイフルーツ、オレンジ、ブルーベリーやラズベリーがのった色鮮やかなケーキは今日のために用意されたお祝いのケーキだということがわかった。
「食べた方がいいわよね……」
ホールサイズだから、食べきれないと思うけど。
少し悩んでから、一階のコンシェルジュの所に行き、ケーキをおすそ分けした。
明日になれば、美味しくないだろうし、捨てるのもったいない。
「時任様、ありがとうございます。夜食に頂きます」
時任と呼ばれ、自分のことだと気づくのに時間がかかった。
「どうぞ、召し上がってください」
朗久さんには一切れあればそれでいいだろうし。
帰ってくるかわからないけど……。
部屋に戻り、ケーキをフォークでつついた。
さすが有名パティスリーの店だけあり、美味しかった。
出店交渉したいくらい―――もう百貨店では働けないのに何を考えているんだろう。
普通にケーキを食べればいいだけなのに。
「こんなふうだから、聡さんも麗奈のほうがよかったのかもしれないわね」
流行りの服を着て、友達とランチをして、習い事し、花嫁修業をしていれば、今頃、聡さんと結婚していたかもしれない。
でも、それは、伝統と歴史ある絹山の百貨店を潰すことになっていただろう。
できなかった―――だから、結婚より、働くことを選んだ。
そこまで大事にしていた百貨店も結局は失った。
もう私の手元には何もない。
甘いはずのケーキは涙でしょっぱかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「う…重い…」
朝になり、目を覚ますと腕が私の上にのっていた。
「悪夢を見たのはこのせいね……」
どんな夢だったか忘れてしまったけど、いい夢ではなかった気がする。
腕をどかした。
そして、ハッとした。
この腕は私の腕じゃないと。
「……っ!!」
いつの間に帰ってきたのか、隣に朗久さんが眠っていた。
夫婦になったのだから、同じベッドで眠っても当たり前と言えば、当り前なんだろうけど。
前髪からのぞいた顔は目鼻立ちがくっきりとして、人形のように綺麗な顔で体もどちらかと言えば、がっしりとしていて大きい。
しっかりと顔を見たのはこれが初めてで、身綺麗にしていれば、女の人がたくさん寄ってきそうだった。
なんとなく、見なければよかったと後悔した。
朝日がぼんやりとしていた輪郭をはっきりとさせ、現実を私に見せつけた。
とにかく、離れようと思い、ベッドから少しずつ体をずらし、抜け出そうとしてシーツが足に絡まってしまった。
しまった!と思った時には遅く、ぐらりと体が傾いた。
「あっ!」
床に落ちると思った瞬間、がっしりとした手がベッドから落ちないように受け止めてくれていた。
「危ない」
「ご、ごめんなさい。起こすつもりじゃなかったけれど」
「なんだ…なにかと…思ったら…」
眠そうに欠伸をし、腰を掴んだ手が体を引き寄せてベッドに戻して座らせた。
「しっかりしてそうで、意外にドジだな」
がしがしと頭をかき、朗久さんは起き上がると、上は裸で下はカーゴパンツをはいたままだった。
「悪い。部屋、間違えた」
「え?」
「元はここ、俺の部屋だったからな」
広くて陽当たりが良い部屋を譲ってくれたのだと朝になって、ようやく気づいた。
「なんだ……まだ五時か……寝る」
眼鏡がないせいか、目覚まし時計を至近距離まで持ってきて、そう言うと、朗久さんはぼすっとシーツに顔を埋めると、目を閉じた。
すぅっと寝息をたてて、再び眠ってしまった。
「部屋が別でもここで眠ったら同じだと思うけど……」
せめて、腰から手を離して眠って欲しかった。
動くことも出来ず、ただ穏やかに眠る朗久さんの顔を眺めていることしか、できなかった―――
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
夫「お前は価値がない女だ。太った姿を見るだけで吐き気がする」若い彼女と再婚するから妻に出て行け!
佐藤 美奈
恋愛
華やかな舞踏会から帰宅した公爵夫人ジェシカは、幼馴染の夫ハリーから突然の宣告を受ける。
「お前は価値のない女だ。太った姿を見るだけで不快だ!」
冷酷な言葉は、長年連れ添った夫の口から発せられたとは思えないほど鋭く、ジェシカの胸に突き刺さる。
さらにハリーは、若い恋人ローラとの再婚を一方的に告げ、ジェシカに屋敷から出ていくよう迫る。
優しかった夫の変貌に、ジェシカは言葉を失い、ただ立ち尽くす。
幼馴染に10年片想いしてたら、冷酷御曹司にプロポーズされました
ほーみ
恋愛
春の匂いが、駅前の並木道をくすぐる。満開の桜の下、私はひとり歩いていた。駅までの道は、高校時代、彼とよく歩いた道だ。
制服姿の学生が笑いながらすれ違っていくのを横目に、私はスマホを見下ろした。
「今日、伝えるって決めたんじゃなかったの?」
送信したきり返信のないメッセージ。画面には「既読」の文字があるだけだった。
――渡瀬 湊。私が10年間片想いをしている、幼馴染。
兄妹じゃないとわかったのでお兄様と結婚したら、全部仕込みでした
こじまき
恋愛
【20260401読みやすいように話を分割しました】
伯爵令嬢ヘイゼルは、兄アリステアに恋をしている。叶わないと知りながら、それでも諦めきれなかった。
しかし子ども時代の「取り違え」が発覚し、子爵令嬢ロレッタとして“正しい場所”で生き直すことに。
そして妹ではなくなった彼女に、アリステアは求婚する。
運命のねじれは正されて、望んだとおりに最愛の人と結ばれた――
けれど――その「正しい運命」は、兄アリステアによって用意されたものだった――
※「小説家になろう」にも投稿しています。
「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました
唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」
不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。
どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。
私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。
「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。
身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。
【完結】悪役令嬢の反撃の日々
ほーみ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。