同居しているツンデレ俺様童貞騎士から告白された

天霧 ロウ

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 食事にならない感情はどうにも持て余す。
 今はっきりしているのは、カドゥルがキスをするという行動に出るくらいには、自分に恋をしていることだ。
 しかし、ルゥドカがカドゥルと知っているせいか、今日の出来事もあいまって軽快な帰路への足取りが重い。今まで通り何事もなくヘラヘラとした態度で帰れればいいのだが、どうにもそのような気分になれない。
 がらにもなく深いため息をついて通りかかった広間のベンチに腰を下ろす。ベンチの背に頭を預けて空を見上げるが、王都の明かりで星はほとんどかき消え、おぼろげにいくつか確認できる程度だ。

「参ったなー……」

 消化できない思考が言葉となって転がり出る。当初は軽い気持ちで、なんならちょっとした仕返しもかねて相手をしていたが、カドゥルがここまで本気になるとは思わなかった。
 故郷でしっかり見えた星はレインバルク王国だと街頭で空が照らされ、かろうじて確認できる程度だ。星空を眺めていれば、不意にアンソニーがテノの顔をのぞき込んできた。

「お前、こんなところでなにしてんだ?」
「師っ」

 突然の師の登場に、テノは思わず悲鳴を上げかけるがアンソニーが素早く口を手で塞いだためあたりに響かなかった。アンソニーは空いている片手で自身の唇の前で人差し指を立ててしーっと声を潜めた。
 テノも同意するように瞬きすれば、アンソニーの手が離れてドサッと乱暴に隣へ腰を下ろした。

「イケメン彼氏が家で待ってんじゃねえの?」
「彼氏って、前にも言いましたけど、カドゥルくんとはただの同居人ですよ」
「ふーん?」

 アンソニーはコートの内ポケットから葉巻を取り出して魔法で火を点すとゆっくり吸い、ふーっと薄荷色の息を空に向かって吐く。鼻を通り抜ける爽やかな葉巻の匂いは嗅いだことない香りだ。

「あれ、師匠。いつも吸ってるタバコはどうしたんですか?」
「ん? あー、あれなあ。俺は気に入ってたんだけど、キーストンが『吸うならこれにしろ』って箱ごと交換させられたんだよ。ちなみに、これ。有害物質ゼロの環境と健康に優しい食える葉巻らしいぞ」
「へえー。え、師匠。キーストン殿と知り合いだったんですか」

 アンソニーは片眉だけあげながら「知り合いつーか」と呟いた後、深く葉巻を吸い、細く吐いた。

「ただの腐れ縁だ。今回こっちにきたのも、あいつが腕の調子を見てくれってしつこく手紙よこしてくるもんだから来ただけだし」
「それはまた。ずいぶんと師匠の腕を信頼してるんですね」

 自身の体をいじるだけあって、一通り治療ができるアンソニーの医術は並外れている。とはいえ、王都にいる医者とてアンソニー並に腕がいいはずだ。
 感心しているテノに「だといいけどな」と苦々しく言ったアンソニーは燃え尽きかけた葉巻を咀嚼した。

「ところで、お前こそ、こんな人気のない公園のベンチで空を見上げてんだ」
「えーっと、ちょっとややこしいことになってしまいまして……」

 テノはカドゥルが自分に恋愛感情をもっている事実や今日あったキス未遂をかいつまんで話した。
 一通り聞いたアンソニーは数度目をしばたくと、眉間にしわを寄せて首をかしげた。

「逆にそこまで密な接触しといてなんで付き合わねえんだ?」
「なんでと言われましても。恋愛は性が絡むものだと以前勉強しましたし。であれば、僕はカドゥルくんのことを性的に見てないので。それに……」
「それに?」

