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9 囚われの身【斗翔】

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連絡先を消されたあげく、以前使っていたスマホは取りあげられた。
会社にすら出勤できず、ずっとホテルの部屋に閉じ込められたままだ。
部屋の外には監視がいる。
まるで悪い魔女につかまったみたいな待遇だ。
みたいではない。
実際、そうだから困る。
部屋に入ってこようとして、無理やり押し出して中からチェーンをかけたからよかったものの、とんでもない女だよ。あれは。
どれだけ経ったのか、時間の感覚がなくなってくる。
今はおとなしくしているつもりだった。
下手に暴れてこれ以上待遇が悪くなるのはごめんだ。
相手に隙を作らせなければ、身動きがとれないということくらい俺にだってわかる。
それに退屈な気持ちより夏永かえはどうしているんだろうとずっと考えていた。
別れを言うしかなかったとはいえ、やっぱりいないと無理で―――

「夏永……」

ゴツッと分厚いガラスに頭をぶつけた。
会いたくてしょうがない。
ほんの少し離れただけなのに。
ホテルの窓から見える外は重たい曇り空で今にも雨が降りそうだった。

「雨か」

夏永と初めて会ったのは雨が降る夏の日だった。
ダルくて、誰にも会いたくなかった俺はひんやりした暗い非常階段に座って冷たい壁に体を寄りかかって目を閉じていた。

「だ、大丈夫ですか?」

「誰」

目を開けるのも面倒で返事だけした。
生きていることはこれでわかったと思う。

「清本夏永です。もしかして風邪とか……?」

風邪ではないけど、ただの気だるさだと言う元気もない。
無視して眠るように目を閉じていた。
ヒヤッとしたものが額にあてられて、目を開けた。
目の前にはレモンの絵が描かれたクリアカップが結露して水滴をぽたぽたと落としている。
冷たくて心地よかったけど、前髪が濡れてしまった。

「これ、よかったらどうぞ。レモネードなんですけど、郵便局のついでに買ってきたんですよ」

レモネードはフローズンタイプのもので飲むと雪みたいに口の中で溶けた。
一口飲むと気分が少しだけすっきりして、くれた人の顔をようやく見た。

「ありがとう」

「いえいえ。息を吹き返してくれてよかった……」

俺がぐったりしていたのが心配だったのか、ホッとしたように彼女は笑った。
笑っただけなのにその場が明るくなった気がして不思議に思いながら、彼女の顔をじいっと見つめた。

「お昼、パンなんですか?よかったら、私の特製おにぎり食べます?これ食べたら間違いなく元気になりますから!」

俺にボールくらいある大きさのおにぎりをくれた。

「ただのふりかけのおにぎりだと思わないでくださいよ?中身の具は卵焼きと唐揚げの二種類も入っているんです」

得意顔でその大きなおにぎりを二個も食べるつもりだったのか、もう一つあった。

「ごちそうだね」

食べると具がたくさん入っていて、一個食べただけでお弁当箱一つ分はありそうだった。

「でしょー!」

「レモネード、飲んでごめん。これ、せっかく買ってきたのに飲んでしまって」

「いいんです。郵便局までの通り道にあって、つい買ってしまっただけで。飲み物は水筒にお茶がありますから」

「今度、お礼するよ」

「えっ!?いいですよ!これくらい人助けですから」

俺のポジションって行き倒れ?
初めてこんなに初対面の人と話せたような気がする。
そして、不思議なことに自分からお礼なんて言葉が出てくるとは意外だった。

「なにがいい?」

「う、うーん」

困ったように胸の前で腕を組み、首をかしげていた。

「思いつかないですね。お礼は気にしないでください」

うんうんと頷いて、彼女は立ち上がった。

「昼休みが終わるので、戻りますね。それじゃあ……」

反射的に腕をつかんでいた。

「あ、あの」

「食事に行こうか。清本夏永さん?」

驚いた顔で俺を見ていた。

「俺の名前はわかる?」

「……森崎さんですよね」

俺のことを知っていたんだとわかって、ホッとした。

「約束だよ」

こくこくと首を縦に振り、そっと手をすりぬけると逃げるように非常階段の重いドアを開けて去って行った。
また湿った空気の中に一人、取り残された。
さっきまであんなに明るかったのに。
彼女がくれたレモネードが目に入る。
太陽の色をしたレモネードを口にして、俺は微笑んだ。
明るくて面白い子だったな。
自分が他人をこんなに受け入れることができる人間だとは思わなかった。

「清本夏永……」

それは俺にとって特別な響きを持つ名前となったのだ。
この時から―――今も。
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