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Seek_3
Seek_3:ここに、あなたの名があります
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「いや、でも……最初に探していたのは、あの男性で……」
言葉を発した瞬間、自分の声が公園の空気の中に吸い込まれていくのがわかった。
返ってくるはずの反応は、なかった。
パーカーの女が、訝し気にすこし眉をひそめる。
「……男性って、誰のことですか?」
「さっきまで……名札を探してた……その、ジャケット着た……」
「……?」
女は笑顔を消さず、首をかしげる。
「ごめんなさい。そんな人、いましたっけ?」
「いたよ。あなたも、その人と話してたじゃないか」
女は視線を外して、周囲を見回した。
公園の中には、いつの間にか何人もの人影が増えていた。
老婦人、サラリーマン、学生風の青年、子ども連れの母親——
どの顔も見覚えがないのに、
どこかで会ったような既視感だけが残る。
「最初から、あなたがしゃがみこんで探してましたよ」
背後から別の声がした。
スーツ姿の中年男性。
その顔も、やはり思い出せない。
「……違う、違う……僕じゃない、あの人が……」
言いかけたそのとき、ふと気づく。
ジャケットの男の姿が、どこにもない。
ベンチのあたりにも、道の端にも。
まるで最初から存在していなかったかのように、空間ごと消えていた。
「これ、見てください」
パーカーの女が、ゆるりと掌を開いた。
中には、小さな名札があった。
漏れた文字に、たしかに「自分の名前」に似ている。
だが、わずかに違う。
文字が一字、順序が一緒、わずかなズレ。
それだけで、これは「自分」ではない気がした。
「この名札……あなたのでしょ?」
誰かがそう言った。
振り返ると、別の通行人も同じものを持っていた。
また別の人物も、また。
いつの間にか、あちこちで名札が拾われ、
手渡され、それぞれの人の光をしずかに放って集まっていた。
「違う……これは……僕のじゃない……」
拒否しようとした瞬間、ひとりの老人がつぶやいた。
「ここではね――名前なんてね、あいまいなものさ。
覚えてるようで、忘れてるものなんだよ」
「でも、この名前は……」
「似てるなら、きっとそうなんですよ」
女が、再び笑み。
「ねえ、だって、みんなそう思ってますよ?」
気づけば、主人公は囲まれていた。
声をかけてくるのではない。
ただ、見ている。
名札を手にした者たちが、
沈黙の中でこちらを見つめていた。
笑っている者もいた。
泣いているような目の者もいた。
その中で、女が言った。
「……あなたが、落とし主だったんですよ」
断言のように。
祝福のように。
胸の奥で、何かが崩れ落ちる音がした。
「さあ、そろそろ……」
女の声が、やわらかく続いた。
「……名前を返してあげてください。“あなた自身”に」
その一言で、意識が振れた。
気がつけば、掌の上に名札が一つ乗っていた。
どのタイミングで手渡されたのかも、覚えていない。
名札の裏には、「ありがとう」と振るえる文字があった。
それは、最初の男が持っていた紙の文字と同じだった。
言葉を発した瞬間、自分の声が公園の空気の中に吸い込まれていくのがわかった。
返ってくるはずの反応は、なかった。
パーカーの女が、訝し気にすこし眉をひそめる。
「……男性って、誰のことですか?」
「さっきまで……名札を探してた……その、ジャケット着た……」
「……?」
女は笑顔を消さず、首をかしげる。
「ごめんなさい。そんな人、いましたっけ?」
「いたよ。あなたも、その人と話してたじゃないか」
女は視線を外して、周囲を見回した。
公園の中には、いつの間にか何人もの人影が増えていた。
老婦人、サラリーマン、学生風の青年、子ども連れの母親——
どの顔も見覚えがないのに、
どこかで会ったような既視感だけが残る。
「最初から、あなたがしゃがみこんで探してましたよ」
背後から別の声がした。
スーツ姿の中年男性。
その顔も、やはり思い出せない。
「……違う、違う……僕じゃない、あの人が……」
言いかけたそのとき、ふと気づく。
ジャケットの男の姿が、どこにもない。
ベンチのあたりにも、道の端にも。
まるで最初から存在していなかったかのように、空間ごと消えていた。
「これ、見てください」
パーカーの女が、ゆるりと掌を開いた。
中には、小さな名札があった。
漏れた文字に、たしかに「自分の名前」に似ている。
だが、わずかに違う。
文字が一字、順序が一緒、わずかなズレ。
それだけで、これは「自分」ではない気がした。
「この名札……あなたのでしょ?」
誰かがそう言った。
振り返ると、別の通行人も同じものを持っていた。
また別の人物も、また。
いつの間にか、あちこちで名札が拾われ、
手渡され、それぞれの人の光をしずかに放って集まっていた。
「違う……これは……僕のじゃない……」
拒否しようとした瞬間、ひとりの老人がつぶやいた。
「ここではね――名前なんてね、あいまいなものさ。
覚えてるようで、忘れてるものなんだよ」
「でも、この名前は……」
「似てるなら、きっとそうなんですよ」
女が、再び笑み。
「ねえ、だって、みんなそう思ってますよ?」
気づけば、主人公は囲まれていた。
声をかけてくるのではない。
ただ、見ている。
名札を手にした者たちが、
沈黙の中でこちらを見つめていた。
笑っている者もいた。
泣いているような目の者もいた。
その中で、女が言った。
「……あなたが、落とし主だったんですよ」
断言のように。
祝福のように。
胸の奥で、何かが崩れ落ちる音がした。
「さあ、そろそろ……」
女の声が、やわらかく続いた。
「……名前を返してあげてください。“あなた自身”に」
その一言で、意識が振れた。
気がつけば、掌の上に名札が一つ乗っていた。
どのタイミングで手渡されたのかも、覚えていない。
名札の裏には、「ありがとう」と振るえる文字があった。
それは、最初の男が持っていた紙の文字と同じだった。
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