上 下
49 / 58
五章 二十歳×三十歳

49

しおりを挟む

 49

 「まったく……。せっかく二人きりだったのに」
城へ向かう馬車の中、ポツリと独りごちるゼロウス。

 「皆の前では和やかにな」
親しい者を招待したというが、多分……近隣諸国の要人を招待したと考える。動きの怪しい国の者も招待されているとすれば、色々と気をつけなければならない。
「その辺は大丈夫だ。城で仕事していた時に身につけた」
 __そうだった。
散々、嫌がらせを受けてゼロウスは自身を守る方法を身につけていた。俺の目の届かない所でも一人で戦っていた。
「クラストの評判を落とすことはしないし、良い夫としても頑張るぞ?」

 良い夫……。改めてゼロウスから言われると照れる。
「そういえば、招待客リストは持っているか? 先に目を通していたい」
 仕事柄、招待される客のほとんどは変わりなく同じなので知っている。だが、今回は俺の知らないうちに決まっていたのでまだ知らない。
いつもならば、そんなことがあるはずないのだ。と、なると俺を差し置いて命令できるのは一人しかない。

 「ゼロウス、気が付いているだろうけど十分に警戒をしろ」
横に座っているゼロウスに注意を促す。馬車は順調に進み、時間通りに城につくだろう。平穏無事に過ごせればいい。
「わかっている。ラムダから連絡が来ていた。クラストを守れ、と。言われなくても、ずっとクラストを守りたいと思っている」
ゼロウスは俺をじっと見て伝えてきた。
 子供の頃からいつも言っていたゼロウスの言葉。

 ちょっと、いや……だいぶ嬉しかった。
 「ほら、招待客のリストだ。俺は見ていないけど」
「必ず目を通しておけ。ん?」
パラパラと招待客リストに目を通していると、いつも辞退していた国の大使の名前があった。
 
 その国はウェイダー国から西の位置に領土を持つ、魔獣の多く生息する深い森に囲まれた 【カザタス国】。
 絶対王政の国で血生臭い噂が絶えない。獣人に対する差別も酷く、隣国の獣人国も滅ぼしたと聞いた。
一応、同盟国だがダート国のアスバル殿下の力添えが無かったら同盟に加わらなかっただろう。この国との同盟は物流の緩和が表立っているが、実のところ『お互いの監視』が目的だ。今まで国への招待を辞退していたのに、なぜ?
 
 この走らせている馬車の中ではどうにも知りえない。登城してから兄(王)かラムダかニニに話を聞くしかない。

 「何か気になる事でもあるのか?」
だいぶ考え込んでいたらしい。ゼロウスは身動きせずに黙っていて、様子がおかしい俺に心配して声をかけてきた。
「ああ。ちょっとな」
話をするには情報が無い。まだ言わない方がいいだろう。

 「もうすぐ城に着くだろう。まずは兄に挨拶してからだな」
ゼロウスはふと、窓の外をちらっと見て振り返り俺に不意打ちでキスをした。
 「なっ!?」
「クラストも隙を見せるなよ? ダート国のアスバル殿下も来るらしいから気をつけろ」
勝ち誇ったような表情のゼロウス。アスバル殿下の名を出されると、何も言えない。

 しばらくすると、緩やかに馬車が止まってドアがノックされた。
 「お城に到着致しました」
声がかかり、腰をあげた。
「行こう。クラスト」
先にゼロウスが馬車を降りて手を差し出してきたので、ゼロウスの手を取り馬車を降りた。

 馬車を降りてから視線を上げると、ズラリと並んだ騎士たちと王の臣下の者達に出迎えられた。
「どういう事だ?」
小声でつい言葉がもれた。
 門から城までの道の両端に並び、皆、頭を下げていた。王の臣下に下ってからはその様なことはしなかった。させなかった。なのになぜ?

 「クラスト様、ゼロウス様、お待ちしていました。ご案内いたします」
大柄な体形の騎士団団長 ラムダが一歩前に出て、俺に案内役を申し出た。
「……よろしく頼む」
おかしいと思ったが、このまま進もうとゼロウスと目くばせし合ってラムダのあとに続いた。


 城の中は艶やかな花や飾りで華やかになっていた。お祝いのためか、城で働く者達に女性は髪に、男性は胸に赤い薔薇をつけていた。
ラムダの胸にも薔薇がつけられている。
お祝いムードだけれども、何か違和感があった。

