11 / 16
11
しおりを挟む
数日が経ち、カウンセラー室でイスの背もたれに頭を預けてクリップボードで仰いでいると、扉が開いた。視線だけ向ければ、今日もカドゥルがきたようだ。
勤務時間がもうすぐ終わるのをいいことに少しでも涼をとろうといつもよりも開襟シャツのボタンを外しているテノに顔を赤くしながら、近づいてきた。
「一応職場なん……ですし、身なりは気にした方がいいですよ」
「いーのいーの、この時間にくるのはキミぐらいだし」
汗ばんで頬に張り付いている髪を耳にかけるとガラスカップに残っている氷の残骸を飲んだ。
ボリボリとあっけなく砕ける氷にガッカリしながら、今日のカドゥルの恋愛相談を始めるためイスに腰をかけているカドゥルの方へ体ごと向き直った。
「顔、真っ赤ですね」
そう言うとともにぎこちなくカドゥルの手が伸びてきて、火照った頬に手を当ててくる。冷静な頭なら突然の接触に戸惑ったが、暑さで茹だった頭はカドゥルの接触よりも冷たさに素早く反応した。
「キミの手すごく冷えてるね?!」
頬に感じたひんやりとした冷たさに思わずカドゥルの手を掴む。
思った通り、カドゥルの手は氷ほどではないにせよ、雪解け水ぐらいには冷たい。思わぬ涼にテノはためらいなくカドゥルの手を掴むと、自身の頬に押し当てた。
「あ~極楽極楽~」
「テノ、先生…、あの」
「ん? あー、ごめんごめん。つい気持ちよくってさ」
次に構築する体はもう少し耐暑性のある体にしようと思いながら、カドゥルの手から顔を上げた。名残惜しく思いながら手を離せば、カドゥルもそろそろと手を下げた。
「少し聞きたいことがあるんですが、先生はその、ご家族にも今みたいな感じなんですか?」
硬い声で尋ねてくるカドゥルにテノはイスの背もたれに体を預けると、ヘラヘラと笑いながら片手を軽く振った。
「ないない。そもそも僕に家族いないし」
「え? じゃあどうやって生まれてくるんですか」
「僕ら夢魔は自然発生する魔物だからねえ。魔物とは言うけど、分類的には精霊とかそっちの方に近いんじゃないかな」
「へえ、寂しくないんですか」
寂しいという疑問にテノはかすかに眉を寄せ、腕を組むと小さく呻いた。
「うーん、生まれたばかりの頃は考えたことなかったなあ……。でも今は。うん、なんとなくわかるよ。これも故郷にいた人間や魔物のおかげだね」
そういって目を細めるとカドゥルに微笑んだ。そうすれば、魔法で茶色に変えているカドゥルの瞳がほんのわずかだが青く揺らいだ。
しんみりと思い返していれば「あのっ」とカドゥルが硬い声を投げかけてくる。
「テノ……先生は、その、故郷で暮らしていた時にキス……したことあるんですか」
髪の隙間からちらっと不安そうに見つめてくる。
いつもならご自由にと適当に流すが、今回においてそれは悪手な気がした。かといって、素直にしたことないと告げるのは、現時点でカドゥルに恋愛感情を抱いていないにも関わらず希望を持たせるのも酷だ。
「そうだねえ……」
ちらっとカドゥルをもう一度確認すれば、唇を引き結び、これでもかと手を強く握りしめている。ほんの少し、そうほんの少しだけかわいいところもあるじゃないかと思ってしまった。だからなのか、うっかり本当のことを答えてしまった。
「ないよ。一度もない。僕は元々肉体を持たない魔物だから、キスするための口がないし」
「でも、今は肉体がある……ですよね」
じっと見つめてくるカドゥルの視線が嫌でも感じてしまう。
しん静まった空気は一歩間違えればプツリと切れそうなほど張り詰めた糸のようだ。それでも、その空気を先に破ったのはカドゥルだった。
ガタッと音を立てて椅子から立ち上がると、まるで獲物を狩る肉食魔物のごとく足音を潜めて近づいてくる。髪の隙間からのぞく眼光の鋭さに思わず身がすくんでしまった。そうこうしている間に、カドゥルが視線を合わせて屈み、テノの顔に寄せてきた。
あと少しで重なりそうになった時、唇に感じたかすかな息づかいでハッとした。
「待った! キミが好きなのは僕じゃないだろ!!」
慌ててお互いの唇の間に手を入れれば、手のひらに柔らかな唇の感触が伝わる。そこでカドゥルもハッとすると、今はカドゥルでなくルゥドカであることに気づいたようだ。
