死配人ー視捜の狂ーさがしものは、あなたですー

不幸中の幸い

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さがしものは、あなたです。

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名札の裏にあった“ありがとう”の文字が、指先にじわりと沁みてくる。
温かいわけでも、冷たいわけでもない。
ただ、確かに“誰か”が書いた痕跡だった。

「……ねえ、名前が戻ってきたのに、どうして、そんな顔をするの?」

女の声が、近くで響いた。
僕は名札を見つめたまま、答えなかった。

「ちゃんと、戻ってきたでしょう? あなたの名前」

彼女の掌が、そっと僕の手に重なった。
名札を押し込むように、しかし優しく。

周囲には、もう十人を超える“探し人たち”が集まっていた。
名札を手にした彼らは、誰一人として言葉を発さない。
だがその視線は、迷いも疑いもなく、“肯定”の色だけを湛えていた。

まるで、儀式の完了を見届ける証人たちのように。

「そろそろ……帰らないと」

誰かが、そう言った。

その声を皮切りに、静かに散っていく気配が生まれる。
名札を持ったまま、誰かはベンチに腰掛け、誰かはブランコを揺らし、
誰かは地面に膝をついて、小さく何かを探し始めている。

彼らの動きは、すでに“次”を見据えているようだった。

名札を握る僕の手のひらが、じわりと熱を帯びる。
指の隙間から、汗がにじむ。
それが自分のものなのかどうかも、もう定かではなかった。

「……思い出せますか?」

女が静かに問いかけた。

「ここに、何を落としたのか。
誰に、拾われたのか。
どうして、忘れてしまったのか」

彼女の声は、耳からではなく、胸の奥に直接届いた。

「みんな、ここに来ると忘れてしまうんです」

女はふと空を見上げた。
けれど、空には雲も鳥も、何ひとつ見えなかった。

「だから……思い出すまで、探し続けるんですよ」

その言葉と同時に、僕の周囲にまた“落とし物を探す者たち”の動きが再開されていた。
まるでプログラムのように、地面を這い、草を払う。

「今度は、あなたの番です」

そう言われた瞬間、名札がふっと軽くなった。

見ると、手の中にはもう何もなかった。

「え……?」

「落としたんですよ、また」

女が微笑んだ。
その笑顔には、最初に出会ったジャケットの男の面影が重なって見えた。

「……落とし主を知りませんか?」
すぐ近くで、誰かがそう口にしていた。

それは自分の声のようにも聞こえたし、
まったく知らない誰かの声のようにも思えた。

視線を向けると、ベンチの脇にしゃがみこむ人影。

それは、かつての自分のような。
あるいは、まったく別の“次の誰か”のような。

風が吹いた。
木の葉が揺れ、空が傾いた。

世界が、静かにループを始める音がした。

——カツ、カツ、と硬い靴音が響く。

振り返ると、白い手袋の女がしゃがみこみ、
地面に落ちた名札を無造作に拾い上げていた。

「はい、回収完了。次へ」

その声には、何の感情もなかった。

胸元には、『死人(しびと)管理局』と記された銀色の名札が、
沈んだ光を放っていた。

拾い上げた名札を、書類のようにポケットへ淡々と仕舞い、
彼女は踵を返して、公園の奥へとゆっくり消えていった。

——ループは続く。

そのとき、どこか遠くからテレビの音が微かに届いてきた。

『……14時ごろ、○○鉄道の下り線でトラックと列車が衝突。
 斎藤啓介さん(34)を含む複数の死傷者が確認され……』
にじむようなノイズの向こうで、ニュースの声が途切れていく。

誰かが名を呼ぶような気がした。
でも、それが“自分”なのかどうか、もう確信は持てなかった。

命を落とし、名を忘れ、存在を失い、
名札を拾われ、返され、また落とす。

存在は陽炎のように漂い、
誰が誰であるかを忘れたまま、無限にそれが繰り返される。

さて——また、新たな死人なかまが来たようです。

「さがしものは——あなたです」
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