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44 夢の住処
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それは雪が消え、春の暖かな春の陽気が続くうららかな土曜日の朝のことだった。
ばたばたと木の新しい廊下を走った。
「斗翔、起きて!起きてっ!」
寝室のドアを開け、斗翔の体をゆさゆさと揺さぶった。
「うん……」
「今日は私の個展だって言ったじゃないのっー!」
「春だし……あと五分だけ」
そう言うと斗翔はもぞもぞとまたシーツの中にもぐりこんでいった。
「そうね、春眠暁を覚えずってねって、ちがっーう!」
晴れていたら、早起き?
いいえ、寝坊です。
しかたないと思いながら、猫を放った。
民宿『海風』からもらった子猫で元気すぎるくらいのヤンチャな子猫だった。
子猫は遠慮なく斗翔の顔に猫パンチを繰り出し、おやつを要求する。
「……起きた」
さすがのパンチラッシュに耐え切れず、斗翔はのそのそと起き上がった。
ふう、いい仕事をしてくれたわ。
ありがとう、我が家の子猫ちゃん。
斗翔は着替えながら、眩しそうに目を細め、窓から見える工房を眺めた。
「夏永。工房をもっと広くしようか?」
「いいの?」
「作品作るときに狭くて夏永が困っていたから」
「不思議と大きな作品になっていくのよね」
「家の改築が終わったから、すぐにとりかかれるよ」
古いおばあちゃんの家は斗翔によって改築され、新しい木の香りがしていた。
昔の家のまま使うには木が腐っているところもあり、危険だったから、結構な大工事になった。
斗翔は仕事をしばらく受けず、この古い家のリノベーション工事にかかりっきりだった。
大変というよりはおもちゃを与えられた子供のように楽しんでいた。
細部にまで斗翔のこだわりがうかがえる。
そんな母屋の改築を秋から春までの間に工事を終わらせた。
今、斗翔は朝日奈建設から依頼される仕事を引き受け始め、必要な時だけ現場に行ったり、朝日奈建設の本社に行くという生活を送っている。
かくいう私も―――
「大きな作品を作っていきたいし、できたら広くして欲しいわ」
二度目の個展だった。
最初は手探りでおばあちゃんと連名にし、小さめの作品をだした。
ありがたいことに全部、買い手がつき、それを売って今の個展の材料費にあてることができたのだ。
そして個展が終われば、須麻繊維の研究員として働く予定。
「夏永、コーヒーは?」
「飲む!」
トーストをかじり、コーヒーを飲み、あわただしく準備をした。
家の中はかなり変わった。
吹き抜けにして梁が見えるようにして空間は広くなったし、茶の間から和室、台所までをつなげてフローリングにし、リビングダイニングへと改造した。
そのおかげで広い縁側がまるでウッドデッキのようになって、明るい日差しが差し込むリビングになった。
薪ストーブも購入して冬は家じゅうが暖かい。
冬の間、斗翔は暖かい家の中でごろごろと猫のように転がっているのをよく目にした。
前世は猫だったんじゃないだろうか。
私達の思い描いたとおりの家。
「夏永、ぼんやりしてないで行くよ」
「はーい」
家の横のレモンの木を通りすぎて私達は家を出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
個展の会場には須麻さんがすでにいて作品を眺めていた。
私と斗翔を見つけると明るい笑顔で大きく手を振って、 無邪気に笑う。
「いい色だね」
「ありがとうございます」
「自然光によく映える」
「須麻さん、個展にきてくれた人にハンカチを用意したので、受付で渡してもらっていいですか?」
「もちろん」
受付にハンカチをおいた。
先着順になっちゃうけど、気持ちばかりの品だった。
今日は民宿『海風』の人達や納多さんもくると聞いている。
―――この作品を見てなんていうだろう。
作品が並ぶ中をゆっくりと歩いた。
赤と青、そして緑を三ヵ所にわけて展示した。
赤の布は波状の布を上から垂らして、色合いの違う赤が揺らめくたび、炎のように見える。
青は雨のように雨のように細い布を何本も作り、さらさらとゆるい風になびかせて、優しい雨に似た音が聴こえる。
緑は形の違う布をいくつも重ね、大きな影を作る。
木陰に入ると安心する―――そんなイメージに仕上げた。
サラサラと布の音を聴きながら、ふと気づいた。
「斗翔、どこ?」
斗翔がいない。
探していると作品の中に斗翔がいて上を向き目を閉じていた。
私が近づくと目をうっすらとあけて、こちらを見る。
「色に染まる」
ぜんぶ夏永の色に―――そう言って斗翔は微笑んだ。
私の色は斗翔の中にいつもある。
染められた布の中で私達は微笑みあってキスをした。
混ざった色が戻らないように誰も私達を引き離すことはできない。
二度と。
【了】
ばたばたと木の新しい廊下を走った。
「斗翔、起きて!起きてっ!」
寝室のドアを開け、斗翔の体をゆさゆさと揺さぶった。
「うん……」
「今日は私の個展だって言ったじゃないのっー!」
「春だし……あと五分だけ」
そう言うと斗翔はもぞもぞとまたシーツの中にもぐりこんでいった。
「そうね、春眠暁を覚えずってねって、ちがっーう!」
晴れていたら、早起き?
