旦那様は離縁をお望みでしょうか

村上かおり

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ニコル

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「どういうことですか!」
「どういうこと、とは?」

 領内の視察と、父から北の辺境伯ーーリグズヴィ辺境伯へのご機嫌伺いを頼まれていた僕が、屋敷に戻ってくるとバーバラが結婚したと聞かされた。
 しかも相手は、父の友人であるアルトワイス伯爵家の次男、リカルド・アルトワイスだという。

 リカルド・アルトワイスなら僕も知っている男だ。今は王都の騎士団に所属していて百騎長の一人になっているようだが、学院時代、一つ年上の騎士科の生徒でもあった。

 生真面目が服を着ているような男だったという印象が強い。
 
 学院時代に築いた人脈は、今はありとあらゆるところに張り巡らされている。これは何も僕一人が成し遂げた訳ではなく、王太子殿下とその右腕と謳われるようになったルチア嬢と側近のジャスティンの力が大きい。

 僕はある意味、地方担当。とは言っても、地方担当は結構な数いるとは思うけれど。

「アルトワイス伯爵領が災害にあったのは知っているだろう」

 飄々ひょうひょうとした顔で父は僕にそう言った。

「それは知っています。北の辺境伯、いえ、リグズヴィ辺境伯の西側の一部も被害にあっておりましたから」
「分かっているなら話しは早い。アル……アーシェスに泣きつかれた。今、あそこの嫡男のアーカードは面倒なのに絡まれててね、その親も面倒なんだ。そのうえ災害に見舞われ、更に面倒ごとになった。金が要る、と」

 父の話は要領を得ない。友人が災害にあって混乱している、という訳でもないだろう。ただ、僕に説明をするのが面倒なだけだ。

「近隣、というほど近くはないですが、それでもある程度の支援はできます。そういうルールです」

 近くの領地で災害が起こった場合、近隣の領は人やらものやらを支援するのが、地方に住む貴族の暗黙のルールになっている。

 それは別に善意から行われるものではなく、いつかは自領に還ってくると分かっている為の行いだ。
 逆に今、アルトワイス伯爵領を支援しなければ、自領が災害に見舞われた時に周囲から一切の支援を見込めない、なんてこともあるかもしれない。
 災害は予見できない、いくら備蓄があったとしても、自領だけではどうにもならない事はあるのだ。

「それはそうなんだけどね、ある意味もっと逼迫ひっぱくしている、と言うべきかな。だからバーバラに持参金を持たせてアーシェスの次男と結婚させた。本当は嫡男のアーカードの方が良かったけれどね、今はちょっと無理だから仕方がない」

 持参金が必要なほど逼迫している状況とはいったいどんな状況か。

 それに嫡男の方が良かったとは。次男リカルドでは問題があるとでもいうのか。

「アルトワイス伯爵領は、うちよりも余程資金には事欠いていないはずですが」
「確かにね、でも山火事に大雨、そのせいで起きたと思しき土砂崩れ、山火事で焼け出されたのだろう魔狼の群れと土砂の中から突然、現れたワーム。驚くことに死者はそれほど出ていないけれど、あそこは領主の館がある街が山あいに近かったからね、被害が北の辺境伯のところより出たのではないかな」

 淡々と紡がれたアルトワイス伯爵領の被害状況に、僕はぽかんと口を開けた。ほんの数日前まで北のリグズヴィ辺境伯の元にいたのだ。だが、リグズヴィ辺境伯の西、アルトワイス伯爵領と隣接している地域から、そこまでの被害が出ているなど報告はされていなかった、と思う。

 確かに辺境伯の領地は横に長いため、西側の被害地域とリグズヴィ辺境伯の領主の屋敷がある場所は遠かった。けれどアルトワイス伯爵領でそこまで被害が出ているのなら、リグズヴィ辺境伯の西の地域にだって似たような被害にあっていてもおかしくはないはずだ。

「まあ、リグズヴィ辺境伯のところなら、魔狼の群れが出ても報告する前に排除しているだろうし、あそこら辺には村もなかったんじゃないかな」

 まるで僕の疑問を見透かしたように父は言う。さすが領主とでも言えばいいのだろうか。
 僕がそんな事を考えていれば、父がまた勝手に話し出した。

「元々アーシェスには一人あげるつもりだったんだ。あそこは娘がいないから、うちの子たちを凄く羨ましがっていたからね。でもあそこの奥方が病を患ってしまって、余り小さいうちに貰っても逆に面倒が見れないかもしれないって言われてね、時期を待っていたんだ」
「そ、んな、犬猫の子でもあるまいし」
「そうかい? でも伯爵家の人間になれるんだよ? そう悪い話でもないと思うんだけど」

 確かにそういう話もない事ではない。嫡男がどうしても生まれないからと、傍系から男子を養子にする事はあるし、嫡男の嫁として子の多い家から養女として迎え、囲ってしまうのも普通にある話だ。

 けれどまさか、うちの父がそんな事を考えているなんて僕は思ってもいなくて。

「サーシャは早々に相手を見つけていたから、マデリンかバーバラかエリスか、誰でもよかったんだけどね。バーバラは変わった子だよね、ニコル」

 しかし、やはりと言うか子供の幸せを考えてということではないのが、父のうっすらと浮かべられた笑みからも察せられた。

「刺繍やレース編みにのめり込んだかと思ったら、メイドの仕事を体験したいとか言い出すし、その上、持参金があるなら本を読みたいとか、本が高価なものだと知ってからは、自分で一生懸命小物を作っては売って、小金を稼いでは貸本屋の本を借りてきたりしていたね」