 「クラスト」
ゼロウスが何かに気が付いたようだ。
「手を握ってもいいか?」
ゼロウスに話しかけ、返事をする前に手を握った。
 「もちろんだ」
お互いの指を絡ませて、一緒に歩く。伴侶になったのでおかしなことはない。すれ違うメイドは立ち止まり、頭を下げ通り過ぎた後に「おめでとう御座います」とお祝いの言葉をかけてくれた。
 それに何かあった場合に離れないよう、手を繋いだ。

 「陛下がお待ちです」
ラムダは扉の前で立ち止まり、扉の両脇の護衛騎士が重厚な扉を開けた。
ラムダは部屋の中に入り、礼をして扉の近くに立つ。
 俺は部屋の中を進み、兄王に挨拶をする。

 どっしりとしたソファーにゆったりと座る、威圧感のある男 ウィリアム・パラライト・ウェイダー。
ウェイダー国、現王。
 「待ちかねたぞ」
一言、ニヤリと笑い俺に話しかけてきた。
「お待たせして申し訳ありませんでした。この度は私とゼロウス、二人の為にこの様な祝な会を開いて下さりましてありがとう御座います」
二人で頭を下げる。

 「顔を上げろ」
言われたように顔を上げる。
 正面に座った兄の右側に客人が座っていた。見知ったその客人は、立ち上がり俺の方へ歩いてきた。

 「久しぶりですね、クラスト殿。おめでとう御座います」
手を差し出してきたのは、ウェイダー国から南西の位置になる国、岩山を背に目の前が砂漠地帯と過酷な地域の国 アドニス国 の第二王子 ジンガルド・ヘンデル・ラ・アドニスだった。

 荒っぽい性質のアドニス国の第二王子。
兄を王に持ち、国の為に働く俺と似た境遇のジンガルド王子とは気があった。
「ありがとう御座います。ジンガルド殿。来てくれて嬉しい」
ガッチリと握手を交わした。背中をポンポンと叩かれて祝福された。俺にニッと笑いかけて、視線をゼロウスに向けた。

 「紹介する。ゼロウス・フィール。俺の伴侶だ」
初めてゼロウスを伴侶と紹介する。ジンガルド殿で良かったが、少し緊張してしまった。
「初めまして。クラスト・チェーン・ライトの伴侶になります、ゼロウス・フィールです。よろしく」
二人は手を出して、握手をした。

 「クラスト殿と幸せに。ゼロウス殿」
互いに顔を見合わせて笑顔を向けた。そのゼロウスの顔を見てジンガルド殿が首をかしげた。
「おや? ゼロウス殿と……以前、お会いした事が?」
見ると一瞬で、ゼロウスの笑顔が凍り付いた。
「……ゼロウス?」
呼びかけても、反応がない。

 「三人とも、座りたまえ」

 響く低い声。三人ともビクリと体が動き、振り向いた。
ウェイダー国 国王のウィリアム・パラライト・ウェイダーがこの場の主人だ。
お互い顔を見合わせて、王に従いソファーへ座った。
 
 持って生まれたもの。
王に相応しい威厳と貫禄。俺達にはないものだ。
 だからこそ、俺やアドニス国のジンガルド殿は兄の手助けとなる決意を固めた。共通の思い。

 それは置いておき、ゼロウスの様子がおかしかった。なぜ?
今、ゼロウスは少し顔色が悪い。

 「……ジンガルド殿、ゼロウスと以前、お会いした事があると?」
兄王はジンガルド殿に訊ねた。
「勘違いでなければ……。十年以上前、子供の頃にお会いした。だいぶ逞しくなられましたが、その茶色のかかった薄い金髪に緑色の瞳。この近辺には緑色の瞳は珍しく、ある国に多く持つ色。その優しい笑顔は覚えています」

 ガタン! とゼロウスは立ち上がった。
皆は驚き、ゼロウスに視線がいく。
「……メイド、その他。この部屋から出ろ」
王は手を左右に振って命令した。
 ひそんでいた影や護衛騎士やメイド達は部屋から出ていった。

 「……俺。いや、私からお話を致します」
ゼロウスがストンとソファーに座り直して、その重い口を開いた。

 俺は初めて、ゼロウスの出自を聞くことになる。






 



 
 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ミルクの出ない牛獣人

BL / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:93

婚約破棄されましたが、幼馴染の彼は諦めませんでした。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,201pt お気に入り:281

貴方へ愛を伝え続けてきましたが、もう限界です。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,117pt お気に入り:3,807

ちっちゃいもふもふアルファですけど、おっきな彼が大好きで

BL / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:1,339

魔女(男)さんとこねこ(虎)たんの日々。

BL / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:372

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,700pt お気に入り:2,474

処理中です...