両親と妹はできそこないの私を捨てました

椿蛍

文字の大きさ
23 / 34

23 決断

しおりを挟む
舞台上から知久ともひささんと逢生あおさんが拍手で迎えてくれる。
それにつられて会場から拍手が起こった。
一歩ずつピアノに近づくたびに記憶がよみがえる。
暗い闇の記憶が引き戻そうとする―――私を繰り返し苦しめてきた記憶が。
けれど、それ以上の光がここにはある。
唯冬ゆいとがいる。

「おかえり」

「唯冬……」

千愛ちさ。俺の夢を叶えてくれる?」

共演すること。
失敗したら?そう思ったけれど、唯冬は失敗する気なんて一ミリもないようだった。
向かい合わせになりピアノに座る。
明るいスポットライト、暗い客席。
コンクールで何度も見たけれど、それとは違う空気。

「楽しんで」

逢生さんは笑った。
鍵盤に指をのせると指先に冷たい感触が伝わる。
緊張している。
自分の心臓の音が聴こえてきそうだった。
その心臓の音を聴きながら、目を細めて指をあげた。
さあ、私にひれ伏し、従いなさいと命じる。
それが私とピアノの以前の関係だった。
けれど、今は違う。
共にこの場を支配する仲間―――相棒として戦う。
私からのスタート、走り出す音がホールに響き渡り、肌が粟立つ。
曲はラフマニノフのタランテラ。
毒蜘蛛タランチュラを意味する。
失意のラフマニノフが作曲した曲で民族舞踏をベースにしている。
そのためスピードが速い。
お互いのテンポを合わせないと曲が狂ってしまう。
唯冬が私に合わせてくれるのがわかる。
大丈夫。
唯冬となら自由にやっても崩れない。
私は私の演奏を今はただやるだけ。
この曲を。
鍵盤の上で指が踊るように跳ねる。
蜘蛛が地を這い、人々を襲う。
毒蜘蛛にかまれた人々は毒が体に回らぬよう生きるために踊る。
苦しみの中で楽しげに踊る姿。
毒すらも打ち消す強さをもって―――駆け抜ける。
ラスト一音。
その音と同時にバッと指を離して、手を掲げた。
しばらくの静寂の音、拍手が巻き起こり、演奏が成功したことに気づいた。
昔、コンクールできいた拍手の音と違う。
なぜだろう。
今、耳にした拍手が私にとって初めての拍手に思えた。

「よかったよ」

「残念。あっという間だった」

コンサートの雰囲気を壊すことなく、弾き終えることができた。
それだけでもじゅうぶんだったのに。
ぱちぱちと拍手をする逢生さんと微笑む知久さんの顔に安堵した。
唯冬は―――

「唯冬……」

「悪い……少し待ってくれるか」

顔をあげた唯冬は涙目に見えた。
唯冬は待っていたのかもしれない。
私以上に―――私が舞台で弾くことを願っていた。
知久さん達は私に言った。

「どう?俺達と一曲弾いてみない?」

「唯冬は見物で」

「おいっ!」

唯冬は怒っていたけど、二人は気にしない。

「カルメンで!」

「知久の得意なやつ……」

逢生さんは不満そうにしていたけど、会場はわいていた。
知久さんのカルメンのハバネラ。
お客さん達の顔を見るとこの曲はすごい人気なんだなと思った。
情熱的に愛を囁く。
誘惑し、魅了して相手を翻弄する。
知久さんのバイオリンと逢生さんのチェロが女性の声で歌っているようだった。
会場の視線は二人にくぎ付け。
これ、最後はハッピーエンドなカルメンですか?というくらいの音。