 言葉を切ったテノにアンソニーが怪訝そうに問いただせば、テノは苦々しく吐き捨てた。

「師匠のもとで僕はお互いを想い、愛し、涙した人をたくさん見ました。それでも、人を好きになるという感情だけが、いまだに理解できないんです」

 新しい命の誕生、死からの生還、天寿を全うし息を引き取ったもの。そこで流れた涙を見るたびに、悲しみで流す涙とは違い、尊いものに映った。だが、それだけだ。それだけだと済ませられるほどに、食事にならない感情は興味がない。
 けれど、それが夢魔という魔物だ。そして、そういう生態であることをテノは本能的に理解し、受け入れている。だからあえて明るい調子で続けた。

「まあ、これに関しては僕ら夢魔は負の感情を好み、その逆の感情が食事にならない! つまり食事にならないものは生きる糧で不要なものと切り捨てる特性の影響もあると思いますがね!」
「ふーん」

 ふふんと笑ってみせるテノにアンソニーはおもむろにニヤッと口角を上げた。

「じゃあさ、俺とキスしてみっか?」
「はぁ?」

 唐突な提案に思わず声が裏返るが、すぐに平常心を取り戻すと首を横に振った。

「師匠とは無理ですって。ぜーったいに無理です」
「なんでだよ? こんなに悩める弟子に親身な俺だし、そこそこ同居した仲だろ? ん?」

 テノの首に腕を回して顔を寄せてくるアンソニーにテノは全身の魔力が引いた。

「いや、そういうことじゃなくて。とにかく無理です! すみません!」

 近づいてきた顔を押し返しながら早口で謝罪する。そうすれば、アンソニーは半目になると、あっさりと身を引いてテノの脇腹を指先で小突いた。

「冗談に決まってんだろ。真面目に答えんな」
「目が本気だったんですけどぉ~?」

 口をへの字にしてジトッと睨んだ。たいしてアンソニーは「気にすんなって」と口の端をつり上げて笑い、ベンチの背もたれへ体重を預けて横目でテノを見据えた。

「でもよ、俺からすりゃお前のやってることって意味わからねえ行動だけどな」
「どこがですか、僕は悩めるカドゥルくんの恋愛相談をしてあげてるんですよ」
「そこだよ、そこ」

 アンソニーは黒いタバコを胸の間から取り出して火をつけると、星空を見上げて赤い息を吐き出す。苦味の強いむせるような一瞬の甘さを香らせるそれはアンソニーのお気に入りのタバコだ。どうやら一本隠し持っていたらしい。

「だって、お前はイケメンくんに恋愛感情抱いてないんだろ? んで、イケメンくんがお前のことを性的含めて好きだと知ってる。恋愛的に好きじゃないなら、肉屋に茶化された時みたいなゆるーい対応じゃなくて、イケメンくんが素の時、面と向かって真剣に伝えりゃいいじゃねえか。そうすりゃ、変装して恋愛相談もしにこなくなる」
「つまり、師匠は何が言いたいんですか」

 アンソニーが回りくどい言い方をする時は決まって確信を突いてくる時だ。思わず身構えれば、味わうようにゆっくりと赤い煙を空へ吐く。

「お前のやってることって、イケメンくんがお前を心の底から好きなのをいいことに、イケメンくんを自分好みに育ててるようなもんじゃん」
「ハ、ハハ、アハハ! もう師匠ってば、体いじるついでに頭もいじっちゃったんですかぁ?」

 核を貫かれたような感覚で真顔になりかけるものの、それをごまかすように腹を抱えて大笑いしてみせた。アンソニーもあえて真面目な顔をせず、唇の端をこれでもかとつり上げてからかいをたっぷり含んだ笑みでテノを眺めている。

「お前の意図がどうあれ、大事なのはおまえらがどう納得したかだ。さて、愛弟子に一つ問いかけてやる。お前はイケメンくんからキスされそうになった時どう思った?」

 アンソニーはタバコを咥えたまま横目でテノを見てくる。その視線にテノは目尻に滲んだ涙を拭った後、顎に手を上げて少し考え、やや目を伏せながら感じたままのことを返した。

