Chisatoーその悪意回避不可ー

不幸中の幸い

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聞き上手の死に下手

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夜、東雲日報社ビル、消灯後の静まり返った資料室。

由比野まゆは、誰もいないはずのフロアで一人、
山積みの資料をめくっていた。
強引な取材、現場への食い込み
今日も朝から夜まで南秋大学周辺を駆け回り、
すでに何人もの関係者に“迷惑がられている”自覚はある。
(だけど、私は絶対に諦めない。宇田川梓に、絶対負けるものか)

梓は、新米記者のくせに頭も良いし、行動力もある。
取材のたびに切り口が鋭く、しかも美人。
デスクの高田実も、最近はやたら梓をひいきしている
(私だって、聞く力だけは誰にも負けない。
“記者の耳”は、情報戦の命。人の本音は、最後は“聞く者”が制する)

自分に言い聞かせながらも、
心の奥底で、どうしようもない嫉妬と焦りが渦を巻いていた。
梓の目、梓の動き、デスクと並ぶ姿
(私は便利屋扱い。でも、私の耳だけが“本当の声”を拾い上げるはず)

机の上でスマホが震える。
液晶には、白いシステムメッセージ。

****************
差出人:Chisato
本文:You Are Next Target.
生存期限:00:40:13.
****************

まゆは、ギクリと息を呑んだ。
(また……来た。もうこれで五回目……
 見るたびにカウンターが減っていく。何これ?)

最初は「生存期間:24:00:00」となっていたはずだ。
明らかにカウントは進んでいた
指が震える。

(ふざけんな、こんなの誰かの悪戯に決まってる)

深夜1時を回った資料室。
整理棚の奥で物音がした。

「……誰?」
もしかして残業している誰か?
でも、今ここに残っているのは自分だけのはず。

再び、机の脚が軋む音。
誰かが、書棚の裏で動いている気配。

「宇田川さん?」

当然返事はない。

「そんな訳ないよね……何、後輩を意識してんだか」
自嘲気味に笑いがこぼれた。

その刹那、照明が一瞬、パチッと点滅した。
同時に資料室の奥から聞こえてくる
乾いたケラケラケラという女の笑い声。
背筋を氷のようなものが這い上がってくる。

「誰!? 誰なの!!」

視界に、女の影
脚をズルズルと引きずるような動きで、影が近づいてくるのが分かった。

心臓の鼓動が、バチバチと耳の中で弾けそうに鳴り響く。

「誰か……誰かいない? 助けて!」

必死に逃げようと、資料室を駆け回る。
散乱した資料を踏みつけ、
椅子を倒しながら資料室の奥にある物置へと身を潜めた。

暫く、乾いた笑い声と足音が資料室に響き、
やがて、それも遠ざかっていく――

(助かった……何だったの、今の。
あの女の影、どこかで見たことがある気がする。でもどうしても思い出せない…)

静まり返った空間。
まゆは、持ち前の聴力を活かして静かに聞き耳を立てる。
気配はない。
「ふぅ、助かった。幻覚だったかな。こんな時間だし」

安堵感と共に息をひそめて物置のドアをゆっくりと開け
ふと横を向いた。

そこに、嗤った顔があった。

ケラケラケラ……

手に持った紅い紐
女の腹から伸びているような、腸を思わせるヌメヌメとした紐。

その紅い紐が、ゆっくりと、だが確実に、まゆの首に巻き付いていく。

(何……やめて……)

首を締め付けられ、指先で必死に紐を剥がそうとするが、
その感触は人間の皮膚とはまるで違う。

「グゲ……ゴッツゴッ」
咳ともつかない呻きが喉から滲み出る。
涙が溢れる。

「苦しい……誰か……助けて……!」

その時、耳の傍で“何か”が這う音がした。
それはゆっくりと耳の中へ、
“ぐちゅ……ずぶ、ずぶ、ずぶ……”
湿り気を帯びた異音が、内耳から脳へと進んでいく。

針のような異物が、鼓膜を突き破って脳幹を目指す。
音ではなく、感覚――
中耳の骨が軋む。

ズズ……ズリュッ。

——刺さった。

内耳の蝸牛の奥、岩様部の骨を軋ませながら、
それは“やや上向きの角度で脳幹へ”到達する。
その瞬間——世界が、音を失った。
感覚が反転する。
 
声を出したつもりが、呼吸が止まっている。
眼球がブレる。視界が凍る。
 
“脳が内側から壊れていく”。
咳も、呻きも、悲鳴ももう出ない。
ただ、思考だけが奇妙に明瞭なまま、意識だけが崩れ落ちる。
 
耳の中で何かが“プツン”と弾けた。
それが由比野まゆの命の終わりを告げる合図だった。
まゆは、目を見開いたまま、膝から崩れ落ちて倒れた。
資料室の散らばった紙の上に、血が滲みていく。

机の上で、スマートフォンの画面が光を放つ。

****************
差出人:Chisato
本文:completion. your life is over.
生存期限:00:00:00
****************

資料室に残ったICレコーダーだけが、
なおも虚しく録音を続けていた。

【独白(由比野まゆへ)】

……早く帰って、今日発売の限定スイーツを買いに行きたかった。
取材という名目で邪魔をされた。
店に寄ったら売り切れていた。
邪魔する人は大嫌い。それだけのこと。

あなたの“聞く力”なんて、私にはちっとも役に立たなかった。
誰かの本音を暴いたつもりでも、結局は誰も救えなかったでしょ?
それよりも、“欲しいもの”が目の前で消えていく瞬間のほうが
よっぽど腹が立つ。
今夜、あなたが壊れる音が一番面白かった。

もう、全部、どうでもいいのよ。
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