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リカルド
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飛び散る血飛沫に、響く咆哮と絶叫。
手に握っているはずの長剣も、もうずいぶんと長い時間振り回しているせいで切れ味が悪い。
ぬるりと滑るのは己の血か獣の血か。
ああ、どうしてこんな事になったのか。それが俺にはどうしてもよく分からなかった。
ぱちりと目を覚ませば、俺は自分が寝かされている事に気づいた。そして襲い来る鈍い痛み。
「うっ」
これは肋骨がイッてるな、と慣れ親しんだ痛みに顔をしかめ、なんとか身体を起こそうとしたが、思いのほか身体が動かなかった。
「リカルド、目が覚めたのか」
起きようとして身じろいだからだろう。顔見知りの医務官が、他にもいる怪我人の手当をしながらチラリと俺に視線を寄越した。
「どうなってる?」
「んー、肋骨が二本ほどやられてるな。あと右足に皹が入ってた。足の方は治癒魔法で完治済みだが、肋骨はな、固定して二か月ばかり安静にしている方がいいだろう。骨が折れて肺に刺さらなくて良かったな。そうなってたらまず助からない」
淡々とそんな事を話す医務官に俺は苦笑するしかない。冷たいようだが、今、彼はとても忙しいのだ。それでも俺の容体を気にしてくれて、死なずにすんで良かったな、と言ってくれている。
「団の方はどうなった?」
「あー、連れてきた半数は使い物にならない、かな。怪我人多数、重症者も結構いる……それと、団長が死んだってこと、国に報告が届いたらしい。お偉いさんが来た」
ほんの僅かな躊躇いと共に吐き出された言葉に、俺はそうか、としか返すことが出来なかった。
隣国アゼリアの部隊と合流してからの、西の魔の森での魔獣討伐。それが俺たちに与えられた長期遠征任務の内容で、本来であれば、さして難しい任務ではなかったはずだった。
命令を受けたのは、第三騎士団100名、第五騎士団150名、見習い騎士80名、従卒40名、あとは荷駄隊の人夫が30名ほど。現在組まれている遠征の中では大規模と言える人数だった。
アゼリアとは国境付近で合流し、そのまま西の魔の森で魔獣討伐を行う予定だったが、合流してみればアゼリア側は従卒も含めて100名にも満たない人数しかいない。
こちら側としては合同任務という認識でいたのだが、アゼリア側としては魔獣討伐を依頼した、という認識だったようだ。
西の魔の森は両国にまたがって広がっているため、アゼリア側で討伐に失敗するとスタンピードが起こってしまう可能性がある。
それがアゼリアに向かってくれるなら討伐し損ねた方が悪いと言うこともできるが、アゼリア側の魔獣どもがこちらの国に流れてこないとは言い切れなかった。
うちの団長と第五の団長はそう判断したのだろう。
こちらとしては不本意ではあるが、ここで言い争えば国同士の争いに発展しかねない。それは何があっても避けなくてはならなかった。それに結構な大所帯で来てしまったのだ。今更話が違うと引き返しても、ここに来るまでに使った物資や食料は元に戻ることはない。
だったらアゼリア側にいいように使われている気がしても、このまま魔獣を討伐してしまった方が金にはなる分、騎士団としてはありがたいのだ。
なにせ国同士の争いが起こらなくなってだいぶ経つ、最近では第一から第七まである騎士団の存在意義を疑問視する声も上がってきている。もちろん予算も年々減っていっているようだ。
それに元々第三騎士団はそれほど評判のいい騎士団ではない。
なぜなら幹部に居座っている連中はすべて貴族出身で固められ、平民出の騎士が出世できる見込みがないからだ。
その上、貴族のボンボンどもの面倒を見なければいけなくなる。
我儘で高慢で、剣の腕もさして良くはない連中の面倒を見るのは、同じ貴族出身という扱いである俺ですら、面倒だというのに。
それでも騎士団として体裁を保てていたのは、団長がいたからだろう。
団長も一応、貴族の出身ではあるのだが、たたき上げのため貴族らしいところは一切ない筋骨隆々とした偉丈夫で、とても厳しい人だった。けれど、とても優しい団長だった、とも思う。
なぜなら貴族出身の甘ったれた根性の騎士たちを、少しでも立派な騎士に育て上げようと必死になっていたからだ。
元をただせば第二や第三騎士団は、近衛騎士団と呼ばれる王宮と王族を守るための第一騎士団を目指していた貴族子弟の中で、選考から漏れた者たちの受け皿として発足したのが始まりだった。
当時もお飾り騎士団と揶揄されてはいたようだが、それでも彼らは、戦が起これば真っ先に戦場で散っていったと言われている。
それは、ただ武功を立てたかっただけなのかもしれない。だが、それだけの気概が彼らにあったのだと、俺はそう思っている。そして団長もまた、そう思うからこそ第三騎士団を潰したくなくて必死だったのだ。
それでも、そんな事を思えるようになったのは、団長と話をするようになってからだ。
何せ、かく言う俺も第三騎士団に配属先が決まった当初は随分とやさぐれた。なぜなら、まるで自分の実力がその程度だと言われたような気がしたからだ。
鍛錬こそは毎日欠かさずに行っていたけれど、そういう気持ちはどうしたって剣に出る。
だから、だろう。
ある日、団長に呼び出された。
態度が悪いとか、鍛錬に身が入っていないだとか、そういった事をいわれるだろうと覚悟して団長室に向かった俺を待っていたのは、私服に着替えた団長だった。
しかも団長と新人騎士という間柄であるはずなのに、気安い同僚のように「飲みに行くぞ」と肩を叩かれて。
翌日が休みだった俺は問答無用で宿舎から連れ出され、思う存分飲まされた。
おかげで、言うつもりのなかった愚痴を散々に吐き出し、みっともないほどに酔い潰れ、あげく団長に背負われて宿舎に戻るという失態まで晒してしまった。
けれど、そんなみっともない姿を晒したからか、同室の平民出身の騎士に「お貴族様でも、あんな姿晒すんだな」と言われた瞬間、俺は貴族ではない、と言うことができた。
俺は確かに貴族の子息として生はうけたが、俺自身に爵位があるわけではないし、今となってはただの平民に過ぎない。そんな事を同室のやつと話をして、彼は何を思うか「そっか」と呟いた。
多分彼は、だったらなぜ貴族出身の連中はあんなに偉そうなんだ、と聞きたかったのだと思う。けれど俺は、それを聞き流した。彼もまたそれ以上は突っ込んではこなかった。
それが彼の気遣いだったのか、深入りしたくないという意思表示だったのかは分からない。
それでも俺はこの日から、第三騎士団に馴染んでいったのだった。
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リカルド回です。
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