「いや、その……驚きました」
「それだけか? 嫌悪感とかそういう感情はなかったのか?」
「ありませんけど?」

 そう答えればアンソニーはさらに口の端をつり上げて赤い煙を吐き出した。

「なら、答えはもうでてんじゃねえの?」
「そっ……れは……」

 あえて目を向けなかった正体をすくい上げられてしまった。
 アンソニーの指摘通り、本当に気がなければ、今までのテノなら先手を打って気がないことを告げている。アンソニーから視線を外してしばらく黙り込んでいたが、やがて観念したように口を開いた。

「そうですよ、カドゥルくんのことを気に入っていますよ! ここまで気に入った人間は彼がはじめてですよ! ……ただ、彼が僕にむける愛と同じくらいのものを返せる気がしないんです」

 半ば投げやりに答えればアンソニーのにやけ面が顔一杯に広がった。タバコを吸って立ち上がり、うなだれるテノの頭をポンポンと軽く叩いた。

「それこそお前がイケメンくんにアドバイスした、相手の好意をまずは素直に受け止めるを実践すりゃいいだけだろ? んで、お前のやり方で最大の愛情表現をすりゃいい」
「そういうもんなんですかねぇ……」

 いざ自分の立場になってみると、それでいいのだろうかという疑問が浮かんでしまう。
 アンソニーは短くなったタバコを指先で挟むと燃やし尽くし、灰になったタバコの残骸へ息を吹きかける。

「恋愛なんて惚れた方が負けなんだよ。だからイケメンくんの恋愛が成就するかはお前次第ってわけ」

 両手を払って残っていた灰を落としたアンソニーは「たまには素直になれよ」と言いながらテノの肩を軽く叩くと去っていった。
 その背中を見送りながらテノはため息をつくと空を見上げた。相変わらず星は見えないが、先ほどよりもはっきりと見える気がする。悩んでいたのが急に馬鹿らしく思えてきた。

「よし、早く帰ってご飯作ってあげないと」

 その言葉と共にベンチから立ち上がって帰路に向かう足はずいぶん軽かった。



「ただいま~」

 すっかり調子が戻ったおかげで、のんびりとした声音で帰宅を知らせるものの最近は必ず返ってきた声がない。
 時計を確認すれば、二十二時を回りかけていることに気づいた。慌ててリビングキッチンへ向かうが、カドゥルの姿はない。代わりにダイニングテーブルの真ん中には、メモと一緒に半楕円の結界が何かを覆っている。

「なにこれ?」

 メモを手に取って素早く目を通せば、カドゥルからの言づてだ。
『先に寝てる。腹が減ったから自分で作った。ついでにお前の分も作ってやったから食べていいぞ』とのことだ。

「作った? カドゥルくんが?」

 ニンジンの皮すらむけないカドゥルの手料理と思うと気遣いよりも魔力が全身を引いていく。チラッと半楕円の結界を見た後、ゴクッと唾を飲み込む。ためらいがちに半楕円の結界を指先で触れれば、結界はパッと消えた。

「あれ? 思ったより普通だね……」

 半楕円の結界から表れたのは細長いパンの切り込みにハムとスモークチーズと申し訳ない程度のレタスが入っているサンドイッチがある。そもそも人間の食事はテノの栄養にならないことを教えたはずだ。それでもサンドイッチを眺めていると核が熱くなる。
 少し迷った末、サンドイッチを一つ手に取って頬張ってみた。

「まあ、カドゥルくんにしては上出来かな」

 いい材料を使ったおかげだろう。味は問題ない。食べ終えた後、皿を洗って片付ける。シャワーを浴びる気が起きないため体を霧状に変え、扉の隙間から自室へと滑り込む。そして中で肉体を再構築すれば、新品同様だ。
 重力の流れるままソファに寝転ぶといつになくふわふわした気持ちで眠りについた。

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