銀貨一枚と引き換えに

天霧 ロウ

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 一人になると、少し息苦しさが減ったが、胃の中はかき混ぜられたみたいに気持ちが悪い。
 ゆっくり息を吐き、気まぐれに棚を見れば、香や精油など香りを取り扱った棚のようだ。どの匂いもコペグでは嗅いだことがある香りだ。おかげで、本来の目的を思い出せた。
 元々、明日帰省する際のお土産を買いに来たのだ。決して、エウェンとデート――ではなく、でかけるためではない。
 エウェンと恋人でいるのも、銀貨一枚を人質にとられているだけで、元々自分はエウェンに興味がなかったのだから。
 考え直せば、エウェンとグッドルが仲良くししていたところで自分には関係ない。胸の奥はまだ不快感がじんわりあったが、先ほどよりずっとマシだ。
 
「それにしても、アロマか」

 コペグにはない香りがないかサンプルを順々に嗅いでいく。どれもコペグだと嗅いだことがあるものばかりだ。
 ガッカリした気持ちで、最後の一つを取れば、鼻の奥まで絡みつく甘ったるい匂いに思いっきり眉を寄せた。

「これ、アニュゥムスか?」

 成分を見れば、予想通りアニュゥムスが入っている。
 アニュゥムスは七色の縞模様が入った長い穂のハーブだ。コペグでは、地脈の影響で雑草のごとく自生している。季節問わず生えるため、週ごとに大人たちが総出で刈り取るのが恒例だ。
 幼い頃、自分も手伝おうとしたが、めざとく気づいた薬屋の老婆からこっぴどく叱られたのだ。
 曰く「アニュゥムスは特殊なハーブだから、大人以外触ってはいけないんじゃ」とのこと。それでも、匂いでアニュゥムだとわかったのは、アニュゥムを加工したことがあるからだ。
 薬屋の老婆のところにあった本をこっそり読んだ際、乾燥させて粉にしたのを水で濾過し、液体を涼しい場所で保存すれば、スライムのようなぷるぷるした弾力性と濃厚な甘さを放つという記述がとても魅力的で実行した。
 柔らかなものが好きなリヴンはできあがったそれを箱にしまって、時々手にして楽しんでいたが、ある時母にバレてはじめてげんこつを落とされた。
 あとでわかったが、一歩間違えれば、致死量の毒になっていたらしい。幸い、不純物だらけのそれはただ甘い香りを放つものになったが――。
 思い出した途端、昔げんこつを落とされた頭が痛くなってきた。うんざりした気持ちで手にした精油を棚へ戻す。

「あ、リヴくん、ここにいた!」

 グッドルと会話が終わったらしい。カゴを手にエウェンが駆け寄ってきた。気持ちを切り替えたとはいえ、それを実行できるほど器用ではない。
 顔がこわばるのを感じながら「なんだよ」と素っ気なく返す。エウェンは手にしていたカゴを軽く持ち上げた。

「ほら、今日の目的はお土産探しでしょ? 僕の方でおすすめを選んだから見て」

 差し出されたものは、チョコとフルーツジャムに酒のつまみ。それ以外にも、いくつかのハーブティーやスパイスセットがあった。チョコとフルーツジャムはコペグでは貴重だ。

「いいんじゃねえの。でも、ハーブはうちの村でも嫌になるくらいいろんなのが取れるぞ」
「これに使われているハーブはゼノゴア王国から仕入れられているものを使用してるんだよ。だから、ハーブ慣れしたご家族にも新鮮に感じると思うんだ」

 ハーブティーに使われているハーブを確認すれば、確かに見覚えのない名前だ。同時に、故郷の家族を思って選んでくれた行為に、胸の奥が少し温かくなった。
 とはいえ、値段がわからない以上厳選しないといけない。

「とりあえず、値段確認するから棚の場所教えろ」
「お金が足りないなら、僕が奢るよ」
「それじゃ意味ねえだろ」

 選ぶまではともかく、買ってもらうのは違う。しかし、エウェンはピンとこないようだった。

「そうかな? 僕がお金を出しても、渡すのはリヴくんなんだから問題ないんじゃないの?」
「それが嫌だって言ってるんだ。なんていうか、いいところだけかすめ取ったみたいで……すごく気分が悪い」

