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1 【黒】マントの魔女(じゃないです!)

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 コーラルピンクよりも少し薄い色をした石の建物が並ぶのは丘の方、港のほうにはミルク色、平原から森へと続く道があるほうの石は灰白色と、石造りの町は場所によって石の色が違う。
 屋根の色はオレンジやチョコレート、クリームを混ぜたようなストロベリー色と、おいしそうな色が多い。街並みの配色はカラフルなプチケーキの箱の中身に似ている。
 町中に張り巡らされた水路には澄んだ水が豊富に流れ、その水によって緑が生い茂り、鳥や動物達の憩う姿を所々で目にすることができた。
 新鮮な水を求め、町に数か所ある石で囲まれた湧き水の水汲み場へと人々が集まり、その木陰の下で楽しそうにお喋りする声が私の耳にも届く――

「ねえ、森の一軒家に住み始めたっていう怪しい子はまだいるの?」
「ああ。虫を集めたり、雑草を育てたりしているんだぜ」
「虫を? 虫なんてどうするのかねぇ……」
「食べるんじゃないかい? それか呪いの材料かも」
「シッ! 森から魔女が来たぞ!」
 
 魔女――私は町の人達から魔女と呼ばれていた。
 けれど、自分では魔女だとは思っていない。
 私の服装で他の少女と違うところがあるとするならば、黒のマントとフードくらいで、ドレスは普通のプリントドレスでこの町の少女達が着ているのとなんら変わりなく、むしろ仕事柄センスを大事にしたいと流行を意識した色や柄を選んで着ているほどだった。
 今日は親しみを持ってもらおうと可愛らしいピンクの小花柄のドレスを選び、ヘーゼルナッツ色のブーツと手に木製の籠を持ち、まだ染めてない生成り色の余り布にイチゴの実と葉の刺繍を入れた籠のカバー。
 森の乙女スタイルの私はどこからどうみても普通の少女。
 確かに目を黒いフードで隠しているけど、そこはちょっと譲れない事情がある。
 気を取り直して、ちょうど大通りで遊んでいた町の子供達に微笑んで見せた。けれど、私が笑顔を作ったとたん、子供達は蜘蛛の子を散らしたかのように逃げて行ってしまった。
 仕方ないので、道に寝そべっている犬と友好を深めようと近づけば、不審者と間違えられて吠えられ、唸られる始末。
 現実を目の当たりしてショックを受けていると、逃げた子供達は遠く離れた場所で声を張り上げた。

「ぎゃー! 魔女だー!」
「誘拐されるぞぅ!」

 私は町の子供達から本気で怖がられているようで、家のドアを閉め、窓から目だけを覗かせ様子をうかがう子供までいる。
 
「どうしてなの……」
 
 遠すぎる私と町の人達との距離。人と人の距離感が親しさによって違うというのなら、この遠さは知り合いどころかよそ者か赤の他人。
『いいお天気ね』
『ええ、今日はちょっとお買い物に来たの』
 なんて気軽な会話を町の人達と交わすのが私の夢なのにっ!
 こんなっ、こんな扱いっ……魔女じゃないのに魔女だなんてひどすぎるっ!
 泣きそうになった顔はちょうどフードで隠れたけれど、がっくり落ちた肩は隠せない。

「挨拶すらできないなんて寂しすぎる」

 とぼとぼと町の通りを歩く私は染物師アリーチェ、十六歳彼氏募集中。
 彼氏募集中(ここ大事)十六年歴の私は黒いマントとフードをかぶった怪しげな女として、町で噂になっているようだった。
 私が引っ越してきた時は好奇心と物珍しさからか、森へ様子を見にやって来る人もいたけれど、畑や庭を見て雑草や虫を好んでいると町のみなさんに勘違いされたのがいけなかった。
 仕事柄、人が雑草と思うものも必要な素材だってことを理解してもらえなかったのは悲しい。虫を嬉しそうに育てるただの変人、もしくは雑草の中で笑顔を浮かべる奇人という印象を植え付けてしまった。
 私のほうは町のみなさんと仲良くしたい気持ちでいっぱいなのに私の気持ちはいつも一方通行、報われぬ片思い。