 父は僕たちには無関心だった。と思っていたのだけれど、観察はしていたのだと今になって思う。

「ニコルもおばあ様を遠ざけたり色々していたね? 勉強も頑張っていたんだろう? それに随分と立派な人脈も作って戻ってきた」

 どうやら僕の事もしっかりと観察ていたらしい。

「本当はね、随分と前からマデリンやバーバラにも縁談の話は来ていたんだよ。でもアーシェスに一人あげるつもりでいたし、でも奥方の病気は治らないし、嫡男のアーカードは研究馬鹿で、王城の魔道具の研究所から戻って来ないし」
「ちょ、ちょっと待ってください、アーカード、アーカード・アルトワイス? まさか魔道具開発第一人者のアーカード様なんですか?!」
「ん? そう言われているみたいだね。まだうちみたいな田舎には早々出回ってきていなけれど、明かりの魔道具とか、火の調整が簡単にできる料理用の魔道具とか、そういったものを開発したんだってね。でもせっかくならアルトワインとかアルト豚のベーコンの方が私は好きかな」

 父の好物など聞いていない! と叫べたらどんなに良かっただろう。けれどその前に話された情報が多すぎて、僕は少し混乱していた。しかし父には僕の混乱など気にも介さないらしい。 

「3、いや4年前かな、アーシェスの奥方が治療の甲斐なく亡くなられてしまってね、その後ようやくアーカードが伯爵家に戻ってきた。その時にも話はあったんだ。けれど当時、王太子殿下の婚約者が、ほら襲撃にあっただろう? 怪我は大したことはなかったと聞いたけれど、離宮に籠ってでてこない、とか、実は怪我が酷くて寝たきりになっているとか、色々な噂が飛び交ったよね。だからまた婚約者が変わるかもしれないし、貴族の力関係も変わるかもしれないから、その時は流したんだ」

 続いた言葉に僕はぐっと息をのんだ。

 その事については、僕は、そこそこ事情を知っている。父がどこまで知っているのかは分からないけれど、王太子殿下の婚約者に決まった東の辺境伯の令嬢、ベルーナ・アルザス嬢を六年前秘密裏に王城に連れて行ったのは僕だからだ。けれど、その後の事については僕は関与していない。

 だから王太子殿下の婚約者がきまったと発表され、婚約式も恙無つつがなく終えられたと聞いた時には安堵したし、その後のお披露目の夜会前に何者かに襲撃されたと聞いたときは青褪めた。

 だがその襲撃というのもお粗末なもので、ベルーナ嬢が滞在している離宮から馬車に乗って王城へと移動しようとしたところを襲われたらしい。その時、離宮の周辺警備を担当していたのが、リカルドの所属する第三騎士団でーー宵闇にもなっていない時間帯に襲撃などと、余程切羽詰まっていたか頭が悪いかのどちらかだろうーー案の定、すぐさま襲撃犯は取り押さえられ、びっくりしたベルーナ嬢が馬車の中で転げて膝をすりむいた、というのが実際のところだ。

 その時の功績でリカルドは騎士爵を賜ったはず。

 面識はあるが友人でも学友でもない人物だ。僕としては、できるだけ人柄や現在の事を調べてからにしてほしかったのだが。 

「あの子はあまり結婚もしたくないようだったし、少しくらい自由にさせておいても勝手に恋人を作ってくることもないかな、と思ったからね。まあ、急だったけれど、時期が来たんだよ」

 父はそれだけ言うと、机の上に置かれていた書類へと目を落とした。ということは、もうこれ以上話す気がないということだ。

 僕は仕方なく執務室を後にする。しかし、最初から嫁がせるつもりだったのか、と思うとやはり腹立たしく思えてきてしょうがなかった。

 何が、一人あげるつもりだった、だ。それに僕がわざといない時を見計らって、バーバラの結婚をまとめたんだと思う。僕が絶対、反対するから。

 そりゃあ向こうが是非にと望んで、バーバラも幸せになれるなら反対なんかしない。けれど、何か事情があって金が必要で、それは子爵家が出せる持参金があれば充分なのか、多少は持ち出しもあるのか。けれど、それは決して復興のためではないのだろうと思った。

 災害への支援だと言うのなら、人でも物でもいいのだ。それこそ彼らが今欲しいのは、資材や食料、それと人だろう。幸い死者はほとんど出ていないと聞いているが、それでも怪我人はいるはずだ。家屋も壊れているらしいから、老人や子供など寒さに震えているかもしれない。

 そう考えると、アルトワイス伯爵領には薬と毛布なども必要だろうか。エリザベスならすでに近隣の各領主に何をどれだけ送るかの根回しを始めているはずだ。あと王都、ルチア嬢にも連絡を取らないと。

 僕は父への怒りを無理やり抑え込んで、これからやらなければいけない事を頭の中で順番を着けながら、エリザベスの元へと急いだ。


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 少々長くなりました。一回の文字数が中々安定しません。

 ミルワームだと釣りの餌だと気が付きました。ワームに訂正させていただきます。

 
 
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