電波で一途なお前と鈍感で小心者な俺による恋

天霧 ロウ

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 渦丞に連れてこられてやってきたのは、町中にある高層マンションだった。グレーの色合いは町中に溶け込んでいた。

「こっち」

 腕を掴まれてエレベーターに入る。エレベーターは四階で止まった。
 エレベーターからでて、まっすぐな廊下を少し歩いた後、一つの部屋を開けた。

「これが俺の部屋」
「へえ」

 中に入るように促され、俺は戸惑いながらも中に入った。
 細い廊下にはキッチンがあり、その反対には、二つ扉があった。おそらくトイレと風呂に続く扉だろう。
 突き当たりの扉を開ければ、部屋は一人暮らしにしてはやや広い。大きなテレビとソファにテーブル。あとはベッドや窓際には観葉植物が飾ってあるが、じゅうぶん部屋にゆとりがある。洒落たカーペットのおかげで部屋は統一感があり、ホテルっぽい。

「すげー」
「奥羽」

 ぽかんとただただ驚いている俺に渦丞が声をかけてきて、渦丞のほうを見れば、渦丞がキスをしてきた。

「奥羽、俺」
「ストップ! ストーップ!!」

 俺は渦丞が言おうとした言葉をかき消すように大声で言った。渦丞は言いかけた口を閉じると、じっと俺を見た。俺は大きくため息をついて渦丞をみた。

「あのさ、渦丞。お前の言いたいことはわかった。けどな、俺がお前に対する思いはまだお前と同じになれない。これから、俺は学校で学んで、ゆくゆくは社会に出る。だからさ、約束しようぜ」
「約束?」
「そ、約束。お前からしてみれば不満だらけだろうけど、お前が社会人になって、今と同じ気持ちを持ってたらさ……」

 深呼吸を一つし、まっすぐ渦丞を見つめる。

「そのとき、もう一度言ってくれよ。逆に、お前が俺のことをそういう対象で見られなくなってたら、この約束は破っていいからな」

 だから、約束しよう。絶対守らなきゃいけないわけじゃなくて、いつでも破っていい約束。
 ずるいかもしれないけど、俺はまだ渦丞に対する気持ちがわからない。嫌いじゃないけど、今よりも親密なこと――恋人になったら、キスやセックスはきっと避けられない。求められて答えられる自信がないのだ。
 だから、もう少しだけ時間がほしいんだ。
 小指を立ててみせると、渦丞はじっと俺の小指を見た。少しして同じように小指を立てて、俺の小指に絡めた。

「俺は一途だから、きっと答えはこの先もずっと変わらない。だから、これ渡しておく」

 渦丞はポケットから取り出した鍵を俺の片手に握らせた。ぎょっとして俺は渦丞に帰そうとしたが、渦丞がすがるように俺を見つめていた。
 そんな表情を見せられたら良心が痛む。やむを得ず、俺はため息と共に鍵を握りしめた。

「わかった。お前がこの部屋を更新するまでの間、預かってやる」
「その時はきちんと連絡する」
「されなきゃ俺がこまるっつーの」

 


 専門学校に入った後、バイトをする片手間、成果を見せるついでに渦丞が住んでいるマンションへ時々遊びに行った。
 俺が作ったつまみを食いながら映画やアニメを一緒に見たり、互いの近況を話したり、これと言って話さないけどダラダラ過ごしたりした。
 気づけば、そんな日常も三年経ち、俺は専門学校を卒業した。就職先は、修行と資金集めの足がかりとして、大手企業のオフィスビルに入っている食堂だ。
 学校から近いのもあって渦丞の部屋にそこそこ入り浸っていた俺だが、渦丞に対する気持ちは変わっていなかった。それがいいことか悪いことかはいまいちわからないけど、たぶん悪いことではない気がする。
 妹の理沙にもすっかり彼氏が出来て、その彼氏がなかなかいいやつで、こいつなら理沙を任しても大丈夫だと思った。
 黒いコンクリートは桜色に包まれ、どこまでも桜が散っていくさまが続く。ふと、俺はなぜか渦丞と一緒に行った公園へ向かった。
 あいかわらず閑散としている公園は以前と変わっていなかった。ブランコを見て、ジャングルジムを見た。