「知久らしいな」

唯冬が呆れていた。
カルメンが終わるとお辞儀をして舞台袖へと戻った。
まだ熱が冷めない。
楽しかった―――明るい場所にはまだ三人がいる。

「お疲れさまでした。すごく素敵でした!」

宰田さんが拍手をしてくれた。
その宰田さんの隣になぜか陣川じんかわ結朱ゆじゅさんがいた。
深紅のドレスに長い黒髪をアップにして色っぽい。

「どうしますか?結朱さん」

宰田さんがいつもの人のよさそうな顔のまま、結朱さんに尋ねた。
なんのことかわからずに二人を見比べていると、結朱さんはふっと笑った。

「悔しいけど、やめておくわ」

「そうですか。わかりました」

舞台袖から宰田さんは三人に向かってなにか合図を送っていた。
特に舞台上ではなんの変化もなかったけれど、三人が笑ったような気がした。

「気持ちのこもらない曲を弾いて、コンサートを駄目にしたくはないから」

「結朱さんには結朱さんの音がありますよ。共演にこだわらなくてもいいのでは?」

「宰田さん。これは私の意地だったの」

「余計なことでしたね、すみません」

おっとと口に手をあてた。

「千愛さん。戻ってくるのね」

「え?」

「ピアニストになるの?」

そう言われ、前のように『無理です』とか『そんなこと考えていません』とは答えることができなかった。

「……簡単には戻れないと思っています」

「当たり前よ。こっちはずっと勉強してきたんだから。でも、待っているわ。きっとあなたなら、ここまでこれる」

結朱さんはすっと私に手を差し出した。
その手をとり、握手をすると結朱さんは堂々とした態度で背を向け、去って行った。
いなくなってから、宰田さんが口を開いた。

「唯冬さんは女性の奏者との共演はNGなんです。千愛さんとだけと決めていて。でも、今回、結朱さんが婚約解消の条件に共演の話を出してきた」

「……婚約解消」

「それで唯冬さんは考えて、自分と千愛さんの演奏の後になら一緒に演奏をしてもいい。ただし、それを聴いてもまだ共演したいというのならといって引き受けたんです」

「そうだったんですか……」

「結朱さんはピアニストでしたね。ここで引けるだけの判断ができるなら、将来は暗くない」

その結朱さんが待っていると私に言った。
私は―――この先、どうしたいのだろう。
弾けるようになった先は?
結朱さんが去っていくその背中を眺めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

結婚式に結婚相手の不貞が発覚した花嫁は、義父になるはずだった公爵当主と結ばれる

狭山雪菜
恋愛
アリス・マーフィーは、社交界デビューの時にベネット公爵家から結婚の打診を受けた。 しかし、結婚相手は女にだらしないと有名な次期当主で……… こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載してます。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

どんなあなたでも愛してる。

piyo
恋愛
遠征から戻った夫の姿が変わっていたーー 騎士である夫ディーノが、半年以上の遠征を終えて帰宅した。心躍らせて迎えたシエラだったが、そのあまりの外見の変わりように失神してしまう。 どうやら魔女の呪いでこうなったらしく、努力しなければ元には戻らないらしい。果たして、シエラはそんな夫を再び愛することができるのか? ※全四話+後日談一話。 ※毎日夜9時頃更新(予約投稿済)&日曜日完結です。 ※なろうにも投稿しています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

余命わずかな私は、好きな人に愛を伝えて素っ気なくあしらわれる日々を楽しんでいる

ラム猫
恋愛
 王城の図書室で働くルーナは、見た目には全く分からない特殊な病により、余命わずかであった。悲観はせず、彼女はかねてより憧れていた冷徹な第一騎士団長アシェンに毎日愛を告白し、彼の困惑した反応を見ることを最後の人生の楽しみとする。アシェンは一貫してそっけない態度を取り続けるが、ルーナのひたむきな告白は、彼の無関心だった心に少しずつ波紋を広げていった。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも同じ作品を投稿しています ※全十七話で完結の予定でしたが、勝手ながら二話ほど追加させていただきます。公開は同時に行うので、完結予定日は変わりません。本編は十五話まで、その後は番外編になります。

処理中です...