銀貨一枚と引き換えに

天霧 ロウ

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 結局、その場で答えはだせなかった。そうこうしている間に、夏期休暇となり、エウェンと一緒に故郷のコペグへ帰省した。
 いつもは乗合馬車に乗るため一日遅れるが、今回はペガサス馬車に乗ったおかげで昼より少し前についた。はじめての飛行馬車に乗った緊張と朝早く起きたため気づけば寝落ちしていたようだ。
 遠くから呼ばれる声とともに、肩を揺すられる。目蓋を開ければ、エウェンの顔が目の前にあった。

「リヴくん、ついたよ」
「はえー……」

 エウェンに手を引かれながらペガサス馬車から降りると、すっきりした匂いが鼻を通り抜ける。
 観光客が増えた影響なのだろう。宿屋や土産屋に飲食店が増えていた。それらを統括するギルドの建物『ハーバリスト』には忙しそうだ。
 一方で変わらないものもある。七色のハーブによる段々畑や各家の軒先に吊されている乾燥ハーブたち。それらを通して、村の中を吹き抜ける風は頭が冴えていくような香りがする。

「ねえ、リヴくん。ハーブの収穫っていつするの?」
「そうだな……」

 チラッと遠くにあるハーブの段々畑を確認する。人はまだらに残っているが、今日の分は収穫し終わったらしく片付けていた。

「今日の分はもう収穫終わってるみたいだし、明日からだな」
「そうなんだ。じゃあ、リヴくんの荷ほどき終わったら、村を案内してよ」
「案内するほど広くねえぞ」
「かまわないよ。僕はリヴくんからみたコペグが見たいんだし」

 そんなやりとりをしながら、観光客で賑やかな村を進んでいく。
 大通りを抜け、少し外れにあるコの字をした二階建ての大きな石造りの宿――実家の裏手から入った。扉を少し開けた先には、茶褐色の髪を一つにまとめた母の後ろ姿が目に入る。受付で客の対応をちょうど終えた母へ声をかけた。

「母さん、ただいま」

 客通りが落ち着いたのを確認した母は、受付に休憩中と書かれた板を置くと、裏手に引っ込んだ。

「あら、リヴン! 今日はずいぶん早い帰りじゃない!」
「これ、二人の土産」
「ありがとうね。でも、私にとって一番の土産はリヴンの顔を見られたことよ」

 明るい声と共に母が笑うと、目尻にシワがよって優しい顔になる。リヴンを見た後、隣のエウェンに気づくと、目を瞬かせた。
 
「こちらはどなた?」
「えっと」

 友人というには、複雑な関係だ。言葉を濁すリヴンの代わりに、エウェンは花が咲くような笑みを向けた。

「はじめまして、僕はリヴンくんの友人で、エウェンと申します。ハーブ収穫の手伝いに来ました」

 会釈をするエウェンに母は茶褐色の瞳を見開いて「まぁ……」と感心した声を上げた。

「リヴンがお友達を連れてくるなんて、はじめてだわ……」

 上から下までエウェンを見る不躾な母が恥ずかしくて「母さん」とたしなめる。母もハッとすると、頬を赤くして「ごめんなさいね」と謝った。それに対し、エウェンは笑顔で「気にしないでください」と返した。
 すかさず、母がリヴンの耳を掴むとぐいっと引っ張った。痛みで文句を言おうとすれば、母が真剣な顔をしながら小声で聞いてくる。

「ちょっと、あんな綺麗な魔物の子どうやって捕まえてきたのよ。変な方法じゃないでしょうね?」
「変って。息子を信じねえのかよ」

 むしろ、捕まっているのは自分の方だ。だが、そんなこと言えるわけもない。母はチラッとエウェンを見た後、真剣な顔で言った。

「とにかく、失礼のないようにね! あんたはただでさえ、友人がいないんだから」
「わかったって」

 耳を引っ張る母にうんざりする。ようやく耳から手が離れた。エウェンへ向き直った母はにっこりと笑った。

「手伝いに来てありがとう。今後もリヴンと仲良くしてあげてね」
「もちろんです」

 同じように笑顔で答えるエウェンに母は頬をほころばせた。チリンチリンと呼び出しベルがなり、母が「それじゃあ、また後で」と再び受付に戻った。
 それを見届けると、思わず安堵の息が漏れた。

「待たせたな。上の階に俺の部屋があるから荷ほどきしようぜ」

 振り返ってエウェンに言えば、エウェンは眩しいものでも見るかのような微笑をたたえていた。親子のやりとりを見られた恥ずかしさがまたこみ上げてくる。

「笑うなよ」
「なんで? とても微笑ましかったよ」

 ふふっと笑ったエウェンが母に引っ張られた耳を労るように撫でてくれた。回復魔法をかけてくれたのだろう。少しジンジンと痛んでいた耳の付け根から痛みが引いていく。

「ありがとな」
「どういたしまして」
「んじゃ、俺の部屋に行くか」

 がっしりとした石階段を上がっていく。階段を上がりきれば、一直線の廊下が目に入る。手前から二番目の扉を開け、自室にエウェンを招き入れる。
 中に入ったエウェンが感心した声を上げた。

