神社の無能次期後継者「翡翠(ひすい)」は、天狼神様にその身を捧げる

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十三 侵入してきた蘭

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 長い廊下を歩いてアキさんに案内されて着いたお風呂場。
 テレビで見たことのある温泉旅館のお風呂みたいに広く、立派だった。
 
  「湯加減はいかがですか?」
 「あ! ちょうど良いです」

 「お背中を流します」と言われたけれど、すぐに断った。

 石鹸やシャンプーとリンスも、私のために用意された物。新品で高級品みたいだった。
 こんな良いものを使ったことがなくて、恐々と使ってみた。

 シャンプーは今まで嗅いだことのない、良い香りと泡立ちだった。
 指の通りが良く、引っかかるようなキシキシ感がない。
 
  石鹸を泡立てて体を洗うと、良い香りがした。
 泡がなめらかで、フワフワだった。
 こんなに良い石鹸やシャンプーを、私が使って良いのだろうか……?

 でもあかつき様のお側にいるのなら、きれいにしないといけない。
 私は体の隅々まできれいにした。


 「ふぁ……。気持ちいい……」
 家ではぬるいお湯のお風呂か布で体を拭くだけだったから、とても気持ちがいい。
 眠ってしまいそうだ。

 でも早くお風呂から出て、ご飯を作ったりお掃除をしたり……しなくちゃ。
 「……」

 トントン。
 「翡翠様?」
 ドアが叩く音とアキさんの声。
 
 「はっ、はいっ!」
 いけない! ウトウトしていた。アキさんの声で目が覚めた。
 「ふやけてしまいますので、そろそろお風呂からあがって下さい」
 長い時間、ウトウトとしていたのだろうか?
 「はい……」
 名残惜しいけれど湯船から出た。

 着替えて脱衣所から出ると、アキさんが待っていた。
 「問題はなかったですか?」
 「気持ちが良かったです」

 あれ? 少しふらつく。長風呂したせいかな……。
 「翡翠様。お顔が赤いです。飲み物を用意しますので、こちらへ……」
 「はい……」
 
 アキさんの後ろに着いて歩いて行った。
 お庭の日本風の景色が素晴らしい。
 
 横目で見ながら歩いていたら、トン! とアキさんの背中にぶつかった。

 「あっ、すみません」
 ゆっくり歩いていたので、そんなに勢いよく背中に当たらななかった。

 アキさんは立ち止まったまま、返事がなかった。
 「アキさん?」
 どうしたのだろうと様子をうかがうと、何かに警戒しているようだった。

 「どうやって、ここへ来られたのです?」
 きつい言い方。
 会ってから静かな話し方のアキさん。こんなきつい口調で、話すことがあるのだと思った。

 「口を慎め。下等な者が」

 聞き覚えのある声。
 「蘭!?」
 どうやってここへ?

 「はん? あんな弱い結界なんて、すぐに破った」
 変わらない傍若無人な態度。
 「許可なく、立ち入らないでください!」
 アキさんが近寄って蘭を追い出そうとした。

 「触るな。汚れる」
 「蘭!」
 蘭がアキさんに手を出そうとしたので、前に出て振り上げた手を掴んだ。

 「アキさんに手を上げることは、許さない」
 握った手に力を入れた。
 「はぁ?」
 蘭も力を入れて私の手を外そうとしたけれど、外させなかった。

 「なっ……?」
 蘭が私の力に戸惑っていた。自分でも家にいるときと違って力が出せた。

 「ここは神聖な天狼人様のお屋敷。認められたものしか、立ち入ってはならぬ場所」
 しかも結界を壊して入って来たなんて、不法侵入だ。

 「くそ……」
 蘭はさらに力を入れたけれど、私の湧いてくる力には敵わなかった。

 「帰りなさい」
 強く言うと手の力が抜けた。私は蘭の手首を離した。
「ちっ! 天狼人様はいないみたいだから、帰ってやる!」

 ドンッ!
 「うっ!」
 蘭はアキさんを乱暴に、胸の辺りを殴った。

 「アキさん!」
 アキさんは顔をゆがめて胸を抑えていた。
 「下等な者が逆らうからだよ?」
 フン……! 謝りもせずに、蘭は帰っていった。

 「大丈夫ですか?」
 座り込んだアキさんの方が心配だったので、蘭を引き留められなかった。

 「……迂闊でした」
 アキさんは殴られた胸の辺りの着物をめくった。
 「青あざに……! 手当しましょう」

 「い、いえ。大丈夫ですから……」
 座って立てないアキさんに、手を貸した。
 「蘭がすみません……」

 私はアキさんに手を貸して、部屋へ向かった。
 
 
 
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