【完結】災厄の少女はやがて死に戻りの魔女となる

宵乃凪

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第三幕

ep.21 願いの交差 (3)

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 煌びやかな装飾に包まれた空間で、剣が閃くたびに花弁が舞い散る。

 ひしめく冷たい躯の合間を、黒衣と赤い外套が翻る。

 鼻を覆いたくなる酷い腐臭にさえ目を瞑れば、それは戦場というより、まるで舞踏会か何かのようだった。


 クラウスは、対峙する濁り切った目に一言詫びて、それを裂くように頭蓋ごと脳を両断する。

 頭が半分になった屍体は、それでもまだ剣を取り落とさない。過去に戦場で見たものかと、クラウスは小さく舌打ちして、その肉体を壁の方へと吹き飛ばした。

 ふと、今し方剣先を弾いた相手には見覚えがあることにクラウスは気が付く。かつて皇帝と呼ばれた筈の男は、少しも光のない眼をこちらへと向けていた。

 その骸に寄り添うように、女の屍体が似合わぬ剣を握っている。妃だ、とまるでクラウスの思考を読んだかのように魔女が答えた。

「生死の垣根が耐えられないと、確か、そのようなことを言っていたな。国を統べるべきが屍兵となるを望むとは、愛とは何とも愚かしいな」

 馬鹿にしたような魔女の声に返答することなく、クラウスはただ彼らの剣を弾き、その肉体を壁へと叩きつけて壊した。

 べちゃり、と魔女の素足が汚れた絨毯を踏む。真っ直ぐにクラウスに向けて剣を構えると、赤い足が肉塊を蹴った。

「その点、お前は有能だ、戦神。私に意思を奪われないよう、部隊に獣人を当てたというのは、悪くない判断だよ。彼らは皆、単純なんだ。無限の屍兵を前にして、ただ目の前の敵を倒すことだけを考えている。逃げたいだとか、恐ろしいだとか、少しでもそう感じてもらえれば楽なんだが」

 歌うように言葉を投げかけながら、腐りかけた屍兵の間を舞うように、赤い衣が翻る。屍兵の振るう粗雑な剣の合間に、魔女の鋭い剣先がクラウスの頬を掠めた。

 また一つ屍兵の頭を叩き潰してから、クラウスが魔女の胸を目掛けて剣先を突き出した。乾いた音と共に弾かれた剣は、孤を描くように何度も魔女の身へと迫る。

「お前の魔力による干渉は、対象の思考の一部分を極端に強めているに過ぎない。先日、グンターがそう仮説を立てた」

「存じ上げないが、概ねその者の考える通りだろう。だから、人間は簡単なんだ。いつも何処かで余計なことを考えている。戦神殿、お前が何に憤っているかは知らないが、過去に私の所業に非道があったとすれば、それはその者自身が胸の内で企てたことだ。魔女の力も万能じゃないんだ。少しも思ってもいないことを強制できる程、そんな好き放題はできない」

「詭弁だな。それでもお前がその力で、人の意思を歪め、死者の魂すらをも冒涜したことに変わりはない」

 喉元を突いた剣先を自らの剣で絡め取って、鍔迫り合いながら、魔女はクラウスの顔へと鼻先を近づけた。その口元には、先程とは違って楽しそうな笑みが浮かんでいる。

 合わせた剣が僅かに軽くなったことを感じ取り、クラウスがそれを押し込むと、魔女の身体はふわりと後方へ飛んだ。

 追撃を阻むように眼前に迫る屍兵の向こうで、赤い衣がひらりひらりと、まるで踊るように揺れている。

「ふっ、ふふっ、魂、お前たち人間は、やたらとその在処に拘る。戦神殿、さっき獣人が単純だと言ったが、もっと純粋なのが、死者だ。私が何故これ程多くの屍兵を従えられると思う。それは、彼らの願いがただ一つ『生きたい、動きたい』それだけだからだ。人間も、獣人も、物言わぬ身体に遺された思念は皆同じだ。それを魂というのであれば、お前たちの信じる伝承の、何と滑稽なことか」

 屍兵たちの向こうから、魔女の笑い声と楽しげな声だけが響いてくる。

 クラウスがまた幾つかの肉体を排除し、少し開けた視界の先で、魔女は赤い髪を揺らしてくるりと振り返った。真っ赤な瞳が真っ直ぐにクラウスの顔を射抜く。

「分かるか、戦神。動く屍体は、んだ。私の力が及んだ者は皆、自らの死に納得なんてしていない。故に……一番最初の火事の夜、私の呼びかけに応えた貴方は、生きたいとそう願った筈なのです」

 急に魔女の声音が柔らかくなったかと思うと、彼女は不意に剣を下ろす。

 無防備な身を両側から屍兵の剣が深く貫いた。

 呻き声と合わせて魔女の口から血が溢れ、真紅の唇が一層赤くなる。

 彼女が床に両膝をつくと同時に、室内にあった屍兵は全て動きを止めて崩れ落ち、物言わぬ肉塊となった。


 脇腹から剣が引き抜かれ、ぐらりと前に倒れた魔女の身体が、硬い腕に抱き止められる。

 クラウスは無言のまま、彼女の身体を自らの腕の中で仰向けにした。赤い双眸がクラウスの瞳をとらえ、血に濡れた唇が吊り上がる。

 私の勝ちだ、と吐息混じりに魔女は笑った。

「ふ、ふふ、これで……貴方、は、『終末の魔女』を殺した、英雄。共通の敵が、あれば、一つになるは、容易い。歴史が証明して、いる」

 くすくすと笑い声を漏らしながら、魔女の手が持ち上げられ、クラウスの頬をなぞった。

 そこについた赤と、少しも濁っていない目を見て、彼女は満足げに小さく頷く。

「今度こそ、貴方は……美しい、理想の中で、生きていく。もう、引き戻しはしない、ので……ご安心、を。先代を、脅してでも、あの空間に留まるか、ふふ、何か方法を、考えます……時間は、永遠に、ある」

 喉を侵す吐血の合間でそう告げて、魔女は、ふう、と疲れたように息を吐いた。

 まさに彼女が目を閉じようとした時、がり、という硬いものを噛み砕いたような音が響く。

 再び重い瞼を持ち上げた魔女の視線の先で、男は口端から一筋の血を流していた。

「な、に……」

「たとえ、理想が、叶おうとも……お前、が……なければ、何の意味も、ない――ルイーゼ」

 そう苦しげに告げて、クラウスの身体がゆっくりと倒れていく。

 まさか毒を飲んだのかと、そう問い詰める余力もないままに、ルイーゼの身体は彼に重なるようにして静かに倒れ伏した。
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