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1章 始まりの指輪

3.過去

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 家に帰ったので、のんびりとお昼ご飯替わりのもらったお土産のお菓子を食べている。
 さっきはマリア姉さんの所でお菓子を頂いたが、あまりバクバクと食べるのはお行儀が悪いので遠慮していた。

 紅茶と……。もらったお土産は柔らかい丸いスポンジケーキだった。中にカスタードクリームが入っている。美味しい。
 本当はちゃんとした食事を摂った方がいいのだけれど、昔の嫌な出来事が僕を苦しめる。英雄騎士様の指輪を拾ったからだろうか?

 ――――昔の事を思い出す。

 
『お母さーん! きて――! こっちにチョウチョがいるよ』
あれはまだ、4才か5才の頃……。
 
 何も知らず外遊びが楽しかった。母はとても美しく自慢の母だった。
森の中のお屋敷に、僕と母が暮らしていた。それに何人かのメイド達が母と僕の世話をしていた。父は年に何回か会いに来るくらい。
 見てわかる貴族らしい気品がある人で、着ているものや身につけている物は子供ながら高級品と分かるものだった。

 なかなか会えない父は、仕事が忙しい人なんだなと勝手に思っていた。帰って来ても自分とほぼ接触もない父には、何も愛情を感じなかった。
 でも優しい母と、世話をしてくれるばあやとメイド達がいれば寂しい事はなかった。

 穏やかな日々。
森の中で植物の香りを嗅ぎ、小動物と一緒に遊び、森の中を走ったり木に登ったり草の上に寝転んだりして過ごした。
母はしつけに厳しかったが、どこに行っても恥ずかしくないようにしつけてくれたと思う。分からなければ根気よく教えてくれたし勉強も楽しかった。
 そんな穏やかな日は、ある日崩れ去った。

 
 森の中で一人、遊んでいた。森の奥まで行ってはダメと言われていたのに好奇心に負けて、約束を破ってしまった。

『わぁ……! こんな所に泉がある!』
綺麗な湧き水から出来たであろう泉は澄んでいて冷たかった。喉が渇いていた僕は、泉の水を夢中になって飲んだ。
小鳥がさえずり、木洩れ日が泉に反射してキラキラしていた。ふーっと息を吐いて目をつぶった。
 
そのために、警戒が遅れてしまった。

 ガサガサと、葉や枝が擦れる音がした。
はっ! と気が付いて、何か大きな動物かと身を縮めた。
『おやおや! こんなとこに子供がいるぞ』 
見るとガラの悪い数人の大人が、こちらに近寄ってきた。
『ん? 高級そうな服を着ているな。貴族の坊ちゃんか?』
『ホントだ。こんな森の中に護衛も付けず、一人で居るなんて……』 
『金になりそうだな』

 『ひっ!』
立ち上がって、走って来た道から逃げようとした。
『おっと、待ちな!』
『あっ!』
 後ろから服の首の部分を掴まれてしまった。

『逃がしはしないぞ』
 数人の男達に囲まれた。僕、一人じゃ逃げられないと察して暴れないことにした。下手に暴れて暴力を振るわれたら困る。
『……』
『そうそう! 大人しくしてればいい』
 ニヤニヤと、男達は大人しくなった僕を見て笑った。

 目隠しと口には布を嚙まされ、手足は逃げ出さないように縛られた。
そして、担がれてそのまま馬車で攫われてさらしまった。
 長いこと馬車で揺られたので、きっと遠くまで運ばれたのだろう。

 隙を見て逃げ出そうかと思ったけれど、手足が縛られているので今はダメだ。きっとチャンスはあるから……。
 
『さあ、着いたぞ』
担がれて馬車から降りたのがわかった。目隠しされてるから、ここがどんな場所か見えない。
 振動から、家の中に入って移動しているようだ。
『ここで大人しくしていろ』
 そう言われてイスかベッドに降ろされた。

 『お前に聞きたいことがあるから、目隠しと口の布は外す』
『……』
目隠しと口の布は外された。手足の縄は外されなかった。
連れてこられたのは木で作られた小部屋。テーブルとイスとベッドだけの何もない部屋だった。窓もないらしい。
 
『お前のお父さんの名前を教えてくれないかな?』
部屋の中には三人。その中の一人、眼鏡をかけた服装のきちんとした人が僕に話しかけてきた。
あとの二人と仲間とは思えない感じだった。
 僕のお父さん……の、名前? 
 
『早く言えよ!』
 体の大きい人がイライラして僕に怒鳴った。シャツの外れたボタンから胸に十字の傷があるのが見えた。
 僕は俯いたうつむ。怖くて顔をそむけたわけじゃない。
……僕は父の名前をからだ。

 教えてもらってない。
色々な勉強はしたけれど、お父さんはなんていう名前か何のお仕事をしている人か……。まったく知らなかった。
貴族の子は爵位を継ぐために色々な勉強をすると、教えられた。
 けどお父さんのことは知らない。教えてもらってない。なぜ……?

『ちっ! このガキ、震えてるぜ』
大きな体の男が言った。
『アナタが怒鳴ったからでしょう? まったく……』
 眼鏡の人は話し方が上品だ。この人は貴族?

『仕方が無いですね。ふう……。この子の上着に家紋が刺繍されているでしょう。上着を見なさい』
ため息をついて眼鏡の男の人は言った。そういえば服の内側に刺繍がされていた。自分の家の家紋だったのか……。僕は知らなかった。

 グイっ! と上着を引っ張られて内側の刺繡を見られた。
『おい、眼鏡のダンナ。わかるか?』
 大きな体の男は、眼鏡の人に聞いた。
 
『ああ、これは大物が釣れそうですね』
眼鏡の人はニヤリと笑った。
『高位貴族の息子なのか!?』
大きな体の男は嬉しそうに叫んだ。

 ……僕は複雑だった。こんな所で自分が【高位貴族の息子】と知るなんて。
 
 ――俯いたまま、手足が冷えて行くのを感じた。
 
 
 
 

 
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