いいえ、寝坊です。
しかたないと思いながら、猫を放った。
民宿『海風』からもらった子猫で元気すぎるくらいのヤンチャな子猫だった。
子猫は遠慮なく斗翔の顔に猫パンチを繰り出し、おやつを要求する。
「……起きた」
さすがのパンチラッシュに耐え切れず、斗翔はのそのそと起き上がった。
ふう、いい仕事をしてくれたわ。
ありがとう、我が家の子猫ちゃん。
斗翔は着替えながら、眩しそうに目を細め、窓から見える工房を眺めた。
「夏永。工房をもっと広くしようか?」
「いいの?」
「作品作るときに狭くて夏永が困っていたから」
「不思議と大きな作品になっていくのよね」
「家の改築が終わったから、すぐにとりかかれるよ」
古いおばあちゃんの家は斗翔によって改築され、新しい木の香りがしていた。
昔の家のまま使うには木が腐っているところもあり、危険だったから、結構な大工事になった。
斗翔は仕事をしばらく受けず、この古い家のリノベーション工事にかかりっきりだった。
大変というよりはおもちゃを与えられた子供のように楽しんでいた。
細部にまで斗翔のこだわりがうかがえる。
そんな母屋の改築を秋から春までの間に工事を終わらせた。
今、斗翔は朝日奈建設から依頼される仕事を引き受け始め、必要な時だけ現場に行ったり、朝日奈建設の本社に行くという生活を送っている。
かくいう私も―――
「大きな作品を作っていきたいし、できたら広くして欲しいわ」
二度目の個展だった。
最初は手探りでおばあちゃんと連名にし、小さめの作品をだした。
ありがたいことに全部、買い手がつき、それを売って今の個展の材料費にあてることができたのだ。
そして個展が終われば、須麻繊維の研究員として働く予定。
「夏永、コーヒーは?」
「飲む!」
トーストをかじり、コーヒーを飲み、あわただしく準備をした。
家の中はかなり変わった。
吹き抜けにして梁が見えるようにして空間は広くなったし、茶の間から和室、台所までをつなげてフローリングにし、リビングダイニングへと改造した。
そのおかげで広い縁側がまるでウッドデッキのようになって、明るい日差しが差し込むリビングになった。
薪ストーブも購入して冬は家じゅうが暖かい。
冬の間、斗翔は暖かい家の中でごろごろと猫のように転がっているのをよく目にした。
前世は猫だったんじゃないだろうか。
私達の思い描いたとおりの家。
「夏永、ぼんやりしてないで行くよ」
「はーい」
家の横のレモンの木を通りすぎて私達は家を出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
個展の会場には須麻さんがすでにいて作品を眺めていた。
私と斗翔を見つけると明るい笑顔で大きく手を振って、 無邪気に笑う。
「いい色だね」
「ありがとうございます」
「自然光によく映える」
「須麻さん、個展にきてくれた人にハンカチを用意したので、受付で渡してもらっていいですか?」
「もちろん」
受付にハンカチをおいた。
先着順になっちゃうけど、気持ちばかりの品だった。
今日は民宿『海風』の人達や納多さんもくると聞いている。
―――この作品を見てなんていうだろう。
作品が並ぶ中をゆっくりと歩いた。
赤と青、そして緑を三ヵ所にわけて展示した。
赤の布は波状の布を上から垂らして、色合いの違う赤が揺らめくたび、炎のように見える。
青は雨のように雨のように細い布を何本も作り、さらさらとゆるい風になびかせて、優しい雨に似た音が聴こえる。
緑は形の違う布をいくつも重ね、大きな影を作る。
木陰に入ると安心する―――そんなイメージに仕上げた。
サラサラと布の音を聴きながら、ふと気づいた。
「斗翔、どこ?」
斗翔がいない。
探していると作品の中に斗翔がいて上を向き目を閉じていた。
私が近づくと目をうっすらとあけて、こちらを見る。
「色に染まる」
ぜんぶ夏永の色に―――そう言って斗翔は微笑んだ。
私の色は斗翔の中にいつもある。
染められた布の中で私達は微笑みあってキスをした。
混ざった色が戻らないように誰も私達を引き離すことはできない。
二度と。
【了】
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