 他人に奢ってもらってまで土産を買ってくるなんて情けない。それなら、厳選して自分の金で渡した方がいい。エウェンはまだ理解できないようだったが「リヴくんがそういうならいいよ」と頷いた。
 持ち金と相談した末、チョコとジャム。そして、エウェンが選んだハーブティーに決めた。会計しに行けば、カウンターにはグッドルがいた。

「なんであんたがまだいるんだよ」
「自分の店にいてなにが悪い」

 逆に言い返されてしまう。反射的に眉をひそめるものの、グッドルは気にしないようだ。気だるそうに会計をした。

「全部で銅貨二十枚だ」

 差し出された手に銅貨二十枚乗せれば、グッドルはそれを引き出しへしまった。
 チョコレートは白い包装紙で包み、ハーブティーとジャムは布でくるんで茶色の紙袋へ入れる。それらを手提げ袋にいれ、ワンポイントに星形のリボンを貼って差し出してきた。

「できたぞ」
「ありがとう……ございます」

 適当に紙袋へ入れて手渡されると思っていただけに、まさかの丁寧な梱包とラッピングに戸惑ってしまう。グッドルが黄緑色の瞳を細め、わずかに頭をかしげた。

「素直に礼を言えるのはいいことだ」

 伸びてきた手が頭をなでてこようとした。瞬間、パシン! と鋭い音が店内に響き渡った。驚いて隣を見れば、思わず背筋が寒くなった。
 いつも魔猫のような気まぐれさとあざとさに満ちているが、今はそれらの面影はない。無表情の顔はどこまでも冷たく、琥珀色の瞳は研いだ刃物のごとく鋭い。
 あふれでる空気も張り詰めていた。それこそ一歩動けば、四肢をバラバラにされそうな――気配がなにかわからない一般人のリヴンですらわかるほど――ぴりついていた。
 一言も発さず、見開かれた目がグッドルを凝視する。白や桃色の新芽がでている蔓草の髪がユラユラと揺れ動く様は獲物を狩る動きにも見えた。
 あまりにも今まで見慣れた姿との違いに、リヴンはどう声をかければいいかわからなかった。
 グッドルが鼻で笑うと、手の平に残る真っ赤なミミズ腫れをわざとらしくさすった。

「そんなに強く叩かなくていいだろ」
「リヴくんの前だから、その程度で済ませてやったんだぞ」
「だったら、その殺気をしまえ。彼氏がビビってるぞ」

 突然の矛先にぎょっとする。だが、グッドルの発言は効果抜群だったようだ。ハッとしたエウェンは研ぎ澄まされたナイフのような殺気を霧散させるなり、リヴンの腕にぎゅっと抱きついてきた。

「リヴくん、頭を触られそうになってかわいそう。もう、大丈夫だよ」

 よしよしというように、リヴンのヘアセットが崩れないように頭を撫でてくる。
 頬を象牙色に染め、うるうると琥珀色の瞳を潤ませる姿は今しがた場を凍らせるような空気を放っていた相手と同一人物とは思えないほど変わりっぷりだ。
 むしろ、グッドルより目の前で堂々と豹変するエウェンの方がよほど怖かったが、さすがのリヴンもいつもの調子でそこを指摘する勇気はない。
 グッドルが肩をすくめ、リヴンに声をかけようとしたが、エウェンの蔓草の髪が素早くグッドルの口を塞いだ。

「リヴくん、お土産も買ったし、もうでようよ」
「お、おう……」

 グッドルが気になったが、今目線を送ってはいけない気がした。エウェンに促されるまま店を出れば、そのまま人通りのない路地へなぜか進んだ。
 豹変したエウェンを見た後だと、薄暗い路地はいつもよりずっと不気味だ。それでもエウェンの反応が気になって視線を下ろせば、パチッと目が合う。

「どうしたの?」
「え、いや……」

 すっかり見慣れたエウェンだ。
 ふと、一連の流れを思い返す。グッドルが自分の頭を撫でようとして、エウェンが怒った。経緯はどうあれ、一応恋人だからと言われたらそこまでだが、あそこまで豹変するほどエウェンにとって、グッドルが自分へ触れるのが嫌だったのだろう。
 その事実に気づけば、曇天が破れ、たくさんの光が降り注ぐような気分になった。だからか――視線を泳がせてしまったものの――らしくもなく言った。