「なつかしいな」

 俺は何の気なしにジャングルジムを上り始めた。
 天辺につけば、そこから見る光景は所々違うけど、さほど変わっていなかった。ただ違うのは、隣に渦丞がいない一点だ。
 家から就職先はそこそこ距離があるためこれからアパートを借りなければならない。
 社会に出ると、自分の生活が手一杯で疎遠になる友人は山ほどいる。親友の柴滝ですら、年に数回会えばいい方なのだ。
 なら、渦丞はどうなのだろう。
 すでに社会人の渦丞は最近多忙らしく、飯を作りに行ってもいないのがあたりまえだ。
 俺も社会人になるからこれから互いに会う時間はもっと減るだろう。それに、渦丞が住んでいる部屋もそろそろ更新日だったはず。そうなれば、鍵を返し、新たに互いの生活がはじまるわけだ。
 改めて考えると、それはすごく寂しくて、むしょうにいやだった。

「ああ、そうか。俺」

 俺にとって、何気ない渦丞との日常は楽しくて、とても幸せだったのだ。それは相手が渦丞だからだ。今思えば、料理の道を選んだのも、渦丞がきっかけだった。
 俺は渦丞が――。
 ようやく気づいた自分の気持ちに苦笑してしまう。

「本当、俺って鈍かったんだなぁ」
「だから、鈍いってあんなにも言ったんだ」

 不意に声が聞こえて、下を見ればそこには黒いトレンチコートに身を包んだ渦丞がいた。真っ青な瞳は澄んでいて、短くなった栗色の髪が風に少しだけなびいた。
 呆然と見つめていると、渦丞が俺と同じようにジャングルジムに登って隣に座った。それから、ゆるりと目を細めた。

「約束したから伝えにきた」
「まじ、かよ……」
「言っただろ、一途だって」

 渦丞は俺に顔を寄せると形のよい唇に笑みを乗せた。見慣れたはずの笑顔は気持ちに自覚してからだと眩しかった。
 顔が熱くなるのを感じながら、渦丞の言葉を聞く前に「あのさ」と先に口を開いた。

「俺今つーよりはさ、さっきわかったんだ。俺、お前が好きなんだって。なんていうか、その。お前最近すごく多忙じゃん? それで、俺も社会人になったら忙しくなるだろうから、もうお前と一緒にいられないんだなーって思ったら……気づいたんだ」

 俺は一回言葉を区切ると渦丞をしっかりとみた。

「俺には、おまえが必要なんだって。傍に居るとすごく落ち着いて、温かい気持ちに慣れるって。それはさ、やっぱり……お前が好きだから、その」

 自覚した想いがうまくまとめられない。どうすれば、渦丞に俺の気持ちが伝わるんだろう。
 焦る俺の手を渦丞がそっと握ってきた。視線をあげれば、目が合う。

「奥羽」

 唇が重なった。悪寒のようなものはない。感じるのは、胸がむずむずするのに、温かくなってく感覚だ。

「ん……」

 ぎこちなく俺もやりかえせば、渦丞が嬉しそうに笑った。
 大人がジャングルジムの上でキスをしているわけにもいかない。俺たちはジャングルジムから降りた。
 その後、俺たちは一言も話さなかった。ただ、手を握って、人気のない道をなんとなく歩く。
 やがてついた先は、俺には見慣れたマンションだった。慣れた道中を経て、渦丞の部屋に着き、中へ促される。
 何度も通った扉なのに、今はむしょうにドキドキした。そっと入れば、渦丞が続いて入り鍵を閉めた。ついで俺をいきなり背後から抱きしめてきた。

「お預けはもう解禁でいい?」

 こめかみに頭をすり寄せられる。くすぐったくて、肩越しに渦丞を見て笑った。

「がっつきすぎだろ」
「ずっと好きな奴がやっと振り向いてくれたんだ。がっつくなっていう方が、むり」

 さりげなく俺のコートのボタンを外しにかかっている渦丞の手に手を重ねる。渦丞は俺の首筋に顔を埋めると軽くキスをしてきた。ぶるっと体が勝手に震え、下半身がじんわり熱くなる。

「せめて、シャワーさせろ」
「じゃあ、一緒に入る」
「それはまだ却下」

 風呂場で襲われたらたまったもんじゃない。うっかりのぼせたりするのも勘弁だ。渦丞はむすっとふて腐れたような顔をすると「解禁……」と小さく呟いた。

「それとこれは別だろ」
「別じゃない」

 そういって俺の首筋に唇を寄せるとちゅっと強めに吸ってくる。甘い痛みにゾクゾクと腰から背筋にかけて痺れが走る。体がぶるっと震えて、すがるように渦丞の手を握った。

「きちんと待ってたら、最後まで付き合ってやるからさ」
「じゃあ、待つ」

 少し名残惜しそうに離れると俺は現金なやつと心の中で呟いて、コートを脱ぐと渦丞が「かけておく」と言って受け取った。

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