婚約者を奪われ無職になった私は田舎で暮らすことにします

椿蛍

文字の大きさ
1 / 44

1 にじむ青

しおりを挟む
「スカイブルー……」

空を見上げて呟いた。
空色、天色あまいろ清藍せいらん紺青こんじょう、セルリアンブルー、ゼニスブルー、シアン、アザーブルー……
縁側に寝転がり、ずっと空を眺めていた。
空が青いな―――自分がだんだん青色に染まっていくみたい。
いっそこのまま、青に溶けてしまえればいいのに。
そんなはかなげなことを考えてしまうのも仕方ないことよ。
結婚目前だった恋人を奪われ、仕事は失い、私にはもう何もない。
バタッと大の字で縁側に寝転がり、空を見るだけの私。

「無職……無職とはいかがなものですか」

泣きすぎてもう涙もでないと思っていたのに目尻にまだ涙がにじんで、目の前がぼやけた。
私、清本きよもと夏永かえは失恋し、会社もクビになり、ここにやってきた。
神様、せめてどちらか一つになりませんでしたか?と文句の一つも言いたいところだ。

「これからどうしよう」

ここにきたのはいいけど、完全にノープラン。
荷物は引っ越し業者に頼んで運んでもらったけれど大した荷物もなかった。
別れた彼と同棲していたこともあり、電化製品も家具もない。
染物作家だった祖母が生前住んでいた家だったため家具は揃っている。
山の中ってことを除けば、暮らすにはなんの問題ない。
暮らすにはね……
精神的には大ダメージを受けてるけど。
ぼふっと座布団に顔を埋めた。
そう。
いわば、私は戦に負けた武将が逃れてきた落武者おちむしゃと同じ!

「住むには問題ないけど、手入れしないといろいろと無理ね」

座布団はカビくさいし、部屋は掃除してないからほこりっぽい。
しかも、庭の草は生い茂り、もさもさしてる。

「掃除かぁ……」

掃除する気にもなれない。
今は。
だらだらと縁側に猫のように転がった。
とりあえず、寝ておこう。
そうしよう。
そう思った時―――

「お姉ちゃん、死体なの?」

なんだこのガキ……じゃない、お子様は。
むくっと顔だけあげるとゴールデンレトリバーが目の前に『こんにちは』していた。

「え!?なに?犬?可愛いけど!?」

ドコォッと犬の鼻先でどつかれた。
かなり力強く、いたっ、いたたっと言いながらら、犬から逃げるため寝転がっていた体を起こすとやめてくれた。
ゴロ寝を許さないとは!
なんて厳しい犬だよ!

「生きてたー!よかったー!」

犬の飼い主と思われる女の子は可愛くて、夏らしい白のワンピースと麦わら帽子をかぶっていた。
誰が死体よ!
縁起でもない。
間違えないでほしいわ。
確かに弱々しいオーラで風前の灯みたいになってるけど、まだ死んでないっての!

「えーと、どちらさま?」

「お隣の高吉たかよしだよ!私は高吉たかよし莉叶りか。この子はジュディです!」

ゴールデンレトリバーのジュディはぶんぶんっと尻尾をふり、莉叶ちゃんにすりすりと頭をこすりつけていた。
ジュディ……。
私との待遇が随分違いますね?

「お隣なんてないけど」

山の中にある家の周りは木々で鬱蒼うっそうとしているし、左右に家なんかない。

「あるよ。この山の坂を下ったところに青い屋根の民宿があったでしょ?民宿『海風』って看板なかった?」

「坂の下がお隣!?」

「そうだよー」

さすが田舎。
隣と隣の間隔が広すぎでしょ!
まさか、回覧板を回すのに山道を下り、また登るの!?
ゾッとした。
ここまで歩いてくるのも山登りみたいで大変だったのにー!
ヒールの靴しか持ってなかったから、靴ずれして足は絆創膏だらけ。
心も体も満身創痍ってうまいこと言った―――って笑えない。

「これ、私のママからです。引っ越したばかりで食べ物がなにもないかもって。よかったらどーぞ!」

親切なお隣さん(ただし山の下)の高吉さんがくれたお弁当箱にはおにぎりとおかずがみっちり隙間なく詰められていた。
からあげや卵焼き、ナスの漬物とキュウリの浅漬け、おにぎりはシンプルに白いご飯に黒の海苔がまいてある。
お茶のペットボトルが一本。
それを見て、ぐぅっとお腹が鳴った。
そういえば、朝から何も食べてない。
水さえも飲んでいなかったことに気付いた。

「ありがと……。いいママだね」

「ちょっと頼りないけど、いいママだよ」

莉叶ちゃんは可愛がられているのが見てわかった。
手作りのワンピースにお揃いのリボン。
ひらひらとリボンが夕方の涼しい風に揺れていた。

「手作りのワンピース、素敵ね。生成色きなりいろがよく似あってる」

「うん。ママが作ってくれたの。でもこのワンピースは白色だよ?」

「白にもいろんな白があるでしょ?黄色がかったものや青色っぽいものとか。同じ白でも名前があるのよ。莉叶ちゃんが着ているワンピースの白色は生成色っていうのよ」

「へぇー」

女の子は自分のワンピースをじっと見つめた。
懐かしいな。
私も祖母に作ってもらったっけ。
この家の持ち主だった母方の祖母は草木染め作家だった。
個展を開いたり、作品を売ったり、糸や布、服の注文も受けていた。
なかなか有名な染物作家だったらしく、今でも作品を売ってもらえないかという連絡が一人娘だった母に入る。
母は草木染めに興味はなく、むしろ孫の私が祖母の手伝いをしていたくらい。

いつもは父や母の車で送ってもらっていたけれど、今日は初めて自分の足できた。
両親は私がここにくることに賛成していなかったから―――仕事は退職に追い込まれ、婚約者を失った私のことが両親は心配だったのだろうけれど、慰めの言葉すら今は辛い。
指にはもう指輪はない。
約束も消えた。
今、私と別れた彼は何をしているのだろう。
まだ忘れられない彼の名が頭をよぎって目を閉じた。

斗翔とわ―――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く

紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

処理中です...