「お前がどうしてもしたいっていうなら、さっきの続きをしてやっても――」
「する! しよ!」

 言い切る前に、エウェンが腕から離れた。ついで柔らかな感触が押し当てられる。
 久しぶりのキスにバクバクと心臓がうるさい。しかし、前よりもずっと不快感はない。それどころか、ただ唇を当て合う以外の、別のやり方をしたいと思った。
 だが、リヴンの頭は王立学校での学びをしっかり覚えることと臨時労働や家族のことでいっぱいだ。恋人を作るという考えもなければ、興味もなかった。
 性に関しても、思春期特有の好奇心よりも生々しさに対する忌避感が強く、村の学び舎で学んだ知識以外知らない。ゆえに、今、人生はじめて他人――エウェンに性欲を覚えているという状況を本能的に理解できても、理性はその正体がわからなかった。
 そんなリヴンの変化に気づいていないエウェンは無邪気にはしゃいでいた。

「えへへ、せっかくだからたくさんしちゃお」

 ちゅ、ちゅっと唇を当て合うキスをして満足げなエウェンを力任せに抱きしめたい気持ちが湧いてくる。なんとかその気持ちを押しとどめる。顔が茹だるのを感じながら、絞り出すように告げた。

「なあ、その……もっと別のやり方とか、しねえのか」

 口にした瞬間、童貞丸出しな発言に後悔した。しょせん形だけの恋人なのに、欲を出してしまったのが恥ずかしい。
 エウェンの顔を見るのが怖くて、視線をぎこちなく空へ向ける。晴れやかな空は腹立たしいくらいだ。エウェンからも返答がない。明らかにやらかした。できるなら、地面に埋まって二度と出てきたくない。
 状況に耐えきれず、チラッとエウェンの顔をうかがえば、エウェンの顔は煮詰めた蜂蜜のような濃い金色の光沢を放っていた。今まで見たことない色にぎょっとしたリヴンはエウェンの額へ手を当てた。

「すごい顔色だけど大丈夫か?」
「え……、あ、あぁ、問題ないよ。へーきへーき」

 上の空なエウェンの返事は信用できない。触れている額は冷たくもぬるくもない。人間と体が違うのだから当たり前だ。
 魔物に対して最低限の知識しか持っていないリヴンにとって、エウェンの変化は未知だ。友人ではないが、形だけの恋人という特殊な関係とはいえ、目の前で誰かが危険な状況なのは放っておけない。
 少しでも変化を見逃さないよう、眉を寄せて顔をのぞき込む。

「そのわりには顔色変じゃね?」
「変じゃないし! ただ、かなり驚いたというか……。突然舞い降りた幸福を処理しきれなくなっただけ、だから」

 エウェンは途切れ途切れだが、ハッキリした声音で答えた。顔色も徐々に見慣れた緑色おびた白い肌へ戻っていく。しかし、戻った肌はリヴンと目が合えば、蜂蜜色おびた。

「本当に大丈夫か?」
「大丈夫だってば! それより、さっきの言葉だけど」

 蔓草の髪を落ち着かなそうにくねらせながら、エウェンが上目遣いで見てくる。その姿がいじらしく見えて、力一杯抱きしめたくなった。幸い、腕に抱える土産のおかげで我慢できた。

「なんだよ」

 視線をそらしたくなるのをぐっと堪え、照れくさいあまり真っ赤な顔でエウェンを睨み返す。見慣れない相手であれば、身構えるような怖さも、エウェンには通用しないようだ。花がほころぶような甘い笑顔を向けてきた。
 蔓草の髪が一本伸びてきて、やんわりとリヴンの唇へ押し当てられる。

「僕の歯止めがきかなくなっちゃうから、今日はダメ」
「そうかよ……」

 口からこぼれた声は自分でも驚くほど落胆していた。ハッとしたリヴンは慌てて声を荒げた。

「べ、別に、俺だってできないわけじゃないからな! ただ、その。驚かせないために聞いてやっただけだ!」

 反骨精神で言ってしまった。エウェンが大きく目を見開いた後、これでもかと瞳を潤ませながらうっとりと囁いた。

「それじゃあ、その時を楽しみにしておくね」

 ちゅっと頬にキスされれば、頭皮がザワザワした。一方で、恥を掻かないためにもキスのやり方が書かれた本を調べておこうとひっそり心に誓った。

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