しばらく硬直した後、ぎこちなく身を引いたカドゥルは視線を泳がせ、唇を引き結んだ。
「すみません」
「いや、まあ、うん」
硬い空気は居心地が悪い。カドゥルは細く息を吐くと「俺、帰ります」と逃げるように出て行った。
一人になって数分、無意識のうちに緊張していたようだ。体からドッと力が抜け、重い腕を持ち上げ目蓋に手の甲を押しつける。
「危なかった……」
カドゥルの息づかいを思い出し、目蓋に乗せた手をそっと自身の唇にあてる。
あのままキスをしていたらどうなっていたのだろうと想像するが、恋愛はおろか、肉欲を抱いたこともないためなにも思い浮かばない。
処理できない感情は、体内の魔力を雑にかき混ぜられているようで不快だ。思いっきり深呼吸をすると、テノは体を伸ばして立ち上がった。
勤務時間がもうすぐ終わるのをいいことに少しでも涼をとろうといつもよりも開襟シャツのボタンを外しているテノに顔を赤くしながら、近づいてきた。
「一応職場なん……ですし、身なりは気にした方がいいですよ」
「いーのいーの、この時間にくるのはキミぐらいだし」
汗ばんで頬に張り付いている髪を耳にかけるとガラスカップに残っている氷の残骸を飲んだ。
ボリボリとあっけなく砕ける氷にガッカリしながら、今日のカドゥルの恋愛相談を始めるためイスに腰をかけているカドゥルの方へ体ごと向き直った。
「顔、真っ赤ですね」
そう言うとともにぎこちなくカドゥルの手が伸びてきて、火照った頬に手を当ててくる。冷静な頭なら突然の接触に戸惑ったが、暑さで茹だった頭はカドゥルの接触よりも冷たさに素早く反応した。
「キミの手すごく冷えてるね?!」
頬に感じたひんやりとした冷たさに思わずカドゥルの手を掴む。
思った通り、カドゥルの手は氷ほどではないにせよ、雪解け水ぐらいには冷たい。思わぬ涼にテノはためらいなくカドゥルの手を掴むと、自身の頬に押し当てた。
「あ~極楽極楽~」
「テノ、先生…、あの」
「ん? あー、ごめんごめん。つい気持ちよくってさ」
次に構築する体はもう少し耐暑性のある体にしようと思いながら、カドゥルの手から顔を上げた。名残惜しく思いながら手を離せば、カドゥルもそろそろと手を下げた。
「少し聞きたいことがあるんですが、先生はその、ご家族にも今みたいな感じなんですか?」
硬い声で尋ねてくるカドゥルにテノはイスの背もたれに体を預けると、ヘラヘラと笑いながら片手を軽く振った。
「ないない。そもそも僕に家族いないし」
「え? じゃあどうやって生まれてくるんですか」
「僕ら夢魔は自然発生する魔物だからねえ。魔物とは言うけど、分類的には精霊とかそっちの方に近いんじゃないかな」
「へえ、寂しくないんですか」
寂しいという疑問にテノはかすかに眉を寄せ、腕を組むと小さく呻いた。
「うーん、生まれたばかりの頃は考えたことなかったなあ……。でも今は。うん、なんとなくわかるよ。これも故郷にいた人間や魔物のおかげだね」
そういって目を細めるとカドゥルに微笑んだ。そうすれば、魔法で茶色に変えているカドゥルの瞳がほんのわずかだが青く揺らいだ。
しんみりと思い返していれば「あのっ」とカドゥルが硬い声を投げかけてくる。
「テノ……先生は、その、故郷で暮らしていた時にキス……したことあるんですか」
髪の隙間からちらっと不安そうに見つめてくる。
いつもならご自由にと適当に流すが、今回においてそれは悪手な気がした。かといって、素直にしたことないと告げるのは、現時点でカドゥルに恋愛感情を抱いていないにも関わらず希望を持たせるのも酷だ。
「そうだねえ……」
ちらっとカドゥルをもう一度確認すれば、唇を引き結び、これでもかと手を強く握りしめている。ほんの少し、そうほんの少しだけかわいいところもあるじゃないかと思ってしまった。だからなのか、うっかり本当のことを答えてしまった。
「ないよ。一度もない。僕は元々肉体を持たない魔物だから、キスするための口がないし」
「でも、今は肉体がある……ですよね」
じっと見つめてくるカドゥルの視線が嫌でも感じてしまう。
しん静まった空気は一歩間違えればプツリと切れそうなほど張り詰めた糸のようだ。それでも、その空気を先に破ったのはカドゥルだった。