「魔女じゃないのに……誤解なのに……」

 歩いていると、道に鳩達が集まっているのが見えた。ポケットに入っていたパンのかけらを鳩にあげようと思いつき、スッと手を差し出すと鳩達は私の手を避けるようにして、一斉に飛び去って行く。
 平和の象徴である白き鳩にまで避けられ、さすがに涙がこぼれた。

「最強アイテム、パンのかけらがあったのに逃げられるとか……」

 もしかして、この木の籠が悪かったのだろうか。
 手に木の籠を持っているから魔女っぽく思われているのかもしれない。
 でも、籠の中身は安全そのもので、町の人達に害を為すようなものは一切入っていない。
 籠の中には仕立て屋からの依頼で染めた布がたくさん入っているだけで、これらすべて町のみんなの服や装飾品へと変わり、人気も上々。染めた布の評判は悪くなく、依頼品を持っていくと次の依頼を頼まれるくらいだった。

「でも、仕立てたドレスに布を染めた人の名前が書かれているわけじゃないし、どうやって誤解を解けばいいのかな」
 
 町の人達の生活に貢献しているはずなのに私のことをなぜか魔女呼ばわり。
 王都から引っ越してきて半年、私のなにがいけないのかと悩む日々を過ごしている。
 大通りを歩きながら鬱々と考えていると、帽子屋から出てきた女性が店員と明るい声で会話をしているのが聞こえてきた。

「この帽子は入荷したばかりだったんですよ」
「ええ。すぐにわかったわ。以前、来た時には置いてなかったから。このリボンが特に気に入ったわ。また来るわね」
「ありがとうございます。またどうぞ!」

 帽子屋を出た女性は新しい帽子をかぶった自分の姿をガラス窓に映し出し、何度も角度を変えて眺めていた。一頻り眺め終えると満足したのか、歩き出し、帽子を飾るリボンをなびかせた。
 女性が気に入ったという葡萄色のリボンは私が染めた布で作られている。気に入ってもらえて嬉しいけど、女性は私をチラリとも見ず、帽子をかぶった女性が次に見たのは帽子屋と同じ並びにあるキャンディ屋だった。

「コットンキャンディの列はこちらでーす!」

 キャンディ屋の看板娘の明るい声が大通りに響く。
 彼女の珊瑚色の髪を飾る花は布でできていて、花の髪飾りは髪の色と同じ珊瑚色。珊瑚色の花は同色の髪の色に溶けて、髪に花が咲いているのではと錯覚するほど、花の妖精のように可愛らしい。

「まあ、マリエッタ。新しい髪飾りかしら?」
「素敵だこと。とても似合っているわ」
「君の髪の色にぴったりだね。マリエッタちゃん、可愛い! 最高!」

 みんなから称賛される髪飾りはとてもいい出来栄えで、マリエッタのためにあると言っても過言ではない。でも、その髪飾りの布は私が染めたものだとは誰も気がつかない。
 実はマリエッタの髪をイメージして染めたんです!
 なんて言えないし、そんなことを言った日には魔女と呼ばれるだけでなく、変態呼ばわりされるからもしれない。
 変態魔女――これは辛い。

