婚約者を奪われ無職になった私は田舎で暮らすことにします

椿蛍

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15 裏切り【優奈子】

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別れを告げられてからも夏永かえさんは図々しく斗翔とわさんの家に居座っていた。
しぶとかったから、ご両親に連絡して出ていくように言ってもらうつもりでいると、経理課の筒井つつい課長が私の代わりにご両親と話すと言うから、その役目を譲ってあげた。
でも、ちゃんと言ってくれたのかしら?
娘さんが斗翔さんに近づかないようにって念を押してくださいねと頼んだけど。
あの気の弱そうな筒井課長のことだもの。
心配だわ。
ちゃんと言わないと後々、妻である私を差し置いて浮気なんてことにもなりかねない。

「ね、斗翔さん。明日は土曜日だし、一緒に食事でもどうかしら」

「食欲ない」

あまり食事をとってないと監視役のSPが言っていたけれど、今日の昼食も一口二口食べて箸を置いていた。
そんなにショックなの?
あんな凡庸な容姿の女性が好み?

「斗翔さんが食べたいものでいいのよ。なにかないかしら?」

「夏永が作ったご飯が食べたい」

「別れた女の名前を呼ばないで!」

製図の上に手にしていたコーヒーを投げつけたけれど、斗翔さんは微動だにせずにそれを眺めていた。
どうでもいいというように。
パタパタと音をたてて床にコーヒーのしずくが床にこぼれ落ちていくのを虚ろな目で見ているだけ。
まるで死人のよう。
斗翔さんに近づいて頬を手で包み込んだ。

「ちゃんと私を見て好きになってください。一緒に会社を立て直すんでしょう?社員の皆さんが不幸になってもいいの?」

「それは……」

設計課のメンバーや筒井課長は彼にとって特別な存在だとわかっている。
両親を早くに亡くし、森崎社長にいいように使われているだけの存在だった彼は心配してくれていた人達を見捨てることなんかできない。

「夏永さんはきっと斗翔さんを忘れて新しい人と恋をするわよ。心配いらないわ」

顔を近づけ、キスしようとした瞬間、どんっと突き飛ばされ、その衝撃で壁にぶつかった。

「ひどい!なにするの!」

「忘れる―――ね」

冷めた目だった。
雰囲気が違う。

「仕事の邪魔だよ」

ドアを開け、出ていけと言うように斗翔さんは私を促した。
有無を言わせない雰囲気に出ていくしかなかったけれど、私の何が悪かったの?
彼の怒りのスイッチがどこで入ったのか、私にはわからなかった―――


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


夏永さんがあの家から出ていったのだから、もう家に帰してもいいわよね。
今日までホテルで過ごしてねと斗翔さんにいうとわかったと素直に言ってくれたから、ホッとした。
あれから、部屋から出ずにいて周りを心配させたけれど、仕事はきちんとしてあって出てきた時は普通の態度だった。

「明日からは家に帰ってもいいわ。でも、近いうちに私と一緒に暮らしましょうね。お父様が森崎建設近くのマンションを使っていいって言ってくれたのよ」

「今までの家でいい」

「だめよ。私達は婚約したんだから、一緒に暮らすべきじゃない?」

「結婚まで別々でいいんじゃないかな」

初めて斗翔さんの口から結婚という単語が出てきて、胸がドキッととした。
私達のことをちゃんと考えてくれているんだと思って、私はうなずいた。
嬉しかった。
ホテルに着くと彼は振り向きもしないで、監視役のSPと一緒に中に入っていったけれど、私はそんなこと気にもならないくらい浮かれていた。
けれど―――土曜日の朝。
彼がいなくなったと監視役から連絡が入り、私はごとりと手に持っていたスマホを落とした。
どこに行ったかなんて、わかりきっている。
夏永さんのところだ。
実家に帰るように両親がすすめたから、きっと実家に帰ったと思いますよと筒井課長が言っていた。
じゃあ、実家に向かったの?
でもそれなら、一晩も行方をくらますなんておかしい。

「どこに行ったの!」

イライラと爪を噛んだ。
私のスマホには連絡がない。
かけても『電波が通じない場所に』と音声が繰り返されるだけ。

「許せない!」

どうやって抜け出したのよ!
監視役のSPを呼び出した。

「どういうつもり?職務怠慢じゃないの!」

「業務用エレベーターで降りて業者用出入り口から出ていったようです」

「プロでしょ!」

「向こうもプロです。案内に書かれていなかったエリアを何日かかけて把握して抜け出すタイミングを見計らっていたようです」

朝食をとったレストランから出てこなかったから気づいたらしいけれど。頭の中で想像してホテル内の業務エリアを把握できたってこと?

「帰ってくるのを待つしかありません」

「わかっているわよ!」

「そんなイライラしなくても大丈夫ですよ。彼は森崎建設の社員を見捨てないでしょうから。帰ってくるということは優奈子さんを選んだということでは?」

そう言われて、確かにそうだと思った。
私は優位な立場にいるわ。
彼も逃げることはできない。
この現実から―――

「そうね。紅茶でも飲んで待っているわ」

どさっとソファーに座った。
そして、鳴らないスマホを指でなぞる。
飼い猫には首に鈴をつけておかないとね。

「ねえ、帰ってきたら斗翔さんのスマホにGPSをいれて。どこにいるかわかるように」

二度目は許さない。
夏永さんには絶対に渡さないわ―――!
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