「へえ、広い部屋だねえ」
「元々は物置部屋だったからな。父さんが綺麗にしてくれて、俺の部屋にしてくれたんだ」

 大きいベッドや丸テーブルにイス、腰高の小物置きも兼ねている本棚や鏡付きクローゼット。窓際には、広めのソファと小さな丸いサイドテーブルもある。
 そこそこ家具があるにもかかわらず、室内はまだゆとりがあった。
 収納魔法がまだ習得できておらず、鞄を持ってきたリヴンと違い、エウェンは収納魔法が使えるのだろう。合流した時から身一つだ。
 荷ほどきをしている間、エウェンが窓から見える温泉に気づいた。

「へー、ここから温泉が見えるんだね。……リヴくんのえっち」
「のぞきなんて最低なことしてねえよ! つーか、今は人がいないから温泉を眺められるだけで、誰かが入ってる時はのぞき防止の結界が起動するからのぞきなんてできねえっつーの」

 ニヤニヤと笑うエウェンにいいわけがましく言ってしまう。
 とはいえ、三年前一度だけ魔法道具が不調に陥った。そうとも知らず夜景を見ようと窓を開けた時、湯気の中でくつろぐ誰かと目が合った。
 その時は恥ずかしさですぐに顔を引っ込めたが、遠目からでもとても色っぽく神秘的な雰囲気だったのはハッキリ覚えてる。
 当時を思い出し、いたたまれなくなったリヴンは雑念を遠ざけるように無心で荷ほどきを終えた。荷ほどきを終えたのを頃合いに、ソファでくつろいでいたエウェンが尋ねてきた。

「そういえば、僕はどこで寝ればいいの?」
「今くつろいでいるソファ」

 ソファの背もたれを足せば、簡易ベッドになる。リヴンより小柄なエウェンなら十分だろう。しかし、エウェンは頬を膨らまし、足と共に蔓草の髪を不満そうに揺らした。
 
「僕がいても広いベッドがあるのに?」
「それは」

 チラッと背後のベッドを確認する。エウェンの言うとおり、二人でも寝るにも十分な広さだ。だが、エウェンに対し恋情を抱いたのを自覚した以上、一緒に寝るのが怖い。
 言葉を濁すリヴンにエウェンがおかしそうに笑った。

「キスもデートもしたのに、横に並んで寝るのは恥ずかしいんだ?」
「うっせ」

 図星を突かれて、うまく言い返せない。エウェンがふふっと笑うと、ソファから立ち上がり、勝手知ったるとベッドへ腰を下ろした。

「おい」
「いいじゃん。僕たちは『友人』なんだから」

 靴を脱ぎ捨て、ゴロゴロ寝転ぶエウェンにため息すらでない。飽きることなくあっちこっち転がるエウェンを止めるように覆い被さった。
 エウェンの細い眉が片方だけ器用に上がる。ついで口元に蠱惑的な笑みを浮かべた。

「なに?」
「ケリックに土産渡してくるから俺の部屋からでるなよ」
「はーい」

 楽しそうに返したエウェンに「大人しくしてろよ」と釘を刺して部屋を出た。
 仕事中の母と父には後で渡すとして、昼過ぎの今――隣の部屋にいるであろうケリックへ向けてノックをする。最初はシンとしていたが「ケリック、いるか」と声を書けてもう一度ノックをすれば、荒々しい足音が近づいてくる。
 乱暴に扉が開き、ケリックが上目遣いで睨んできた。

「なんだよ」
「なんだよはないだろ? ほら、土産だ」

 土産が入った手提げ袋から包装紙に包まれたチョコレートを差し出す。いつもなら文句を言いつつ、すぐ受け取っていた。だが、今回に限っては睨んでいるだけで受け取らない。
 まさかの反応に戸惑ってしまう。

「ケリック?」
「これ……あの人と一緒に選んだわけ?」
「あの人?」

 首をかしげれば、目を伏せて「この間、一緒にいた人」と声を低くして言った。
 エウェンのことだとわかれば、リヴンは「そうだ」とあっさり返した。

「あいつは俺より王都に長いからな。いつも似たようなものじゃ、ケリックも飽きるだろう? だから、土産として候補をあげてもらったんだ」

 言っておきながら、そういえばケリックも第三王都へ遊びに来ていたのを思い出す。もしかしたら、土産を買った店に入ったかもしれない。
 途端に、リヴンは気まずくなった。

「もしかしたら目新しいものがないかもしれないけど、お前チョコレート好きだろ? これは普通のチョコと違うから気に入ると思って買ったんだ。よかったら、食べてくれ」
「……そこまでいうなら、食べてやっていいよ」

 ケリックがふんと鼻を鳴らして、土産を受け取った。ホッとしたリヴンはケリックの頭を優しく叩いた。

「そういえば、あの後大丈夫だったか? 母さん達には話したか?」
「話すわけないじゃん。あの後、すぐに友達と合流したから平気だったし。というか、リヴンこそ考えもなしに突っ込んでいくなよ」

 チラッと見上げてくるケリックの目は心配で揺れていた。リヴンはケリックを励ますようにポンポンともう一度頭を優しく叩いた。

「心配するな。怪我だってすっかり治ったしな」
「そう、なんだ」

 再び顔を伏せたケリックはそれっきり黙ってしまった。気まずくなったリヴンは頭を掻くと、できるだけ優しい声音で言った。

「しばらくいるから、困ったことあったら兄ちゃんに言えよ?」

 返答はない。代わりに、ケリックは無言で扉を閉めた。
 顔を見せなかった前回に比べればましかもしれないが、やはり冷たくされると兄として寂しい。同時に、エウェンの仮定を思い出し、ため息が漏れた。

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