「ええ。お客様からプレゼントだと言われて、いつもは受け取らないのだけど、髪飾りがあまりに可愛いから、いただいてしまったの」
 
 申し訳なさそうに言った彼女は町で一番人気のキャンディ屋の看板娘マリエッタ。
 彼女は雨の日以外、朝焼け雲色、タンポポ色などの色のついたコットンキャンディをキャンディ屋の店先で売っている。
 赤と白のストライプの屋根が目印のコットンキャンディワゴン。そのワゴンの棚には白、黄色、オレンジ、赤、青と色のついた様々な色の砂糖が入ったガラス瓶が並び、砂糖をスプーンですくって機械に入れると、雲みたいなコットンキャンディがどんどん出てくるのだ。
 スプーンひとさじの砂糖で魔法のように雲を作る。
 ワゴンに立つキャンディ屋の看板娘マリエッタはコットンキャンディを思わせるふわふわした珊瑚色の髪と昼間の空と同じ明るい水色の瞳、優しい雰囲気を持っていて、愛想が良い。その上、話上手ときたら、老若男女問わず人気者になるのも当たり前。 
 私が同じようにコットンキャンディを売っても行列は絶対できない。
 私の前にできるのはせいぜい蟻の行列くらい――と思っていたら、皮肉にもちょうど私の足元を蟻の行列が列を作り、歩いていた。

「忙しそうですね」

 私から逃げない蟻達に親しみを覚え、つい話しかけてしまった。もちろん返事はなく、蟻達は私に目もくれず、せっせと忙しそうに働いている。

「逃げないけど、無視ですか……」

 これが私の悲しい現実――私が現実を思い知っている間もマリエッタは優しい笑顔を浮かべて子供達にコットンキャンディを手渡している。

「私が見るべきなのは蟻じゃなくて、マリエッタだった!」

 蟻達をどれだけ見ても問題は解決しないと、ようやく我に返った。
 人気者であるマリエッタ(先生)の姿をジッと見つめ、観察する。
 以前からもマリエッタのことを参考にしようと思って、私はこっそり可愛くて優しい笑顔を盗み見ること数百回。笑顔を真似ようと家の鏡で練習をするという涙ぐましい努力をしている。
 でも、今のところ残念ながら、『笑顔が可愛いね』なんて一度も言われたことがない。

「わーい! マリエッタからコットンキャンディをもらっちゃった」
「ずるーい。私もおこづかいもらって並ぼうっと」

 マリエッタは子供からも大人気で、私から逃げた子供達もキャンディ屋の周りをウロウロとし、おこづかいが入っている袋を確認している。
 子供達は両親から、おこづかいをもらうと列へと加わり、買い物途中の両親達は店内のキャンディ缶や縞々模様の棒キャンディを物色し、購入する――そんな光景がキャンディ屋の大きなガラス窓から見える。

「その手には乗らないんだからっ!」

 商売上手なキャンディ屋の策略に私が気がつかないとでも?
 マリエッタの可愛さでお客を集め、店内の高額キャンディを買わせようという店主の策略。その手には乗るもんですかと店に絶対入らないと決めていた私だけど――

「気づいたら並んじゃってた……。コットンキャンディっておいしい」

 マリエッタの笑顔を観察していただけのはずが、いつの間にか列に加わり、手にコットンキャンディを握りしめ、ぱくっと口に入れていた。
 そして、私に優しい笑顔を向けてくれるマリエッタ。

「いつもありがとう」

 そんな一言にも私は嬉しくて、今日こそマリエッタに挨拶をしようと思っていると、後ろの子供から叱られた。

「遅いよぅ。早くしてよー!」
「ば、バカっ! 魔女にそんな口をきいたら、呪われちゃうよっ!」
「だってぇー、遅いんだもん。コットンキャンディがしぼんじゃうよぉ」

 列の後方から、モタモタしている私に非難の声があがる。
 慌てて横にずれ、そこからマリエッタに声をかけようと思った時にはもう遅い。次々とお客は入れ替わり立ち替わり、私が声をかける隙なんて少しもなかった。

「あ、あのっ……あのぅっ……」

 それでも諦め切れなかった私はマリエッタに話かけるタイミングを待つ。
 真剣な私の横を鶏小屋から逃げたヒヨコが通りすぎ、広場の噴水を一周し、また鶏小屋へ戻って行く。
 ピヨピヨと鳴いているヒヨコを見るのは可愛いけれど、結局、私はヒヨコが噴水を一周するくらいの時間をかけてもマリエッタに声をかけることができなかった。
 今日も惨敗、負け越し、意気地無し。
 
「はあ……。挨拶すらできないなんて……」
 
 
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