ガタッと音を立てて椅子から立ち上がると、まるで獲物を狩る肉食魔物のごとく足音を潜めて近づいてくる。髪の隙間からのぞく眼光の鋭さに思わず身がすくんでしまった。そうこうしている間に、カドゥルが視線を合わせて屈み、テノの顔に寄せてきた。
あと少しで重なりそうになった時、唇に感じたかすかな息づかいでハッとした。
「待った! キミが好きなのは僕じゃないだろ!!」
慌ててお互いの唇の間に手を入れれば、手のひらに柔らかな唇の感触が伝わる。そこでカドゥルもハッとすると、今はカドゥルでなくルゥドカであることに気づいたようだ。
しばらく硬直した後、ぎこちなく身を引いたカドゥルは視線を泳がせ、唇を引き結んだ。
「すみません」
「いや、まあ、うん」
硬い空気は居心地が悪い。カドゥルは細く息を吐くと「俺、帰ります」と逃げるように出て行った。
一人になって数分、無意識のうちに緊張していたようだ。体からドッと力が抜け、重い腕を持ち上げ目蓋に手の甲を押しつける。
「危なかった……」
カドゥルの息づかいを思い出し、目蓋に乗せた手をそっと自身の唇にあてる。
あのままキスをしていたらどうなっていたのだろうと想像するが、恋愛はおろか、肉欲を抱いたこともないためなにも思い浮かばない。
処理できない感情は、体内の魔力を雑にかき混ぜられているようで不快だ。思いっきり深呼吸をすると、テノは体を伸ばして立ち上がった。
33
あなたにおすすめの小説
白金の花嫁は将軍の希望の花
葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。
※個人ブログにも投稿済みです。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】
蕾白
BL
国境近くにあるその白い石の塔には一人の美しい姫君が幽閉されている。
けれど、幽閉されていたのはある事情から王女として育てられたカミーユ王子だった。彼は父王の罪によって十三年間を塔の中で過ごしてきた。
そんな彼の前に一人の男、冒険者のアレクが現れる。
自分の世界を変えてくれるアレクにカミーユは心惹かれていくけれど、彼の不安定な立場を危うくする事態が近づいてきていた……というお話になります。
2024/4/22 完結しました。ありがとうございました。
悪役のはずだった二人の十年間
海野璃音
BL
第三王子の誕生会に呼ばれた主人公。そこで自分が悪役モブであることに気づく。そして、目の前に居る第三王子がラスボス系な悪役である事も。
破滅はいやだと謙虚に生きる主人公とそんな主人公に執着する第三王子の十年間。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
傷跡傭兵の強制結婚-実子かどうかはどうでもいいので義理の息子を溺愛します-
同軸
BL
前の世界で凄惨な死を迎えた傭兵であった自分、シラー・イーグルズアイは神の使徒として異世界に転移してしまう。
現地の法令の元、有力貴族であるロアイト公爵との結婚を強引にも取り付けられ急な結婚生活が始まるが、傷んだ食事を出されたり冷遇されたりと歓迎されていない様子。でも誰も殺そうとしてこないし良いか。
義理の息子が成人するまではしっかり面倒をみてその後に家を出ようと画策するが、ロアイト公爵の様子がどうにもおかしくなってきて……?
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
Bランク冒険者の転落
しそみょうが
BL
幼馴染の才能に嫉妬したBランク冒険者の主人公が、出奔した先で騙されて名有りモブ冒険者に隷属させられて性的に可哀想な日々を過ごしていたところに、激重友情で探しに来た粘着幼馴染がモブ✕主人公のあれこれを見て脳が破壊されてメリバ風になるお話です。
◯前半は名有りモブ✕主人公で後半は幼馴染✕主人公
◯お下品ワードがちょいちょい出てきて主人公はずっと性的に可哀想な感じです(・_・;)
◯今のところほとんどのページにちょっとずつ性描写があります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる