女スパイと蜜の罠

奥山紅葉

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8.賄賂要求

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二日後の午後、ハージェイから指示された通りハートの寮に向かう。
ここに来るのは初めてだ。

情報提供者であるカーディスの知り合いに会うと言って公爵家を出たので、カーディスで軽く外見を変えて裏から脱出、更にダイヤの寮で変装してからここまで来た。

管理人さんにダイヤのメンバータグを見せると、ハージェイはまだ帰っていないので共用スペースで待つようにと言われる。
歓談用にとソファーなどが置かれた部屋を奥まで進み、直射日光の当たらない窓際の席に座った。
鞄からレース編みの道具を取り出すと、円になるよう編んでいく。
誰もいない静かな昼下がりなんて久しぶりかもしれない。

ダイヤの寮には私の部屋もある。
ベッドと服と変装用の小道具しか置いていないので、今日のように変装の必要のある場合の他は、半年に一度掃除に行くくらいだ。
足が付いても困るしね。

事務所の方は良く行くが、カーディス本部の中にあるので出入りを見られても問題ない。
直属の上司である『ダイヤのエース』ことダイアンの表はカーディス職員で、くだんの情報提供者というのは彼のことだ。
彼は遠い親戚で、田舎から王都に出てきた私は、責任感の強い彼に週に一度は顔を見せに行くという設定になっている。


空気が動いた気がして顔を上げれば、開けっぱなしだった部屋の入り口の向こうで管理人さんとハージェイが話をしていた。
帰ってきたらしい。
手を振って合図して、作り掛けだったモチーフの糸が緩まないように始末する。

「待たせた。すまん。」
「おかえり。」

此方へと寄ってきたハージェイが一瞬足を止めた。
気配を探ったが、妙なものは感じない。

「何してたんだ?」

間近まで来たハージェイが手元を覗き込んできたので、見やすいようモチーフを掌に乗せた。

「賄賂作ってた。」
「賄賂?」
「表の仕事場の人達にあげるの。」

女性の職場での円滑なコミュニケーションには、こういったささやかなプレゼントが大事なのです!

「これ貰ってどうするんだ?」
「ハンカチとか、小物に縫い付けるんだけど、えーっと、──」

鞄を手元に寄せて、イメージを手で作りながら説明する。

「ここにこう付けるの。一つだと寂しいから、三つくらい欲しいかな。後は、紐を付けてこんなふうに取っ手にぶら下げたり、……分かる?」
「ああ……、今のぶら下げるやつ、ここで作ってくれ。」
「え?今?ここで?」
「そうだ。できるか?」
「紐が……。」

今日はバレッタを使っているので髪紐がない。
鞄に予備の刺繍糸はあるけど、組紐にする道具は持ってきていない。組紐は時間もかかる。

「今はこれしか紐がないんだけど……。」

トランプ支給品の拘束紐。
スカートの裏の隠しポケットから、それを取り出してハージェイに見せる。
これと同じ紐でハージェイに縛られたのは、つい先日のことだ。

「うん。その紐で。」
「作ったのどうするの?」
「俺にくれ。賄賂で。」
「はあ?」

貰う側が賄賂を要求するって、おかしくないか?
いや、金くれたら融通してやるぞーニヤリとか、政治の世界ではありそうな話だ。
奴は王城に染まりきってるってこと?

「賄賂だ。賄賂。うーん、今日の話し合いで何か要求できるかもしれないぞ。」

ゼットがいるために口に出せなかったこととかも含めて、説明してもらうつもりで今日はここに来た。
私と交渉するようなことがあるのだろうか……。
その交渉に余地あるんだったら、材料は少しでも欲しい。

「とんでもないこと、お願いするかもよ。」
「お前がそんなことしない奴だってことくらい知ってるよ。」

返答を聞いて、余計なことを言ったと思った。
単に『とんでもない要求』をさせないための牽制だろうか。


だって私は混乱している。

ハージェイは私のこと知ってると言ったけれど、私はハージェイのことが全く分からない。
何でこんなものが欲しいのか。


彼に引き合わされたのは、トランプの養成所だった。
私に与えられた役目は『王の愛妾』。
いずれは後宮でハートの一員として動く。
それまでは別チームで必要な技能を磨きつつ、時を待つ。
処女を保つため、閨は講師に指定された人とだけ。
訓練と後輩指導を兼ねて養成所に訪れた人達で、一、二ヵ月でいなくなってしまう。
そんな中の一人がハージェイだった。

彼は身体能力が高く、面倒見がいい。
できるようになるまで徹底的にしごかれ、できたことを褒められれば、嬉しかった。
一方、閨は荒々しく、快楽を教え込まれた。

普通の会話をした記憶は殆んどない。


混乱の中、作業にかかる時間を聞かれて、余裕を持たせずそのまま答えてしまった。
作業が終わったら管理人さんに言って部屋に案内してもらうようにと言い残して去っていくハージェイを見送り、作業に取り掛かる。

呆けている暇はないのだ。
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